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第二部 第一章 新たなる目標
63・大魔導師の杖と魔王アランの誕生
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馬車はサーラが所有するもので、私が知るどの馬車よりも揺れが少なくて快適でした。
少ないと言うより、ほとんど無いと言ってもいいくらいです。
馬車の通る道にはそれこそ砂利や雑草や、車輪の轍などで、平らな所は無いくらいなのにです。
サーラによれば、馬車の側面に刻まれた魔法印が常時魔力を供給し続け、繋がれた馬を含む馬車全体に、防護結界及び衝撃吸収効果が付与されているとの事です。
その魔法印は知る人ぞ知る『ゴウランド魔法印』といい、ゴウランドという大魔法使いの魔力が籠められていて、そのゴウランドこそが――
サーラのお婆様の名前なのでした。
「あの……あらためて……よろしく……お願い致します。……サオリ様」
幌馬車内の対面座席で、向かいに座ったサーラが伏し目がちに、ゆっくりと言葉を紡ぎます。
彼女は人とコミュニケーションをとるのが非常に苦手らしく、その口調は途切れがちで、態度はおどおどとして何かに脅えているようです。
「こちらこそ、よろしくお願いします。サーラ、あなたが来てくれて本当に頼もしいです」
かつての魔王たちに大打撃を与えて来たという、歴史のある大魔導師の杖を抱えて座るサーラは、ニコリと微笑みながらその杖を撫でました。――すると突然。
「ウチ、ルルだよ!」
「え!?」
この場に居る誰でもない、私の知らない声が聞こえました。
「今、女の子の声が聞こえなかった!?」
「あっ、この杖です。この子、……喋る事が出来るの……です」
「その杖が!?」
そういえば話す杖がどうとかも、以前誰かに聞いたような気もしますが、詳しい事は聞いていませんでした。
杖がしゃべるだなんて、発声器官はいったいどうなっているのでしょう。
たどたどしくも、丁寧に説明をしてくれたサーラによれば――竜の子だったルルという女の子は、魔王になりかけてしまったサーラと元のアランたちとの戦いで、サーラの放った次元魔法により、大魔導師の杖と融合してしまった。――と言う事らしいです。
それはいったいどのような状況だったのか、……この世界の荒唐無稽とも言える物語は、私の理解力では及ばずそして、私の想像力では補いきれませんでした。
それでも私は、異邦人と言えども、この世界の住人でもあります。
すべてを受け入れる、覚悟もあるのです。
「初めまして、ルル。私はサオリよ……よろしくね」
「……」
杖に向かって挨拶をしましたが、何の反応もありません。
「この子……一日に一度しか……話す事ができないの……です」
「え? それは……貴重な一言を私に使わせてしまったって事?……ご、ごめんなさい」
つまりさっきの一言だけの挨拶が、ルルが今日話す事が出来る限界だったようです。
「でも、杖になってしまったなんて。……大変な事になっているのね、ルルは」
「はい。……けれど、この子……この杖は……」
サーラは杖を私に少し傾けて、先端に嵌め込まれた真っ赤な石を指差しました。
「ここ、……この赤い魔石が……ルルのおじいちゃん……なのです」
「なんですって?」
「だから、……ルルは、幸せ。……なのでは……ないでしょうか」
「そ、そうなんだ……」
大昔、一人の大賢者が古竜を倒した際に、手に入れた魔石で作られたのがこの大魔導師の杖なのだそうです。
そしてそれは、ルルという竜の子の祖父でもあり、サーラとルルが出会う事で奇しくも百年以上の時を経て、再会を果たしたというのです。
ちなみに古竜という種の生き物はもう、この世界に存在していなくて、ルルが最後の生き残りだったようです。
「そんなドラマがあったなんて」
「はい……わたしは……この杖を持つに……ふさわしい……人間に、なりたかった……」
サーラはさらにその杖と、自身について話をしてくれました。
サーラは実は、アランと同じ『魔力無し』でした。
『魔力無し』とは、この世界で稀に誕生する忌み子なのです。
魔力を持たない子供は、蔑まれ厭われる運命を背負い、魔法がいっさい使えないその人生は、魔法がすべてのこの世界に適応できずに、そのほとんどが短命で終わると言われて来ました。
サーラはアランと同じように、魔力がマイナス値として蓄積された無能力者だったのです。
忌み子として捨てられたサーラを引き取ったお婆様は、世界で三本の指に入ると言われる大魔法使いとしての力を駆使し、なんとか半分だけの魔力を表に出す事に成功しました。
半分でも勇者の倍はある魔力量だったそうです。
