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看板娘と吟遊詩人。
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『森の憩い亭』で働くようになって三ヶ月が経った。
その間の私といえば、午前中は家事の手伝いや買出し、お昼からお店に立ち夜の交代のラルフさんとリンダさんに挨拶して泥のように眠るという生活を送っていた。
十歳の体にはキツイかなと思っていたけど、精神的疲労はあっても肉体的には何も問題なかった。この世界の人達は丈夫だ。
精神的疲労……やっぱりまだ男の人が怖い。
それでもヨアヒムさんとケーラーさんがお客さんで来てくれると、だいぶ楽になる。それを知ってか知らずか、交代ずつくらいで夕方に来てくれている。
カミーラさんが「お姫様の騎士みたいだねぇ」なんて言ってたけど、現に二人がいるときは荒事もなく、店としては助かるなんて言ってた。
その日はお客さんも少なくて、私の考えたプレートの出番もなかった。
オーダーを覚えきれないくらいの注文が入ったら、メニューと番号のプレートを二組ずつ用意しておく。厨房用と客席用に一枚ずつ。料理を出したら会計のカミーラさんのところにあるテーブル番号をつけたカゴに入れて、会計間違いのないようにした。
夜はオーダー時に会計するからプレートを使わないんだけど、昼に他の手伝いの人が入った時に好評だった。カミーラさんにも「天才だ!」って言われた。それは違うと思うんだけど…
人気のない店内で、普段は忙しくてあまり出来ない隅っこの掃除とか、飾ってある瓶を拭いたりとかしていた。
カミーラさんは店を私一人任せて、厨房でダンさんと打ち合わせをしている。
一人の男の人が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
声をかけると、驚いたように私を見る。
一瞬身構えたけど、その人の目はまるで湖面のように静かな青で。私に向かって穏やかに微笑んだから少しホッとする。
「冷たい飲み物はあるかな?」
「あ、少し待ってください」
魔道具の製氷機はあるらしいけど、高いから貴族くらいしか使っていない。常識みたいなものだけど、実は私を贔屓にしているお客さんにだけ出している飲み物がある。
私の隠密魔法の水遁は、魔力を高く発動すると氷になる。それはダンさんとカミーラさんも知らなくて、絶対秘密を守ってくれる人にだけ使っているのだけど……。
「どうしよう……」
若くも壮年にも見える不思議な男性。冒険者風の服にゆったりとしたマントを羽織り、干し草色の髪を長く編み、背中に垂らしている後ろ姿は不思議と周りの景色に溶け込んでいる。
「どうしたんだい?マイコ」
「あ、カミーラさん。お客さんが…」
「何言ってるんだい。客なんて居ないじゃないか」
「え?」
振り返って見る。景色に溶け込んでるようだけど、確かに男の人はいる。
「大丈夫かい?あと少しで賄いが出来るからね」
「あ、はい」
白昼夢?そんなはずはない。
相変わらず男の人はそこに座っている。
「あの……」
「どうやら渡りの神様の言う通りみたいだね」
「え?」
「私は吟遊詩人のサンダルフォンという者だ。君を弟子にするようにお告げがあってね。疑うわけではなかったのだが、道中で君の情報を集めてきたんだよ」
「ええ!?」
確かに、この世界に来る時に『森の憩い亭』で働いてたら吟遊詩人と出会うとか、そんな事言われたような気がする。神様、ちゃんと師匠を探してくれてたんだ。
「飲み物の事は広まってないよ。彼らはとても君を大事にしているんだね。
君の容姿と相反する気質。吟遊詩人に必要な声と、私の隠蔽を察する力。
そうだね、一年もあれば、君なら全て吸収出来るだろう」
「あ、あの、それって……」
「ははは、君は良い子だね。大丈夫だ、上手くいくよ」
お店の手伝いとかもあるのにどうしようとか、考えているのが分かってしまうらしい。
サンダルフォンさんは、奥にいるカミーラさんを呼ぶ。
「はいはい、あら!サンダルフォンさんじゃないか!いつ王都に来たんだい?」
「今日の朝ですよ。渡りの神様の導きで、この店に私の弟子がいると」
「ええ!?マイコがかい!?」
「お昼の人が少ない時間で良いから、彼女に教えたいのですよ」
「それは素晴らしいよ!この子は教会から預かってる子なんだ。身を立てるものは持っておくにかぎる。ラルフとリンダが昼から働きたいっていうから人手は大丈夫だよ」
カミーラさんはニコニコ笑顔で提案してくれる。なんて良い人なんだろう。
私を思ってくれてるのがたくさん伝わってきて、嬉しくて泣きそうだ。
「サンダルフォンさんに習いながら、この店で歌ってくれるっていうのはどうだい?
