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第一部 第二章 異世界の住人
26・私の欲しい家
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「ランドルフ、あの建物は何?」
遠くに五階建てくらいの大きな建物と、比較的近い場所にそこそこ大きな外壁をもつ、球場のような建物が見えます。
「遠くに見えるのが冒険者ギルド本部。近い方が闘技場だよ」
「へえ」
冒険者ギルドと言うと、エリオットも冒険者らしいので、ここの会員とかなのでしょうか。
「闘技場では何が見れるの?」
「そうだな、戦闘士と魔物が戦う見世物をやっているよ。ここから近いから見ていくかい?」
「うーん。特に興味もないからいいや。それよりも、おうちが見たいです。豪邸! そろそろ見に行きましょう」
ギルド本部も闘技場も、わざわざ足を運んで見に行きたいと思えるようなものでもありません。
私の最大の目的を達成するべく、この世界の邸宅を見学する事を選びました。
「なら馬車を拾おう。ちょっと待っててくれ」
ランドルフはそう言うと、一人で走って行ってしまいました。
馬車を拾う? 馬車が落ちているとも思えないので、それはつまり――
「おうい、こっちだ!」
道の向こうで手を振るランドルフが、ゆっくり走っていた馬車を停めました。
「サオリ! おいで!」
想像した通り、タクシーのようですね。
ランドルフに手を引かれて、その馬車にラフィーと乗り込みます。
「誰かと思ったらランドルフ様じゃないですか。どちらに行かれますか?」
「ああ、俺の事を知っているのか、なら話は早い。家までやってくれ」
「かしこまりました」
御者台の人と話をするランドルフは、行き先も告げずに乗り込みます。
「家まで? ランドルフの家に行くの?」
「ああ、うちは普通よりいくらか豪華だと思うからね。中も入って見学できるから、他人の家よりもいいと思うよ」
それは、……確かに中も覗けるのなら、それに越したことはないのですが。
どうにも嫌な予感がします。
もしかしてこの人……。
「着いたぞ」
王都の中を馬車で三十分も走りました。――時計が無いので体感ですが。
かなり外れまで来たようです。
着いたと言われましたが、馬車はいまだにゆっくりと走っています。
「もしかして王都を出てしまったの? ずいぶんと走ったよね」
なにせ、目の前には森が広がっているのです。
家らしきものも見当たりません。
「いや、もううちの敷地内だ。もうすぐ見えてくるよ」
「はい?」
さらに五分も経った頃、確かに見えてきました。
家? ……というよりも。
「お城!?」
普通よりいくらか豪華って言ってましたよね?
そんなレベルじゃないと思います。
豪邸というのも違うと思います。
だって……お城が建っているんですもの。
先ほどの私の予感は的中しました。
「ランドルフ、あなたってもしかして……いいとこのお坊ちゃん?」
「いや、そんな事はないよサオリ。この家はたまたま国王が譲ってくれただけだし、両親とも国王にこき使われている身分だよ」
いや、……なんか違う。
国王が普通の人間に、たまたまお城を譲ったりしないと思います。
身分の低い者を、国王の傍で働かせる事もないと思います。
どこが玄関なのか分からない、玄関口と思われる場所に馬車が停車すると、何処からともなくメイド服のうら若き女性たちが現れ、馬車の前に整列しました。五人も居ます。
私の手を取って馬車から降ろしてくれたランドルフの傍に、白髪の燕尾服姿の老人がいつの間にか立っていました。
「お帰りなさいませ。お坊ちゃま」
やっぱりお坊ちゃんじゃないの!
それにこの老人、凄く姿勢がよくて、清潔そうで、精悍な顔つきで……なんていうか、出来る執事って感じです。
いやどう見ても執事さんですね。
「お客を連れてきたんだが、家の中を見学するだけだから、こっちで勝手にやる。構うな」
「はっ。畏まりました。メイド長その他使用人にもそのように伝わるようにしておきます故、ご自由にお寛ぎ下さい。お坊ちゃま」
腰を曲げ、礼を執る執事さんはそのまま私に向かい、優しい笑顔になって――
「これは見目麗しきお嬢様。ようこそシルバニア家へ。私、スチュワードのウォルフガングと申します。以後お見知りおきを」
「ご丁寧にありがとうございます。サオリと申します」
麗しいですって?
社交辞令だと分かってはいても、言われて嫌な気分になるわけでもありません。
ちなみにラフィーはランドルフの背中に貼りついていて、誰の目にも留まらないようです。
「では、お坊ちゃま。ご用向きの際には、バトラーのセバスにお言いつけ下さい」
「うむ。下がっていいぞ」
何だか偉そうですね。ランドルフお坊ちゃまは。
あれ? バトラーって? あれ? スチュワードって名前じゃないの?
そうすると、スチュワードのウォルフガングっていう紹介の仕方はおかしいですよね。
あれ? 執事って別名なんでしたっけ。
「じゃあどこから案内しようか。食堂とか覗いてみるかい?」
頭をハテナマークにしていた私ですが、はっと我に返ります。
「ちょっと待ってランドルフ」
「どうしたんだい?」
落ち着いてよく考えるのよ、私。
私の目的は何?
