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第三部 第一章 あるコンビニ店長の憂鬱
105・闇に生きるもの
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私はいつも最初に結果を視た時、それが『死』に繋がらない事が確認出来たら、途中のプロセスはなるべく視ないようにしています。
もちろん、その結果に至るまでの過程を、ささやかながら楽しむためにです。
なので『死』にさえ繋がらなければ、途中の経過での予想を外れた展開は望むところで、「そう来たか」と唸らされる出来事に期待をしているのです。
そして今まさに、「そう来たか」と言いたくなるような展開が、私の目の前で繰り広げられていました。
「あなた、お仕事お疲れ様。……そちらの女性の方も、早く治ると良いですね」
「あ、ああ。……もうすぐ帰るから、サレンは先に寝ているといい」
獣人の女性の尻に腰を押しつけた恰好で、サレンの旦那の顔は引き攣っていました。
「サオリ様もありがとうございます。どうやら私の勘違いだったようです」
「サレンが良いのなら、私は構わないのだけど……」
チラリと旦那の方を見れば、サレンが私の方を向いているのを良い事に、両手を合わせて『お願い』のポーズを取っていました。
――下半身は獣人女性と繋がったまま……。
その獣人の女性は終始黙ったままですが、体勢をそのままにしているという事は、その行為を止めるつもりもないのでしょう。
浮気相手の妻が現れたというのに、なんとも肝の据わった女性です。
「では、帰りましょうか。サオリ様」
「え、ええ」
私たちは最初から最期まで同じ姿勢の二人を置き去りに、コンビニ裏の自宅へと転移しました。
◇ ◇ ◇
天使たちはもう寝たのでしょうか。誰も居ないリビングに戻った途端、サレンが声を震わせて泣き出しました。
「どうしましょう! サオリ様!」
「やっぱり……」
サレンは涙ながらに、私に訴えて来ました。
旦那の言い分に同調していた彼女ですが、やはり心の中では浮気現場として認識出来ていたようです。
「私、私……本当にどうしたらいいか……」
「あの場でご主人を問い詰める事も出来たのよ? サレン」
「うっ……ううう……だって、だってサオリ様、あの人が私に対して言い訳をするという事は、私の事はどうでもいいと思っているわけではない、という事ではないですか。私の事がどうでもよかったら、言い訳もしないのではないでしょうか」
「そうかもしれないけど……」
あの現場を見て、よく取り乱さなかったものだとは思っていましたが、やはり私の第一印象の通り、サレンは賢い女性のようです。
自分を抑える事で感情的になって争う事は避け、後々話し合いも出来る可能性を残してきたのです。
他に誰も居ないリビングで、私は手持ちのティーセットを何もない空間から取り出して、テーブルに並べました。
「温かいものでも飲んで落ち着いて、サレン。紅茶でいい?」
「は、はい」
ティーカップに注がれる赤い液体を、少し前の時とは違う状況で見つめるサレンに、私はなるべく優しげに声を掛けました。
「サレンはどうしたいの? その様子だとご主人の事は嫌いになれない、といった感じかしら」
「私は、……そうですね。……もしかしたら私に原因があるのかも知れないので、ちゃんと主人と話が出来たらと、……そう思います」
健気な態度を見せるサレンに、私は出来るだけの事はしてあげようと心に誓いました。
浮気男の事などどうなっても構わないのですが、サレンの悲しむような事にはならないように努める事にしましょう。
「フォウ、起きてる? ちょっと来て」
「はい、サオリ様。お呼びでしょうか」
呼んだ瞬間に廊下から現れたフォウを見て、サレンが驚いています。
天使の中でも、一番しっかりしたフォウならではです。
「あなたに仕事を頼みたいの。ここに行って二人の動向を探ってきて」
フォウの額に左手を当て、例の二人の情報を直接送りました。
「かしこまりました」
額から離した左手を、そのままフォウに向けたまま――
「男の方が家に帰ったら私に連絡してちょうだい。フォウを戻すわ」
私はそれだけを言うと、フォウだけを森へと転移させました。
「……」
それを見ていたサレンが、私に恐る恐るといった態で訊いて来ました。
「あ、あの、……サオリ様は、本当に、……女神様なのですか?」
そういえばサレンは来店した時に、「何でも相談できる女神様」と、私に聞いていました。
「何処でそういう噂が立つのでしょう。私は、ただのコンビニ店員ですよ」
「ただの、……店員……」
絶対に違うと、その表情は語っています。
まぁ、めったに使える人は居ないという転移魔法とかを惜しげも無く見せて来たのですから、普通ではないと思われても仕方はありませんけれど。
「今日は泊まっていって下さいな。明日、私と一緒に家に帰りましょう」
今一人で帰して旦那と鉢合わせした場合、急に感情を抑えられなくなって……という事もありえます。
『死』は視えないとは言え、なるべくサレンが悲しむ事が無いように、私も一緒に居て助力した方がいいでしょう。
