待ち合わせはモリスで

翼 翔太

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 クリスマスとお正月が終わり、三学期が近づいてきたある日。京は『モリス』に入ろうとするタイミングでほうかちゃんに声をかけられた。
「さっむいねー。冬休みの宿題終わった?」
「ううん。でももうちょっと」
 話しながら店のドアを開けると、暖房の温かさが体の冷えをじんわりと溶かしていった。
「ほうかちゃん、京ちゃん、いらっしゃいませ」
 会計カウンターから声をかけてくれたのは、店長さんだった。二人はあいさつをして二階に上がる。
 いつもなら京とほうかちゃんで貸し切りであることが多い、作業スペースには一人のおばあさんがいた。銀にも見える白い髪は手入れが行き届いているためかつやがあり、やわらかそうだ。眼鏡をつけて手を動かしている。テーブルの上にはビニール袋と針山。おばあさんは京とほうかちゃんに気がつくと「あらあ」と言いながら眼鏡を外した。
「ここ使うのかしら?」
「あ、はい」
 ほうかちゃんが返事をすると、おばあさんはテーブルの上を片づけはじめた。
「ごめんなさいねえ、散らかしちゃって」
「いえ、だいじょうぶです。ありがとうございます」
 そう言って京はほうかちゃんといっしょに、いつもより手前の席に座る。するとおばあさんが話しかけてきた。
「ここにはよくくるの?」
「はい」
 今度は京が答えた。
「ワタシはねえ、初めてなのよ。今はすごいわねえ、こうやっていろんな人と手芸ができるだなんて」
 京はそう言うおばあさんの手元を見た。そこにはたくさんのバツ印がさされていた。バツ印でどうやら桜を描いているらしい。
「わあ、きれい」
 ほうかちゃんがおばあさんのとなりの席に移動した。京もテーブルに上半身をのせ、よく見せてもらう。
「これはね、クロスステッチっていう、刺しゅうの種類なの」
「刺しゅうにも種類ってあるんですか?」
 京は今質問したほうかちゃんと同じことを思っていた。するとおばあさんは「そうよお」と言って教えてくれた。
「きっとあなたたちがイメージしているのは、フランス刺しゅうね。刺しゅうはね、いろんな国にちがったやり方があるのよ。日本ならこぎんさしっていう、青森県で生まれたものもあるの」
「へえ。じゃあ、このクロスステッチっていうのは、どこの国の刺しゅうなんですか?」
 京はおばあさんに尋ねた。おばあさんはいやな顔せず答えてくれた。
「生まれたのはトルコらしいわ。そのあとはイタリアからヨーロッパ全土に広がったんですって」
 京とほうかちゃんは『へー』と声をそろえた。今度はおばあさんが二人に尋ねてきた。
「あなたたちはなにをつくるの?」
「わたしはフェルトでいろいろつくってます」
「あたしはビーズです」
「まあ、そうなのね。ビーズ刺しゅうっていって、ビーズやスパンコールを使う刺しゅうもあるのよ」
「絶対きれいだよね、それ」
 ほうかちゃんが京のほうを見たので、京はうなずいた。
「ねえ、よかったらあなたたちがつくったもの、見せてくれない?」
 京とほうかちゃんは顔を見合わせて、少し考えた。こんなにやさしい人なのだから、きっとだいじょうぶだろう。
 京はケースの中から、もうすぐ完成する予定のうさぎのマスコットを出した。とうめいと水色の六角形のビーズを使っている。
「まあ、上手。お洋服やくつまでついてるなんておしゃれね」
 京はうれしくて、口元をゆるめた。するとほうかちゃんが「そうなんですよ」と京の代わりに胸を張った。
「これもこの子がつくったんです」
 ほうかちゃんは左手首につけていた、オレンジ色の花のブレスレットをおばあさんに見せていた。おばあさんは「まあ上手。かわいらしいわね」とほめてくれた。
「あなたはどんなものをつくるの? よかったら見せて」
 おばあさんはほうかちゃんに尋ねた。ほうかちゃんは手提げかばんの中から、白いフェルトでできたテディベアをとり出した。夏休みが終わって一つ目のテディベアが完成してから、二つ目だ。
「あ、それ完成したんだね。おめでとうっ」
「ありがとう。でももっとかわいくなれると思うんだよね。なんか足りないような気がして」
 ほうかちゃんはうでを組んで口をとがらせた。今のままでもかわいいのだが、確かにもっとかわいくなれそうだ。するとおばあさんがにこにこ顔で言った。
「それならなにか身に着けてあげたらどうかしら? リボンとかネックレスとか」
ネックレス。京はあることを思いついた。
「ねえ、ほうかちゃん。あたし、いいこと思いついちゃった。その子、性格のイメージとかある?」
「え……うーん、特に考えてなかったかも。でもどうして?」
「まだなーいしょ。でもちょっと待ってて」
 京はワイヤーを出し、まずは花を五つつくる。花びらはピンク、真ん中は黄色にした。そして左右に一つぶずつ、少し大きめな黄緑色のビーズをとおす。そのあとは花に使ったものと同じピンクのビーズをとおし、とり外しがしやすいように金具をつけた。
「できたっ。ちょっとテディベア、借りていい?」
「うん」
 ほうかちゃんからテディベアを預かると、京はテディベアの首にさっきつくったものをつけた。
「ほら、ネックレス」
「わーっ、かわいいっ。もらっていいの?」
「うん」
「ありがとう、京ちゃんっ」
 ほうかちゃんはとてもうれしそうに笑った。京の心がぽかぽかと温かくなる。
「いいわねえ、二人でつくったみたいで」
 おばあさんがそう言うと、京とほうかちゃんはいっしょにリースをつくったときの話をした。おばあさんはそれを聴いて「とってもすてきねっ」と言ってくれた。
「あらやだ、ワタシったら自己紹介もしてないわ。ワタシは秋山もみじ。もみじって呼んでちょうだい」
「土井ほうかです」
「小川京です」
「……ああ、ごめんなさい。せっかく手芸しにきたのにじゃましちゃって」
 京はもみじさんの近くに大きなキャリーバッグがあることに、ようやく気がついた。
(多分もみじさんのだよね。なんであんなに荷物があるんだろう?)
 京は思いきってもみじさんに聞いてみることにした。
「あの、そこの荷物ってもみじさんのですか?」
「ええ、そうよ」
「旅行にでも行くんですか? 時間だいじょうぶです?」
 今度はほうかちゃんが尋ねた。するともみじさんは「だいじょうぶよ、ありがとう」と言ったあとに、予想外の言葉を発した。
「家出してきたの」
「「家出っ?」」
 京とほうかちゃんは思わず声を上げてしまった。もみじさんはうなずく。
「あ、あの、なんで家出するんですか?」
 京はつい尋ねてしまった。するともみじさんは笑顔のまま答えてくれた。
「夫がね、料理の味つけにあれこれ文句を言ってきてね。自分で料理しないのに。いつもなら『はいはい、ごめんなさいね』って流せるんだけれど、なぜかしらね、すっごく腹が立ったの。だから家出してきちゃった」
 もみじさんは続けて言う。
「ご飯をつくるのって大変なのよ。冷蔵庫の中を見て、メニューを考えて、必要なら買い物に行って。食べるよりずっとずっと時間も手間もかかるの。そういうことを考えずに『ありがとう』とかも言わないで、文句ばっかり言われたら、そりゃあいやよ。だから二人はお母さんやお父さんには、まずいとかって言わないであげてね」
笑顔なのにもみじさんは怒っているように見えた。京とほうかちゃんはぎこちなくうなずく。
「ホテルの予約はとれたんだけど、チェックインまで時間があるからどうしようかなあって思っていたの。そしたらこんなすてきなお店があるんだもの。勇気を出して入ってよかったわ」
 京はどう反応していいのかわからず、ぎこちなく笑った。
 その後京とほうかちゃんは、もみじさんとおしゃべりをしながら作業を楽しんだ。

