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過去回想に映りこむモブ編
第24話 ある少女の憂鬱
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プロローグ
「はぁ、しんどいわ。
何かどこかで面白いことはないかしら?」
多くの貴族が煌びやかなドレスに身を包み華やかな社交界で交流を深めている中、つまらなそうに憮然とした表情でため息をつく少女が1人。
少女の名はレイドット=リコリア
イーレ村を含む辺境を一任されているパドレス辺境伯を寄親に持つレイドット子爵の長女。
リコリアは先日社交界デビューを飾ったばかりの13歳だ。
ちなみに、貴族の社交界デビューは早ければ10歳、遅くても15歳までには社交界デビューするのが習わしとなっている。
リコリアは帝都にあるレード魔法学院に通っており、現在は1年生。
ちなみに、レード魔法学院は6年制となっている。
今日はカナン帝国第5の都市ヤンデルシアのパドレス辺境伯の城にてパドレス辺境伯の次男ミュートの10歳になる誕生パーティーが開かれている。
当然、寄子であるレイドット家も参加は必須であり、先日社交界デビューしたリコリアもメイドのマルライト=セルビーを伴って参加している。
リコリアとしては壁の花となり無難にやりすごすつもりだった。
誤算だったのはメイドのセルビーが気合を入れ過ぎたことだ。
本人いわく、「お嬢様のメイクのノリが良かったのでつい楽しんでしまいました。」とのこと。
お陰で、大人びたメイクと豪奢なドレスが醸し出す妖艶な雰囲気に男性の目を引く存在の1人になってしまった。
会場にはリコリア以外にも見目麗しい女性が数多く参加しており、彼女達も男性達からの注目を集めているのだがデビューしたての新人は良くも悪くも目立つ。
レイドット家としてもある程度注目されるのは喜ばしいことだが、過度の注目は本意ではない。特に今日はミュート様の誕生パーティーである。主役を差し置いて注目を浴びてはならない。
当然、社交界デビューしたての少女にとっても注目され続けるのは苦痛の時間でしかない。
男性達から感じるいやらしい視線、女性達から感じる嫉妬交じりの視線。
それを一身に受けたリコリアは、セルビーと2人で屋上のテラスに逃げてきた。
「はぁぁ、無理よ無理。
何あの視線。思い出しただけで変な鳥肌立つわよ。」
リコリアは自身を抱きしめてブルブルと震えていた。
「お嬢様、しゃんとなさいませ。
ここは社交界です。貴族にとっては第二の戦場。
特に私達、女性にとっては男性以上に主戦場となる場です。
レイドット家の長女としてしっかり務めを果たしてください。
私もできる限りサポートいたしますので。」
セルビーはメイドの立場からリコリアを叱咤激励する。
「うっ、わかってるわよぉ。」
リコリアは既に涙目になっている。
お嬢様は本当に今の状況が分かっているのだろうかとセルビーは心配になった。
レイドット子爵。数代前から貴族としての血脈を受け継いできた由緒ある貴族家。
その現当主であるリコリアの父はお世辞にも優れた統治者ではなかった。
悪徳貴族と呼ばれるほどにひどい統治をしてきたわけではない。
だが、かといって領地発展のために何かするわけでも無くただひたすら慣例に習って統治してきただけだった。
レイドット領の経済は毎年少しずつ悪化の一途をたどっている。何か対策をせねばならない状況に来ているが、どうすればいいのか分からず手をこまねいているだけ。
長年、前例踏襲型統治しかしてこなかったツケが出てきたという訳だ。
そうなると、無能な当主が考えることは早急に頼りになる家との強固な繫がりを持つこと。
一番簡単で確実なのは婚姻であり、現在その可能性が高いのがリコリアである。
何も手を打たずに待っているだけでは、いづれ無能な当主はどこぞのエロ親父の後妻だとか最悪な条件の婚姻を持ってきかねない。
社交界で注目を浴びることで、少しでも条件のいい婚姻がでてくれば御の字。そういった思いからセルビーはリコリアを仕上げたのだった。
「どこで誰が見ているわかりません。
