夜が長いこの世界で

柿沼 ぜんざい

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-第14夜- その場所は人狼の遊び場

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 彼の言う人狼の拠点があるとされる場所に着く頃には外は暗く、夜になり変わりつつあった。肌寒い風が私の頬を撫でるようにして吹き抜ける。この感覚が何処か懐かしく感じられた。

(見た感じ、飲みの裏路地街って感じだけど)

 まだ夜遅くって訳でもないのに裏の路地街は凄い人集りだった。こんな時間から飲んでいるとは……どいつもこいつも。

 (ホントにこんな所に奴らの拠点アジトがあるのか?)

 少し歩いていると、そこにはなんと警務局の制服を着た若い男数名がビールの入った樽を交わしていた。勤務外なのだろうか?制服を着ている彼らが今、非番には見えないが。

 (この街、本当に腐ってるかも)

 そんな事を心はの中で思っていると、目の前から顔を赤くした酔っ払いの中年男性がやって来る。

「おいおい、お嬢ちゃん。まだ夜中じゃないっていうのにこんな時間にこんな所を一人で歩いちゃって…ひっく、お出掛けかい?…ひっく」

 アルコールの混じった彼の息が私の顔に直に掛かる。非常に不愉快だ。そして何よりも臭い。

「そうだけど?それが何か?」

「おいおい、いかんないかんな。全く、感心せんよぉ。ひっく、ひっく。この辺りはな?夜遅くになると、なんでも化け物が出るっていうんだよ。ひっく、ひっく。そうそう、あのぉ~、なんて言ったっけか?」

「もしかして人狼の事?」

「あぁ、そうそうそれそれ。人狼だ、人狼。ひっく、ひっく。それだけじゃなあい、この辺りはあまり治安が良くなくてな?ほら見ろよ、あそこ。制服着た警務局の方々が飲んでるだろ?ま、そうそう事だよ。ひっく、ひっく、」

「それは知ってる。それで?」

「だからぁよぉー、あんたみたいな一人身の若いお嬢さんが俺はほっとけないんだぁ。お節介かもしれないがよぉ~?ひっく、ひっく、」
 
 この中年男性はまるで下心というものを隠すつもりがないらしい。

「なるほど、そうですか」

「んだぁ。お嬢さん、何処の人だぁ?見慣れない顔だな。服装も見た感じ、ここら辺の地域のものではないが……」

「森と山と大自然に囲まれた小さな田舎の街出身なもので」

「ほうかほうか。ひっく、ひっく、。ここには出稼ぎか、何かか?」

「まぁ……そんな所」

「ほうほう。なら、おじさんで良ければ、案内してやろうかぁ?この裏路地の汚ったない飲み屋街をな」

 正直、迷ったが私は彼の提案に乗っかり、この裏の街を教えてもらう事にした。

「ここにはよく来るの?」

「んー、まぁ、そうかな」

「そう。警務局の人はいつもあんな感じ?」

「あぁ、そうだ。中にはちゃんと真面目に働く者もいるが大半はここで飲んで時間を潰している」

「そんな感じがするわね。ここ、良い場所だね。思ったより。私は嫌いじゃないかな」

「お、お嬢さんも飲める口かい?」

「んー年齢的には。でも、お酒は苦手かな。だけど、こういう雰囲気の店とか、路地裏は嫌いじゃないの」

「そうかそうか。ならお酒以外も飲める店へ連れってやるぜ」

 と、こんな感じで私はこの中年男性と飲み屋へと行ったのだった。勿論、彼の奢りである。ジュースを頼んだ私は彼と乾杯をし、目の前に並ぶと豪勢な食事を摂る。クレープを食べて以降、何も口にしていなかった私からしたら、これは至福の時であった。

「そいやお嬢さん、名前は?」

 中年は骨付き肉をかぶり付きながら尋ねる。

「サテライト=ヴィル・アストレア。長いからサテラって呼んで構わない」

「そうかそうかい。俺はな、マグレー・フィッシャーって言うんだ。気軽にマグレって呼んでくれ!今日はよろしくな!」

「えぇ、こちらこそよろしく。マグレ」

「サテラは確か田舎の森の街とか言ってたが、それは何処の事だ?そんなありきたりな街は幾らでもある。肌もやけに白く綺麗だ。もしかしたら国外の雪国から来たのか?」

「出身も育ちもメルエム。生まれはアルフェストという小さな街…だったと記憶してる。両親は不仲で喧嘩が絶えない生活を送っていた」

「アルフェストか、聞いた事はある。近くに大きくて広い森があるって。大変な幼少期を送って来たんだな」

「えぇ、まぁ。なので週末はよく叔母の家に遊びに行っていたの。その森……カファネスに叔母の家があってね。決して近くは無かったけど、実家うちで寝るよりは良かった。それにあの人の作るご飯は温かくて美味しかった」

「そうかそうか。それは良かったな。なら稼いだら、森の叔母さんに金を入れてやるといい」

「……もう、いないですよ叔母は」

「あっ?」

 マグレは白い髭を口に付けながら、驚いた顔をする。こういう反応はもう見慣れた。

「私が10の時に人狼に殺された。だから、もう居ない。故人なんだ」

「そ、そか。悪かったな。変な事言って」

「いや、いい。もう慣れた事だ。気にしないでくれ」

「あ、あぁ、ならいいんだが……」

 これ以上、重たい空気にしたくなかったのか彼はその事についておろか私に触れてこなかった。自分が面白いと思っている事を得意げに語り、少しでも気を紛らわして、私を景気付けようと明るい話をしてくれた。それがなんか彼に変に気を使わせてしまっている感じがして、少し申し訳なく思ったんだ。

