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ところでコウ、半袖は体を冷やすぞ。俺のカーディガンを着ろ
しおりを挟む(兄24・弟18)
正直なところ、コウスケは値段による食材の違いがわからない。
料理は好きだ。おいしいと言ってもらえるのは嬉しい。だが、自身で作る料理の味には拘っても、自分の口に入るものに拘りがないのがいけない。
母はとても料理上手で何を食べてもおいしかった。体の弱いコウスケは外出が少なく、生活が不規則な父に合わせて外食をするような家でもなかったので、コウスケにとって『食事』とは家のご飯と給食、そして入院した時の病院食くらいだ。
この中で一番美味なのは、もちろん母のご飯である。そして、母は産地や品種にこだわらない。
スーパーでは今日も、コウスケが頭を悩ませる。
────高いトマトって、おいしいのかな。
一キロ換算で約四千円のトマト。旬だからか、最近は毎週このスーパーで見かける。キョウスケが自分の用足しに歩く数分の間にこうして見に来るが、手を伸ばしたことは一度もない。
すれ違う買い物客の中には、箱をカートに乗せている人も何人かいた。需要はあるらしい。コウスケは踏ん切りがつかない。
キョウスケの家で、キョウスケが食べるためのトマト。ここ何ヵ月、平日に安らぐ暇がない兄には栄養くらいはしっかりと摂ってほしい。そして、好物をたくさん食べて少しでも心を休めてもらいたい。
休日となればコウスケが来るせいでキョウスケは土日を意地でも休みにしている。それをおくびにも出さないキョウスケの裏事情をコウスケがなぜ知っているのかというと、冷蔵庫の中だ。
キョウスケは自炊を怠けるがまったくしないというわけではない。それがここ何ヵ月か、一週間で消費される食材が徐々に減り、今週はついに卵一つさえ減っていない。いくつかは捨てなければならないだろう。キョウスケは自炊を怠けるが、そうなるまで怠惰をする兄ではないのだ。
忙しいなら忙しいって、言ってくれればいいのに。
土日に兄のマンションへ行かないという選択肢はコウスケにはない。行かなければ、行って作りおきをしてやらねばキョウスケは本当に何も食べなくなる。それでも、言ってくれれば遣える気はコウスケにだってあるのに。キョウスケが何も言わないから、コウスケも知らん顔をする。
キョウスケは、コウスケに知られたくなくてそうしている。
そこまで考え、コウスケは息を吐いた。
なんだ、悩む必要なんてなかったじゃないか。
買おう。トマトが食卓にあるだけで、兄は喜ぶ。
何も言われないのなら、それでいい。おいしいと言われたら、またこっそり買って出せばいい。
今日中に食べるものだから、なるべく赤いものをと選んでいると。
「買うのか」
「ひっ」
後ろから声がして飛び上がる。コウスケが振りかえれば、数分前に別れたキョウスケがそこで首を傾げていた。背が高くスーパーの中では目立ちやすいキョウスケの顔を、何人かの女性が眺めながら過ぎていく。
しまった。時間を掛けすぎた。
「に、兄さん……」
「そんなに驚くとは思ってなかった。ずいぶん悩んでいたな」
「……箱で買ってる人も居るから、そんなにおいしいのかなって思ったんだよ。トマトって、箱で買ってもなかなか食べきれないじゃん」
「まあそうだな」
それらしい言い訳を捻り出したコウスケは胸を下ろす。キョウスケに見つかった。撤退だ。ここはキョウスケの財布で会計する。知られてしまったら、後からこっそりトマト代を返すこともかなわない。
「でもやっぱり高いよね」
やめる、とコウスケが言うより早く、キョウスケがひょいひょいと視界の端からモノをカゴに放り込んだ。赤い実がゴロリと転がる。
「え」
トマト。
「たまにはいいだろう、旬を過ぎればなくなるものだし」
「あっ」
呆けてる間に手早くカートを奪われる。奪ったキョウスケはさっさと別の野菜を見に行くから、慌てて後を追うコウスケは少し早足になった。
「こら、走るな。スーパーは寒いんだから外より気を付けろ」
「兄さんが先に行くからじゃん。それよりトマト」
「よさそうなのを選んだぞ」
「そうじゃなくて……」
別におれが食べたかったわけじゃない。その一言が言えないコウスケの頭を、目を細めたキョウスケがくしゃりと撫でる。
「気を遣わせたな。一緒に食べよう」
あぁ、もう、バレてんじゃん。
そして、そう言えばコウスケが黙ってしまうことを知っているから、この兄は時々すごく卑怯なのだ。
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