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刹那玻璃

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ラブシチュエーション

腹黒賢樹とおっとりべっぴんはんの紅葉の場合~賢樹の一目惚れ編

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 栂尾紅葉とがのおもみじは、京都の北西、神護寺じんごじのある『三尾さんび』……『高雄たかお』『栂尾とがのお』『槇尾まきのお』の近くにある、小さなお寺の住職の娘二人の長女である。
 10才下に妹の銀杏いちょうがいる。



 ちなみに、『高雄』は古くは『高尾』と書いた。
『栂尾』も『栂ノ尾』、『槇尾』も『槇ノ尾』と書くことも多い。



 話は戻して、進学先は京の街の学校で、紅葉はあまり気にしていなかったのだが、進学校だったらしい。
 親に受けるといい、そして特待生を狙った。
 紅葉の家は、京都の街で有名な大きなお寺さんではない。
 地域の人が集まり、代々のご先祖さんに祈りを捧げる小さいお寺。
 進学も親は、

「かめへん。どこにでも行きなはれ」

と言ってくれたのだが、やはり、進学先などは両親や檀家さんに喜んでほしかった。
 ビックリしたのが、中学までは地域の学校だったが、高校に進学すると、家から歩いて20分そしてバスに地下鉄を乗り継いで通学すること。
 最初は通学をと思ったものだが、時間がかかるのとバスが困る。
 京都はバスや地下鉄、電車がとても普及していても、困るのは、

「あて……どの路線に乗りましたらかめへんのやろ……」

紅葉は背が低く、143センチである。
 童顔でたれ目、そして方向音痴。
 その為に母が頼ったのは、母の姉が嫁いだ菓子舗『まつのお』。

「すんまへん……おにいはん、おねえはん」
「かまやしまへん、な?だんはん」
「あぁ。うちの嵐山らんざんは卒業したばっかりや。ここからお通い。あぁ、嵐山?」

 姿を見せたのは、従兄の嵐山である。

「おにいはんお久しゅう。紅葉どす」
「あぁ。久しぶりやな。元気そうや。どこに行かはったん?」

 無表情に近い嵐山も、可愛い従妹には微笑む。

「おにいはんの進学した学校どす。あの、おにいはんお知り合いはいはるんでっか?」
「えっ……」

 黙り込む。
 普段から物静かな従兄なので、のんびりとした紅葉は待つ。

「……うん、生徒会長が、賀茂はんのぼんや。あても知っとる。何ぞあったら、あての名前を出し」
「賀茂はんの……上賀茂はんの……どすか?」
「いや、下鴨しもがもはんの方のぼんや。賀茂賢樹かもさかきていう。二年生に妹はんの櫻子さくらこはんがおる」
「櫻子はんどすか?聞いたことありますわ。えろうべっぴんはんな方やてお聞きしましたわ。知ってはるんどすか?」
「……賢樹の方は知り合いや。似とるようで似てはらへん……」
「そうなんどすか……」

 ほのぼのとした紅葉に、嵐山は、

「あては仕事があるさかいに」

と出ていった。

「もう……本当に愛想のない子であきまへんわ。もう少しなぁ……」

とぼやく伯母に、

「おにいはんは優しいどす。あては大好きどす」
「嫁に来なはれや」
「おにいはんにご迷惑どす……それにあてはお寺の……」

伯母と母はため息をつく。
 銀杏はまだ小さいが、紅葉は責任感が強い。
 それが心配なのである。



 入学式に行った紅葉は、両親となぜか伯父伯母と嵐山が着いてきてくれた。
 ちょっとうれしいと思いつつ、アナウンスで、

『生徒会長、賀茂賢樹くん』

の声に、周囲の女の子はざわめいた。
 いや、なぜかキャーキャー言っている。
 現れたのは、端正な、整った顔の学生服の青年。
 黒い髪は真っ直ぐで癖がなく、瞳も漆黒。

 横の子たちが、言っているのは、

『閉ざしている唇が笑顔になれば、良いのに~!』
『本当! テレビのアイドル並みかも……?』
『ここには入れて良かったぁ! 一年は先輩見られるもの!』

 アイドルって何?