 それから二週間経った土曜日。京が二階に上がると、すでにほうかちゃんともみじさんがきていた。
「ほうかちゃん、やっほー。もみじさん、こんにちは」
「あ、京ちゃんだ」
「こんにちは」
 京は気になっていたので、もみじさんに尋ねることにした。
「あの……けんかってどうなったんですか?」
 もみじさんはにっこり笑って答えた。
「まだ仲直りしてなくて、ホテルにいるわ」
 その笑顔の中に怒りがまだ見える。京はその話題に触れるのは、もうやめておくことにした。
 三人は楽しくおしゃべりをしながら手を動かす。京はテグスを決まった長さまで出した。
「ねえねえ、京ちゃんはなにつくるの?」
「すずらん、つくってみようと思って。つくったのはイヤリングにしようと思ってるの」
「まあ、すずらんのイヤリングなんてかわいいわねえ」
 京はふと、もみじさんが耳元にすずらんのイヤリングをつけているのを想像した。とても上品に思えた。つくったすずらんのイヤリングはもみじさんにあげよう。
 そう決めると、京はせっせとビーズをテグスにとおす。
 初めてつくるすずらんは、つくりかたを見ては首をかしげた。ほうかちゃんも「え? どういうこと?」と言いながらフェルト同士をぬい合わせる。そんななかもみじさんは鼻歌を歌いがら、布に針をさしていた。
「なんだかもみじさんって、すごいですね。余裕ってかんじ」
「昔はいろんな模様や絵がらを刺しゅうしていたの。あなたたちと会った日、ひさしぶりにやったんだけれど、やっぱり楽しくてね。もう一度はじめることにしたわ」
 京はもみじさんが長い間、たくさん刺しゅうをしてきたのを感じた。別に競争しているわけではないが、敵わないはずだ。するともみじさんがにっこり笑いながら言った。
「好きでずっと続けていればそのうち、ちゃっちゃかできるようになるわ。あなたたち、まだ若いものお。だいじょうぶ、だいじょうぶ」
 もみじさんのやさしい言葉を聞くと、本当にそうなれるような気がした。どうやらそれはほうかちゃんも同じようだ。
「京ちゃん、がんばろっ」
「うんっ」
 二人はそれぞれの作業に集中しはじめた。
 その日の夜、京はお父さんとお母さんの三人で夜ごはんを食べながら、『モリス』のことを話していた。
「それでね、最近そのおばあちゃんもいっしょに、いろいろつくってるの」
「ほほー、いいじゃないか。いろいろ教えてもらえるといいな」
 お父さんの言葉に京はうなずいた。するとお母さんが京に尋ねてきた。
「そのおばあさんは、なんていう名前なの?」
「ええっとね、もみじさん。秋山もみじさんっていうの」
「秋山、秋山……。もしかして、ドラッグストアあたりに住んでる秋山さんかしら?」
「お母さん、知ってるの?」
 今度は京が尋ねる。お母さんは「知ってるってほどでもないんだけど」と言葉を続けた。
「すてきなお庭のおうちでね。思わず声をかけたことがあるの。それ以来、ちょっとお話するようになってね」
「じゃあ、今度会ったとき聞いてみよっと」
 京はとり肉のソテーを口に運ぶ。もみじさんに会うのが楽しみになった。
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