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第一部 第二章 異世界の住人
28・異邦人
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「快適~!」
平屋の一戸建て、5LDKの新築のおうちは快適そのものでした。
ベッドで眠れるのも、お風呂に浸かれるのも至福の時です。
「もっと早く欲しかったなあ」
コンビニと違い、電気も水道も無いのですが、そこは魔法の国。
ラフィーもカーマイルも居るので、灯りも水も火も全部、魔法で何とかなってしまいます。
ラフィーはともかく、カーマイルももう帰る素振りを見せません。
ずっと居座っています。
忙しい身だと言っていたはずですが、そこはあえて訊きません。
エリオットは一人でお店番をする事が多くなりました。
お客様はいらっしゃらないので暇そうですが、外に出られない体なので、仕方もありません。
もし魔物が来たとしても、そこは腐った……もとい、アンデッドSランク。
何とかしてくれるでしょう。
お店の商品も充実した事ですし、エリオットも暇そうなので、私は営業に出ようと決心しました。
おデートに行ってしまった神様が戻るまで、私もやる事がないですしね。
私はお出かけ用に発注した、ブルーの生地のワンピースに着替えました。
「ちょっと王都まで出かけて来ます」
「ああ、ここは任せておけ」
コンビニに顔を出し、腕立て伏せをしていたエリオットに挨拶だけすると、すぐにまた外に出ました。
お店の裏でノートを開き、天使の羽根ペンで『転移魔法陣簡易文字列版』を書き込みます。
そういえばエリオットは、この天使の羽根ペンを完全に諦めたのでしょうか。
トレジャー・ハンターとしての性 が、お宝を完全に無視出来るとも思えませんが、今の状況がそれどころではない、といった所でしょうか。
「カーマイルも一緒に行く?」
家の玄関口にポツンと座っている、カーマイルに声を掛けます。
ラフィーは常に一緒ですが、カーマイルはきまぐれです。
最近は心の中で『カーマ・カメレオン』と呼んでいたりします。
「ここに居ても暇ですからね。『カミノイワヤ』での仕事も私が帰らないので違う者が行っているようですし、いいでしょう。私も行きます」
珍しく酔っぱらっていないカーマイルは、同行を決めたようです。
もしかするとこの子は、酔っぱらって仕事をサボっていたせいで、天使をクビになってしまったのではないでしょうか。
それもあえて訊きませんが。
「じゃあ行くわよ」
転移魔法を発動させます。
パシン! と空間が裂けると、次の瞬間には私たちは森の中に居ました。
シルバニア家の敷地内の森です。
ランドルフに許可を貰って、私が王都へ転移する時の中継地点にさせてもらっているのです。
人通りの多い王都のど真ん中に転移するのは憚られますからね。
転移魔法というものは使う人も限られていて、とても珍しい魔法らしいのです。
少し歩くと、シルバニア家の馬車馬を管理する建物があります。
「こんにちは。トゥーリさん」
ここで管理者として、馬の世話をするおじいさんです。
「やあ、いらっしゃい。さっき空気の裂ける音が聞こえたから、すぐに分かったよ」
白髪のトゥーリさんは、スチュワードのウォルフガングさんとはまた違った気品を持っています。
そしてとても温厚で、穏やかな方です。
そうそう、このトゥーリさんと何度かお話しをしているうちに、スチュワードの意味を教えてもらいました。
家令という意味だそうで、執事の更に上の地位の者みたいです。
「お馬さんをお借りしてもいいかしら?」
「ああ、構わんとも。そいつを連れていくといい」
栗毛の大人しそうな子を勧めてくれました。
「じゃあお借りしますね。夕方にはお返しできると思います」
「はいよ。行ってらっしゃい」
ランドルフのおかげで、私はいつでもここで馬を借りる事が出来るようになっているのです。
乗馬の経験が無かった私ですが、天使と一緒に馬に跨ると、何故か自由自在に操縦できます。
いつものように、ラフィーが魔法で見えない踏み台を作ってくれました。
それに足を掛け、軽々と鞍に跨ります。
私の前にラフィー。後ろにカーマイルが乗ります。
「では、また」