サーラとしてはそれだけで充分だったのだそうですが、お婆様はサーラの中でまだ眠る魔力に、夢を見てしまいました。
その力が解放された時、いったい何が起きるのか? いったい何が出来るのか? どのような大魔法、いや究極魔法が生み出されるのか?――魔法使いとしての性が騒ぎだし、好奇心が勝ってしまったのです。
神様とも繋がりのあったお婆様はある日、サーラを神様の元へ向かわせました。残りの半分の魔力を解放する術があるのか、情報を得るためです。
そしてアランの存在と、アランの目的を知りました。
アランは魔族領の魔王軍四天王の一人と接触する事で、自分の中に眠るマイナスの魔力を引き出す事を試みようとしていたのです。
お婆様はこれに乗じる事にし、サーラをアランの元に向かわせました。
大魔導師の杖を元々所持していたのは、サーラの師匠でもあるお婆様です。
サーラを旅立たせる際に、その杖を譲りました。
半分の魔力を取り戻したサーラはお婆様の元で修行を積み、既に大魔法使いとしてその杖を持つに相応しい存在となっていたのです。
無事アラン一行と合流して同行していたサーラでしたが、途中で関わった魔族軍の幹部でもある暗殺者の計略により、アランたちと引き離されてしまいます。
暗殺者のアイテムで魔王城に飛ばされたサーラは、魔王の因子を取り込んでしまい、魔王になりかけた状態でアランと再会し、戦闘に発展してしまったのです。
サーラが魔王城でアランと再会する直前、サーラの現在の状況を神様から知ったお婆様は、サーラの魔王化を止めるために魔王城へと飛びました。
サーラが既に魔王になってしまっていたとしたら倒さなければならないため、勇者ローランドと共に挑んだのです。
ですがその戦いで、ローランド共々命を落としてしまいました。
大魔法使いゴウランドが普通の杖で放った次元魔法は、大魔導師の杖を持ちさらには、眠っていた残り半分の魔力も全開放して覚醒したサーラには通用せずに跳ね返され、その身を溶かしました。
それってつまり――つまり、サーラの手でお婆様を? ――なんて事でしょう。
弟子に譲った特別な杖を、まさか自分に向けられるとは、お婆様も思っていなかった事でしょう。
殺されてしまったお婆様の無念も然る事乍ら、殺してしまったサーラの心境は……。
「そんな……そんな事って」
その時のサーラの心情を慮ると、涙が溢れてきました。
魔王の意識に飲み込まれて体が言う事を聞かない状況だったとはいえ、愛しい人を目の前で……しかも自分の手で!
「サオリ様……わたしのために……泣かないでください。……お婆様の事は……魔王の意志に抗えなかったわたしが……全部わたしが悪いの……です」
魔法印のおかげで快適なはずの馬車が、ゴトリと大きく揺れました。
今でも魔法印に残る大魔法使いゴウランドの魔力に、その意思でも宿っているかのように――またひとつ――ゴトリと揺れました。
お婆様がサーラと私に、何かを伝えたかったのでしょうか。
それともただの、偶然でしょうか。
「お婆様……」
サーラも何かを感じ取ったようです。
けれどもそれきりでまた快適な馬車へと戻り、静かな空間に私とサーラの嗚咽だけが漏れています。
四人の天使たちは黙ったままで、サーラの話を聞いていたのか、それとも眠っているのか――いいえ、ラフィーとニナだけは横になって完全に寝ていました。
カーマイルは目を瞑っていますが、大人しく座っています。
御者台に座るフォウの様子は、ここからだと後ろ姿は見えますが、その表情は分かりません。
サーラ。……なんという運命の人なのでしょう。
サーラはその後、元のアランをも殺してしまい、我に返ったそうです。
元のアランというのは、私の知るアランではありません。
フォレスの記憶で知ってはいますが、この世界に元から住んで居た二十五歳の『魔力無し』の青年です。
私の目の前に存在していた十歳くらいのアランは、日本から転生したアラキシンゴという高校生の記憶だけを持ち、既に元のアランの記憶は失われていました。
我に返ったサーラは、自分の中の魔王因子を取り出し、アランに移植しました。
それがアランを蘇生するための、唯一の方法だったのです。
アランの『魔力無し』という体質は、表に出ない魔力をマイナス側に無尽蔵に蓄えていて、魔王因子が適合するための器として最適でした。
それと同じ理由で、サーラが魔王になりかけたはずなのですが、サーラの上を行くアランのマイナス値に引き寄せられて、魔王因子はサーラから取り出され、移植出来たのです。
その結果、サーラは魔王になる事を免れ、アランは蘇ります。
けれども魔王因子を取り込んだアランは十歳の姿に変貌し、マイナス値だった魔力体質は逆転して膨大な魔力が発現、そして――