二杯目の紅茶を淹れた時、ポケットの中のスマホが、ブブブと振動しました。――フォウからです。
私はサーラあたりがいつか『通信魔法』を開発してくれるのではと思っていたのですが、のんびり屋のサーラがなかなかやろうとしないので、私が作ってしまいました。
ただ、『通信』をするにはお互いの魔力が相当に高い者同士ではないと無理だと分かり、スマホを媒介とした方法に切り替えたのです。
相手の魔力をスマホに記憶させておけば、魔力を籠めた思念をキャッチし増幅させて、私に声を届けてくれるという仕組みです。
「お疲れ様、では戻すわね』
右手に持ったスマホを耳に当てたまま左手を対面のソファに向けると、次の瞬間にはフォウが現れ、そのままソファに腰を下ろしました。
「……」
サレンが何かを言いたそうにしていますが、訊いてはいけないと思ったのか、半開きだった口を固く閉じました。
「どうだった?」
「はい、サオリ様」
フォウはポツポツと、見て来た事を語り始めました。
「二人は事を済ますと、その場で別れました。女は森の奥へと入り男は森を出ましたが、女の態度が怪しかったので、まずはそちらを尾行しました」
「怪しかった?」
「はい。普通でしたら男と一緒に森を出るものと思われますが、何も無い森の奥へと進むという行動は疑うに足りるかと」
「確かにそうね……」
私は途中の経過を『視て』はいません。
次に何がどう展開するのか、フォウの口から出る言葉がどれだけ私の予想を超えるのか、期待を持って待ちました。
「女は一人になると、正体を現したのです」
「な、なんですって!?」
「サオリ様、……驚くのがまだ早いです。せめてその正体を聞いてから驚いて下さい」
「あっ、ごめんなさい。驚く準備をしていたものだから、つい……」
予想外の出来事を、期待し過ぎてしまいました。
都合よく私を驚かせてくれるような出来事が、そうそうあるわけは無いと心を落ち着かせ、話の続きを促しました。
「で? 何だったの?」
「はい、実はその女は獣人を擬態しておりました」
「擬態?」
「変身と言ってもいいでしょう。それほど完璧なものでした」
「それで、その獣人の正体は?」
フォウの目は暗闇の森の中でも、はっきりと見えていたのでしょう。
その容姿を口にしました。
「女はいつの間にか、肌の露出が多い黒い艶のある服に一瞬で着替えていました。その額にはツノ、背中には一対の黒い羽を生やし、細い尻尾も確認いたしました」
「それって、……魔族じゃないの?」
「はい、魔族です。……ですが、魔族の中でも特殊な部類にあたる――」
「あっ」
そのイメージがすぐに湧きました。
私の中のそれは、黒のボンデージファッションに身を包む小悪魔。――夢魔とも淫魔とも呼ばれるもの。
まさしくそれらの一般的な通称を、フォウは口にしました。
「――サキュバスです」
もちろん、その結果に至るまでの過程を、ささやかながら楽しむためにです。
なので『死』にさえ繋がらなければ、途中の経過での予想を外れた展開は望むところで、「そう来たか」と唸らされる出来事に期待をしているのです。
そして今まさに、「そう来たか」と言いたくなるような展開が、私の目の前で繰り広げられていました。
「あなた、お仕事お疲れ様。……そちらの女性の方も、早く治ると良いですね」
「あ、ああ。……もうすぐ帰るから、サレンは先に寝ているといい」
獣人の女性の尻に腰を押しつけた恰好で、サレンの旦那の顔は引き攣っていました。
「サオリ様もありがとうございます。どうやら私の勘違いだったようです」
「サレンが良いのなら、私は構わないのだけど……」
チラリと旦那の方を見れば、サレンが私の方を向いているのを良い事に、両手を合わせて『お願い』のポーズを取っていました。
――下半身は獣人女性と繋がったまま……。
その獣人の女性は終始黙ったままですが、体勢をそのままにしているという事は、その行為を止めるつもりもないのでしょう。
浮気相手の妻が現れたというのに、なんとも肝の据わった女性です。
「では、帰りましょうか。サオリ様」
「え、ええ」
私たちは最初から最期まで同じ姿勢の二人を置き去りに、コンビニ裏の自宅へと転移しました。
◇ ◇ ◇
天使たちはもう寝たのでしょうか。誰も居ないリビングに戻った途端、サレンが声を震わせて泣き出しました。
「どうしましょう! サオリ様!」
「やっぱり……」
サレンは涙ながらに、私に訴えて来ました。
旦那の言い分に同調していた彼女ですが、やはり心の中では浮気現場として認識出来ていたようです。
「私、私……本当にどうしたらいいか……」
「あの場でご主人を問い詰める事も出来たのよ? サレン」
「うっ……ううう……だって、だってサオリ様、あの人が私に対して言い訳をするという事は、私の事はどうでもいいと思っているわけではない、という事ではないですか。私の事がどうでもよかったら、言い訳もしないのではないでしょうか」
「そうかもしれないけど……」
あの現場を見て、よく取り乱さなかったものだとは思っていましたが、やはり私の第一印象の通り、サレンは賢い女性のようです。
自分を抑える事で感情的になって争う事は避け、後々話し合いも出来る可能性を残してきたのです。
