夜が長いこの世界で

柿沼 ぜんざい

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-第5夜- 集団移住型

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 ─ホテル4階 メイルの部屋─

「何?カルム・トリーが嘘の証言をしているだと?」

「いえ、厳密には真相を知っておりながら、真実を語っていない可能性があると」

「何故、それが分かった?」

「匂いだ」

「どういう事だ?」

 メイルの席の前で私は淡々とこう話す。

「事件現場で去り行く人狼の姿を確認したと言った彼ですが、カルムの衣服や部屋から微かながら“人狼特有の獣臭さ”、そして、“血の匂い”が」

「同伴したイアンからはそんな報告を受けていないが?」

「彼の鼻は並だが、私の鼻は人より利く。貴方なら、その事を分かっておられるかと」

「確かにそうだな。血の匂いはともかく。人狼に関しては信憑性が高い。お前、異様に奴らの匂いに敏感だもんな」

「まず、私の右に出る者はいないでしょうね」

「会議が始まる、多目的広場ホールへ向かえ」


 * * *


 ─会議室(多目的広場)─

「今回の人狼は“愉快犯(移住型)”と見ることにした。まだ断言は出来ないが、遺体が公に晒されている事や、我々が送り込まれているのに犯行を止めない大胆かつ挑戦的な姿勢から、そう判断された。今回の人狼は最初の犯行から既に2週間も立て続けに捕食を繰り返している。被害者の数も決して少なくはないが、多過ぎる訳でもない。単独か集団型なら、少数規模と見ている」

「次に街の閉鎖についてだが、警務局と連携し、徹底していくつもりだ。必ずや敵の尻尾を掴み、一箇所へと追い詰めて行く」

「だが、決して奴を見つけてもすぐには仕留めるな。群れで動いてるならば、仲間と集まる拠点。隠れ家アジトが必ずある筈だ」

「そこを見つけて、一気に敵を叩くという事だ」

 課長のトルグレムと副課長のメイルが交互に話す。聖職者らは2人の言葉をただ黙々と聞いているだけだ。

 すると、隣に座っているイアンが欠伸あくびをしていた私に肘でつついてきた。

「ん?」

「サテラ、カルムの事はいいのか?」

「あぁ、その事か」

 周りに配慮し、小声で話す彼に私も合わせる。

「彼の事なら私に任せられた」

「何?」

「会議が終わったら、再び彼の家に行く」

「でも、あいつはもう何も喋らないと思うが?」

「用があるのは少年じゃない。おばあさんの方だ」

「?」


 * * *


「よぉ、カルムぅ~会いたかったぜぇ~」

「今日は会いに来てくれなかったもんなぁ?なぁ?」

 サリーの仲間のトミーとゲルマが威圧的にこう言ってくる。僕は今、廃工場の中。彼女らの隠れ家アジトの中で椅子に縛り付けられた状態で居る。

「やめなよぉ、トミー、ゲルマ」

 女のメグが2人にそう言う。この人も、この人も皆、人狼なんだ。人間の皮を被った……狼。

「にしてもどうするんだ?サリー。お前とした事が、こいつに姿見られてんじゃねぇか。しくじったな」

「俺たちの正体もとっくにバレてんだ、仕方ねぇだろ」

「だから、とっととこの街から出て行くべきだった。聖導教会の奴らが派遣された時にすぐ。そしたら、レイクの街は閉鎖されずに済んだ」

「今、仲間割れしたって仕方ないだろ。それより、どうやって現状を打開するか、そっちが先決だ」

「ナフの言う通りだ。今、私たちが仲間割れしたって無意味な事だ。こうなってしまった事は仕方ない……なので、連れて来て早々、こんな風に縛ってしまって済まないが君には人質になってもらうよ?カルム」

 そう、僕の目の前で言う彼女の眼は知っているサリーの顔じゃなかった。瞳の奥に朱を宿す、彼女は八重歯を見せるようにして二カッと笑う。

「サリー……どうして……」

「ごめんねカルム。もう私たち、君のお兄ちゃん代わりにはなれないの。今まで楽しかったよお姉ちゃん出来て。私には兄弟が生まれた時からいなかったからさ」

 彼女のその言葉がまるで何かの合図だったように奥から他の仲間が3人の存在を連れてやって来る。他の人質だろうか?工場の中は薄暗く視界が悪い為、シルエットでしか見えない。

