薄紅色の図書室(短編集)

mamorie

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「夢」×「手」

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その天使さんは夜中の0時になると現れるという。
たおやかに靡く金の長髪に、真っ白でふわふわの羽。

振り子時計の後ろにちょこんと隠れ、0時になると眠る者に祝福を与えてくださる存在だ。
この街ではその天使さんを一目見ようと、皆が皆振り子時計を買い求める。

僕はそんな時計屋の店主だ。

時計は売れば終わりというわけでなく、毎日修理やメンテナンスもかかせない。
行く先行く先噂の天使さんの話題でもちきりで、中には

「天使さんが絶対隠れそうな振り子時計を作ってくれ」

なんていう輩も存在する。

「現れないから素敵なんでしょう」

そう微笑む僕に、客はどこか不服そうに冷めた目を向けてくる。

実際天使さんの目撃情報は少ない。
何しろ寝ている間にいらっしゃるのだ。
逆に言えば、寝ていないと来てくれない。

少ない目撃情報も、朝起きたら窓を閉めていたはずなのに、真っ白い美しい羽が部屋にあったというだけのこと。

だが、その羽を見つけたものは皆幸せになった。
巨額の富を得、不治の病が治り、麗しい美女と結婚した男も存在するとかで、この街で天使さんの存在を疑うものはいないのだ。


ある日仕事に疲れ書斎のソファでうたた寝をしてしまった僕は、とある夢を見た。
冷たくて白い手が優しく僕の髪の毛を撫でてくれる。
こんな風にしてもらったのはいつ以来だろうか。
何度も頭の上を往復する手にどこか懐かしさを感じた。

優しいその手を、僕はきゅっと握りしめる。
少し驚いたのだろうか。ビクッと動くその手すら今は愛おしい。

はっと目を覚ます。
カチカチと鳴る時計を見ると時刻は0時5分。
隣には、たおやかな金の長髪と真っ白い羽を持つ天使さんがいた。

「あら、捕まっちゃったのね」

天使さんは困ったようにふふっと笑った。

僕は、寝ている間に天使さんを捕まえてしまったのだ。

謝りながら手を離すと、天使さんはもう一度きゅっと優しく握ってくれた。
天使さんの冷たい手が、僕の体温と合わさって同じになる。

「あなた、わたしのこと...」

天使さんは何か言いかけようとしてやめた。

「やっぱりいいわ。本当は眠っていないと祝福を与えちゃいけないのだけど...あなたは特別。祝福をあげるわ」

握った手に力がこもる。

「待って!祝福なんていらない。あなたのことが知りたい、です...」

僕がそう言うと天使さんは大きな瞳をパチパチと瞬きさせ、またふふっと笑った。
握った手が離れる。少し名残惜しい。
天使さんは人差し指を僕の口元に当て、

「じゃあね」

と微笑んだ。

瞬きをすると、天使さんはもうそこにはいなかった。

それから僕はもう一度眠ってしまったようで、また夢を見た。
今度の夢は亡くなった父の姿があった。
病床に伏す父の隣に、金髪と真っ白い羽が美しい天使さんがふわっと現れる。
天使さんは父の手を握ると何かを囁いた。

「祝福なんていらない。君のことを教えてくれ」

父の声がする。
天使さんはあの微笑みを父にも向けた後、

「じゃああなたの子供に祝福をあげるわ」

と言った。
父は満足そうに微笑んで、そのまま死んだ。

夢は続く。
眠る者の隣にふわっと現れていたはずの天使さんは、あれから振り子時計の後ろに隠れるようになった。
そして眠る者に祝福を授けたあと、真っ白い羽を優しくちぎり、振り子時計の後ろに置いた。

ふと、夢の中の天使さんがこちらを向いたような気がした。
天使さんはそのまま人差し指を口元に当て、
「天使さんだって、万能じゃないのよ」

そう囁いてくれた気がする。

はっと目を覚ます。振り子時計は朝の5時を指していた。

振り子時計の後ろには、天使さんのように真っ白で、天使さんのように綺麗な羽が置かれていた。

僕はそれを拾い、振り子時計を優しくなでた。
そしてぐっと伸びをして、

「今日も頑張るぞー!!!!」

お空にいる天使さんに聞こえるように叫んだのであった。


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