そう。――あれです。
「ランドルフ、私ね、お城が欲しいわけじゃないの。普通の、ちょっと豪華な家くらいがいいかなって思うの」
「うん。うちはちょっと豪華だと思うよ。自分で言うのもなんだが」
「ちょっとのレベルが違う!」
ここで時間を無駄にしてはいけません。
「本当にもっと一般的な家が見たいのよ。ここはどう見ても私が住める環境の家じゃないわ、ランドルフ」
お城が発注可能になるのかも分かりませんが、もし発注できたとしても、こんなに巨大な家に住みたくありません。
それこそ人を雇わないと、維持すら出来ないでしょう。
「そうか、すまなかった。自分の感覚でこれくらいの豪華さで良いと思ってしまった」
「ありがたいけど、日が暮れてしまうわ。お願いだから違う家を見に行きましょう」
ランドルフの家の中も見てみたい誘惑はありましたが、それはまた別の機会でもいいでしょう。
私たちはそのまま、降りた馬車に再び乗り直しました。
「実は王宮も案内しようと思っていたのだが」
「お願いだから私みたいな一般市民を、そういう場所に連れて行こうとしないで。ランドルフ」
「そうか、すまん」
「気持ちはありがたいんだけどね、王宮とか王子様とか、夢見る乙女で居られるほど、この世界は甘くないと思うの」
そう言いながら、別にお城でもいいじゃない、という気持ちも無きにしも非ずなのですが、現実的に住みやすい家で充分です。
また三十分ほど馬車に揺られて戻り、今度こそ普通の住宅を見て回りました。
高級な住宅街と、普通の住宅街を見比べる事も出来ました。
高級と呼ばれる程、大きくなる傾向のようなので、見た感じでは普通の家の方が住みやすそうですね。
「ありがとうランドルフ。これで私のこの世界での住宅の知識も蓄える事が出来たわ」
「ああ、発注するんだろう? 出来たらいいね」
サイズ的に家というものを発注可能かどうか分かりませんが、魔法が盛んなこの世界の事です。
なんとかなるのでは、という気もします。
さあ、帰ってDOTの画面を見るのが楽しみですね。
今日、王都を見て回って、実際に買い物は何もしていませんが、コンビニに戻ったらネットショッピングよろしく、たくさん発注しましょう。
「そういえば、ここって王国なのよね。国の名前はなんていうの? ランドルフ」
「ああ、シルバニア国だ。国王はデニスという」
「ふーん。……どこかで聞いた事があるような国名ね」
「よくある名前だ」
シルバニア……シルバニア……。
「え?」
遠くに五階建てくらいの大きな建物と、比較的近い場所にそこそこ大きな外壁をもつ、球場のような建物が見えます。
「遠くに見えるのが冒険者ギルド本部。近い方が闘技場だよ」
「へえ」
冒険者ギルドと言うと、エリオットも冒険者らしいので、ここの会員とかなのでしょうか。
「闘技場では何が見れるの?」
「そうだな、戦闘士と魔物が戦う見世物をやっているよ。ここから近いから見ていくかい?」
「うーん。特に興味もないからいいや。それよりも、おうちが見たいです。豪邸! そろそろ見に行きましょう」
ギルド本部も闘技場も、わざわざ足を運んで見に行きたいと思えるようなものでもありません。
私の最大の目的を達成するべく、この世界の邸宅を見学する事を選びました。
「なら馬車を拾おう。ちょっと待っててくれ」
ランドルフはそう言うと、一人で走って行ってしまいました。
馬車を拾う? 馬車が落ちているとも思えないので、それはつまり――
「おうい、こっちだ!」
道の向こうで手を振るランドルフが、ゆっくり走っていた馬車を停めました。
「サオリ! おいで!」
想像した通り、タクシーのようですね。
ランドルフに手を引かれて、その馬車にラフィーと乗り込みます。
「誰かと思ったらランドルフ様じゃないですか。どちらに行かれますか?」
「ああ、俺の事を知っているのか、なら話は早い。家までやってくれ」
「かしこまりました」
御者台の人と話をするランドルフは、行き先も告げずに乗り込みます。
「家まで? ランドルフの家に行くの?」
「ああ、うちは普通よりいくらか豪華だと思うからね。中も入って見学できるから、他人の家よりもいいと思うよ」
それは、……確かに中も覗けるのなら、それに越したことはないのですが。
どうにも嫌な予感がします。
もしかしてこの人……。
「着いたぞ」
王都の中を馬車で三十分も走りました。――時計が無いので体感ですが。
かなり外れまで来たようです。
着いたと言われましたが、馬車はいまだにゆっくりと走っています。
「もしかして王都を出てしまったの? ずいぶんと走ったよね」
なにせ、目の前には森が広がっているのです。
家らしきものも見当たりません。
「いや、もううちの敷地内だ。もうすぐ見えてくるよ」
「はい?」
さらに五分も経った頃、確かに見えてきました。
家? ……というよりも。
「お城!?」
普通よりいくらか豪華って言ってましたよね?
