待ち合わせはモリスで

翼 翔太

文字の大きさ
3 / 21
2

『クラフトショップ モリス』

しおりを挟む
 新しい学校に通うようになって、初めての土曜日になった。お昼ごはんを食べ終わった京は、通学路以外のところを歩いてみることにした。
「お母さん、ちょっと出かけてくる」
「どこ行くの?」
「このへんになにがあるかわかっておきたいから、適当に歩いてみる」
「そう。車や知らない人に気をつけるのよ」
「はーい。いってきまーす」
 京はまず学校にむかう道とは反対方向に歩を進めた。しばらくまっすぐ歩いていると、ドラッグストアが見えた。ドラッグストアをさらに進むと川に着く。川にはつりをしているおじさんがいた。
 京は一度家の前まで帰ってきた。そして今度は学校へむかう方向へ進む。最初の角を曲がる。五分くらい進んだとき、お店らしきものを見つけた。入口の上には看板がかかっていて、『クラフトショップ モリス』と書かれている。文字は青銅のような色で、教科書のようにかっちりしている。聞いたことがない店名なので、チェーン店ではないのかもしれない。
 ビーズをばかにされるまで、京はお母さんといっしょに手芸店によく行った。お母さんはパッチワークをつくるのに必要な端切れを、京はビーズを買った。お母さんに「その色のビーズはまだあるでしょ」とよく言われたことを思い出した。
 しかしビーズは減っていない。ビーズを見ると、和久井たちに笑われたことを思い出してしまうから。京は通り過ぎようとした。しかし一歩進んだところで足がとまる。お店の中にはきっと、きらきらと輝く、色とりどりのビーズが並んでいるだろう。ビーズ売り場は京にとって、一番心がおどる場所だった。あの美しさにもうずいぶんと触れていない。
 手芸屋さんなど、もう入る必要ない。
 頭ではそう思っているのに、足は動いてくれなかった。京はふと思いついた。
「そうだ、お母さんのため。お母さんが使う端切れがあるかを見に行こう」
 京はそんな風に自分に聞こえるように言い訳をして、『クラフトショップ モリス』に入った。
 店の中は、前の家から行っていた手芸店よりせまそうだった。けれどよく見ると、おくに階段があるので二階にも行けそうだ。まずは一階を見て回ることにする。
 入口付近にはレジがあった。ほかには『ワンピースを作ってみよう!』と書かれた画用紙といっしょに、ワンピースを着たマネキンが立っていた。商品のたなは五列ある。それらとは別に右側二列分はかさ立てを大きくしたような入れものや、布がたくさん置かれているテーブルがある。青、白、ピンク。模様のあるもの、ないもの。たくさんある布はどれもきれいでかわいらしい。
 むかって右から順番に見ていくことにした。布は前もって決まった大きさに切られたものだけでなく、巻かれた状態の大きなものもあった。もちろん端切れもあり、袋につめられていくつも売られている。青地に鳥が描かれているものもあれば、ピンク色の無地の布などがあり、袋ごとに入れられている布はちがっていた。いろんな模様のものがあり、お母さんが喜びそうだ。
 布が置かれている場所のとなりにある商品だなを見た。そこにはスナップボタンやファスナーなどの手芸用品が並んでいる。
 さらにそのとなりには、宝石のように美しいビーズたちがたくさんあった。小指のつめにも満たないくらい小さなビーズもあれば、指の関節一つ分くらいもある大きなものもある。京は透明できらきらしたビーズが好きだが、商品だなには木でできたものや、透けていないものもあった。
 並んでいる四列のたなは全部ビーズや、ビーズでなにかつくるときに使うものばかりかもしれない。ひさしぶりのきらびやかな空間に、京の歩くペースは自然とゆっくりになった。
 二階がどんな風になっているのか気になったので、京は階段を上がってみることにした。
 二階は一階に比べて商品だなの数が少なかった。そこには毛糸や編みものに使う道具、レジンやアクセサリーをつくるときに使うパーツなどがあった。レジンとはとうめいで、紫外線で固まる液体のことだ。レジンとパーツを組み合わせてアクセサリーをつくる人も多いのを、京は聞いたことがあった。見たことがあるレジンのアクセサリーは、まるでガラスのようにきれいだった。
 おくをのぞいてみると、大きなテーブルがある。そこには一人の女の子がいた。黒い髪は肩につくかつかないかくらいの長さで、真剣に手元を見ている。年は京と同じくらいだろう。右手には糸がとおされた針を、左手にはぬい合わされたフェルトを持っている。テーブルには女の子のものらしい裁ほう箱や針山がある。
なにをしているのか気になっていると、女の子が顔を上げた。ぱちっと目が合う。先に口を開いたのは女の子だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

処理中です...