手綱に軽く意思を伝えると、馬はそれを読み取って動き始めます。
天使と一緒に居る時限定ですが、私の意思を手綱に籠めるだけで馬に伝わって、思うように動いてくれるのです。
今日はお店の宣伝を書いた羊皮紙を、何枚も用意してショルダーバッグに詰めてきました。
王都の至る所に、貼り付けてこようと思っています。
◇ ◇ ◇
「え? うちの店の壁にこれを貼ってもいいかって?」
店主さんでしょうか。恰幅のいい髭面のおじさまに、睨まれてしまいました。
王都の繁華街に着くなり、目についたお店に飛び込み、自作のチラシを見せた所です。
『1000円のポーションから3億円のアンデッドまで、何でも揃っています! その名もコンビニエンスストア! 略してコンビニ! 新装開店です! 場所は王都南門からわずか20キロ! すぐそこです!』
「うちも何でも扱う雑貨屋やってんだけど……ライバル店のチラシを貼れって?」
「あぅ」
お店の看板も見ずに飛び込んでしまいました。
わざわざライバル店の宣伝をしてくれる、お人好しが居るわけもありません。
「ご、ごめんなさい……知らずに入って来ちゃいました」
「ちょっと待った」
おじさんはお店の入り口の前に繋いである、私が乗ってきた馬を見ました。
「おい。あの馬の鞍の紋章……シルバニア家じゃないか!」
「あ、はい。……シルバニア……そうですね」
「あばばばば! も、申し訳ありませんでした! 先ほどの失礼な態度、平に……平にご容赦を!」
「え?」
おじさんの態度が急変しました。
どうやらシルバニア家の紋章に反応したようです。
床に這いつくばるようにして、頭を下げています。
「そのチラシ何枚でも貼っていって構いませんから、どうかお許し下さい!」
「いえ、一枚でいいのですけど……」
貼ってもらっていいのでしょうか。ライバル店なのに。
「ただし、お嬢様。その……畏れ多い事ですが……一つだけ確認させて下さい。お嬢様のような方がシルバニア家の馬を盗むとは考えられませんが、私めは貴女さまの事を存じ上げません。真に、真に失礼かと思いますが……何かその……証拠のような物はお持ちではございませんか?」
床に頭を擦り付けながら、声を絞り出しています。
どうしましょう。……困りました。
「証拠……ですか?」
確かにそうかもしれませんね。私がシルバニア家の馬を盗んでいないという証拠は何も無いのです。
「あっ。ランドルフに貰ったペンダントならあります」
「ラ、ランドルフ!? ランドルフ様を呼び捨て!?」
ようやく頭を上げて私を見ますが、その顔は驚きで目を見張っています。
ワンピースの首元から、そのペンダントを引っぱり出しました。
よく見たら、馬の鞍の紋章と同じデザインですね。
「ああっ! もう結構です! 本当に失礼いたしました! どうかお許し下さい!」
おじさんは慌ててまた、床に頭を擦り付けます。その際にゴン! と、結構いい音がしました。
「ちょっと、そんな事しないで下さい。勝手に来た私が悪いんですから」
申し訳なくて、おじさんの肩に手を当て、立ち上がってもらおうとしましたが、頑として動いてくれませんでした。
「度重なるご無礼……斬り捨てられても仕方のないこの私を、許すとおっしゃるのですか!?」
「いや、許すも許さないも、悪いのは私ですから……どうか頭を上げてください」
「あああっ! なんという慈悲深きお方! 天使様か!? 女神様なのか!?」
「いや、大袈裟ですって……」
どうにも困ってしまって、私はチラシを一枚だけ置いて、逃げるようにそのお店を出ました。
お店の入り口をくぐる時も、振り返ってペコペコと平謝りに謝りました。
ランドルフの言っていた通り、このペンダントはお守りでした。
これが無かったら、シルバニア家の馬を盗んだ犯人にでもされていたかもしれません。
これまでに何回もシルバニア家の馬で王都には来ていたのですが、こんな事になったのは初めてです。
自分から積極的に人と接触すると、トラブルの元ですね。
「でも、このペンダントも盗まれた物だとは思わなかったのかしら」
まあ、結果オーライです。
その後も、今度はお店の看板を気にしつつ、何軒か回ってチラシを配りました。
コンビニで扱う商品は多種多様なので、どうしても被ってしまう所があるのですが、やはりシルバニア家の紋章を見てしまった人たちは、無条件でチラシを受け取ってくれました。