他に誰も居ないリビングで、私は手持ちのティーセットを何もない空間から取り出して、テーブルに並べました。
「温かいものでも飲んで落ち着いて、サレン。紅茶でいい?」
「は、はい」
ティーカップに注がれる赤い液体を、少し前の時とは違う状況で見つめるサレンに、私はなるべく優しげに声を掛けました。
「サレンはどうしたいの? その様子だとご主人の事は嫌いになれない、といった感じかしら」
「私は、……そうですね。……もしかしたら私に原因があるのかも知れないので、ちゃんと主人と話が出来たらと、……そう思います」
健気な態度を見せるサレンに、私は出来るだけの事はしてあげようと心に誓いました。
浮気男の事などどうなっても構わないのですが、サレンの悲しむような事にはならないように努める事にしましょう。
「フォウ、起きてる? ちょっと来て」
「はい、サオリ様。お呼びでしょうか」
呼んだ瞬間に廊下から現れたフォウを見て、サレンが驚いています。
天使の中でも、一番しっかりしたフォウならではです。
「あなたに仕事を頼みたいの。ここに行って二人の動向を探ってきて」
フォウの額に左手を当て、例の二人の情報を直接送りました。
「かしこまりました」
額から離した左手を、そのままフォウに向けたまま――
「男の方が家に帰ったら私に連絡してちょうだい。フォウを戻すわ」
私はそれだけを言うと、フォウだけを森へと転移させました。
「……」
それを見ていたサレンが、私に恐る恐るといった態で訊いて来ました。
「あ、あの、……サオリ様は、本当に、……女神様なのですか?」
そういえばサレンは来店した時に、「何でも相談できる女神様」と、私に聞いていました。
「何処でそういう噂が立つのでしょう。私は、ただのコンビニ店員ですよ」
「ただの、……店員……」
絶対に違うと、その表情は語っています。
まぁ、めったに使える人は居ないという転移魔法とかを惜しげも無く見せて来たのですから、普通ではないと思われても仕方はありませんけれど。
「今日は泊まっていって下さいな。明日、私と一緒に家に帰りましょう」
今一人で帰して旦那と鉢合わせした場合、急に感情を抑えられなくなって……という事もありえます。
『死』は視えないとは言え、なるべくサレンが悲しむ事が無いように、私も一緒に居て助力した方がいいでしょう。
二杯目の紅茶を淹れた時、ポケットの中のスマホが、ブブブと振動しました。――フォウからです。
私はサーラあたりがいつか『通信魔法』を開発してくれるのではと思っていたのですが、のんびり屋のサーラがなかなかやろうとしないので、私が作ってしまいました。
ただ、『通信』をするにはお互いの魔力が相当に高い者同士ではないと無理だと分かり、スマホを媒介とした方法に切り替えたのです。
相手の魔力をスマホに記憶させておけば、魔力を籠めた思念をキャッチし増幅させて、私に声を届けてくれるという仕組みです。
「お疲れ様、では戻すわね』
右手に持ったスマホを耳に当てたまま左手を対面のソファに向けると、次の瞬間にはフォウが現れ、そのままソファに腰を下ろしました。
「……」
サレンが何かを言いたそうにしていますが、訊いてはいけないと思ったのか、半開きだった口を固く閉じました。
「どうだった?」
「はい、サオリ様」
フォウはポツポツと、見て来た事を語り始めました。
「二人は事を済ますと、その場で別れました。女は森の奥へと入り男は森を出ましたが、女の態度が怪しかったので、まずはそちらを尾行しました」
「怪しかった?」
「はい。普通でしたら男と一緒に森を出るものと思われますが、何も無い森の奥へと進むという行動は疑うに足りるかと」
「確かにそうね……」
私は途中の経過を『視て』はいません。
次に何がどう展開するのか、フォウの口から出る言葉がどれだけ私の予想を超えるのか、期待を持って待ちました。
「女は一人になると、正体を現したのです」
「な、なんですって!?」
「サオリ様、……驚くのがまだ早いです。せめてその正体を聞いてから驚いて下さい」
「あっ、ごめんなさい。驚く準備をしていたものだから、つい……」
予想外の出来事を、期待し過ぎてしまいました。
都合よく私を驚かせてくれるような出来事が、そうそうあるわけは無いと心を落ち着かせ、話の続きを促しました。
「で? 何だったの?」
「はい、実はその女は獣人を擬態しておりました」
「擬態?」
「変身と言ってもいいでしょう。それほど完璧なものでした」
「それで、その獣人の正体は?」
フォウの目は暗闇の森の中でも、はっきりと見えていたのでしょう。
その容姿を口にしました。
「女はいつの間にか、肌の露出が多い黒い艶のある服に一瞬で着替えていました。その額にはツノ、背中には一対の黒い羽を生やし、細い尻尾も確認いたしました」
「それって、……魔族じゃないの?」
「はい、魔族です。……ですが、魔族の中でも特殊な部類にあたる――」
「あっ」
そのイメージがすぐに湧きました。
私の中のそれは、黒のボンデージファッションに身を包む小悪魔。――夢魔とも淫魔とも呼ばれるもの。
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