 食事を終え、店を出る頃には外は真っ暗で来た時よりも多くの人で路地は溢れかえっていた。

「ご馳走になった。ありがとうマグレ。食事も話も最高だった」

「いーや、なんのなんの。ひっく。こっちこそ、あんたみたいな可愛いお嬢さんとお喋りや食事が出来て良かったよ」

「そう。なら良かった。ありがとねマグレ。じゃあ、私はこの後、行く場所の予定があるから。それじゃあ、ここで」

「お、おい。もう一軒……」

「まるで下心を隠す気がないなマグレ。この後の事は次にお預けだ。もし、またあんたと会う機会があれば、次は幾らでも付き合ってあげるよ」

 私は落ち込む彼に笑顔で手を振り、闇の中へと消える。

 (丁度いい時間潰しになったかな。奴らの拠点は恐らくこの近辺だ。そして、人を襲うとするならば、そろそろかな)

 明るい路地裏の小さな街を抜けた私は暗く静かな場所へと来る。辺りに人の姿は見えない。

 (あの男が言っていた拠点とされる場所はすぐ近くの筈だが……おかしいな。人っ子一人気配が感じられない)

 私としては、人狼が人を襲っている所を確認し、その人狼を取っ捕まえて話を聞き出す……って言うのが理想な流れだったんだけど。

 そんな上手くはいきそうにも無さそうだ。

 ふと、見上げた夜空には青白く大きな月が出ている。満月では無さそうだ。

「……風が寒いな。こんな事、さっさと終わらせたいんだが……」

  

 闇の中から声が聞こえて来た。いつの間に現れたのだろうか?まるでその事を匂わせなかった。

「そっちから、お出迎えしてくれるとは思わなかった。お掛げで探す手間が省けたよ」

「へっ、お前の事は仲間から聞いている。何やら、俺らの事を嗅ぎまわっている聖職者がいるってな。警戒をしていたんだが、誰だと思ったら、こんな華奢なお嬢さん一人じゃねぇかよおい。教会は人手不足なのか?」

 闇から現れた男はその黄色く光った目で私を撫で回すように見つめていた。口から多く水分を含んだよだれを垂らしている。

「そうかも。でも、少なくともお前一人には私一人で十分」

「何?」

 人狼は私のスピードにはついて来れなかった。瞬時にその両腕を斬り落とし、両脚を切断した。狼になる隙さえも私は与えたなかったのだ。月夜に反射する白銀の刃を彼の口へと向ける。

拠点アジトを教えて」

 彼の目には今、絶望的存在となっている私の姿が映し出されているのだろう。

 意外にも素直に教えてくれた彼のおかげで私は敵の拠点へと辿り着けた。

 途中、聞き込みの道中であった少年の話を忘れてしまった為、路地裏の飲み屋の街に着いてからどうすればいいか分からなかったが、あの時の彼の目撃証言が目的地に限りなく近かった事が今に分かる。

 だが少し気掛かりな事があった。

 (中はやけに静かそうだな。本当にここが奴らの拠点なのか?あの人狼が嘘を吐いた可能性もあり得るが……)

 地下へと通じる大きな木製の扉の前で私は耳を当てながら、そんな事を思っていた。先程の人狼は既に殺してしまった為、もう聞き出しようがない。これなら彼の脚を落とさないで、案内させれば良かったと少し後悔をしている。

 だがこのまま、こうしていてもらちが明かないと思い、私は中へ入る事にした。扉をゆっくり開けると、そこには生々しい光景が広がっていた。

「ようこそ!我らの地下へ!若き教会の聖職者、サテライト=ヴィル・アストレア!君がここに来るのを私は待っていたよ!」

 扉の先で私を待ち受けていたのは貴族風の若い男だった。金色の長髪と白い彼の肌色が見事に合っている。広がる光景には全裸にされ、ご奉仕を尽くす若い女性の人々。それを愉しむ人狼達。地に倒れる死人は彼らに歯向かったのか、用済みとして捨てられた存在なのだろう。

 ここが、この街を巣食う存在。人狼の集団の拠点だったのだ。

「随分と歓迎してくれるな。何故、私の名前を?」

「あれ?僕の仲間から聞いてないかい?僕らを嗅ぎまわっている聖職者がいるって。だから、何となく君の存在には気付いていたんだよねぇ。それがまさか、あのサテライト=ヴィル・アストレアだったとは。歓迎するよ僕は」

「私はそんなに名が知れているのか?」

 玉座から降りた彼はレッドカーペットの上をゆっくりと歩きながら私に近付いてくる。

「そりゃあ、勿論さ。我ら同族を沢山狩っている若い女の子がいると一部の人狼の間ではそりゃ有名さ。そして君は我々の間では、こう呼ばれている」

 真ん前に立った彼は足を止めると、私の顎をクイッと上げてこう言った。

    と」

 

 

 
 
 
 

 



 

 
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