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魂年齢

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 私、東堂冬美とうどうふゆみのハッキリとした意識、記憶。それは七歳の夏、海で溺れ助かった時からのものである。
 それまでもよく、大人しい子だ、大人っぽい子だと言われてきたけれど、それを境に……確かに私は変化した。

 何故かというとそれは、人の魂、その年齢のようなモノが『ワカル』ようになったから────


 高校一年の終わりに転校した高校で、二年となり二学期の始まったある日のこと。授業も掃除も終わり、特に会話する相手もいない私は、すぐ部室へとやってきた。
 ここ、チェス部は三年生が大会後に引退して随分と人数が減り、今日は特に一年生達が林間学校でいないため、部室にいるのは私ともう一人の二年生しかいない。

「へぇ、そうなんだ、面白いじゃん」

 そう言ったのはそのもう一人、鈴木彩穂(あやほ)だった。
 彼女とは転校直後、あることをキッカケに仲良くなり、まだどの部活にも所属していなかった私が誘われる形でチェス部に入り、現在に至る。

「それって、数字とかで見えるの?」
「それだったらわかりやすいんだけどね。数字とかで見えるわけじゃないよ。なんて言ったら良いんだろ……」

 なんでこんな話になっているかと言うと……。私がチェスの棋譜を見ながら、自分だったら次の手は……とか考えながら並べている最中に、うっかりポロリと呟いてしまったことが始まりだった。

 彩穂が同じクラスの葉子という人と言い合いになったらしく。彼女はどうしてああなんだろう、どんなふうに説明してもわかってくれない、と憤り文句を垂れ流しにしているところに、

「あぁ……葉子ね……。理解が追いつきにくいのもしょうがないかもね──魂年齢若そうだし」

 一年の終わりだけだったけど、同じクラスだった私は彼女のことを思い出しながら、そう呟いてしまったのだ。

「魂年齢……?」

 はじめ、不思議そうな顔をしていた彩穂は、その言葉の意味からある程度の何かを想像したらしく、すぐに食いついてきて私を質問攻めにしていた。

「数字は見えないけど、雰囲気でわかる、と。ちなみに私はどれくらいなの?」
「んー……」

 あまりこの手の話を友人とでもしたくないと思っている私は、言い淀み止まってしまう。

 過去、姉や母にこの話をした時、嫌そうな顔をされた上に、スピ系のテレビや本の読みすぎじゃないかと言われ。事あるごとに『そっち系の考えはわからないから』とやんわり忌避されてきていて、あまりいい思い出がない。

 あと、私にとっては呼吸をするのと同じくらい普通のことでも、大抵の他の人達にはソウではないのだともう知っているから……。

「冬美、私は別にスピ系の話も好きだから大丈夫よ?」

 知ってるでしょう? と言ってにっこりと笑う。

 確かに彩穂は元来のミーハー気質も手伝ってか、テレビに出てくる占い師の話や本日の運勢、雑誌に載っている今月の運勢なんかもしっかりチェックを入れていて、よく話題にもしている。

 私が話すことを足踏みする理由はそれだけではないのだけれど……

「彩穂は結構年行ってる感じかな……」

 家族の理解が得られないとわかった私は、家でそういった話をすることはなく。本屋や図書館でそういった本を読むようになっていた。インターネットが使えるようになってからは、そこで色々な情報を検索し、どんどんと知識を増やすこととなった。

「あと……多分だけど、他の星から来てる感じ──」
「……星……」

 再びポカンとしている彩穂を見て、私はまた『しまった』と思った。けれど、これもまたご縁かなと思い、もう少し正直にその先を話してみることにする。

「人と話してる時、なんだか話の受け答えがおかしいな、合わないなって思うことある?」
「……!……ある……!」

 彼女と一緒にいるようになって、わりとすぐに気づいたこの事、今では確信に変わっていた。

 よく会話の中心にいる彩穂は、誰かが何かを言った後、考えるようにして黙ることがよくあった。でもその沈黙は一瞬で、他の人はおそらく違和感すら感じていないだろう。

「どうしてわかったの? すごい……!」

素直に感心しているらしい彩穂は、目を輝かせてそう言った。

「すごくはないよ……。ソウイウコトがあるんだって知ってるからわかっただけで」

 普段受けることのないような眼差しに、今まで感じたことのない、どこかこそばゆい感覚がする。

「彩穂は、話が合わなくても、どうしてだろう? って考えて、当たりをつけてから会話に戻ってきてるでしょ?」

 わかっているわけではなく、当たりをつけて戻ってきている。だから時々トンチンカンなことを言い出してしまうが、持ち前の人懐こさと人当たりの良さで、乗り切っている。

「合わない理由は、他の人の思考回路と彩穂の思考回路に隔たりが大きいから」

 話すことで友人と思える人を、また失うかもしれない。けれど、話してしまうのは一人だけじゃ寂しいという私の弱さからくるものか、それともまた別の理由からか──。
 わからないけれど、彩穂には話そうと何故か思ったので、私は続けた。

