夜が長いこの世界で

柿沼 ぜんざい

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-第6夜- 廃工場の人質

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 南東の廃工場跡地付近に私は今居る。先程、屋根の窓から中の様子を伺ったが、予想通りの状況であった。いや、予想していたより最悪と言うべきだろうか。カルムのおばあさん。クレアの言う事は正しかった。彼に最近出来たという遠い田舎村から来た集団の友達が“狼”であったんだ。彼一人を人質に取っているのは予測出来たが、まさか彼の家族3人までもが人質に取られていたとは思わなかった。そして、既にそのうちの一人は……。


 * * *


〈カルム・トリー視点〉

 サリー達は夜になったら作戦を決行すると言った。僕らを人質にし、教会の聖職者と交渉。街の外へと出してもらう計画だ。何故、彼女らが夜まで待つか。それは日が昇る頃だと、人狼本来の姿。強さを発揮出来ないからという。それまでの間は僕の家族を使って遊ぶと言い出したのだ。男の人狼は母と妹を強姦し、乱れ狂う。女の人狼は僕の父で遊んでいたが泣き喚く、その姿にイラついたのか、そのまま捕食し殺した。挙句の果てに「この男はつまらないし、味も最悪だ」と言い捨てたのだ。僕は……僕は椅子からその様子をただ、だだ、じっとして眺めているしかなかった。何度も何度、イカされる母と妹の姿を見ているしかなかったのだ。

「ごめんね、私の仲間がカルムの父さん殺しちゃったみたい。でも、私に免じて許してよ?ね?」

「……どういう事?」

 僕は涙が止まらなかった。静かに熱い涙を流す僕に対し、彼女は僕の横で腰を低くし、中腰で話す。

「カルムは私の事が好きなんでしょ?」

「え、」

「だから私や皆の事を話さなかった。そうでしょ?」

「み……見てたの?」

「うん。ずっと見てたよ、あれから」

 あの現場を見てから、ずっと誰かに見られているような気がしていたけど、それは間違いじゃなかったんだ。サリーが僕を見張っていた。

「話そうと思えば、話せたのに、私たちの事は話さなかった。それはカルムの中で迷いがあったからでしょ?」

「……」

 図星だった。僕は最初、全てを話す為に聖職者らに証言をしに行った。だけど、言えなかったんだ。サリー達にもしかしたら、見られているかも。殺されるかもっていう心配よりも、彼女の事を守りたい。言いたくないって気持ちの方が勝ったからだった。だけど、この判断が僕の父や母。妹のカリンを危険に巻き込み。そして、父の命を奪う結果となった。

「ありがと。嬉しかったよカルム。正直言うとね。私たちは君の事をただ利用していただけなの。この街に馴染む為に、君の亡くなったお兄ちゃん代わりをしていただけなの。だけど、今回の事で本当に感謝している。だから……」

「だから?」

「お母さんや妹さんみたいな思いしたくない?」

「え?」

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

「お父さんみたいに気持ちいい事、シてあげようか?」

 
 * * *


〈イアン・トルコス視点〉

 その後、ホテルの対策本部に連絡をした俺は特務殲滅課に警務局へ連絡をしてもらう様にお願いをした。南東エリアの守りを固めるのに協力してもらう為だ。それに、もし仮に奴らが工場跡地に既にいなかったとしても南東エリアさえ抑えれば、他のエリアに行く事は出来なくなるからだ。こうして奴らの活動範囲に制限を掛け、確実に追い込むという訳だ。既に南東エリアの囲いは完成しており、俺たちが後はサテラと合流するだけだ。

「工場までの距離はあとどれくらいだ?」

「このままのペースで行けば、5、10分程で着くかと」

「そうか」

 今回の作戦にはなんと、課長のトルグレムと副課長のメイルまで直接出向いて下さっている。なんとしても今日、このエリアで確実に仕留める訳だ。

 たった一人、単独で現地へと先入りしたサテラの事を誰も心配に思わない。彼女の強さを皆が把握しているからだ。下手したら、今回の人狼も彼女一人で全滅出来るのではないか?とすら思う程であった。

