異世界コンビニ☆ワンオペレーション

山下香織

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第一部 第二章 異世界の住人

20・木箱

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 『結界魔法』を試してみたら、一時間しか持ちませんでした。
 範囲も二メートル四方程といった所でしょうか。

 私を中心に発生するその結界は、移動すれば一緒に付いてきます。
 お店にあった結界よりも、透明度が低く、かすかに曇ったように可視化されています。

「これじゃお店全体を守れないわね」
「こーな?」

 いざとなったら、ここに居る天使に頼るしかないのでしょう。

 神様の考えている事は分かりませんが、私の命の保証は、天使の羽根ペンと、ラフィーが全てです。
 
 ですが羽根ペンの使用方法が書かれているメモをざっと見ただけでも、魔力の無い私がこのペン一本で大魔法使いになれるのでは? というくらいの魔法が、いくつも書き連ねられています。

 与えられた恩恵の大きさを鑑みて、もしかしたら元の世界に戻れないかもしれないと、絶望しかけましたが、ランドルフもいつか言っていました。

 ――明日を生きたかったら、過去に囚われるな、と。

 過去ではないのですが、訳の分からない事でくよくよしていても始まりません。
 神様が戻った頃にでもまた、洞窟を訪れて問いただせばいいのです。

 今は生きるために、この魔法の羽根ペンがどれくらい活用できるのかを調べる事が先決なのです。

 私はメモに書かれている魔法を、ひとつひとつ検証しました。
 
 まず『転移魔法』は私が一度行った場所にしか飛べないようです。
 紙に魔法の文字列を書くので、その場所の地名、もしくは建物名なども一緒に書かなければなりません。
 
 あの洞窟の場所はラフィーが洞窟名を知っていたので、その名称、『カミノイワヤ』を魔法の簡略文字列に組み込む事で移動できました。

 先程、洞窟の扉の前に転移しました。

 扉はラフィーが開けられるという事だけを確認して、またすぐにコンビニに戻ってきたのです。
 戻る時は『コンビニ』で済みます。

 これはおそらくこの世界にある『コンビニ』はここだけなので、こんなアバウトな書き方でも通用したのだと思います。

 そして『蘇生魔法』

 エリオットの名前を記入しても、何も起きませんでした。
 ラフィーに訊いても分かりません。

 何かが足りないのでしょうか。

 もしかしたら『エリオット』という文字は、この世界の文字でないと駄目なのでしょうか。

 もしくは本人の遺体がこの場にないと駄目とか……。
 死後数時間というような、タイムリミットがあるとか……。

 まだまだ検証が必要みたいですが、この魔法だけは使えるようにしておきたいです。
 生き返らせる事が出来るのなら、居なくなってしまったエリオットを、何とかしたいと思うのです。

 『回復魔法』は怪我でもしないと試せないので、保留です。

 そしてどうやら、天使だけは魔法の文字列を書かなくても、この羽根ペンさえ使えば、名前の記入のみで召喚させる事が出来るようです。

 たった今、第五天使カーマイルを召喚してしまって、「用もないのに呼ばないでください」と怒られてしまいました。
 これは本来、勇者が魔王の元へ辿り着いた時に、天使の加勢を呼ぶための機能らしいのです。
 
 ちなみに特定の天使の名前を書いても、その天使の都合の悪い時には、違う天使が自動的に召喚されるようです。

 最初に私がミシェールの名前を書いた時に、ラフィーが現れたのは、そういった理由からでした。
 
 せっかく召喚した天使に色々と話を訊きたかったのですが、あまりにも怒っている様子なので、私は何も言えません。
 第五天使カーマイルは、その身長よりも長い金髪を地面に擦り付けながら、プンプンしつつ、歩いて帰ってしまいました。

 次に、『化学魔法』を検証しようとして悩みました。
 化学? 何をどうすればいいのでしょう?

 それは意外にも、ラフィーが知っていました。

「ラフィーできるよ」

 そう宣言すると、スタスタとお店の外に出て行ってしまいました。

「ラフィー! どこへ行くの?」

 少し不安になりましたが、ラフィーはお店を出てすぐに立ち止まります。
 するとなにやら、左手を前に出して掌を開き、右手の人差し指で、目の前の何もない空間に何かを描き始めました。

 ボコッとお店の前の地面に穴が開きます。
 二メートル四方くらいの四角い穴です。
 深さは一メートルも無いくらいでしょうか。

「これは土魔法。これから化学魔法する――えっと」

 続いてラフィーの口から流れ出た言葉は、私には何かの呪文に聞こえました。

「(H2S)(HS-)(S2-)(S)(S2O32-)(SO2)(H2SO4)(HSO4-)(SO42-)3S+2H2O→2H2S+SO2高温で進行」

 見ればラフィーの掌から水が勢いよく溢れだし、みるみる地面に開いた穴を満たします。

「それは水魔法じゃないの?」

 よく見れば湯気がもくもくと上がっています。

「お湯?……この匂いは……硫黄?」
「第四天使フォウに教わった。化学魔法でおんせん」

 温泉ですって? 

 化学魔法で温泉の成分を配合したと言うのでしょうか。
 だとしたら先ほどの言葉は――元素記号? 

 そうだとしても、空気中にすべての元素が含有しているはずもありません。
 まさか……すべてを元から創り出したとでも?
 