二十五歳の青年アランの意識は封印され、代りにその体に転生していたアラキシンゴの意識と記憶が呼び起され――
あの討伐不可能な魔王として、誕生したのです。
少ないと言うより、ほとんど無いと言ってもいいくらいです。
馬車の通る道にはそれこそ砂利や雑草や、車輪の轍などで、平らな所は無いくらいなのにです。
サーラによれば、馬車の側面に刻まれた魔法印が常時魔力を供給し続け、繋がれた馬を含む馬車全体に、防護結界及び衝撃吸収効果が付与されているとの事です。
その魔法印は知る人ぞ知る『ゴウランド魔法印』といい、ゴウランドという大魔法使いの魔力が籠められていて、そのゴウランドこそが――
サーラのお婆様の名前なのでした。
「あの……あらためて……よろしく……お願い致します。……サオリ様」
幌馬車内の対面座席で、向かいに座ったサーラが伏し目がちに、ゆっくりと言葉を紡ぎます。
彼女は人とコミュニケーションをとるのが非常に苦手らしく、その口調は途切れがちで、態度はおどおどとして何かに脅えているようです。
「こちらこそ、よろしくお願いします。サーラ、あなたが来てくれて本当に頼もしいです」
かつての魔王たちに大打撃を与えて来たという、歴史のある大魔導師の杖を抱えて座るサーラは、ニコリと微笑みながらその杖を撫でました。――すると突然。
「ウチ、ルルだよ!」
「え!?」
この場に居る誰でもない、私の知らない声が聞こえました。
「今、女の子の声が聞こえなかった!?」
「あっ、この杖です。この子、……喋る事が出来るの……です」
「その杖が!?」
そういえば話す杖がどうとかも、以前誰かに聞いたような気もしますが、詳しい事は聞いていませんでした。
杖がしゃべるだなんて、発声器官はいったいどうなっているのでしょう。
たどたどしくも、丁寧に説明をしてくれたサーラによれば――竜の子だったルルという女の子は、魔王になりかけてしまったサーラと元のアランたちとの戦いで、サーラの放った次元魔法により、大魔導師の杖と融合してしまった。――と言う事らしいです。
それはいったいどのような状況だったのか、……この世界の荒唐無稽とも言える物語は、私の理解力では及ばずそして、私の想像力では補いきれませんでした。
それでも私は、異邦人と言えども、この世界の住人でもあります。
すべてを受け入れる、覚悟もあるのです。
「初めまして、ルル。私はサオリよ……よろしくね」
「……」
杖に向かって挨拶をしましたが、何の反応もありません。
「この子……一日に一度しか……話す事ができないの……です」
「え? それは……貴重な一言を私に使わせてしまったって事?……ご、ごめんなさい」
つまりさっきの一言だけの挨拶が、ルルが今日話す事が出来る限界だったようです。
「でも、杖になってしまったなんて。……大変な事になっているのね、ルルは」
「はい。……けれど、この子……この杖は……」
サーラは杖を私に少し傾けて、先端に嵌め込まれた真っ赤な石を指差しました。
「ここ、……この赤い魔石が……ルルのおじいちゃん……なのです」
「なんですって?」
「だから、……ルルは、幸せ。……なのでは……ないでしょうか」
「そ、そうなんだ……」
大昔、一人の大賢者が古竜を倒した際に、手に入れた魔石で作られたのがこの大魔導師の杖なのだそうです。
そしてそれは、ルルという竜の子の祖父でもあり、サーラとルルが出会う事で奇しくも百年以上の時を経て、再会を果たしたというのです。
ちなみに古竜という種の生き物はもう、この世界に存在していなくて、ルルが最後の生き残りだったようです。
「そんなドラマがあったなんて」
「はい……わたしは……この杖を持つに……ふさわしい……人間に、なりたかった……」
サーラはさらにその杖と、自身について話をしてくれました。
サーラは実は、アランと同じ『魔力無し』でした。
『魔力無し』とは、この世界で稀に誕生する忌み子なのです。
魔力を持たない子供は、蔑まれ厭われる運命を背負い、魔法がいっさい使えないその人生は、魔法がすべてのこの世界に適応できずに、そのほとんどが短命で終わると言われて来ました。
サーラはアランと同じように、魔力がマイナス値として蓄積された無能力者だったのです。
忌み子として捨てられたサーラを引き取ったお婆様は、世界で三本の指に入ると言われる大魔法使いとしての力を駆使し、なんとか半分だけの魔力を表に出す事に成功しました。
半分でも勇者の倍はある魔力量だったそうです。
サーラとしてはそれだけで充分だったのだそうですが、お婆様はサーラの中でまだ眠る魔力に、夢を見てしまいました。
その力が解放された時、いったい何が起きるのか? いったい何が出来るのか? どのような大魔法、いや究極魔法が生み出されるのか?――魔法使いとしての性が騒ぎだし、好奇心が勝ってしまったのです。
