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第三部 第一章 あるコンビニ店長の憂鬱
104・いいわけ
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『人間として生きて行く』と、この世界での目標を掲げた私ですが、剣と魔法の世界に居て、何から何まで自己抑制するつもりはありません。
お風呂にお湯を溜めるのも、料理で火を熾すのも、魔法がなければままならない世界です。
なので、魔法を使わないという事ではなく、私が考えているのは、『人の心を維持する』事が、いかに重要かと言う事です。
私、もう人間とは言えませんし、どちらかと言うと、バケモノの類いですし……。
かと言って、殺生を何とも思わない天使たちと、同類になるつもりはありません。
人の心だけは、失いたくないのです。
私はサレンを連れて、王都から少し外れた森へと転移しました。
極大魔法に分類され、その中でも特殊とされる転移魔法は、一度行った場所にしか移動出来ないものなのですが、私はそれを究極魔法へと進化させて、行った事のない場所であっても転移を可能としました。
それは元々の転移魔法に、『コーディネイト』という移動先の座標を正確に知るスキルと、『千里眼』という移動先の状況を視覚的に知るスキルを合わせた、私のオリジナルなのです。
「ここは?」
一瞬で森へと移動した事に気付いたサレンは、恐怖と驚きの目を私に向けます。
「転移したのよ。この森の中にあなたの知りたがっていた答えがあるわ」
真っ暗な夜の森に足を踏み入れるのは、私とサレンの二人だけです。
今の私には、天使の護衛も必要が無くなりました。
さんざんお世話になった羽根ペンも、コンビニのバックルームのデスクの上です。
「足元に気を付けてね」
サレンは無言で私の腕につかまり、その体の震えを伝えてきました。
「怖い?」
「ええ、色々な意味で、怖いです」
森に入ると、時折吹く風に木々の葉が擦れる音と、虫の音だけが私たちを迎えます。
虫が鳴いているという事は、この付近には魔物は居ないという事です。
野生の動物程度では意に介さない虫たちも、魔物が傍に居る時は静まり返るのです。
私が左手に出現させたランプに魔力で火を入れると、少し先の地面までを朧に照らしました。
本当は明かりを取るのにランプなどというアイテムは必要ないのですが、これは私の趣味のようなもので、気分の問題なのです。
私がいつの間にか手にしていたランプに、気を取られているサレンに訊きました。
「サレンには何か、心当たりはないの?」
旦那の行動について、という意味です。
「特には……思い当たる事も無いです……ただ……」
「ただ?」
「夜、一緒に寝る事がほとんど無くなりました。……主人が出かけている間に、私も先に寝るようにしているからなのでしょうけど」
「ご主人はお医者様のようだけど、王都の回復術師と言えば貴重な人材だし、多忙で疲労も溜まっていそうなものだけどね。毎晩のように外出するのは別腹なのかしら」
サレンが怪訝な顔をします。
「私、主人の職業を言いましたでしょうか? 言っていないと思いますが……」
「ああ、私、勘が良いのでなんとなく分かっちゃうんですよ」
私の適当な言い訳にサレンが混乱した所で、目的の場所に近付いたようです。
ランプの火を消して、様子を見ます。
私の腕にしがみついているサレンに、緊張が走るのが分かります。
虫の音に混じって、聞こえてくるものがありました。
「はぁ、はぁ……あっ、……ああっ……」
暗闇の中から聞こえてくるのは、桃色に喘ぐ女性の声でした。
「覚悟はいい?」
「は、はい……」
私は左手を空に向けて、魔力弾を閃光弾に改造した魔法を打ち上げました。
余談ですが、天使たちも昔からそうだったように、魔法を打ち出す基本は左手なのです。
これは個人差もある事なのですが、心臓に近い方の手に、より多くのマナが集められるとされていて、実際の数多くの検証にもその通りの結果が出ているのです。
魔力を持つようになってから魔法の勉強をし始めた私にも、ようやく色々な事の意味が分かるようになっていました。
――閃光弾が森の上空で、真っ白な華を咲かせました。
パアッっと一瞬で昼間の明るさを取り戻した森は、サレンの目の前で、ある二つの影を落とします。
「あなた!」
目の前に展開された光景を見て、サレンが叫びました。
そのサレンの視線の先には――
大木の太い幹に両手をついた女性が腰を曲げて尻を突き出し、その後ろから全裸の男が、女性の尻に自分の腰を密着させていました。
よく見ると女性は獣人で、全身の体毛が服のようにも見えますが、結局は女性も全裸だったようです。
「あなた! こんな所でいったい何をしているの!?」
「いや、見ての通りよ、サレン」
再びサレンが叫びますが、当の旦那は固まったまま動けずに、声も出せない状態でした。
その視線がサレンから私に移動しました。
