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12.もう一度 その2
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その日の夜。まゆかは夢を見た。あのときの、イラストを破られたときの夢だ。いつものように、自由帳を破られ、中庭に捨てられる。まゆかは夢の中の自分を追って、中庭にきた。夢の中のまゆかは、下くちびるをかんで自由帳を見つめている。まゆかはそっと過去の自分に近づき、抱きしめた。
「よくがんばったね。苦しかったよね、悲しかったよね、くやしかったよね。いっぱい泣いたね。でも、もうわすれよう。あたしのために。あたしとミルクが笑い合えるために」
腕の中にいる、自分が小さく「うん」と返事をしたような気がした。
ゆっくりと体を起こす。カーテンのすき間からはうっすらとしか光が入っていない。どうやら早朝のようだ。まゆかはそっとベッドから出て、フロントにむかった。いつものように、ジャックが立っている。
「おはよう、ジャック」
「おはようございます、遠藤様。今日は早いですね」
「うん。目が覚めたの。ところで、ノートくらいの大きさの紙ってある? あとふつうの鉛筆と色鉛筆とか」
「どれもありますよ。……よいしょ。どうぞ。色鉛筆はフロントに、おねがいしますね」
「ありがとう」
まゆかは紙を三枚もらい、ふつうの鉛筆と色鉛筆を借りて部屋にもどった。そっとドアを閉めると、ミルクはまだ寝ていた。
まゆかは弱い朝日のなか、紙を広げ鉛筆を手にとった。
まずは顔の輪かくを、そして服を描く。
(ワンピースがいいな。首元にレースがあって、すそにはビーズがついていて。日の光に当たったら、キラキラしてきれいなやつ)
着るだけで、心がお姫様になれる。そんなワンピースにしたい。ビーズの部分を何色もの色鉛筆で小さな丸を描いて表現する。一列にそろっているよりも、バラバラに並べたほうが、かわいい気がした。
ワンピースの色に迷う。
(紺色だとお姉さんっぽさが出るし、黄緑だと元気な感じになりそう。ほかには……水色とか? ねえ、あなたはどんな色がいい?)
まゆかは心の中で、イラストの女の子に聞いてみた。女の子の顔や髪型は決まっていない。それでも、必ずイラストの女の子たちは返事をしてくれていたのだ。きっと今回もしてくれる。
(……うすい紫、って聞こえた気がする。藤の花みたいに、一か所だけ濃い紫にしてもすてきかも。うーん、まっすぐか、ななめか)
まゆかは考えたり感じたりしながら、手を動かし続けた。
そして、薄い紫の中に濃い紫をななめに一筋入れたワンピースを着た、お団子ヘアーの女の子のイラストが完成した。まゆかは大きく息をはいた。
(描けた……。あたし、また描けたっ)
まゆかはそっとイラストを抱きしめた。
ベッドからごそっと動く気配がした。見るとミルクが起き上がったところだった。
「おはよー、まゆかちゃん」
「おはようミルク。ねえ、これ見てっ」
まゆかはミルクに完成したイラストを見せた。ミルクの目が大きく開かれる。
「まゆかちゃん、またイラスト描けるようになったのっ?」
「うんっ、描けたよ」
「やったーっ」
ミルクが勢いよく抱きついてきた。まゆかはミルクをぎゅっと抱きしめる。
「ミルク、あたし、また描けるよ。描けるようになったよ」
「よかったあ、よかったよお」
まゆかはミルクを離し、たった今決めたことを口にした。
「ミルク、あたし、明日帰る」
「まゆかちゃん。……うん、わかったよ。ぼくはまた話せなくなっちゃうけど、いつだってまゆかちゃんの味方だし、いつまでもいっしょにいるからね」
「うん。ありがとう、ミルク」