「これでいいのだろうか……私」
チラシはまだ何十枚も残っています。
この調子で配っていると、なんだか罪悪感が溜まっていきそうです。
「今日はこの辺にしとこうか」
「こーな?」
ラフィーもカーマイルも飽きてそうですしね。
「その残りは配らないのですか?」
カーマイルがチラシを見て訊いてきます。
「だって脅してるようで悪いもの。もういいよ」
「なら風に乗せて、撒いてしまいましょうか」
カーマイルはチラシの束を受け取ると、空に向かって放りました。
普通ならすぐに落ちてきそうなものですが、それは天高く舞い上がり、どこまでも飛んで行きます。
「すごい。それって魔法?」
「そうですね。風の魔法に乗せて……適当に撒いておきます」
カーマイルの魔法で巻き上がり、分散して飛ばされた数十枚のチラシたちは、やがて王都の空の彼方へと消えました。
私はそのまま、これから宵を迎えようとする空を見つめていました。
空を見上げていると、先日と同じように、「生きなきゃ」……そんな気持ちになります。
「異世界になんて来ちゃったけど、私……まだ生きてる」
魔力なんて無いけど、今はまだ仲間のようなものに助けられて、何とか生きています。
でも結局は私なんて、この世界の人から見たら、ただの余所者です。
いつ死んでもおかしくない世界です。
誰かに殺されてもおかしくないのです。
それが魔物なのかもしれないし、味方だと思っていた天使という事や、まさかのランドルフかもしれないのです。
天使は可愛いけれど、実は非情な存在でもあるのです。
この世界にとって私が要らない存在だと認定されたら、もしくは神様に命令されたら、その時は躊躇う事もなく私を抹消するのでしょう。
ランドルフはそうはならないと信じたいですけれど、もしかしたらその血縁者が私の事を邪魔だと判断して、刺客を送り込もうとするかもしれません。
考えすぎでしょうか。
宵闇が迫る空を見ていたらいつの間にか、少しブルーになってしまったようです。
とにかく、生きる。
生きてやる。
私は一人ぼっちの異邦人。
だけど――それでも。
生きて完遂してみせます。
「このワンオペレーションを」
平屋の一戸建て、5LDKの新築のおうちは快適そのものでした。
ベッドで眠れるのも、お風呂に浸かれるのも至福の時です。
「もっと早く欲しかったなあ」
コンビニと違い、電気も水道も無いのですが、そこは魔法の国。
ラフィーもカーマイルも居るので、灯りも水も火も全部、魔法で何とかなってしまいます。
ラフィーはともかく、カーマイルももう帰る素振りを見せません。
ずっと居座っています。
忙しい身だと言っていたはずですが、そこはあえて訊きません。
エリオットは一人でお店番をする事が多くなりました。
お客様はいらっしゃらないので暇そうですが、外に出られない体なので、仕方もありません。
もし魔物が来たとしても、そこは腐った……もとい、アンデッドSランク。
何とかしてくれるでしょう。
お店の商品も充実した事ですし、エリオットも暇そうなので、私は営業に出ようと決心しました。
おデートに行ってしまった神様が戻るまで、私もやる事がないですしね。
私はお出かけ用に発注した、ブルーの生地のワンピースに着替えました。
「ちょっと王都まで出かけて来ます」
「ああ、ここは任せておけ」
コンビニに顔を出し、腕立て伏せをしていたエリオットに挨拶だけすると、すぐにまた外に出ました。
お店の裏でノートを開き、天使の羽根ペンで『転移魔法陣簡易文字列版』を書き込みます。
そういえばエリオットは、この天使の羽根ペンを完全に諦めたのでしょうか。
トレジャー・ハンターとしての性 が、お宝を完全に無視出来るとも思えませんが、今の状況がそれどころではない、といった所でしょうか。
「カーマイルも一緒に行く?」
家の玄関口にポツンと座っている、カーマイルに声を掛けます。
ラフィーは常に一緒ですが、カーマイルはきまぐれです。
最近は心の中で『カーマ・カメレオン』と呼んでいたりします。
「ここに居ても暇ですからね。『カミノイワヤ』での仕事も私が帰らないので違う者が行っているようですし、いいでしょう。私も行きます」
珍しく酔っぱらっていないカーマイルは、同行を決めたようです。