サレンの旦那が私を認識した瞬間、『結末』が変わるのを、私は視ました。
『神』という存在が干渉すると、このような事が起きるのを、私は承知しています。
決められていたはずの結末が、違うものへと変わってしまう、神による運命への介入。
私はそれを知っていながら、あえて現場に顔を出すのです。
なぜなら――
違う結末が見てみたいから。
せっかく首を突っ込むのですから、決められた結末を確認するのではなく、何が起きるか分からない状況になった方が、気晴らしくらいにはなるというものです。
ただし、『死』が視えた場合は、それを回避する行動に出ます。
今は亡き、神ジダルジータが勇者と魔王を利用したゲームに興じていた時の心境が、今の私には痛い程分かってしまいます。
神になった瞬間から数年が経ち、いつの間にか言いようの無い飢えと乾きに悩まされ、いつまでも満たされぬこの苦しみは何なのかと、その答えらしきものが、最近になってようやく分かりかけてきたのです。
つまる所、神という存在はどこまでも自由で、何よりも孤独なのだと言う事です。
寿命の無い肉体と、世界を自由に改変する権限、そしてすべてを見通してしまう力は、何のために生きているのかも、分からなくなってくるのです。
はっきりと言ってしまえば、この世界を存続させるためだけに、生きているのが神という存在なので、本来は引き籠って何もしないのが正解なのです。
その正解を知ってしまったがゆえ、そしてその孤独さゆえに、満たされぬものがいつも付き纏うのです。
この世界に転移して来た、魔力の無いサオリという人間は異邦人でした。
けれども神という唯一無二の存在も結局、異邦人のそれと何ら変わりはありませんでした。
まだ合体したまま固まっている二人を、黙って見つめる私とサレン。――沈黙がこの場を支配しました。
本来ならこの旦那は言い訳をする時間も与えられずに、サレンにこっぴどく殴られた後で獣人の女と一緒に逃げてしまい、二人は破局を迎えるはずなのですが――
結末の変わったこの場面では、旦那がサレンに話し掛けるという展開になっていました。
「サレン! これは、これはだね、……ち、治療をしているのだよ!」
「治療ですって!?」
「そうだ! 治療なのだ! じ、実はこの女性はある特別な病気に掛かっていて、毎晩治療を施さないと完全な獣になってしまうのだよ。そう、この女性は普通の人間だったのだ。そして、僕は医者として見過ごす事は出来なかったのだよ!」
なんという酷い言い訳でしょう。
お互いが夜の森で全裸になってする治療など、聞いた事がありません。
誰がそんな馬鹿な話を、信じるというのでしょうか。
「そうだったのですね!? 私はてっきり浮気をされているのかと疑ってしまいました。……ごめんなさい、あなた!」
ここに居ました! 信じちゃう人!
お風呂にお湯を溜めるのも、料理で火を熾すのも、魔法がなければままならない世界です。
なので、魔法を使わないという事ではなく、私が考えているのは、『人の心を維持する』事が、いかに重要かと言う事です。
私、もう人間とは言えませんし、どちらかと言うと、バケモノの類いですし……。
かと言って、殺生を何とも思わない天使たちと、同類になるつもりはありません。
人の心だけは、失いたくないのです。
私はサレンを連れて、王都から少し外れた森へと転移しました。
極大魔法に分類され、その中でも特殊とされる転移魔法は、一度行った場所にしか移動出来ないものなのですが、私はそれを究極魔法へと進化させて、行った事のない場所であっても転移を可能としました。
それは元々の転移魔法に、『コーディネイト』という移動先の座標を正確に知るスキルと、『千里眼』という移動先の状況を視覚的に知るスキルを合わせた、私のオリジナルなのです。
「ここは?」
一瞬で森へと移動した事に気付いたサレンは、恐怖と驚きの目を私に向けます。
「転移したのよ。この森の中にあなたの知りたがっていた答えがあるわ」
真っ暗な夜の森に足を踏み入れるのは、私とサレンの二人だけです。
今の私には、天使の護衛も必要が無くなりました。
さんざんお世話になった羽根ペンも、コンビニのバックルームのデスクの上です。
「足元に気を付けてね」
サレンは無言で私の腕につかまり、その体の震えを伝えてきました。
「怖い?」
「ええ、色々な意味で、怖いです」
森に入ると、時折吹く風に木々の葉が擦れる音と、虫の音だけが私たちを迎えます。
虫が鳴いているという事は、この付近には魔物は居ないという事です。
野生の動物程度では意に介さない虫たちも、魔物が傍に居る時は静まり返るのです。
私が左手に出現させたランプに魔力で火を入れると、少し先の地面までを朧に照らしました。
本当は明かりを取るのにランプなどというアイテムは必要ないのですが、これは私の趣味のようなもので、気分の問題なのです。
私がいつの間にか手にしていたランプに、気を取られているサレンに訊きました。
「サレンには何か、心当たりはないの?」
旦那の行動について、という意味です。