「おい、イアン。確証はあるのか?課の3分の1は連れて来たぞ。警務局からもかなりの数を借りて来た。もし、これで勘違いだったとしたら、他のエリアの守りが薄くなる。タダじゃ済まないぞ」

 メイル副課長が脅し気味に俺に問い詰めて来る。

「確証はありません、が。確信はしています。俺はアイツの直感を信じていますから」

 現にこれまでも、彼女は直感で事件を解決に導いて来た。不思議な程に彼女はそういうのに優れている。“眼”や“鼻”。それだけではなく、人間自身でも分からない第6の感覚。“シックスセンス”。それに彼女は恵まれているような気がするのだ。

「まぁ奴の事だから、多少は信じられるがな……」

 険しい表情でメイルはそう言った。


 * * *

 そして、視点は私に帰って来る。依然として、中の様子に変化は無い。強いて言うなら、サリーと思しき人狼の少女が色仕掛けを彼にし始めた事ぐらいだろうか?まだ幼い少年に対して、なんて不埒な事を。

「イアンは何をしている。まだなのか?夜まで時間が無い」

 既に辺りは薄暗くなっていた。臙脂色の夕日も半分程、消えている。屋根の上に座っているのも飽きて来た頃だ。すると、遠方より白鳩が飛んで来る。それは私の赤い腕に止まった。

「教会の伝書鳩か」

 口には小さな手紙を咥えていた。それを受け取ると、鳩はまた来た方へと飛んで行った。

 手紙にはこう書いてある。

『南東エリアは警務局と協力して完全に封鎖した。今、俺たち特務課は工場跡地の付近まで来て待機している。結果を報告しに戻って来い。合流をしよう』

 と。

「付近までって何処だ?随分と大雑把な手紙だな」

 一先ず、私は中の奴らにバレぬようにゆっくりと屋根から地へ飛び降り、付近を探した。少しして、イアン達を見つけて、なんとか合流が出来たんだ。

「イアン、手紙の内容がざっくり過ぎる。あんな連絡じゃ分からない。せめて目印となる場所を教えて欲しかったよ」

「悪いなサテラ。で、中の方はどうだった?」

「良かったと言うべきなのか、私の勘が当たっていた。カルムのおばあさんの言う通りだった。奴らは中に居た。それも複数で恐らく、あれで全員であろう」

「遠い田舎の村から越してきたという集団か?」

 メイルは私に尋ねる。

「あぁ、奴らで間違いない。人狼だ。狼にはまだ姿を変えてないが、その片鱗を既に見せている。そして、これは予想出来ない状況であったが……中に3人の人質がいる」

「3人?カルム1人じゃなくてか?」

「あぁ、厳密に言えば4人だった。カルムとその父、母、妹と思しき存在。彼らに奴らは不埒な行いをした。その中で反応が良くなかったか、ただ単純に飽きたのか、父親が女の人狼に捕食されて、死んだ。済まない……見殺しにするしか出来なかった……」

「そうか、だが仕方の無い事だ。独断専行をすればお前なら確実に奴らを倒せるかもしれない。だが人質が皆、犠牲となるかもしれないからな。作戦を決行する為には仕方のない事だ」

「しかし課長。奴らが人質を取っているとなると、やはり目的は我々との交渉でしょうか?」

 イアンは尋ねる。

「あぁ、だろうな。恐らくは人質を手に、街の閉鎖を解き、外へ出せとでも言うつもりだろう」

「勿論だが、我々は“狼”との如何なる交渉にも応じない。そうだよな?トルグレム」

「あぁその通りだ、赤ずきん。夜まで時間が無い。早速だが工場内へと突入する。先陣を切ってくれるかな?」

 課長の問いに私は「あぁ」とだけ答えた。こうして私たちは“狼の群れ”と“人質”の居る工場へと向かって行ったのだ。

 
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