「そういえばカルム。昼頃からお家で3人の姿が見えなかったかい?」

「え?」

 僕はドキリとした。その言葉に思い当たる節があったからだ。

「そんな……じゃあ、まさか」

 奥からの3人の影が次第に鮮明になってくる。そこには図書館で本を読んでいた筈の父と、買い物に出掛けて筈の母。そして、友達の家に遊びに行った妹の姿があったんだ。家族の皆も僕と同じようにロープで身体を縛られて、口も布で塞がれていた。

「そう、カルム。君の家族3人だよ?」

「そんな……なんで、どうして」

「万が一、君が協力してくれなかった時の為にね。ね?これで私たちに協力してくれる気になった?カルム」

 サリーは不気味な笑顔でそう言ったんだ。


 * * *


「最近、変わったこと?ですか?」

「えぇ、何か些細な事でもいいんです」

 私とイアンはカルムの家に居た。リビングで彼のおばあさんとお茶を飲みながら、その事について話していたのだ。

「んー、特にないですけどねぇ。あ、でも、」

「でも?」

 私が繰り返す。

「ここ1、2ヶ月の間で新しい友人たちが出来たと言ってました。遠い田舎の村から集団で移住して来たって言う、年上の友達です。そのうちの一人の女の子と、カルムは仲が良かったと思います」

「その友人達の場所は分かりますか?」

 イアンがすかさず訊く。

「んー流石に家の場所や今何処に居るかは分かりませんが……よく廃工場の跡地に集まっているとかなんとか言ってたような……本人が入れば詳しい事を聞けるんですけどね。生憎、貴方がたが一度帰った後、友人が来て、出掛けて行ってしまいましてね。ホント、こんな物騒な時に……」

「あぁ、言ってましたね。今は家にいないって」

「えぇ、」

「今、彼が何処にいるかは分かりますか?」

 今度は私が尋ねる。

「んー、何処でしょうか。でも、もしかしたら、またその工場跡地かもしれません」

「何故、そう思ったのですか?」

「え?だって、遊びに来てくれた友達がその田舎から移住して来たって言う女の子なのですもの」

「ほ、本当ですか!?」

 イアンが両手でテーブルをバンと叩き、立ち上がる。突然の事で驚く彼女。

「ほ、本当ですよ、!確か、名前はサリーとか言ったかしら。多分、他にも居ると思いますよ」

 これはまさかの急展開だ。疑わしき存在が向こうの方から動いてくれるとは。

「サテラ、夜まで時間が無い。敵が複数居るならば、早めに動くべきだ」

「そうね」

 まぁ、私には関係ない事なんだけど。

「クレアさん。確か、工場跡地って言いましたよね?それって何処ら辺の事ですか?」

 イアンはこの街の簡易的な布地図を取り出し、彼女に指差すように促す。

「えーっと、確か。街の南東方向にある、廃棄された工場だと思います。この街の大きな工場で廃棄された状態で残っているのはそこだけですので」

「ご協力ありがとうございます」

「イアン、今から向かえば敵を一気に袋叩き出来るかもしれない。対策本部のあるホテルに連絡を」

「分かった。クレアさん、お電話を借りてもよろしいでしょうか?」

「え、えぇ、どうぞ」

「ありがとうございます。お前はどうするんだ?サテラ」

「私は一足先にその廃工場跡地へと向かう。現場に着いたら、張り込みをし、敵勢力の状況把握とカルムが居ないか探す」

「そうか」

「それとだイアン。念の為、街の閉鎖を更に促してくれ。敵を確実にその工場跡地で仕留めたい。南東エリアに守りを固め、近辺の住民は皆、避難させせておけ」

「分かった、任せておけ。お前も勝手に動くんじゃねぇぞ?」

「分かっているさ」

 こうして私とイアンはそれぞれの役割を決め、動く事となった。

 

 

 
 

 
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