異世界コンビニ☆ワンオペレーション

山下香織

文字の大きさ
64 / 107
第二部 第二章 追跡者

64・それは、テントではありません

しおりを挟む
 北へ向かってひた走り日も暮れた頃、私たちは川べりの開けた場所に、馬車を停めました。
 次の街には辿り着かなかったので、ここでキャンプです。

 いざ野営の準備だと意気揚々と支度をしていた私に、サーラが何気ない感じで言ってきました。
 
「魔族領へ転移する時は……言ってください……ね」
「ん?」

 魔族領へ転移? 

「わたし……魔王城で、魔王に……なりかけたので……いつでも、転移できます……」
「あっ」

 すっかり忘れていました。サーラは転移魔法が使えたのです。
 つまり一度行った場所なら、いつでもそこへ飛ぶ事が出来るのでした。
 そして魔族領へは一度、行っていたはずでした。

「あ、ありがとう。サーラ。で、でもまだフォレスが目覚めないから……その時はよろしくね」
「サオリ、もしかして……」

 カーマイルがジト目で私を睨んでいました。

「さ、サーラが魔族領に転移できる事くらい、私にだって分かってたわ。ほ、ほら、フォレス待ちだから今はその時じゃないし、それにこの旅は皆が一致団結するためのものだから、心を一つにするための旅行だからっ」

 なんだかとても、言い訳がましくなってしまいましたが、私の言っている事は間違っていないと思います。
 でもいつでも転移して行けるのなら、初日にこんなに移動する必要もなかったと反省しました。

 一年以内という制限もあるので、旅の後半で余裕が出来るように前半はなるべく距離を稼いでおこうと、馬車を操るフォウにお願いしてしまったのです。
 馬車の性能の良さも手伝って、今日一日だけでかなり進んだはずです。
 
「そのわりに急いでいたようですけど……まあいいでしょう」

 カーマイルにはバレバレだったようですが、明日からは当初の予定通り、のんびり移動する事にしましょう。
 しかしサーラが転移する事が出来て、しかも一度魔族領に行っていたのだという事は、本当に失念していました。

 体調を崩してからというもの、本当に調子が出ません。頭が正常に働いていないような気がします。

「テントの設営が終わりました」

 フォウがテントを張ってくれたようです。
 でも……フォウが用意してくれたテントとやらはどこでしょう。
 テントらしきものは周りに見当たりませんが、そのかわりにフォウの傍にさっきまで無かったものがあるような気がします。
 いいえ、ありました。それはまるで――

「体育館?」

 ――と、表現した方が分かりやすいその建物は、やっぱりテントなのでしょうか。
 涼しい顔でフォウが答えます。

「テントです」 
「いや……テントとは……」

 普通にテントを想像していたので、あまりにもかけ離れているその造形に頭が追い付かず、視界に入っても無意識にスルーしていたようです。
 いったい中はどうなっているのでしょう。
 入り口は一つですが中に入ってみると、ドア付きの個室が複数、壁で区切られていて、まるで……というより、完全にアパートでした。

「……情緒もへったくれもないわね」

 これでは転移して家に帰って寝ても変わらないのでは?
 快適に野営出来る事に否やはありませんが、もうちょっと、何というか……雰囲気が欲しいものです。

「いえ、贅沢は……言わないけど、これは」
「サオリ様の言う情緒というのは、どのようなものでしょう?」

 真面目なフォウが私に訊ねます。
 なるほど……天使と人間の感性の違いといいますか、フォウにとってはすべてを合理的に済ませる事の方が当たり前で通常なのでしょう。
 だからこそ、住むには家、寝るにはベッドという思考になり、そしてそれを実現出来る能力があるので、そうしているというだけなのです。
 けれども、『野営にはテント』という情報も持っていたため、これをテントと言い張っているのでしょう。

「そうね、つまり、この場の雰囲気に合うというか……自然の中ならその自然を感じて楽しむ事の出来るような趣があればそれが理想かな」
「理解いたしました。……なるほど、自然の中でこの人工的建造物はいささか場にそぐわないものでした」

 おお、一瞬で理解してくれました。
 フォウは天使の中で一番知性的で、なおかつ抜群の適応力があるのではないでしょうか。

「では」

 体育館のようなアパートが、一瞬でフォウの袖口ポケットに収納されました。
 明らかにその建物よりも小さい袖口に、ニュルニュルと変形しながら収まる様は、とても不思議で異様です。

