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過去回想のモブ編

間幕2 襲撃の裏側

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「ふぅ、やっと街に戻ってきましたね。」
そう独りごちたのは行商人の恰好をした男。イーレ村出身のリュウ。

リュウはイーレ村に手紙を届けた後、村で農作物などを買い付けてこのネテ街に戻ってきた。
リュウは馴染みの宿に宿泊手続きをしてギルドにイーレ村への手紙配達の依頼完了報告を行った。

報酬を受け取ったリュウは、行きつけの酒場に足を運ぶ。
店内はガヤガヤと騒がしく落ち着きがないが、リュウはその雰囲気を好んでいる。
しんみりと酒を飲むのも嫌いではないが、お祭りのようなバカ騒ぎの雰囲気の中で飲む酒が楽しい。

既に酔っぱらってる冒険者達がこぞっで自慢話や失敗談を面白おかしいく話している。
そのBGMを肴にカウンターの隅で飲んでいると、隣に男が座った。

「すいませーん。エール1杯。」

「はいエール1杯、どうぞ。」
店員は男の注文したエールをカウンターに置いて別テーブルに注文を取りに行った。

男はエールを豪快に一気飲み。
空のジョッキをテーブルに置くとリュウに語り掛けた。

「それで。報告を聞きましょうか。」
男はそういうと懐から銀貨を1枚テーブルの上に置いた。


「言われた通り、イーレ村の様子を見てきました。
 相変わらずのド田舎ですよ。道中で魔獣が出てくることもあります。

 村長と少し話をしたんですがね。
 その時に魔獣の出現頻度が高くなっているとおっしゃってました。
 スタンピードの前兆か何かでしょうかね。
 とかく、村では魔獣の出現増で少し神経質になっていましてね。
 どうです?イーレ村に行かれるなら道案内と護衛があると安心ですよ?」

「ご厚意には感謝するが、私には不要です。
 巡礼者はその程度の事は考慮済みです。とはいえ、必要になればお声かけさせていただきましょう。」

リュウは自分を売り込むもの、男は社交辞令で答えた。

しばし沈黙の後、男は銀貨をさらに1枚テーブルに置いた。

「そういえば、村長の話で面白いことを聞きましたよ。
 なんでも子どもが神託を受けたというんです。
 噂話で一時流れたこともあったんですが、流石に嘘だろうってすぐに廃れたんですがどうやら本当らしくて。」

「なんと、神託ですか。」
男はピクリと反応した。リュウはその反応を逃さない。

「村長からはあまり口外してくれるなと言われていましてこれ以上は…。」
男は追加で銀貨を3枚テーブルに置く。

「とはいえ、司祭様ですからね。
 私も信徒の1人として、司祭様にはご一報入れておこうかと思った次第ですよ。
 三年前に村の子どもが神託を受けたらしいです。
 内容は近いうちに村が襲われるとか。

 先ほどの魔獣の出現頻度が増加してる件を考えるとあながちデタラメとも言い切れませんね。

 しかも神託で教わった独自のトレーニングをすると村人たちの魔力が飛躍的に向上したとか。
 当時7歳の子どもが思い付きで言ったにしては出来過ぎてると思いません?」

「実に興味深い話だな。」
男はそう言うと銀貨を5枚追加する。

「おっと、旦那。すいませんがこの情報これ以上は持ってないんです。」


「あなたは珍しいな。情報が無ければ偽ってでも金を得ようとするのが常だろうに。」
そう言うと男は取り出した銀貨を懐に戻しながら苦笑する。

「情報ってのは鮮度と信用が大事ですからね。
 いくら本当の事を言っても信用されなきゃ価値はありません。
 ホラ吹いたら後で取れる銭を失ってしまいますよ。」

「さすが商人は損得勘定がうまい。
 そう言われると次回もあなたを頼らせてもらいたくなる。」

「それが狙いですから。」

「商人がそんなに明け透けでいいのかい。」

「旦那はそういうほうが好まれるとお見受けしましたので。」

「ふふ、よく見ている。では私が欲しい情報は何かもわかりますか?」
男はそう言うと銀貨を3枚テーブルに乗せた。


「そう言えば、村長の話を聞いて孤児院に顔を出したんです。
 私も昔、孤児院に世話になっていたので。
 
 ただ、孤児院を取り仕切るシスターが変わっていましたよ。
 私のころはしわがれた婆ちゃんシスターだったのが、今ではぴちぴちの若くて美人のシスターになってましたよ。
 いやー、羨ましかったなぁ。
 どうも10年くらい前に代替わりしたらしくて。」


「ほう、代替わりですか?」
男はさらに1枚の銀貨をテーブルに置いた。

「ええ、子ども達からかなり慕われてるようでしたね。
 確かシスターマリアと呼ばれていましたよ。」

「へぇ、シスターマリア。
 この辺りの教会で代替わりの話とかは聞かないなぁ。
 ま、辺境らしいから伝わってないだけかもね。
 他に何かあるかい?」

「いえ、今のところそれくらいですかね。」

「そうか、ありがとう。参考になったよ。」
男はテーブルにさらに1枚銀貨を置いて店を出ていった。


「お、カエラちゃん。エールお代わり。」

「はーい、それにしてもリュウさん今日は景気良いわね。」

「ああ、さっきのお客さんがね。」

「結構お金持ちです?」

「あの方、司祭様だよ。名前はたしか…、ダラスさんだ。
 巡礼の旅で各地の教会を回ってるお忙しい方だ。
 だけど予備知識なしに訪ねていくとトラブルのもとになるってんで調査依頼が来たんだよ。」

