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第三部 第一章 あるコンビニ店長の憂鬱

103・マイ・ルール

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「いらっしゃいませ! こんばんは!」

 夜の二十一時。そろそろ裏の自宅に戻ってお風呂に入ろうかと思った所に、お客様が来店されました。

 私は入ってきたお客様を、失礼の無いように自然な視線を向けて観察します。

 一名様、二十代後半、育ちの良さそうな女性、金髪ロング、装飾の多い高価そうな服とバッグ、外に停めてある馬車も豪華。
 それらを見ただけで、私はこのお客様はだ、と判断しました。
 あっちとは、商品を買いに来たお客様では無いという意味です。
 では、どのようなお客様なのかと言うと――

「あの、こちらは何でも相談出来る女神様がいらっしゃるというお店で、間違いはございませんでしょうか?」

 ――こんな感じのお客様です。

 ここは『何でもお悩み相談所』ではありません。ただのコンビニです。
 けれども私がコンビニ経営に専従してから何故か、この手の依頼人が増えて来ました。
 恐らく一度、問題を解決してもらったお客様が、口コミで広げているのだろうとは想像出来ますが……。

「お客様、ここはコンビニです。ですが、何かをご購入されたお客様がついでに世間話を少しするという事はよくある事で、それについては否定はいたしません」

 この女性のお客様は頭の良い方なのでしょう。私のその言葉にすぐに「あっ」っと何かに気付いたらしく、店内の商品を物色し始めました。

「失礼しました。ではこれを下さい」

 カウンターにポーションを五本置くと、女性は獣柄のバッグからこれまた獣柄の巾着袋を取り出しました。
 お財布と思しき巾着は、中にコインが沢山詰まっているのでしょう、パンパンに膨れています。
 
「銀貨五枚です」
「では、これで」

 巾着から取り出した硬貨は、金貨一枚でした。
 その膨らんだ巾着から金貨が出て来るという事は、恐らく銀貨などは所持してなく、金貨だけが詰まっているのでしょう。

「細かい硬貨はお持ちではないですか?」

 これだとお釣りに銀貨を、九十五枚も用意しなければなりません。
 今持っている巾着よりも膨れたものがもう一つ、増えてしまう事になります。
 そろそろ国王ランドルフに言って、一万円くらいの価値の硬貨の発行を促した方が良いかも知れませんね。

「すみません。……依頼料のつもりで持ってきたので、金貨しか……あっ、では金貨一枚分のポーションを貰う事にいたします」

 結局この女性は、ポーションを百本購入する事になり、私は木箱に詰めたそれを台車に乗せて外の馬車まで運んであげました。
 馬車には御者が待機していて、その者が木箱を受け取り、馬車に積み込みます。

「あの、……これで私のお話を聞いていただけるのでしょうか?」
「ええ、まぁ……良いですよ」
「依頼料は別に受け取っていただけますか?」
「それは受け取れません。自分ルールでそういう事にしています」

 私はキッパリとそれを断ると、女性の話に付き合う事にしました。

「では後で追加でポーションを購入させていただきます。……実は――」
「あっ、立ち話もなんですから、どうぞこちらへ」

 私はコンビ二裏の自宅へと案内しました。

「次のお店番は誰?」
「わたくしでございます、カミ……もといサオリ様」

 コンビニのシフトは、今では天使全員が交替制で入っているのです。
 忙しいという事は無いので、すべての時間において、ワンオペレーションです。

「じゃあお願いね、フォウ」

 フォウがすぐさまお店に向かいました。

「では、こちらへどうぞ」

 女性をリビングへと案内してから、近くに居たデビにお茶の用意を頼みます。

「かしこまりました~、魔王様~」

 パタパタと、キッチンへと飛んで行きました。

「……魔王様?」
「いえいえ、あの子の口癖なんです」

 額に小さなツノを生やして、背中の翼でパタパタと飛んでいる魔族のような子が魔王などと口に出したものですから、この品の良い女性も少し表情を強張らせています。
 普通に暮らす普通の民は、この世界における魔王という存在が失われた事を、知らないのです。

「魔族……なのですか?」
「それはお気になさらずに、あ、でも魔族はもう怖い存在でも無いですよ? 友好的な者も多いですし、この国の王様も国交を徐々に進めているそうです」

 実は魔族領における魔族の代表は私なのですけれど、国としてはまだ成立していなくて、私が管理しているというだけの状態なのです。
 魔族の人たちも私の存在は認めてくれたのですが、それはあくまでも絶対的強者という立場に対するもので、魔族にとっての本当の信仰は魔王そのものにあるのです。
 そのため魔王が存在しないこの世界では、魔族が一丸となる事はなさそうで、私も無理に纏めようとする事はせずに、今の所は自由にさせています。

「では、お話を伺いましょう」

 デビが紅茶セットを運んで来て、カップに赤い液体を注ぐのを見つめながら、女性がゆっくりと口を開きます。

「実は……主人が夜な夜な何処かへと出掛けているのです……今日も何も言わずに、家を出て行きました。私には何も、言ってくれないのです」

 その一言を聞いただけで、私にはすべてが見えてしまいました。
 
 神という存在になった私には、時間という概念は存在しません。
 ただそこに、結果があるだけなのです。
 例えばこの女性に意識を集中するだけで、彼女の始まりと終わりが見えてしまうのです。
 何処で生まれ、どのように育ち、どうやって死んで行くのか。
 すべてが見えてしまうのです。

 このような存在になってから分かった事ですが、今は亡き前任者のジダルジータはもの凄くおちこぼれ者であったのだと実感しています。
 恐らく神の権能をほとんど何も理解出来ずに、ただその強大な力をもってゲームに興じていただけの洞窟引きこもりだったのです。

 それはさておき、私は自分にルールを定めました。

 『人間として生きる事』――神様となり、文字通り人間では無くなった自分に、恐怖した結果です。
 『人間でありたい』というのを大前提に、私は人間らしく装い、それを取り繕いました。
 今は国王となったランドルフとも結婚しましたし、コンビニ経営に勤しむのもその表れです。
 そして神としてのその能力を封印して過ごす事で、極力人間の生活を再現しようと努力しているのです。

 なので、この手の依頼にはなるべく足を突っ込みたくはない所なのですが――

 神になった事で、この世界に暮らす人々が自分の子供のように感じてしまって、……要らぬ母性を発揮してしまうのです。

「私はサオリです。あなたのお名前は?」
「申し遅れました、私はサレンと申します。……家の事については、その……」
「何も言わなくても大丈夫です。こちらも何も聞きませんから」

 彼女は貴族出身という事を隠したがっているようでした。
 私はそんな事はとっくにすべてしまっているのですが、気にする所ではありません。
 しかし、サレンの旦那については……どう伝えていいのか、困ってしまいました。

「どのような結果になっても、受け止める覚悟はありますか?」

 私の問いにサレンは逡巡しましたが、やがて決意を固めた表情を浮かべ、はっきりと答えました。

「あります。なのですべてを、真実を……伝えていただきたいです」
「わかりました」

 私はティーカップの紅茶を一口飲んでから、彼女に言いました。

「一緒に見に行きましょうか。ご主人が今、何処で何をしているのか」

 サレンが息を呑んで固まりました。
 口で言うほど、覚悟は出来ていなかったのかも知れません。
 ですが、私がご主人の姿は、とても口では説明出来ない事でした。

「わ、わ、わかりました。……連れて行ってくださいませ」

 脅えた表情のサレンに同情しつつ、私は立ち上がって彼女に手を差し伸べました。

「では、真実を見に行きましょう」
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