 そして体育館の替わりに、袖口ポケットから取り出されたものは――

「ハンモック?」

 人数分のハンモックが取り出され、川辺の砂利の上に並べられました。

「近くに木もあります、これで自然を満喫できます」
「普通のテントはないの!?」

 ところが侮ることなかれ、このハンモックは非常に優秀でした。
 ハンモックがというよりも、天使たちの環境作りが優秀だったと言ったほうがいいのかも知れません。

 まずは木に吊るしたハンモックを囲むように、フォウが結界を展開。
 それにより虫や動物、魔物などから身を守ります。もちろん雨だって防ぎます。
 そして結界内にニナが風魔法で温度湿度を調節して空調を整え、外に居ながらにして完璧な室内空間の快適さを実現させました。
 天使という文字通り常人離れした存在は、それを眠りながらでも常時展開し続ける事が可能なのです。

「素晴らしい! なんて気持ちが良いのでしょう」

 満天の星を眺めながら眠る事が出来るだなんて、なんて素敵なのでしょう。
 体を包み込んでくれるハンモックも格別で、フォウが魔法繊維で丁寧に魔力を籠めながら編んだ縄で作られたそれは、縄でありながら体を締め付けず、柔らかく接触してくれるのでストレスがまったくありません。
  
「お気に召しましたでしょうか」
「もう、大満足よ。フォウ、ありがとう」

 ハンモックの素晴らしさを確認した後、ニナとラフィーがお腹すいたと騒ぎだしたので、夕食にする事にしました。
 これもまた、フォウの袖口から次々と、出るわ出るわ――

 テーブルセットは当然の事、調理器具や食材、照明器具に至るまですべてが揃っていました。
 
「食料は現地調達してもいいのですが、ポケットに収納してある食材は千を越えますし、鮮度も変わらずに落ちる事はありませんので、食べたいものがあればリクエストしてください」
「……」

 この子……フォウとカーマイルをトレード出来ないかしら。
 フォウさえ居たら、超が付く快適な生活は間違いなしです。
 ちなみにアランの体も聖剣エクスカリバーも、このポケットに収納されています。
 
 私の思考を読んだかのように、カーマイルが少し離れた場所からジト目で睨んでいました。――ここで私はハッと我に返ります。

 カーマイルももう長い事、私と一緒に生活をしてきました。
 もちろん情だって移っています。掛け替えのないパートナーです。

 ダンジョンで触手のスライムに襲われた時も、私を庇ってくれていたりします。
 ベッドに臥せっていた時も、私に毎日食事を運んでくれました。

 カーマイルは今となっては大切な……大切な私の家族でした。
 だから冗談でも思ってはいけない事だったと、反省しました。

 大丈夫よ、カーマイル。
 私はあなたを捨てたりしない――

 でも、フォウも居たら素敵よね。

 ニナとラフィーがの肉の塊りを、競って火の魔法で炙っていました。
 とても平和な光景ですね。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜

まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、 専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活   現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。   しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。   彼は大陸一の富を誇る名門貴族―― ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。   カイルに与えられたのは ・世界一とも言える圧倒的な財力 ・財力に比例して増大する規格外の魔力   そして何より彼を驚かせたのは――   彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。   献身的なエルフのメイド長リリア。 護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。   さらに個性豊かな巨乳メイドたち。   カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。   すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――   「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」   領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、 時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、   最強の御曹司カイルは 世界一幸せなハーレムを築いていく。 最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

最弱スライムに転生した俺、捕食スキルで無限進化していたら魔王軍すら支配してました

チー牛Y
ファンタジー
残業中に倒れた俺が次に目を覚ました時、なぜか異世界で最弱モンスターのスライムになっていた。 完全に詰んだ、戦う力もない。そう思っていた時、俺には一つだけ、とんでもないスキルがあった。 【捕食】 それは、倒した相手を取り込み、能力・スキル・力のすべてを奪うチート能力だった。 ゴブリンを食べれば腕力を獲得。 魔物を食べれば新スキルを習得。 レベルは爆速で上がり、進化は止まらない。 森の魔物を支配し、ダンジョンを制圧し、気づけば俺は魔物たちの王になっていた。 やがてその力は魔王軍すら飲み込み、世界の勢力図を塗り替えていく。 これは―― 最弱スライムから始まる、無限進化の成り上がり無双譚。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

ジャングリラ~悪魔に屠られ魔王転生。死の森を楽園に変える物語~

とんがり頭のカモノハシ
ファンタジー
「別の世界から勇者を召喚する卑怯な手口」に業を煮やした堕天使・ルシファーにより、異世界へ魔王として転生させられた大学生・左丹龍之介。 先代・魔王が勇者により討伐されて100年――。 龍之介が見たものは、人魔戦争に敗れた魔族が、辺境の森で厳しい生活を余儀なくされている姿だった。 魔族の生活向上を目指し、龍之介は元魔王軍の四天王、悪魔公のリリス、フェンリルのロキア、妖狐の緋魅狐、古代龍のアモンを次々に配下に収めていく。 バラバラだった魔族を再び一つにした龍之介は、転生前の知識と異世界の人間の暮らしを参考に、森の中へ楽園を作るべく奔走するのだが……

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...