「はー、司祭様って教会で聖句を唱えてるだけじゃないのね。
 巡礼の旅なんて大変だわ。」

「教会も色々あるんだろう。まぁ俺は金を頂ければそれでいいさ。
 さてせっかく入った金だ。カエラちゃんも飲みな。俺の驕りよ。」
 
「きゃー、リュウさん大好き―。」

その日、リュウは調子に乗って記憶が無くなるまで飲んだ挙句すっかり金を吐き出した。
本人は宵越しの金は持たない主義だからと見栄を張っていたが、質素な食生活になったとか。


 ***


「シスターマリアですか。
 ええ、何度か拝見したことがございますよ。
 若くて美人、それでいて落ち着いた雰囲気のある方です。
 えっ?何時から…、ですか?
 あら、そう言えばあの方はいつからいらっしゃったのかしら。
 私ったらすっかり忘れてしまいました。」

ネテ教会にきたダラスはシスターや司祭にシスターマリアのことを聞いて回った。
するとおかしなことが分かった。

彼女は10人が10人とも素晴らしい方だと称賛する一方で、いつからイーレ村に赴任しているのかを誰も知らなかったのだ。

誰もいつからイーレ村にいるのか知らないというのは不自然だ。
ここにはネテ教会に20年以上勤めているベテランシスターもいるというのに。

考えれることは魔法かもしくはスキルによる記憶操作や改ざん。
教会―正確にはダラスが属する教会の暗部では―その手の魔法やスキルを持った人間を把握している。

ダラスはテネ教会の隠し通路から地下書庫に入ると1冊の本を開いた。
すると魔法陣が反応して空中に映像が浮かび上がった。

それは、教会が鑑定の儀によって集めてきた人々のステータス情報。

ダラスは先ほどの条件に該当する人間をリストアップしていくと、最終的に2名まで絞られた。
そのうち1名は大柄の男なので除外。
でも、もう1名の女だはすでに高齢で若い女性ではない。

「いや待て、このスキル。私の考えが正しければあり得るか。
 ふふ、面白くなってきたよ。
 シスターマリアとやらは大罪の魔女アリステン=フォードである可能性があるとはね。
 大罪の魔女は生死問わずだったな。
 ふむ。炙り出すにはどうするのがいいか。

 ああ、そう言えば情報屋は魔獣が増えてきたとか言ってましたか。
 であればアレでいきましょうか。
 生け捕りに出来れば良し。死んでも特定できればそれもまた良しだ。」

ダラスは愉悦に満ちた顔で一人嗤った。


  ***

「聞け、人間よ。我ら魔族はこれからお前たちの村を襲う。
 だが我も悪魔ではない。1時間だけ時間をやろう。
 臆病者は逃げよ。追わずに見逃してやろう。
 逆に愚か者は我らに挑んでくるがいい。絶望をくれてやる。」

遠くから魔人の口上が聞こえてきた。

「おや、これは予想外。
 まさか魔人の襲撃とかちあうとは。
 そう言えば情報屋が神託がどうとか言っていましたね。
 シスターマリアの件ですっかり忘れていました。
 
 さて、こんな幸運を利用しない手はありませんね。
 では始めましょう。」


ダラスが取り出したのは魔法契約書。
それも悪魔と契約する契約書で、教会では禁止されているはずの契約書。


依頼事項を記入し魔力を通すことで悪魔と契約することができる。
ただし、悪魔からの法外な要求があるため覚悟が必要と言われる代物だ。


「おっと顕現した場所に本命の彼女がいないと始まらないからそれも記載しておかないといけないか。
 後は人物名をどちらにするか。
 お目当ては大罪の魔女だからアリステン=フォードが正しいか。」


契約:
顕現した場所にいるアリステン=フォードなる人物を除くイーレ村の住民の殺害


「我は汝に願う。契約のもと責を果たせ、解放。
 ふぅ、流石にこれはしんどいね。ちょっと休憩。」
ダラスはごっそりと魔力を失い、その場に倒れた。



  ***

ダラスが目を覚ますと身動きが取れなくなっていた。
どうやら縛られているらしい。

「おや、気づきましたかな?」

ダラスが声のしたほうに向くと初老の男性がいた。
ただ、その男は浅黒い肌と頭には2本のツノが生えており人間らしからぬ特徴をしていた。

「初めましてかな。元依頼主よ。
 私はパルバフェット。」


ダラスは悪魔パルバフェットの放つ圧倒的な魔力にすぐに絶望し心が折れた。

「やれやれ。悪事を企むくせに心は脆弱とは。
 我が依頼主の想像通り矮小な小心者でしたな。
 せめて我が依頼主のように立ち向かう気概が欲しいところでしたが、仕方ありません。」
パルバフェットはため息をついた。


「ああ、悪魔よ。私をどうするつもりだ?」
ダラスはがたがたと震えだした。

「わかっているでしょう。言わせないでくださいよ、無粋ですね。
 時間がもったいないので懺悔の時間は不要ですね?それでは。」
一切興味を持つことなく、パルバフェットはダラスの命を狩った。

こうしてダラスはレインと交わることなく、ひっそりと姿を消した。
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