パーティが終わるまではお気を緩めぬよう、むっ」
リコリアに語り掛けている途中でセルビーはリコリアの前に出て構えを取った。
手にはいつの間にか投げナイフが握られている。
「お嬢様、私の側を離れませんように。」
小声でリコリアにそう言うと、リコリアも無言で首肯した。
ピリッとした雰囲気となり社交場からの騒ぎ声だけが遠くで聞こえていた。
しばらく警戒したままだったセルビーだったが、やがてふぅっと息を吐いて緊張を解いた。リコリアもそれを察してホッと息をついた。
「どうしたの?」
リコリアは小声でセルビーに尋ねる。
「いえ、どうやら少し神経質になっていたようです。
どこかから一瞬だけ殺気を感じた気がしたのですがその後何か仕掛けてくるでもありませんし、勘違いかもしれません。
今は殺気は感じませんし、大丈夫でしょう
ですが、先ほども言いましたが、どこで誰が見ているか分かりません。
ですので気を引き締めてください。」
「はぁい。」
セルビーの小言に食傷気味のリコリアは露骨に嫌な顔をしながらも了承し、姿勢を正した。
「はぁ、物語ならここで運命の男性と出会うはずなんですけど。
現実は非情です。」
がっくりと肩を落とすリコリア。
「出会った男性と恋に落ちて、実はそれがさる国の王子様でした。
愛し合う2人に立ちはだかるのは身分違いという障害。
しかし、愛の力で障害を乗り越えて見事ゴールインし、ハッピーエンドを迎えるのでした。めでたしめでたし。
なーんて、そんな都合のいい話があるわけないでしょう。
それが現実に起こるとしたらペテン師の仕業ですよ。
それに、物語は現実には起こりえない理想の世界だからこそ好まれるんですよ。
理想を持つことは良いことですが分別は付けてくださいよ。」
「んもう、あなたは何て夢の無いことを言うんですか。」
ぷくっと頬を膨らませてリコリアはセルビーに文句を言う。
「それが大人になるということです。」
「いや、あなたもまだ15でしょ。
なに酸いも甘いも知ってます見たいな体で言ってるんですか。」
「さ、これ以上は流石に(席を空けるのは)厳しいですから戻りますよ。」
ブーブーと文句を言うお嬢様を無視してメイドはお嬢様を連れてられて戦場に戻っていくのだった。
***
レイドット=リコリアはレインボーワールド(通称:ニジゲン)の世界のヒロインの1人である。
彼女は主人公アッシュの先輩として登場する。
右も左も分からない主人公のことを気にかけてくれ、何かとフォローをしてくれる頼れる先輩。
最初は単なるアシストキャラの予定だったが、開発陣の強い要望によりヒロインの1人となった。
常識を知らないアッシュに振り回される先輩はユーザからも同情されており、『苦労性のリコリア』などと呼ばれるほどだ。
なお、レインボーワールド本編では、リコリアの側仕えをしていたメイド、マルライト=セルビーは出てこない。
彼女はリコリアが13歳の頃、突然原因不明の病に倒れやがて亡くなってしまったと過去回想で少し語られるだけの存在だった。
***
リコリアとセルビーが去り誰もいなくなったはずの屋上のテラス。
その影から一人の少年が現れた。
「あっぶねー。サボ…、んんんっ。
ちょっと休憩してるのがバレたのかと思ってめっちゃ焦ったー。」
給仕服に身を包んだ少年はふぅぅぅっと深く息を吐きだした。
「それにしても、アイツら誰かから狙われているのかね?」
少年は仰向けに倒れている黒い外套をした男の様子を伺う。
どうやら、意識は無いようで一安心だ。
実は、セルビーが感じた殺気は正しい。
男は闇に紛れて機会をうかがっていたのだ。
しかし男にとって不幸だったのはそこにイレギュラーの存在が居たことだった。
セルビーと同じく殺気を感じ取った少年は持っていたコインを飛ばして、素早く男を昏倒させたのだ。
「待てよ。ひょっとしてこの状況ってまずくないか?」
刺客と思われる男を昏倒させた。
顔は見られてないと思うが、そのまま放置しておくと報復に来る可能性があるかもしれない。
「よし、とりあえず、エドに連絡して助けてもらおう。」
彼の名はダリウス。帝国の辺境に位置するイーレ村の村長の息子で13歳。