神様とも繋がりのあったお婆様はある日、サーラを神様の元へ向かわせました。残りの半分の魔力を解放する術があるのか、情報を得るためです。
そしてアランの存在と、アランの目的を知りました。
アランは魔族領の魔王軍四天王の一人と接触する事で、自分の中に眠るマイナスの魔力を引き出す事を試みようとしていたのです。
お婆様はこれに乗じる事にし、サーラをアランの元に向かわせました。
大魔導師の杖を元々所持していたのは、サーラの師匠でもあるお婆様です。
サーラを旅立たせる際に、その杖を譲りました。
半分の魔力を取り戻したサーラはお婆様の元で修行を積み、既に大魔法使いとしてその杖を持つに相応しい存在となっていたのです。
無事アラン一行と合流して同行していたサーラでしたが、途中で関わった魔族軍の幹部でもある暗殺者の計略により、アランたちと引き離されてしまいます。
暗殺者のアイテムで魔王城に飛ばされたサーラは、魔王の因子を取り込んでしまい、魔王になりかけた状態でアランと再会し、戦闘に発展してしまったのです。
サーラが魔王城でアランと再会する直前、サーラの現在の状況を神様から知ったお婆様は、サーラの魔王化を止めるために魔王城へと飛びました。
サーラが既に魔王になってしまっていたとしたら倒さなければならないため、勇者ローランドと共に挑んだのです。
ですがその戦いで、ローランド共々命を落としてしまいました。
大魔法使いゴウランドが普通の杖で放った次元魔法は、大魔導師の杖を持ちさらには、眠っていた残り半分の魔力も全開放して覚醒したサーラには通用せずに跳ね返され、その身を溶かしました。
それってつまり――つまり、サーラの手でお婆様を? ――なんて事でしょう。
弟子に譲った特別な杖を、まさか自分に向けられるとは、お婆様も思っていなかった事でしょう。
殺されてしまったお婆様の無念も然る事乍ら、殺してしまったサーラの心境は……。
「そんな……そんな事って」
その時のサーラの心情を慮ると、涙が溢れてきました。
魔王の意識に飲み込まれて体が言う事を聞かない状況だったとはいえ、愛しい人を目の前で……しかも自分の手で!
「サオリ様……わたしのために……泣かないでください。……お婆様の事は……魔王の意志に抗えなかったわたしが……全部わたしが悪いの……です」
魔法印のおかげで快適なはずの馬車が、ゴトリと大きく揺れました。
今でも魔法印に残る大魔法使いゴウランドの魔力に、その意思でも宿っているかのように――またひとつ――ゴトリと揺れました。
お婆様がサーラと私に、何かを伝えたかったのでしょうか。
それともただの、偶然でしょうか。
「お婆様……」
サーラも何かを感じ取ったようです。
けれどもそれきりでまた快適な馬車へと戻り、静かな空間に私とサーラの嗚咽だけが漏れています。
四人の天使たちは黙ったままで、サーラの話を聞いていたのか、それとも眠っているのか――いいえ、ラフィーとニナだけは横になって完全に寝ていました。
カーマイルは目を瞑っていますが、大人しく座っています。
御者台に座るフォウの様子は、ここからだと後ろ姿は見えますが、その表情は分かりません。
サーラ。……なんという運命の人なのでしょう。
サーラはその後、元のアランをも殺してしまい、我に返ったそうです。
元のアランというのは、私の知るアランではありません。
フォレスの記憶で知ってはいますが、この世界に元から住んで居た二十五歳の『魔力無し』の青年です。
私の目の前に存在していた十歳くらいのアランは、日本から転生したアラキシンゴという高校生の記憶だけを持ち、既に元のアランの記憶は失われていました。
我に返ったサーラは、自分の中の魔王因子を取り出し、アランに移植しました。
それがアランを蘇生するための、唯一の方法だったのです。
アランの『魔力無し』という体質は、表に出ない魔力をマイナス側に無尽蔵に蓄えていて、魔王因子が適合するための器として最適でした。
それと同じ理由で、サーラが魔王になりかけたはずなのですが、サーラの上を行くアランのマイナス値に引き寄せられて、魔王因子はサーラから取り出され、移植出来たのです。
その結果、サーラは魔王になる事を免れ、アランは蘇ります。
けれども魔王因子を取り込んだアランは十歳の姿に変貌し、マイナス値だった魔力体質は逆転して膨大な魔力が発現、そして――
二十五歳の青年アランの意識は封印され、代りにその体に転生していたアラキシンゴの意識と記憶が呼び起され――
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