もしかするとこの子は、酔っぱらって仕事をサボっていたせいで、天使をクビになってしまったのではないでしょうか。
それもあえて訊きませんが。
「じゃあ行くわよ」
転移魔法を発動させます。
パシン! と空間が裂けると、次の瞬間には私たちは森の中に居ました。
シルバニア家の敷地内の森です。
ランドルフに許可を貰って、私が王都へ転移する時の中継地点にさせてもらっているのです。
人通りの多い王都のど真ん中に転移するのは憚られますからね。
転移魔法というものは使う人も限られていて、とても珍しい魔法らしいのです。
少し歩くと、シルバニア家の馬車馬を管理する建物があります。
「こんにちは。トゥーリさん」
ここで管理者として、馬の世話をするおじいさんです。
「やあ、いらっしゃい。さっき空気の裂ける音が聞こえたから、すぐに分かったよ」
白髪のトゥーリさんは、スチュワードのウォルフガングさんとはまた違った気品を持っています。
そしてとても温厚で、穏やかな方です。
そうそう、このトゥーリさんと何度かお話しをしているうちに、スチュワードの意味を教えてもらいました。
家令という意味だそうで、執事の更に上の地位の者みたいです。
「お馬さんをお借りしてもいいかしら?」
「ああ、構わんとも。そいつを連れていくといい」
栗毛の大人しそうな子を勧めてくれました。
「じゃあお借りしますね。夕方にはお返しできると思います」
「はいよ。行ってらっしゃい」
ランドルフのおかげで、私はいつでもここで馬を借りる事が出来るようになっているのです。
乗馬の経験が無かった私ですが、天使と一緒に馬に跨ると、何故か自由自在に操縦できます。
いつものように、ラフィーが魔法で見えない踏み台を作ってくれました。
それに足を掛け、軽々と鞍に跨ります。
私の前にラフィー。後ろにカーマイルが乗ります。
「では、また」
手綱に軽く意思を伝えると、馬はそれを読み取って動き始めます。
天使と一緒に居る時限定ですが、私の意思を手綱に籠めるだけで馬に伝わって、思うように動いてくれるのです。
今日はお店の宣伝を書いた羊皮紙を、何枚も用意してショルダーバッグに詰めてきました。
王都の至る所に、貼り付けてこようと思っています。
◇ ◇ ◇
「え? うちの店の壁にこれを貼ってもいいかって?」
店主さんでしょうか。恰幅のいい髭面のおじさまに、睨まれてしまいました。
王都の繁華街に着くなり、目についたお店に飛び込み、自作のチラシを見せた所です。
『1000円のポーションから3億円のアンデッドまで、何でも揃っています! その名もコンビニエンスストア! 略してコンビニ! 新装開店です! 場所は王都南門からわずか20キロ! すぐそこです!』
「うちも何でも扱う雑貨屋やってんだけど……ライバル店のチラシを貼れって?」
「あぅ」
お店の看板も見ずに飛び込んでしまいました。
わざわざライバル店の宣伝をしてくれる、お人好しが居るわけもありません。
「ご、ごめんなさい……知らずに入って来ちゃいました」
「ちょっと待った」
おじさんはお店の入り口の前に繋いである、私が乗ってきた馬を見ました。
「おい。あの馬の鞍の紋章……シルバニア家じゃないか!」
「あ、はい。……シルバニア……そうですね」
「あばばばば! も、申し訳ありませんでした! 先ほどの失礼な態度、平に……平にご容赦を!」
「え?」
おじさんの態度が急変しました。
どうやらシルバニア家の紋章に反応したようです。
床に這いつくばるようにして、頭を下げています。
「そのチラシ何枚でも貼っていって構いませんから、どうかお許し下さい!」
「いえ、一枚でいいのですけど……」
貼ってもらっていいのでしょうか。ライバル店なのに。
「ただし、お嬢様。その……畏れ多い事ですが……一つだけ確認させて下さい。お嬢様のような方がシルバニア家の馬を盗むとは考えられませんが、私めは貴女さまの事を存じ上げません。真に、真に失礼かと思いますが……何かその……証拠のような物はお持ちではございませんか?」
床に頭を擦り付けながら、声を絞り出しています。
どうしましょう。……困りました。
「証拠……ですか?」
確かにそうかもしれませんね。私がシルバニア家の馬を盗んでいないという証拠は何も無いのです。