現在、ヤンデルシアのパドレス辺境伯城にて給仕係としてアルバイト中の身だ。
「はぁ、しんどいわ。
何かどこかで面白いことはないかしら?」
多くの貴族が煌びやかなドレスに身を包み華やかな社交界で交流を深めている中、つまらなそうに憮然とした表情でため息をつく少女が1人。
少女の名はレイドット=リコリア
イーレ村を含む辺境を一任されているパドレス辺境伯を寄親に持つレイドット子爵の長女。
リコリアは先日社交界デビューを飾ったばかりの13歳だ。
ちなみに、貴族の社交界デビューは早ければ10歳、遅くても15歳までには社交界デビューするのが習わしとなっている。
リコリアは帝都にあるレード魔法学院に通っており、現在は1年生。
ちなみに、レード魔法学院は6年制となっている。
今日はカナン帝国第5の都市ヤンデルシアのパドレス辺境伯の城にてパドレス辺境伯の次男ミュートの10歳になる誕生パーティーが開かれている。
当然、寄子であるレイドット家も参加は必須であり、先日社交界デビューしたリコリアもメイドのマルライト=セルビーを伴って参加している。
リコリアとしては壁の花となり無難にやりすごすつもりだった。
誤算だったのはメイドのセルビーが気合を入れ過ぎたことだ。
本人いわく、「お嬢様のメイクのノリが良かったのでつい楽しんでしまいました。」とのこと。
お陰で、大人びたメイクと豪奢なドレスが醸し出す妖艶な雰囲気に男性の目を引く存在の1人になってしまった。
会場にはリコリア以外にも見目麗しい女性が数多く参加しており、彼女達も男性達からの注目を集めているのだがデビューしたての新人は良くも悪くも目立つ。
レイドット家としてもある程度注目されるのは喜ばしいことだが、過度の注目は本意ではない。特に今日はミュート様の誕生パーティーである。主役を差し置いて注目を浴びてはならない。
当然、社交界デビューしたての少女にとっても注目され続けるのは苦痛の時間でしかない。
男性達から感じるいやらしい視線、女性達から感じる嫉妬交じりの視線。
それを一身に受けたリコリアは、セルビーと2人で屋上のテラスに逃げてきた。
「はぁぁ、無理よ無理。
何あの視線。思い出しただけで変な鳥肌立つわよ。」
リコリアは自身を抱きしめてブルブルと震えていた。
「お嬢様、しゃんとなさいませ。
ここは社交界です。貴族にとっては第二の戦場。
特に私達、女性にとっては男性以上に主戦場となる場です。
レイドット家の長女としてしっかり務めを果たしてください。
私もできる限りサポートいたしますので。」
セルビーはメイドの立場からリコリアを叱咤激励する。
「うっ、わかってるわよぉ。」
リコリアは既に涙目になっている。
お嬢様は本当に今の状況が分かっているのだろうかとセルビーは心配になった。
レイドット子爵。数代前から貴族としての血脈を受け継いできた由緒ある貴族家。
その現当主であるリコリアの父はお世辞にも優れた統治者ではなかった。
悪徳貴族と呼ばれるほどにひどい統治をしてきたわけではない。
だが、かといって領地発展のために何かするわけでも無くただひたすら慣例に習って統治してきただけだった。
レイドット領の経済は毎年少しずつ悪化の一途をたどっている。何か対策をせねばならない状況に来ているが、どうすればいいのか分からず手をこまねいているだけ。
長年、前例踏襲型統治しかしてこなかったツケが出てきたという訳だ。
そうなると、無能な当主が考えることは早急に頼りになる家との強固な繫がりを持つこと。
一番簡単で確実なのは婚姻であり、現在その可能性が高いのがリコリアである。
何も手を打たずに待っているだけでは、いづれ無能な当主はどこぞのエロ親父の後妻だとか最悪な条件の婚姻を持ってきかねない。
社交界で注目を浴びることで、少しでも条件のいい婚姻がでてくれば御の字。そういった思いからセルビーはリコリアを仕上げたのだった。
「どこで誰が見ているわかりません。
パーティが終わるまではお気を緩めぬよう、むっ」
リコリアに語り掛けている途中でセルビーはリコリアの前に出て構えを取った。
手にはいつの間にか投げナイフが握られている。