紅葉はキョトンとする。

 紅葉の家はテレビ番組はニュースと教育番組と、古典演芸である。
 首をかしげていると、壇上の賢樹と目があった。
 とても嫌そうな、うるさいとでも言いたそうな表情をしていたが、首をかしげている紅葉と目が合い、一瞬見られたと言いたげな表情になり、そして唇が動いた。

『内緒』

 キョロキョロとし、自分が言われたのかと恐る恐る指で示し、反対側に再びこてんと首を倒す。
 唇が少し持ち上がり小さく頷くと、賢樹は、持っていた歓迎の挨拶文を読み上げる。

 その間、櫻子は兄の視線をたどり、キャァキャァと言う一団の外に、華奢でお人形のように可愛らしい少女を発見する。

「あの子は何処の子ですやろ……」

 呟いても、同級生も、あのうさんくさい兄が好きと言う変人が多い。
 聞いていないのを承知で呟いているのは、

「将来はべっぴんはんや! お友達にならなあきまへんわ」

と誓っているからで、それを実は遠くから、未来の夫の嵐山が見ているとは思っていなかった。



 長い入学式の終盤、

『入学生の挨拶。1年、栂尾紅葉さん』
「は、はい!」

あたふたと立ち上がる。
 入学生の挨拶は、入学試験にトップで合格した生徒である。
 周囲の注目が集まる。
 その中をテテテっと早足で向かいかけて、滑って転ぶ。

「ぷっ……何?あの子」
「なんや、あれ」

 失笑や嘲笑の中近づくのは、

「大丈夫? 栂尾さん」
「あ、すんまへん! すんまへん! あて……」
「焦らないで、はい。落ち着いて」

手を取り、立ち上がらせてくれた相手に、頭を下げる。

「ほんにありがとうさんでございます。えと……生徒会長の賀茂先輩。ほんにすんまへん」

 ペコペコと謝り続ける少女に、これはとそのまま手を繋いで壇上に登っていく。

「はい、頑張って」
「へぇ、ありがとうさんで……」
「はい、マイクがあるから」
「えと……」

 マイクの位置と賢樹を見上げ、

「マイクの高さが、あいまへん……どないしまひょ……」

手を伸ばしマイクを引き寄せようとするもののダメで、ぴょこぴょこ跳び跳ねても無理の為、途方にくれる。

 ぶっ!

 後で吹き出すのは賢樹である。

「ひ、ひどうおます……意地悪や……」
「あぁ、ゴメンゴメン!……か、かいらしいなぁおもて、ちょおおまちや」

 マイクをとると、はいと紅葉の口許に持っていく。

「マイクを持っておくさかいに……」

 紅葉は、一度丁寧に頭を下げると、書面を読み始めた。



 ゆったりとした、おっとりとしたしゃべり方は京美人らしく、そして15才だけにまだまだ幼く、いとけない。

「今はあても受験に実家に……あるさかいに……何年かしたら……」

 呟いた。



「何年かしたら……見てもらえるようになったら……」



 この後、久しぶりに会った先輩である嵐山を取っ捕まえ、

「先輩、入学式に来られるなんて、恋人でもおられるんどすか?」
「ち、違う! あての従妹が入学したんや」
「従妹はんでっか?」
「母の妹の娘なんや……栂尾紅葉言うて……」

目を見開く。

「先輩に似とらんで、良かったですなぁ……」
「……あてはおとうはん、紅葉はおかあはんの血や……」
「いやぁ……あははは……つい。すんまへんなぁ、先輩」
「あても、あてに似た紅葉はみとうないわ」

 首をすくめる。

「まぁ……紅葉はあの性格や……よろしゅう頼むさかいに……。あての家に住むよってに……地下鉄とバスだけはまちごうたらあかんよって……」
「先輩の家にでっか?」
「名字の通り栂尾の辺りが実家で、通うのは不便や言うて住むんや」
「へぇ……」

 嵐山を見上げる。

「先輩はあの子を嫁にしはるんでっか?」
「あても紅葉も兄弟以上の感情はあらへん。それに、紅葉はお寺はんの娘で、婿を迎える言うとった」
「なっ!」

 嵐山は背の低い後輩を見下ろすと、気がつかない振りでため息をつく。

「紅葉の両親のおいはんもおばはんも、そこまで紅葉に追い詰めることは言うとりはせぇへん。でも、大きいお寺はんやあらへん、地域のお寺はんや。跡取りがおらんと、あかんよってな……。紅葉には銀杏いう、妹がおるさかいに、まだかまへんやろと思とるのに、本人は……」
「結婚相手探してはるんどすか!」
「いや、まだ15や。したいようにすればええて言うたら、ここに入ったさかいに、ぼんやりしてはるし、あてはおらんさかいに、頼むわ……」
「あてをそう簡単に使うんでっか?」

 目を丸くし、

「賀茂を使えるとはおもとらへん。気を付けてくれはらへんかってことや……いややったら、他に頼む」
「……わかりまひた。あてがおるあいだは、何とかしますさかいに……」
「おおきに……」

ごつい嵐山が小さく頭を下げて立ち去っていくのを、ため息をつきつつ見送った。
 そして、



「……負けた」

呟いたのだった。
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