「あっ。ランドルフに貰ったペンダントならあります」
「ラ、ランドルフ!? ランドルフ様を呼び捨て!?」
ようやく頭を上げて私を見ますが、その顔は驚きで目を見張っています。
ワンピースの首元から、そのペンダントを引っぱり出しました。
よく見たら、馬の鞍の紋章と同じデザインですね。
「ああっ! もう結構です! 本当に失礼いたしました! どうかお許し下さい!」
おじさんは慌ててまた、床に頭を擦り付けます。その際にゴン! と、結構いい音がしました。
「ちょっと、そんな事しないで下さい。勝手に来た私が悪いんですから」
申し訳なくて、おじさんの肩に手を当て、立ち上がってもらおうとしましたが、頑として動いてくれませんでした。
「度重なるご無礼……斬り捨てられても仕方のないこの私を、許すとおっしゃるのですか!?」
「いや、許すも許さないも、悪いのは私ですから……どうか頭を上げてください」
「あああっ! なんという慈悲深きお方! 天使様か!? 女神様なのか!?」
「いや、大袈裟ですって……」
どうにも困ってしまって、私はチラシを一枚だけ置いて、逃げるようにそのお店を出ました。
お店の入り口をくぐる時も、振り返ってペコペコと平謝りに謝りました。
ランドルフの言っていた通り、このペンダントはお守りでした。
これが無かったら、シルバニア家の馬を盗んだ犯人にでもされていたかもしれません。
これまでに何回もシルバニア家の馬で王都には来ていたのですが、こんな事になったのは初めてです。
自分から積極的に人と接触すると、トラブルの元ですね。
「でも、このペンダントも盗まれた物だとは思わなかったのかしら」
まあ、結果オーライです。
その後も、今度はお店の看板を気にしつつ、何軒か回ってチラシを配りました。
コンビニで扱う商品は多種多様なので、どうしても被ってしまう所があるのですが、やはりシルバニア家の紋章を見てしまった人たちは、無条件でチラシを受け取ってくれました。
「これでいいのだろうか……私」
チラシはまだ何十枚も残っています。
この調子で配っていると、なんだか罪悪感が溜まっていきそうです。
「今日はこの辺にしとこうか」
「こーな?」
ラフィーもカーマイルも飽きてそうですしね。
「その残りは配らないのですか?」
カーマイルがチラシを見て訊いてきます。
「だって脅してるようで悪いもの。もういいよ」
「なら風に乗せて、撒いてしまいましょうか」
カーマイルはチラシの束を受け取ると、空に向かって放りました。
普通ならすぐに落ちてきそうなものですが、それは天高く舞い上がり、どこまでも飛んで行きます。
「すごい。それって魔法?」
「そうですね。風の魔法に乗せて……適当に撒いておきます」
カーマイルの魔法で巻き上がり、分散して飛ばされた数十枚のチラシたちは、やがて王都の空の彼方へと消えました。
私はそのまま、これから宵を迎えようとする空を見つめていました。
空を見上げていると、先日と同じように、「生きなきゃ」……そんな気持ちになります。
「異世界になんて来ちゃったけど、私……まだ生きてる」
魔力なんて無いけど、今はまだ仲間のようなものに助けられて、何とか生きています。
でも結局は私なんて、この世界の人から見たら、ただの余所者です。
いつ死んでもおかしくない世界です。
誰かに殺されてもおかしくないのです。
それが魔物なのかもしれないし、味方だと思っていた天使という事や、まさかのランドルフかもしれないのです。
天使は可愛いけれど、実は非情な存在でもあるのです。
この世界にとって私が要らない存在だと認定されたら、もしくは神様に命令されたら、その時は躊躇う事もなく私を抹消するのでしょう。
ランドルフはそうはならないと信じたいですけれど、もしかしたらその血縁者が私の事を邪魔だと判断して、刺客を送り込もうとするかもしれません。
考えすぎでしょうか。
宵闇が迫る空を見ていたらいつの間にか、少しブルーになってしまったようです。
とにかく、生きる。
生きてやる。
私は一人ぼっちの異邦人。
だけど――それでも。
生きて完遂してみせます。
「このワンオペレーションを」
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