そんなレベルじゃないと思います。
豪邸というのも違うと思います。
だって……お城が建っているんですもの。
先ほどの私の予感は的中しました。
「ランドルフ、あなたってもしかして……いいとこのお坊ちゃん?」
「いや、そんな事はないよサオリ。この家はたまたま国王が譲ってくれただけだし、両親とも国王にこき使われている身分だよ」
いや、……なんか違う。
国王が普通の人間に、たまたまお城を譲ったりしないと思います。
身分の低い者を、国王の傍で働かせる事もないと思います。
どこが玄関なのか分からない、玄関口と思われる場所に馬車が停車すると、何処からともなくメイド服のうら若き女性たちが現れ、馬車の前に整列しました。五人も居ます。
私の手を取って馬車から降ろしてくれたランドルフの傍に、白髪の燕尾服姿の老人がいつの間にか立っていました。
「お帰りなさいませ。お坊ちゃま」
やっぱりお坊ちゃんじゃないの!
それにこの老人、凄く姿勢がよくて、清潔そうで、精悍な顔つきで……なんていうか、出来る執事って感じです。
いやどう見ても執事さんですね。
「お客を連れてきたんだが、家の中を見学するだけだから、こっちで勝手にやる。構うな」
「はっ。畏まりました。メイド長その他使用人にもそのように伝わるようにしておきます故、ご自由にお寛ぎ下さい。お坊ちゃま」
腰を曲げ、礼を執る執事さんはそのまま私に向かい、優しい笑顔になって――
「これは見目麗しきお嬢様。ようこそシルバニア家へ。私、スチュワードのウォルフガングと申します。以後お見知りおきを」
「ご丁寧にありがとうございます。サオリと申します」
麗しいですって?
社交辞令だと分かってはいても、言われて嫌な気分になるわけでもありません。
ちなみにラフィーはランドルフの背中に貼りついていて、誰の目にも留まらないようです。
「では、お坊ちゃま。ご用向きの際には、バトラーのセバスにお言いつけ下さい」
「うむ。下がっていいぞ」
何だか偉そうですね。ランドルフお坊ちゃまは。
あれ? バトラーって? あれ? スチュワードって名前じゃないの?
そうすると、スチュワードのウォルフガングっていう紹介の仕方はおかしいですよね。
あれ? 執事って別名なんでしたっけ。
「じゃあどこから案内しようか。食堂とか覗いてみるかい?」
頭をハテナマークにしていた私ですが、はっと我に返ります。
「ちょっと待ってランドルフ」
「どうしたんだい?」
落ち着いてよく考えるのよ、私。
私の目的は何?
そう。――あれです。
「ランドルフ、私ね、お城が欲しいわけじゃないの。普通の、ちょっと豪華な家くらいがいいかなって思うの」
「うん。うちはちょっと豪華だと思うよ。自分で言うのもなんだが」
「ちょっとのレベルが違う!」
ここで時間を無駄にしてはいけません。
「本当にもっと一般的な家が見たいのよ。ここはどう見ても私が住める環境の家じゃないわ、ランドルフ」
お城が発注可能になるのかも分かりませんが、もし発注できたとしても、こんなに巨大な家に住みたくありません。
それこそ人を雇わないと、維持すら出来ないでしょう。
「そうか、すまなかった。自分の感覚でこれくらいの豪華さで良いと思ってしまった」
「ありがたいけど、日が暮れてしまうわ。お願いだから違う家を見に行きましょう」
ランドルフの家の中も見てみたい誘惑はありましたが、それはまた別の機会でもいいでしょう。
私たちはそのまま、降りた馬車に再び乗り直しました。
「実は王宮も案内しようと思っていたのだが」
「お願いだから私みたいな一般市民を、そういう場所に連れて行こうとしないで。ランドルフ」
「そうか、すまん」
「気持ちはありがたいんだけどね、王宮とか王子様とか、夢見る乙女で居られるほど、この世界は甘くないと思うの」
そう言いながら、別にお城でもいいじゃない、という気持ちも無きにしも非ずなのですが、現実的に住みやすい家で充分です。
また三十分ほど馬車に揺られて戻り、今度こそ普通の住宅を見て回りました。
高級な住宅街と、普通の住宅街を見比べる事も出来ました。
高級と呼ばれる程、大きくなる傾向のようなので、見た感じでは普通の家の方が住みやすそうですね。
「ありがとうランドルフ。これで私のこの世界での住宅の知識も蓄える事が出来たわ」
「ああ、発注するんだろう? 出来たらいいね」
サイズ的に家というものを発注可能かどうか分かりませんが、魔法が盛んなこの世界の事です。
なんとかなるのでは、という気もします。
さあ、帰ってDOTの画面を見るのが楽しみですね。
今日、王都を見て回って、実際に買い物は何もしていませんが、コンビニに戻ったらネットショッピングよろしく、たくさん発注しましょう。
「そういえば、ここって王国なのよね。国の名前はなんていうの? ランドルフ」
「ああ、シルバニア国だ。国王はデニスという」
「ふーん。……どこかで聞いた事があるような国名ね」
「よくある名前だ」
シルバニア……シルバニア……。
「え?」
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