「コレは色んなもの読んで、感じたり考えたりした私なりの解釈なんだけどね──。沢山の人と話が合わない、って言う場合は宇宙から……別の星から来た魂の人が多いと思ってるの」
「宇宙……別の星──」
「家族全員別の星から来てる場合はアレだけど、家族とも合わない場合には特にその可能性は高いと思ってる。」
「うん、家族ともあんまり合わない」
「そっか……」

 話が合わない、というのは完全に私の勝手な憶測なのだけれど、こういうふうに考えることでしっくりくることが多いのだ。

「宇宙から来た魂で、まだ日の浅い……若い魂の人は人の輪に入れないことも多くて。でも、何か能力に秀でた人が多いみたい。彩穂は二年生だけどチェス部のエースで人より秀でたものがある」

 先日の大会にて全国大会で二位となり、その集中している時の彩穂は本当にすごかった。まるで光に包まれているかのように、私には見えた。

「けれど、さっき言ったみたいに、周りに合わせる方法を知っている。それは──たとえば……彩穂の魂は何度もこの地球上で転生を繰り返していて、経験が……それも良い経験っていうのかな……。そういうのが豊富で、どういうふうにしたら周りと問題なく過ごせるかを、魂が知ってる」

 そういう点で、前世の何回かは日本人だったんじゃないかとも思っている。

 今こうして、普通の人からしたら突拍子もない事を話ししていても、彩穂は興味の光を宿した目で私を見ている。それは彩穂が、自分とは違う意見でも知ろう、知りたいという考え方をしているからに他ならないだろう。

「なるほど……。一見突拍子もない感じの話な気がするけど、なんだかストンと心に入ってくるわ。その話……」

「まぁ、その勘でいくと葉子は魂が若くて、彩穂とはまた別の宇宙から来てそうだから──」
「別の宇宙……?」

 私が葉子についての勝手なイメージを話そうとし、彩穂がまた新たな情報をおうむ返しに言う。すると、誰かが慌ただしく廊下を駆けてくる音が聞こえ……

「さっきはごめん、彩穂!」

 葉子がチェス部の扉を勢いよく開いた。見ると彼女のおでこには何故かタンコブが。

「ど……どうしたの、そのタンコブ⁈ 大丈夫……⁉︎」

 彩穂の言葉に葉子は言う。

「タンコブ? 大丈夫、さっき転んだ時に壁に打ちつけただけだから! それより、さっきの事だけど──」

 問題の核だけでなく、余分なことまでしゃべりまくる葉子に、意味がわからず彩穂の頭上にはてなマークが見えた気がして。苦笑しながら私は葉子の話を要約してみる。

「さっきは彩穂が何でそんなこと言っているのかわからなかったけど、部活に向かう途中、誰かの置いた鞄に足を取られて転んで壁に頭ぶつけた瞬間に、何故か理解できた。と──」
「そう! 気づいてみると、なんでそんなこと分からなかったんだろうって感じてさ……本当にゴメンね……?」

 私の言葉を肯定して、葉子は彩穂に再び謝った。

「ゴメンはいらないよ……葉子の言ってことの意味も、私はわかったもの……。きっと私の説明がもう少し上手だったなら良かったんだよ。こっちこそごめんね……!」




 これまでの、彼女達の話を総合して私なりに状況を想像すると。

 文化祭の準備について、材料の仕入れ先を何処にするかという話し合いをしていて。予算の関係もあって、少しでも安い所を探そうということに決まる。

 そして、クラスんみんなで意見を出し合って仕入れ先を決めた直後、葉子が言った。

 その材料は、クラスの中で葉子と親しい子の親が働いている会社で調達することが可能で、その方が安く手に入れることができるのに、と。

 実行委員として話をまとめていた彩穂は、その子の表情を見て、葉子が勝手に言っていると思ったそうで。
 そして、今日明日で購入しないと間に合わなくなってしまうから、それはやめておこう、と発言した。

 そこから話は平行線のままそれぞれの意見の応酬が続き、時間が来て先生が話し合いをストップさせ。
 とりあえず時間もないし、その子が親に確認をとって許可が出るまでどれくらいかかるかもわからないから、先程みんなが決めた店で仕入れよう、ということと言ってその場は収められた。




 二人は、明日改めて話をする約束をして葉子は自分の部室へと走っていった。

 嵐が来て去ったかのような感覚に、私が一息つくと、彩穂が聞いてくる。

「あれは……本当に理解してくれてるのかなぁ……?」
「キッカケはどうあれ、その事についてだけは理解したと思うよ」

 私は苦笑しながら答えた。

 私の話した事が、本当かどうかなんてわからない。実際に見てきたわけではないし、前世の記憶があるわけではないから。

 ただ、そう信じている人たちがいて、自分もその一人で。ならばソレが本当だとしてもおかしくないんじゃないだろうか。

 スピリチュアルの世界に関しても、まだ私の知らないことは沢山あるだろう。いつか知ることになるのか、ならないのか。今はただ、何かを待っているような気がする。

「でも、次もまたこういうふうに理解してもらえるとは限らないから、覚悟決めてね……」
「あははは、こればっかりはしょうがないね。次はもしかしたら私の方が何か間違うかもしれないし。まぁその都度じっくり話していくよ!」

 そう答える彩穂は眩しく。その背後に光る何かを感じた気がした。
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