まゆかは色鉛筆を返すために、そして明日帰ることを知らせるために、フロントへむかった。
次の日のお昼。荷物をすべてまとめたまゆかは、ミルクを抱いてチェックアウトの手続きを終えた。ミカラちゃんやサナさんが見送りに、ジートさんはいっしょにゲートまでついてきてくれる。
「まゆかちゃん、住所教えて。アタシ、手紙書きたい」
「うん。いいよ」
まゆかはミカラちゃんが差し出したノートに、家の住所を書いた。
「まゆかちゃん、ほんとうにありがとう。あなたのおかげで、ワタシは少し進める気がするわ」
「ううん。サナさんが自分で進むって決めたんです。だから、サナさんがすごいんですよ」
まゆかはにっこり笑った。ホテルの名前が描かれた馬車がやってくる。
「遠藤様、行きましょう」
「はい。……じゃあ、また遊ぼうねっ」
さよなら、とは言いたくなかった。ミカラちゃんとサナさんがうなずく。
ジートさんと馬車に乗りこむ。
「遠藤様、サナのこと、ありがとうございました」
「いいえ。あの、ジートさん。このホテルつくってくれて、ありがとうございます。あたし、この世界で新しい友達にも出会えたし、ミルクとも話せました」
「遠藤様……」
馬車がゆれる。家に帰れば馬車ではなく、電車に乗り、ミルクとも話せなくなる。
(でも、きっと楽しい日が待ってる)
まゆかは自然と笑顔になっていた。
ゲートの近くに着くと、馬車がとまった。ジートさんとゲートの前で、行きに使った招待状の裏面を見せた。昨日、色鉛筆を返したときに家に帰ることを伝えると、帰る日つまり今日の日付を書いてくれたのだ。
「はい、たしかに。通っていいですよ」
ゲートに立っている男の人にそう言われ、まゆかはジートさんのほうをふり返った。
「ジートさん、ありがとうございました」
「いえ、そんな。遠藤様、今度はぜひ宿泊ではなく、レストラン利用でいらしてください。歓迎いたします」
「はい、ぜひ。……ミルク、行こうか」
「うん、まゆかちゃん。ぼく、この世界にまゆかちゃんと来れて、よかったよ。楽しかったよ」
「あたしもだよ。帰ろう」
「うん」
まゆかはミルクを抱きしめてゲートに入った。ゲートの光は、来たときよりもやさしく感じた。
終わり
「よくがんばったね。苦しかったよね、悲しかったよね、くやしかったよね。いっぱい泣いたね。でも、もうわすれよう。あたしのために。あたしとミルクが笑い合えるために」
腕の中にいる、自分が小さく「うん」と返事をしたような気がした。
ゆっくりと体を起こす。カーテンのすき間からはうっすらとしか光が入っていない。どうやら早朝のようだ。まゆかはそっとベッドから出て、フロントにむかった。いつものように、ジャックが立っている。
「おはよう、ジャック」
「おはようございます、遠藤様。今日は早いですね」
「うん。目が覚めたの。ところで、ノートくらいの大きさの紙ってある? あとふつうの鉛筆と色鉛筆とか」
「どれもありますよ。……よいしょ。どうぞ。色鉛筆はフロントに、おねがいしますね」
「ありがとう」
まゆかは紙を三枚もらい、ふつうの鉛筆と色鉛筆を借りて部屋にもどった。そっとドアを閉めると、ミルクはまだ寝ていた。
まゆかは弱い朝日のなか、紙を広げ鉛筆を手にとった。
まずは顔の輪かくを、そして服を描く。
(ワンピースがいいな。首元にレースがあって、すそにはビーズがついていて。日の光に当たったら、キラキラしてきれいなやつ)
着るだけで、心がお姫様になれる。そんなワンピースにしたい。ビーズの部分を何色もの色鉛筆で小さな丸を描いて表現する。一列にそろっているよりも、バラバラに並べたほうが、かわいい気がした。
ワンピースの色に迷う。
(紺色だとお姉さんっぽさが出るし、黄緑だと元気な感じになりそう。ほかには……水色とか? ねえ、あなたはどんな色がいい?)
