異世界コンビニ☆ワンオペレーション

山下香織

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第二部 第二章 追跡者

64・それは、テントではありません

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 北へ向かってひた走り日も暮れた頃、私たちは川べりの開けた場所に、馬車を停めました。
 次の街には辿り着かなかったので、ここでキャンプです。

 いざ野営の準備だと意気揚々と支度をしていた私に、サーラが何気ない感じで言ってきました。
 
「魔族領へ転移する時は……言ってください……ね」
「ん?」

 魔族領へ転移? 

「わたし……魔王城で、魔王に……なりかけたので……いつでも、転移できます……」
「あっ」

 すっかり忘れていました。サーラは転移魔法が使えたのです。
 つまり一度行った場所なら、いつでもそこへ飛ぶ事が出来るのでした。
 そして魔族領へは一度、行っていたはずでした。

「あ、ありがとう。サーラ。で、でもまだフォレスが目覚めないから……その時はよろしくね」
「サオリ、もしかして……」

 カーマイルがジト目で私を睨んでいました。

「さ、サーラが魔族領に転移できる事くらい、私にだって分かってたわ。ほ、ほら、フォレス待ちだから今はその時じゃないし、それにこの旅は皆が一致団結するためのものだから、心を一つにするための旅行だからっ」

 なんだかとても、言い訳がましくなってしまいましたが、私の言っている事は間違っていないと思います。
 でもいつでも転移して行けるのなら、初日にこんなに移動する必要もなかったと反省しました。

 一年以内という制限もあるので、旅の後半で余裕が出来るように前半はなるべく距離を稼いでおこうと、馬車を操るフォウにお願いしてしまったのです。
 馬車の性能の良さも手伝って、今日一日だけでかなり進んだはずです。
 
「そのわりに急いでいたようですけど……まあいいでしょう」

 カーマイルにはバレバレだったようですが、明日からは当初の予定通り、のんびり移動する事にしましょう。
 しかしサーラが転移する事が出来て、しかも一度魔族領に行っていたのだという事は、本当に失念していました。

 体調を崩してからというもの、本当に調子が出ません。頭が正常に働いていないような気がします。

「テントの設営が終わりました」

 フォウがテントを張ってくれたようです。
 でも……フォウが用意してくれたテントとやらはどこでしょう。
 テントらしきものは周りに見当たりませんが、そのかわりにフォウの傍にさっきまで無かったものがあるような気がします。
 いいえ、ありました。それはまるで――

「体育館?」

 ――と、表現した方が分かりやすいその建物は、やっぱりテントなのでしょうか。
 涼しい顔でフォウが答えます。

「テントです」 
「いや……テントとは……」

 普通にテントを想像していたので、あまりにもかけ離れているその造形に頭が追い付かず、視界に入っても無意識にスルーしていたようです。
 いったい中はどうなっているのでしょう。
 入り口は一つですが中に入ってみると、ドア付きの個室が複数、壁で区切られていて、まるで……というより、完全にアパートでした。

「……情緒もへったくれもないわね」

 これでは転移して家に帰って寝ても変わらないのでは?
 快適に野営出来る事に否やはありませんが、もうちょっと、何というか……雰囲気が欲しいものです。

「いえ、贅沢は……言わないけど、これは」
「サオリ様の言う情緒というのは、どのようなものでしょう?」

 真面目なフォウが私に訊ねます。
 なるほど……天使と人間の感性の違いといいますか、フォウにとってはすべてを合理的に済ませる事の方が当たり前で通常なのでしょう。
 だからこそ、住むには家、寝るにはベッドという思考になり、そしてそれを実現出来る能力があるので、そうしているというだけなのです。
 けれども、『野営にはテント』という情報も持っていたため、これをテントと言い張っているのでしょう。

「そうね、つまり、この場の雰囲気に合うというか……自然の中ならその自然を感じて楽しむ事の出来るような趣があればそれが理想かな」
「理解いたしました。……なるほど、自然の中でこの人工的建造物はいささか場にそぐわないものでした」

 おお、一瞬で理解してくれました。
 フォウは天使の中で一番知性的で、なおかつ抜群の適応力があるのではないでしょうか。

「では」

 体育館のようなアパートが、一瞬でフォウの袖口ポケットに収納されました。
 明らかにその建物よりも小さい袖口に、ニュルニュルと変形しながら収まる様は、とても不思議で異様です。

 そして体育館の替わりに、袖口ポケットから取り出されたものは――

「ハンモック?」

 人数分のハンモックが取り出され、川辺の砂利の上に並べられました。

「近くに木もあります、これで自然を満喫できます」
「普通のテントはないの!?」

 ところが侮ることなかれ、このハンモックは非常に優秀でした。
 ハンモックがというよりも、天使たちの環境作りが優秀だったと言ったほうがいいのかも知れません。

 まずは木に吊るしたハンモックを囲むように、フォウが結界を展開。
 それにより虫や動物、魔物などから身を守ります。もちろん雨だって防ぎます。
 そして結界内にニナが風魔法で温度湿度を調節して空調を整え、外に居ながらにして完璧な室内空間の快適さを実現させました。
 天使という文字通り常人離れした存在は、それを眠りながらでも常時展開し続ける事が可能なのです。

「素晴らしい! なんて気持ちが良いのでしょう」

 満天の星を眺めながら眠る事が出来るだなんて、なんて素敵なのでしょう。
 体を包み込んでくれるハンモックも格別で、フォウが魔法繊維で丁寧に魔力を籠めながら編んだ縄で作られたそれは、縄でありながら体を締め付けず、柔らかく接触してくれるのでストレスがまったくありません。
  
「お気に召しましたでしょうか」
「もう、大満足よ。フォウ、ありがとう」

 ハンモックの素晴らしさを確認した後、ニナとラフィーがお腹すいたと騒ぎだしたので、夕食にする事にしました。
 これもまた、フォウの袖口から次々と、出るわ出るわ――

 テーブルセットは当然の事、調理器具や食材、照明器具に至るまですべてが揃っていました。
 
「食料は現地調達してもいいのですが、ポケットに収納してある食材は千を越えますし、鮮度も変わらずに落ちる事はありませんので、食べたいものがあればリクエストしてください」
「……」

 この子……フォウとカーマイルをトレード出来ないかしら。
 フォウさえ居たら、超が付く快適な生活は間違いなしです。
 ちなみにアランの体も聖剣エクスカリバーも、このポケットに収納されています。
 
 私の思考を読んだかのように、カーマイルが少し離れた場所からジト目で睨んでいました。――ここで私はハッと我に返ります。

 カーマイルももう長い事、私と一緒に生活をしてきました。
 もちろん情だって移っています。掛け替えのないパートナーです。

 ダンジョンで触手のスライムに襲われた時も、私を庇ってくれていたりします。
 ベッドに臥せっていた時も、私に毎日食事を運んでくれました。

 カーマイルは今となっては大切な……大切な私の家族でした。
 だから冗談でも思ってはいけない事だったと、反省しました。

 大丈夫よ、カーマイル。
 私はあなたを捨てたりしない――

 でも、フォウも居たら素敵よね。

 ニナとラフィーがの肉の塊りを、競って火の魔法で炙っていました。
 とても平和な光景ですね。

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