「お嬢様、私の側を離れませんように。」
小声でリコリアにそう言うと、リコリアも無言で首肯した。
ピリッとした雰囲気となり社交場からの騒ぎ声だけが遠くで聞こえていた。
しばらく警戒したままだったセルビーだったが、やがてふぅっと息を吐いて緊張を解いた。リコリアもそれを察してホッと息をついた。
「どうしたの?」
リコリアは小声でセルビーに尋ねる。
「いえ、どうやら少し神経質になっていたようです。
どこかから一瞬だけ殺気を感じた気がしたのですがその後何か仕掛けてくるでもありませんし、勘違いかもしれません。
今は殺気は感じませんし、大丈夫でしょう
ですが、先ほども言いましたが、どこで誰が見ているか分かりません。
ですので気を引き締めてください。」
「はぁい。」
セルビーの小言に食傷気味のリコリアは露骨に嫌な顔をしながらも了承し、姿勢を正した。
「はぁ、物語ならここで運命の男性と出会うはずなんですけど。
現実は非情です。」
がっくりと肩を落とすリコリア。
「出会った男性と恋に落ちて、実はそれがさる国の王子様でした。
愛し合う2人に立ちはだかるのは身分違いという障害。
しかし、愛の力で障害を乗り越えて見事ゴールインし、ハッピーエンドを迎えるのでした。めでたしめでたし。
なーんて、そんな都合のいい話があるわけないでしょう。
それが現実に起こるとしたらペテン師の仕業ですよ。
それに、物語は現実には起こりえない理想の世界だからこそ好まれるんですよ。
理想を持つことは良いことですが分別は付けてくださいよ。」
「んもう、あなたは何て夢の無いことを言うんですか。」
ぷくっと頬を膨らませてリコリアはセルビーに文句を言う。
「それが大人になるということです。」
「いや、あなたもまだ15でしょ。
なに酸いも甘いも知ってます見たいな体で言ってるんですか。」
「さ、これ以上は流石に(席を空けるのは)厳しいですから戻りますよ。」
ブーブーと文句を言うお嬢様を無視してメイドはお嬢様を連れてられて戦場に戻っていくのだった。
***
レイドット=リコリアはレインボーワールド(通称:ニジゲン)の世界のヒロインの1人である。
彼女は主人公アッシュの先輩として登場する。
右も左も分からない主人公のことを気にかけてくれ、何かとフォローをしてくれる頼れる先輩。
最初は単なるアシストキャラの予定だったが、開発陣の強い要望によりヒロインの1人となった。
常識を知らないアッシュに振り回される先輩はユーザからも同情されており、『苦労性のリコリア』などと呼ばれるほどだ。
なお、レインボーワールド本編では、リコリアの側仕えをしていたメイド、マルライト=セルビーは出てこない。
彼女はリコリアが13歳の頃、突然原因不明の病に倒れやがて亡くなってしまったと過去回想で少し語られるだけの存在だった。
***
リコリアとセルビーが去り誰もいなくなったはずの屋上のテラス。
その影から一人の少年が現れた。
「あっぶねー。サボ…、んんんっ。
ちょっと休憩してるのがバレたのかと思ってめっちゃ焦ったー。」
給仕服に身を包んだ少年はふぅぅぅっと深く息を吐きだした。
「それにしても、アイツら誰かから狙われているのかね?」
少年は仰向けに倒れている黒い外套をした男の様子を伺う。
どうやら、意識は無いようで一安心だ。
実は、セルビーが感じた殺気は正しい。
男は闇に紛れて機会をうかがっていたのだ。
しかし男にとって不幸だったのはそこにイレギュラーの存在が居たことだった。
セルビーと同じく殺気を感じ取った少年は持っていたコインを飛ばして、素早く男を昏倒させたのだ。
「待てよ。ひょっとしてこの状況ってまずくないか?」
刺客と思われる男を昏倒させた。
顔は見られてないと思うが、そのまま放置しておくと報復に来る可能性があるかもしれない。
「よし、とりあえず、エドに連絡して助けてもらおう。」
彼の名はダリウス。帝国の辺境に位置するイーレ村の村長の息子で13歳。
現在、ヤンデルシアのパドレス辺境伯城にて給仕係としてアルバイト中の身だ。
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