マイコ目当ての常連の客もきっと喜ぶよ」
「は、はい、ありがとうございます!!」
サンダルフォンさん…お師匠様の言う通り、上手くいったのがビックリだ。
にっこり微笑むお師匠様に、私はそっとお辞儀をして「よろしくお願いします」と挨拶をすると、湖面のような青の瞳にじっと見つめられて、「こちらこそ」と返されました。
その間の私といえば、午前中は家事の手伝いや買出し、お昼からお店に立ち夜の交代のラルフさんとリンダさんに挨拶して泥のように眠るという生活を送っていた。
十歳の体にはキツイかなと思っていたけど、精神的疲労はあっても肉体的には何も問題なかった。この世界の人達は丈夫だ。
精神的疲労……やっぱりまだ男の人が怖い。
それでもヨアヒムさんとケーラーさんがお客さんで来てくれると、だいぶ楽になる。それを知ってか知らずか、交代ずつくらいで夕方に来てくれている。
カミーラさんが「お姫様の騎士みたいだねぇ」なんて言ってたけど、現に二人がいるときは荒事もなく、店としては助かるなんて言ってた。
その日はお客さんも少なくて、私の考えたプレートの出番もなかった。
オーダーを覚えきれないくらいの注文が入ったら、メニューと番号のプレートを二組ずつ用意しておく。厨房用と客席用に一枚ずつ。料理を出したら会計のカミーラさんのところにあるテーブル番号をつけたカゴに入れて、会計間違いのないようにした。
夜はオーダー時に会計するからプレートを使わないんだけど、昼に他の手伝いの人が入った時に好評だった。カミーラさんにも「天才だ!」って言われた。それは違うと思うんだけど…
人気のない店内で、普段は忙しくてあまり出来ない隅っこの掃除とか、飾ってある瓶を拭いたりとかしていた。
カミーラさんは店を私一人任せて、厨房でダンさんと打ち合わせをしている。
一人の男の人が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
声をかけると、驚いたように私を見る。
一瞬身構えたけど、その人の目はまるで湖面のように静かな青で。私に向かって穏やかに微笑んだから少しホッとする。
「冷たい飲み物はあるかな?」
「あ、少し待ってください」
魔道具の製氷機はあるらしいけど、高いから貴族くらいしか使っていない。常識みたいなものだけど、実は私を贔屓にしているお客さんにだけ出している飲み物がある。
私の隠密魔法の水遁は、魔力を高く発動すると氷になる。それはダンさんとカミーラさんも知らなくて、絶対秘密を守ってくれる人にだけ使っているのだけど……。
「どうしよう……」
若くも壮年にも見える不思議な男性。冒険者風の服にゆったりとしたマントを羽織り、干し草色の髪を長く編み、背中に垂らしている後ろ姿は不思議と周りの景色に溶け込んでいる。
「どうしたんだい?マイコ」
「あ、カミーラさん。お客さんが…」
「何言ってるんだい。客なんて居ないじゃないか」
「え?」
振り返って見る。景色に溶け込んでるようだけど、確かに男の人はいる。
「大丈夫かい?あと少しで賄いが出来るからね」
「あ、はい」
白昼夢?そんなはずはない。
相変わらず男の人はそこに座っている。
「あの……」
「どうやら渡りの神様の言う通りみたいだね」
「え?」
「私は吟遊詩人のサンダルフォンという者だ。君を弟子にするようにお告げがあってね。疑うわけではなかったのだが、道中で君の情報を集めてきたんだよ」
「ええ!?」
確かに、この世界に来る時に『森の憩い亭』で働いてたら吟遊詩人と出会うとか、そんな事言われたような気がする。神様、ちゃんと師匠を探してくれてたんだ。
「飲み物の事は広まってないよ。彼らはとても君を大事にしているんだね。
君の容姿と相反する気質。吟遊詩人に必要な声と、私の隠蔽を察する力。
そうだね、一年もあれば、君なら全て吸収出来るだろう」
「あ、あの、それって……」
「ははは、君は良い子だね。大丈夫だ、上手くいくよ」
お店の手伝いとかもあるのにどうしようとか、考えているのが分かってしまうらしい。
サンダルフォンさんは、奥にいるカミーラさんを呼ぶ。
「はいはい、あら!サンダルフォンさんじゃないか!いつ王都に来たんだい?」
「今日の朝ですよ。渡りの神様の導きで、この店に私の弟子がいると」
「ええ!?マイコがかい!?」
「お昼の人が少ない時間で良いから、彼女に教えたいのですよ」
「それは素晴らしいよ!この子は教会から預かってる子なんだ。身を立てるものは持っておくにかぎる。ラルフとリンダが昼から働きたいっていうから人手は大丈夫だよ」
カミーラさんはニコニコ笑顔で提案してくれる。なんて良い人なんだろう。
私を思ってくれてるのがたくさん伝わってきて、嬉しくて泣きそうだ。
「サンダルフォンさんに習いながら、この店で歌ってくれるっていうのはどうだい?
マイコ目当ての常連の客もきっと喜ぶよ」
「は、はい、ありがとうございます!!」
サンダルフォンさん…お師匠様の言う通り、上手くいったのがビックリだ。
にっこり微笑むお師匠様に、私はそっとお辞儀をして「よろしくお願いします」と挨拶をすると、湖面のような青の瞳にじっと見つめられて、「こちらこそ」と返されました。
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