まゆかは心の中で、イラストの女の子に聞いてみた。女の子の顔や髪型は決まっていない。それでも、必ずイラストの女の子たちは返事をしてくれていたのだ。きっと今回もしてくれる。
(……うすい紫、って聞こえた気がする。藤の花みたいに、一か所だけ濃い紫にしてもすてきかも。うーん、まっすぐか、ななめか)
まゆかは考えたり感じたりしながら、手を動かし続けた。
そして、薄い紫の中に濃い紫をななめに一筋入れたワンピースを着た、お団子ヘアーの女の子のイラストが完成した。まゆかは大きく息をはいた。
(描けた……。あたし、また描けたっ)
まゆかはそっとイラストを抱きしめた。
ベッドからごそっと動く気配がした。見るとミルクが起き上がったところだった。
「おはよー、まゆかちゃん」
「おはようミルク。ねえ、これ見てっ」
まゆかはミルクに完成したイラストを見せた。ミルクの目が大きく開かれる。
「まゆかちゃん、またイラスト描けるようになったのっ?」
「うんっ、描けたよ」
「やったーっ」
ミルクが勢いよく抱きついてきた。まゆかはミルクをぎゅっと抱きしめる。
「ミルク、あたし、また描けるよ。描けるようになったよ」
「よかったあ、よかったよお」
まゆかはミルクを離し、たった今決めたことを口にした。
「ミルク、あたし、明日帰る」
「まゆかちゃん。……うん、わかったよ。ぼくはまた話せなくなっちゃうけど、いつだってまゆかちゃんの味方だし、いつまでもいっしょにいるからね」
「うん。ありがとう、ミルク」
まゆかは色鉛筆を返すために、そして明日帰ることを知らせるために、フロントへむかった。
次の日のお昼。荷物をすべてまとめたまゆかは、ミルクを抱いてチェックアウトの手続きを終えた。ミカラちゃんやサナさんが見送りに、ジートさんはいっしょにゲートまでついてきてくれる。
「まゆかちゃん、住所教えて。アタシ、手紙書きたい」
「うん。いいよ」
まゆかはミカラちゃんが差し出したノートに、家の住所を書いた。
「まゆかちゃん、ほんとうにありがとう。あなたのおかげで、ワタシは少し進める気がするわ」
「ううん。サナさんが自分で進むって決めたんです。だから、サナさんがすごいんですよ」
まゆかはにっこり笑った。ホテルの名前が描かれた馬車がやってくる。
「遠藤様、行きましょう」
「はい。……じゃあ、また遊ぼうねっ」
さよなら、とは言いたくなかった。ミカラちゃんとサナさんがうなずく。
ジートさんと馬車に乗りこむ。
「遠藤様、サナのこと、ありがとうございました」
「いいえ。あの、ジートさん。このホテルつくってくれて、ありがとうございます。あたし、この世界で新しい友達にも出会えたし、ミルクとも話せました」
「遠藤様……」
馬車がゆれる。家に帰れば馬車ではなく、電車に乗り、ミルクとも話せなくなる。
(でも、きっと楽しい日が待ってる)
まゆかは自然と笑顔になっていた。
ゲートの近くに着くと、馬車がとまった。ジートさんとゲートの前で、行きに使った招待状の裏面を見せた。昨日、色鉛筆を返したときに家に帰ることを伝えると、帰る日つまり今日の日付を書いてくれたのだ。
「はい、たしかに。通っていいですよ」
ゲートに立っている男の人にそう言われ、まゆかはジートさんのほうをふり返った。
「ジートさん、ありがとうございました」
「いえ、そんな。遠藤様、今度はぜひ宿泊ではなく、レストラン利用でいらしてください。歓迎いたします」
「はい、ぜひ。……ミルク、行こうか」
「うん、まゆかちゃん。ぼく、この世界にまゆかちゃんと来れて、よかったよ。楽しかったよ」
「あたしもだよ。帰ろう」
「うん」
まゆかはミルクを抱きしめてゲートに入った。ゲートの光は、来たときよりもやさしく感じた。
終わり
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