元奴隷少年が【黒曜】になるまでの戦記

SSS(隠れ里)

文字の大きさ
1 / 25
序章〘作中作〙

第1話【呪われた名前】

しおりを挟む
 終わった。この世界に生まれて、この国で、これまで歩んできた地獄の日々が終わったのだ。

 地獄からすくい上げてくれた手は、小さくて綺麗だった。俺の好きな青い月のように。

 その声は、なんとも柔らかい。それに色と形をつけるならば、まっさらな雪だろう。いや、雪など見たことはない。人から聞いた記憶があり、一度見てみたいと思っていた。

 背格好だけ見ると、俺と同じ年頃の子供だろうか。

 俺は、憎き男を手にかけて笑っていた。心の底から嬉しかった。

 男の子は、そんな俺に近づき、ただ一言。

「きみ、すごくきれいで、つよそうだね。きにいったよ。なまえはなんていうの?」

 その男の子が着ている服は、ときより帝都からくる上客が、着ているものなど比較にならない。光を放っていた。使われている素材が違うのは、俺の目からもでも分かる。

 男の子の微笑みは穏やかで、健康的な肉がフワッと微かに動く。

 男なのだろう。でも、女にも見える。

 美味しそうだな。

 俺は、声をかけてきた身分の高そうな男の子に、そんな考えがよぎった。

 胃が収縮する音が聞こえた。でも、もう我慢する必要はない。

 お腹が空いたら、大きな声で叫んでもいい。もうすでに胃は、遠慮なしに叫んでいる。

 男の子は、俺の考えなど気にすることもなく再び名前を聞いてきた。

 呑気な声だ。中天にぼんやりと浮かぶ太陽のようだ。俺が、手の届かないところから無邪気に声をかけてくる。

 名前などあるはずもなく、考えたこともない。

「そうか……僕からか。僕のなまえは、アルウィン・ルグラン。きみは?」

 アルウィンの顔は、ずっと笑顔だった。こんな汚い場所にでも花が、咲くのだと思った。

 俺は、周りを見る。転がる死体たち。

 倒れていた火の輪が、騎士に踏まれて最後の火種をはぜさせていた。

 芸を仕込まれるだけのピエロたちが、俺を残して舞台の隅の方で一つになって震えている。

 俺の側で、みんなを家畜のように扱ってきたサーカス団の団長が、苦悶の表情で絶命していた。

 俺たちに鞭をうって、肥えた腹。欲のつまった肉は、真っ黒な燃えカスになっていた。

 まるで、腐葉土のようだ。

 この日、多くの魂ある人形を見世物にしていた『リシャール・サーカス団』は、終わった。

 知ってか知らずか国を裏切っていた客は、次々と騎士たちに連行されていった。

 嗤う立場が、嗤われる立場に変わるのだ。

 リシャール・サーカス団は、得た収益を敵国であるイストワール王国に流していた。

 ターブルロンド帝国が動いたのは、俺たちを助けるためではない。

 しかし、この子は……

 俺だけを見て、俺に手を差し伸べたのだ。

「リシャールだ。俺の名前は、リシャール」

 俺は、今。まさに、この世界に生まれた。

 物心ついた頃には、自由を奪われていた。嘲笑と鞭を喰らわされてきたのだ。

 その、もっとも憎悪すべき名前を自分につける。

 何故なら、名前と聞いて答えられるのは、それしかなかったからだ。俺が、心の底に刻みつけた憎悪の代名詞。

 それ以外には、なかったのである。



「へー。きみはどこで生まれたのかもわからないの。なまえも自分でつけたんだね。どうしてサーカスでピエロなんてしていたの?」

 アルウィンは、笑顔を崩さない。まるで、ご褒美をもらった子供のようだ。
  
 結局、俺だけがアルウィンたちに拾われて馬車に乗せられた。

 馬一匹にしても、その皮膚は、団員たちが持っていた琥珀よりも輝いていた。

 この馬を見れば、彼らは石ころを磨いていたのだと、分かる。

「気が付いたら、サーカス団でピエロをやっていた……」

 俺は、弾みそうな声を抑えつつ言った。

 芸を仕込まれ、客の前で披露するだけだ。しかし、俺は、他の奴らと違っていた。

 いや、あの子もそうだったか……

 洗脳されることもなく、芸を披露することを当然だとも思わない。

 他の奴らと違う。サーカス団の団長を親だと思ったことはない。

 必ず、ここから自由になって

 自由になって……

「僕はね。きれいで、つよいものをさがしていたんだ。きみは、ルグラン家の守り神になるために生まれてきたのかもね?」

 アルウィンは、満面の笑みでそう語る。

 自由になったあとは、何をすればいいのか。そもそも、自由とはなんなのだろう。

 鳥のように大空を飛ぶことか、誰かを犠牲にして、金を稼ぐことなのか。

 アルウィンが、それを教えてくれるのか。一緒にいれば、その答えを得られるのだろうか。

 馬車の窓から風が吹き込んでくる。紫の草原は、葉を揺らしながら甘い匂いを風に乗せていた。

 この国の名前は、ターブルロンド帝国。

 この精霊世界リテリュスの中で、一番大きな大陸であるアンフェールの南部に位置する。

 サーカス団で、芸を仕込まれている間に団員たちの会話から知ったことだ。





 アルウィン・ルグランは、ターブルロンド帝国の伯爵の一人息子。帝国大貴族の家柄であった。

 帝都の近郊にあるルグラン領の最北端にある大きな白い建物に住んでいて、中庭には、見事な庭園がある。

 皇帝から貰ったという龍の石像を、池の真ん中に安置している。水面の反射光で、鋭い目が鈍く煌く。まるで、俺を睨んでいるかのように感じる。

 アルウィン・ルグランの父は、俺をルグラン家の養子に迎えた。

 意外だ。すんなりと受け入れられたことが。

 俺をルグラン家の守り神と紹介しても、アルウィンの父もルグラン家の誰もが疑わなかった。

 さらに、武芸を学ばせるためにアルウィンとともに、幼年学校にも通わせるというのだ。

 無論、従者としてだが、授業を見学することもできる。

 俺は、自由のその先を目指すために他の生徒から少し離れた位置で、学び、修練を重ねる日々を送ることになった。

 第一話【呪われた名前】完。

もしよろしければ、❤️の応援をお願いします
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。 しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。 彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。 一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!

処理中です...