「おんせん入る」

 ラフィーはさっさとワンピースを脱ぎ捨て、全裸になると温泉に入ってしまいました。

「ちょっとラフィー、こんな場所で……」

 昼間のこの明るさの中、野外で全裸になれるラフィーは天使と言えど、まだ子供と言う事でしょうか。
 
 でも、……気持ちよさそう。

 ここは草原の真っただ中です。
 人の通りもありません。

「私も入っちゃおうかな……」

 ここしばらく、と言うか異世界に来てからというもの、これまでに一度もお風呂に浸かっていない私は、目の前の温泉の誘惑に勝てそうもありません。

 一度お店に戻り、ハンドタオルを持ってきました。
 本当はバスタオルが欲しい所なのですが、残念ながらコンビニにそれは売っていないのです。

「うう……外で服を脱ぐのって、めちゃくちゃ恥ずかしい……」

 覚悟を決め、お店の制服と自前の靴にジーンズのパンツ、靴下、Tシャツの順で急いで脱ぎ、最後に下着を外しました。

 脱いだ服は地面に直に置きたくないので、お店の商品籠に入れます。

 手で湯加減を確かめたら、温くもなく熱くもない丁度いい温度でした。
 ハンドタオルを広げて胸に当て、さっと素早く入ります。

 髪の毛は元々、後ろでお団子にして纏めてあるので、そのままです。
 お店の規則で、長い髪は後ろで纏めなければならないのです。

「うわあ~気持ちいい~!」
「おねえちゃん、よろこんでる」

「お、おね……!」

 ラフィーは私との約束を、しっかりと守ってくれているようです。
 私の事を『おねえちゃん』と呼ぶという約束を。

「うん、お姉ちゃん嬉しいよラフィー。お風呂なんて久しぶりなんだもん」
 
 本当に気持ちがいい……化学魔法最高じゃないですか。
 温泉に肩まで浸かり、目を閉じるととてもリラックスできます。
 
 私には少し『化学魔法』とやらは難しいようです。
 それを使うには、知識が必要みたいだからです。
 
「ラフィーはよくあれだけの記号を暗記してたねえ。すごいなあ」
「あんき簡単。一度口にだす。おぼえる。わすれない」

 いやいや一度口にしたくらいじゃ、覚えられないしすぐに忘れちゃいます。
 やはり天使というものは、特別な存在のようです。

 お風呂の穴の底と側面は土のはずなのですが、硬質化して石のようにツルツルになっていました。
 これもラフィーが魔法でやった事なのでしょうか。

「ラフィー……お姉ちゃん、温泉が気持ち良すぎて、天国に行きそう」
「いってらっしゃい! おねえちゃん」

 天使に見送られて天国に行けそうです。

「ん?」

 今、何か聞こえたような気がしました。
 それは次第に大きくなり、ドドドという地響きになります。

「え?」

 こ、これは!?

「ちょ……」

 今ははっきりと分かります。これは――

「ちょっと待って!」

 ――馬車だ!

 こちらに向かってくる馬車を目視できました。
 
 速い! どうしよう! どうする!? 私!!

 乾いたタオルを持ってきていない事に気付きました。
 
 濡らしてしまったタオルをとりあえず絞って――
 駄目だ、体を拭いている時間はない! えっと、えっと――

 迷っているうちにも、馬車はみるみる近づいてきます。
 御者台に乗る人の顔も判別できる距離です。

「フーゴさん?」

 配達人のフーゴさんでした。
 結局私は出るタイミングを逃し、温泉に浸かったままフーゴさんの馬車を迎えました。

「ううう……」

 温泉から数メートル離れた場所に馬車を停めたフーゴさんは、驚いた顔をしてこちらを凝視しています。

「見ないで!」
「え? サオリか? 何やってんだそんな所で」

「あっち向いてて!」
「お、おお。これでいいか?」

 良かった。フーゴさんは後ろを向いてくれました。
 私はその隙に素早く温泉を出て、服の入った籠を持って、全裸のままお店に駆け込みました。

 バックルームに入ると、乾いたハンドタオルで手早く体を拭きとり、慌てて服を着ます。

「もう! なんてタイミングで来るのよ!」

 あれ? でもそういえば……私は何も発注していないはずです。
 フーゴさんが配達以外でここに来る事は、これまでにありませんでした。

 なんとか着替えた私は、バックルームのモニターに映る、監視カメラが捉えたフーゴさんの姿を確認しました。

 なにやら大きな荷物を店内に運んでいます。

「なんだろう?」

 カウンターに出てみると、長方形の大きな、人が一人は入れるくらいの木箱が目の前にありました。
 それはまるで、――棺桶のようです。

「フーゴさんこれは?」
「服を着たのか。まさか外で風呂に入ってるとは思わなかったぜ」

 私だってまさか、フーゴさんが来るとは思っていませんでした。
 発注もしていないのですから。

「例の女の子がうちの配送センターに持ってきたんだ。アンタ宛にだ」
「そうなんですか」

 やはり身に覚えがありません。
 いったい何が届いたのでしょうか。

「いや、それより外で風呂に入ってる女の子は誰だ? サオリの子か?」
「馬鹿言わないでください。ラフィーは私の……えっと、……妹です……」

「妹も一緒だったのか? そいつは知らなかったぜ。でも全然似てねえな」

 余計なお世話です。

 そりゃ超絶美少女の天使と比べられたら、月とすっぽん、雲泥の差なのでしょうけど。

「ほっといてください。それよりこれは何なのですか?」
「中は知らねえ。自分で確かめてくれ。じゃあまいど!」

 フーゴさんはさっさと外に出て、馬車に乗って帰ってしまいました。
 
 まだ温泉に浸かっていたラフィーがようやく服を着たようです。
 タオルを渡していなかった事に気付きましたが、スタスタと店内へ入ってくる彼女に濡れている様子はありません。

「どうやって乾かしたの?」
「ん? 風の魔法~」

 天使という生き物は、何でもありのようです。

 さて、目の前の木箱を見つめます。

 私の胸騒ぎは、果たして良い方か悪い方、どちらへ転ぶのでしょう。
 木箱を開けてみるまで、分かりません。


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