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第一部 第一章 混沌の世界

6・そんなんじゃないんだから

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 午前九時三十分。タブレット端末に表示された時間です。
 お店の壁にある時計も同じ時間を指しています。

 私が居た世界では夜でした。この世界に移動した時は昼。
 そして時計の示す通り、今は朝。

 私は夜から昼の世界に飛ばされたのではなかったのでしょうか。
 あの一瞬で、実は時間の流れは夜から昼に進んでいたのでしょうか。
 そして元の世界とこの世界では、流れる時間は同じなのでしょうか。

 通う電気や水道、謎の翻訳機能。

 この世界で難しい事は、考えない方がいいのかも知れません。

 そう思わせるような出来事が、今日も起きました。

 店内の時計が示す時間は元の世界では、CDCの二便が届く時間でした。
 お弁当やおにぎりが届く時間です。
 
 それは一日に三回、一便から三便まであります。一便は日付の変わった夜中です。
 二便は朝の九時過ぎに来ます。
 まさにそんな時間に彼はやって来ました。

「おはざまーす」

 カウンター内を掃除していた私は、突然の訪問者に驚きます。

「お、おはようございます」

 外には馬車が停まっていました。幌付きの立派な馬車です。
 彼は木箱を馬車からいくつも降ろして、次々と店内へと運び始めました。

「あ、あの……どちらさまで?」
「俺ですか? 俺は王都配送センターのフーゴってもんです」

「えと、フーゴさん。この荷物は?」
「ご注文の品ですよ。中身は、ポーションですね。確認してください」

「……ポーション」

 本当に届きました。発注したポーション。
 木箱六箱に詰められた、小瓶の中身はポーションらしいです。

「ありあっしたー」
「あ! ちょっとまって!」

「はい?」
「これはどこから運んで来たのですか?」

 踵を返そうとしたフーゴさんを慌てて呼び止めた私は、気になった事を尋ねました。

「王都の配送センター。そこの集配所からですよ。うちらは運んでるだけなんで送り主は分かりません」
「そうなのですか……おつかれさま……でした」

「では、これで!」

 フーゴと名乗った方は馬車の御者台に乗ると、颯爽と去って行ってしまいました。
 送り主の事は分かりませんでした。
 木箱をそのままにしておけないので、カウンターの中へ運び入れます。

「結構……重い」

 通常だとPOTという端末で検品をしなければならないのですが、この世界の商品にバーコードがあるわけもなく、ひとつひとつ数えて確認しなければなりません。

「これはヒールかな、キュアかな……あっ」

 ひとつを手に取って調べていたら……ありました……バーコード。

「うそでしょ……」

 バックルームからPOTを持ち出し、検品の項目を選んでスキャンしてみました。

 ピッと何事も無く読み取ったそれは『ハイ・ヒール・ポーション 99』と表示されます。
 発注したポーションに間違いありません。

 ポーションの小瓶にはバーコードはあれど、製造元などは何も書かれていませんでした。

「この商品の代金は誰が払うのよ。まさか振り込めとか?」

 店内に設置してあるATMを調べました。画面は文字化けしています。使えそうもありません。

 後で何らかの形で、請求が来ると思っていた方がいいかもしれません。
 そうなると、この商品もタダで配るわけにも行きません。
 ちゃんと代金をいただいて、それを取っておかないと後々怖いです。



 夜になってランドルフが来ました。

「本当にポーションが届いたんだね」
「はい、届きました。どうしましょう」

「是非騎士団の備蓄に欲しいのだが、どうだろう?」
「あとで請求きたら嫌だから、ちゃんとお金くれますか?」

「もちろんだ。相場通り払うよ」

 レジでポーションのバーコードをスキャンしてみました。

『ノーマル・ヒール・ポーション ¥1000』

 レジのタッチパネルに表示されました。

「千円ですって。わかる?」
「銀貨一枚か。相場通りだと思う」

 私の千円という言葉は、ランドルフには銀貨一枚と聞こえるのでしょうか。

 だとしたら、ランドルフの銀貨一枚と言う言葉は、何故私の耳に千円と聞こえないのでしょう。

 ちゃんとそのまま、『銀貨一枚』と聞こえるのです。本当に謎翻訳です。

「騎士団でどれくらいほしいの?」
「そうだな、全部の種類を……入荷したのは九十九だったかな? 半分は欲しいかな。各五十個だ」

「わかったわ。今持っていくの?」
「明日馬車で応援も連れて来るよ。今はお金も持って来てないしね」

「はい。かしこまりました。お客様」

 ちゃんとお支払い頂けるのでしたら、私に否やはありません。ランドルフの欲しいだけお売りする事にしました。

「しかし、本当に届くとは凄いな。後で違う商品もないか調べておいてくれないか。サオリ」
「そうね。何かあればランドルフに優先して渡してあげる」

「助かる」

 私はついでに揚げ物で使う油が手に入らないか、訊いてみる事にしました。

「ねえランドルフ、王都で食用の油を売っているお店はある?」
「ああ。もちろんあるぞ。欲しいのかい?」

「あるんだ? うちの油を補充したいのよ。少し買ってきてもらえないかな?」
「ああ、構わないよ。明日にでも見てくるよ」

「ありがとう。ランドルフ」

 お店の油はまだ少し予備はあります。でもこの世界の食用油がどんなものか、早めに知っておきたかったのです。

 フライヤーで使う油はずっと使っていると品質が悪くなります。

 今は私専用となっているので、ギリギリまで交換しないでいますけど、酸化した油を使い続けると体に悪いと聞きます。

 コンビニでは油の品質を管理するために、ペーハー紙が常備されています。
 これによって酸化値が2.5以下のうちに油を交換する事になっているのです。
 うちのお店では酸化値がそこまで上がらない内に交換できるように、決められた曜日に週二回交換していました。

「そうだサオリ、明日はポーションの受け取りもあるから来るけど、その次の日からはすこし王都を離れる事になる」
「え?」

「護衛の仕事が入った。十日もすれば帰ると思うが、この辺りの巡回は違う者が回る事になるだろう」
「そうなんだ。気を付けて行って来てね」

「ああ。ありがとう」

 それを聞いた時、私の心に広がった寂寥感に、あっと思いました。まずいと思いました。

 この短期間で既に私は、このランドルフに依存してしまっていたのです。

 恋心……そんな単語も浮かびましたが、それは心の奥に押し込みました。
 私はこの異世界でひとり、生きて行かなくてはならないのです。
 誰かに依存してしまって、それが当たり前になってはいけないのです。

 もし元の世界に戻れる事になった時に、選択を迫られるような事態になりたくはないのです。
 私は元の世界に戻りたい。戻るのが当たり前なのです。
 この世界の誰かについて行こうなどと、考える事もないのです。

 私は自分の心に言い聞かせるように、戒めます。
 だって、二度と帰れないなんて、思いたくないですから。
 きっと、帰れるって信じていたいですから。

 私はともすれば溢れそうになる寂しさを隠すように、ランドルフに告げます。

「私は大丈夫だから、その仕事に勤しんできてくださいな。……私は寂しいなんて思ってないんだからっ……絶対思わないんだから!」

 どこのツンデレですか……。

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