「特には……思い当たる事も無いです……ただ……」
「ただ?」
「夜、一緒に寝る事がほとんど無くなりました。……主人が出かけている間に、私も先に寝るようにしているからなのでしょうけど」
「ご主人はお医者様のようだけど、王都の回復術師と言えば貴重な人材だし、多忙で疲労も溜まっていそうなものだけどね。毎晩のように外出するのは別腹なのかしら」
サレンが怪訝な顔をします。
「私、主人の職業を言いましたでしょうか? 言っていないと思いますが……」
「ああ、私、勘が良いのでなんとなく分かっちゃうんですよ」
私の適当な言い訳にサレンが混乱した所で、目的の場所に近付いたようです。
ランプの火を消して、様子を見ます。
私の腕にしがみついているサレンに、緊張が走るのが分かります。
虫の音に混じって、聞こえてくるものがありました。
「はぁ、はぁ……あっ、……ああっ……」
暗闇の中から聞こえてくるのは、桃色に喘ぐ女性の声でした。
「覚悟はいい?」
「は、はい……」
私は左手を空に向けて、魔力弾を閃光弾に改造した魔法を打ち上げました。
余談ですが、天使たちも昔からそうだったように、魔法を打ち出す基本は左手なのです。
これは個人差もある事なのですが、心臓に近い方の手に、より多くのマナが集められるとされていて、実際の数多くの検証にもその通りの結果が出ているのです。
魔力を持つようになってから魔法の勉強をし始めた私にも、ようやく色々な事の意味が分かるようになっていました。
――閃光弾が森の上空で、真っ白な華を咲かせました。
パアッっと一瞬で昼間の明るさを取り戻した森は、サレンの目の前で、ある二つの影を落とします。
「あなた!」
目の前に展開された光景を見て、サレンが叫びました。
そのサレンの視線の先には――
大木の太い幹に両手をついた女性が腰を曲げて尻を突き出し、その後ろから全裸の男が、女性の尻に自分の腰を密着させていました。
よく見ると女性は獣人で、全身の体毛が服のようにも見えますが、結局は女性も全裸だったようです。
「あなた! こんな所でいったい何をしているの!?」
「いや、見ての通りよ、サレン」
再びサレンが叫びますが、当の旦那は固まったまま動けずに、声も出せない状態でした。
その視線がサレンから私に移動しました。
サレンの旦那が私を認識した瞬間、『結末』が変わるのを、私は視ました。
『神』という存在が干渉すると、このような事が起きるのを、私は承知しています。
決められていたはずの結末が、違うものへと変わってしまう、神による運命への介入。
私はそれを知っていながら、あえて現場に顔を出すのです。
なぜなら――
違う結末が見てみたいから。
せっかく首を突っ込むのですから、決められた結末を確認するのではなく、何が起きるか分からない状況になった方が、気晴らしくらいにはなるというものです。
ただし、『死』が視えた場合は、それを回避する行動に出ます。
今は亡き、神ジダルジータが勇者と魔王を利用したゲームに興じていた時の心境が、今の私には痛い程分かってしまいます。
神になった瞬間から数年が経ち、いつの間にか言いようの無い飢えと乾きに悩まされ、いつまでも満たされぬこの苦しみは何なのかと、その答えらしきものが、最近になってようやく分かりかけてきたのです。
つまる所、神という存在はどこまでも自由で、何よりも孤独なのだと言う事です。
寿命の無い肉体と、世界を自由に改変する権限、そしてすべてを見通してしまう力は、何のために生きているのかも、分からなくなってくるのです。
はっきりと言ってしまえば、この世界を存続させるためだけに、生きているのが神という存在なので、本来は引き籠って何もしないのが正解なのです。
その正解を知ってしまったがゆえ、そしてその孤独さゆえに、満たされぬものがいつも付き纏うのです。
この世界に転移して来た、魔力の無いサオリという人間は異邦人でした。
けれども神という唯一無二の存在も結局、異邦人のそれと何ら変わりはありませんでした。
まだ合体したまま固まっている二人を、黙って見つめる私とサレン。――沈黙がこの場を支配しました。
本来ならこの旦那は言い訳をする時間も与えられずに、サレンにこっぴどく殴られた後で獣人の女と一緒に逃げてしまい、二人は破局を迎えるはずなのですが――
結末の変わったこの場面では、旦那がサレンに話し掛けるという展開になっていました。
「サレン! これは、これはだね、……ち、治療をしているのだよ!」
「治療ですって!?」
「そうだ! 治療なのだ! じ、実はこの女性はある特別な病気に掛かっていて、毎晩治療を施さないと完全な獣になってしまうのだよ。そう、この女性は普通の人間だったのだ。そして、僕は医者として見過ごす事は出来なかったのだよ!」
なんという酷い言い訳でしょう。
お互いが夜の森で全裸になってする治療など、聞いた事がありません。
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