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序章〘作中作〙
第3話【分家の立場】
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英雄になる。目標を掲げることは簡単である。口にするだけなら、なんとでも言えるのだから。
実際に何年経っても、いまだその一歩も踏み出してはいない。
俺は、ターブルロンド帝国のルグラン伯爵家の従者として幼年武術学校で、一人の修学に耐えた。その間も嫌がらせはあったものの、サーカス団での扱いに比べれば大したことではない。
この数年間で、行動範囲も広がり色々なことを学ぶことができた。
ルグラン伯爵家は、異世界から異生物を召喚する役目を担っている。異世界から異生物を召喚するには、大召喚石が必要だ。
大召喚石は、この世界リテリュスの教主国リュンヌ教国から功績のあった国へ授与されている。
そして、リュンヌ教国によって選ばれた貴族だけが、この大召喚を行うことができるのだ。何故、帝国の一伯爵家にすぎないルグラン家に許可を出したのかは不明だ。
ルグラン家は、召喚した異生物をイストワール王国との戦争に派遣している。
両国の戦いは、古来から続いている。しかし、ここ最近の戦いは、これまでの歴史ではないほどの激戦となっている。
リュンヌ教国は、今のところどちらの国を支持するつもりはないらしく、両国への大召喚石の供与もこれまでどおりに行っていた。
だからこそ、ルグラン伯爵家を失脚させて、大召喚石の供与権を狙おうとする貴族たちが多いのだ。彼は、異生物に興味はない。ただ、戦力を有したいだけだ。
戦力は発言力に通じる。
ルグラン伯爵家の分家もその一勢力であり、後釜に最も近い立場にある。分家の動きは、戦争の激化を隠れ蓑に大胆になっていった。
✢
ルグラン本家のアルウィンは、優秀な成績で幼年武術学校を卒業。アルウィンは、努力もせずに天賦の才だけで首席となっていた。
明日には、さっそく配属が決まるという。
現在、イストワール王国に押され気味であり、ターブルロンド帝国の旗色はかなり悪い。慢性的な人手不足に陥っている。
多くの騎士や兵士が、次々と各地の最前線に送られているからだ。
もっとも戦死者が出ている激戦地は、フジミ草原。ここは、長く国境を接している地域だ。平時より常に小競り合いが行われていた。
もう一方が、アニュレ峠。この峠の近くには、両国ともに重要拠点を構えている。
卒業式の夜、俺はアルウィンとともにルグラン本邸に戻っていた。他の卒業生たちは、大宴会にでも参加しているのであろう。
あの連中の痴態ぶりは、今が戦時なのも忘れているようだった。
「おそらくは、アニュレ方面の配属になるだろうね。リシャールは、僕の従者としてついてきてほしい」
アルウィンは、卒業証書をベッドの上に放り投げ、自身も勢いよく体を横たえた。花の香りが部屋中に四散する。
「アルウィン、配属前に、分家の方をどうにかしたほうがいいぞ。最近、分家の屋敷に数名の貴族どもが出入りしてるらしい」
俺は、扉の横の壁に寄りかかる。アルウィンは、俺をちらりと見て微笑む。
分家の屋敷に出入りする人間の中には、旅人に偽装したならず者たちもいる。さらには、傭兵を雇い警備をさせたりもしていた。
「……リシャールは、どのタイミングで攻め込んでくると思う?」
アルウィンは、ベッドから起き上がった。その大人しそうな童顔に似合わず瞳は、月光を反射して鋭く光った。
「今夜……だろうな」
ルグランの分家が、本家の代わりになるには現当主を亡き者にすればいいという話ではない。
跡継ぎのアルウィンがいるからだ。俺たちは、おそらく明日には前線へ送られる。
最前線ならば暗殺する機会もありそうだ。しかし、そのための資金や人手を分家の財力では用意できないはずだ。
今の段階では、分家がルグラン家に敵対する貴族と完全に連携することはできないだろう。
何故なら、分家が本家になるだけで大召喚石を使用する権利に何ら変更がないからだ。他の貴族の狙いは、あくまでも大召喚石の使用権利である。
それ故に分家をそそのかして、ルグラン家ごと没落を狙うはずだ。
「他の貴族も、分家とともに動くかな?」
俺は、アルウィンの顔を見て首を横に振る。
ルグラン家が滅んだ後。大召喚石の使用者を決めるのは、リュンヌ教国なのだ。
まずは、分家に本家を潰させる。分家の乱心を貴族院に言上して、分家を没落に追い込むはずだ。
その後は、大召喚権利獲得のために慎重な根回しをするのではないだろうか。
しかし……
「今のターブルロンド帝国の貴族の力では、リュンヌ教国の重臣を動かすことはできない。まずは、イストワール王国との戦争を優位にすることを考えるだろうな」
結局は、戦争に勝たなければ意味はない。今だにルグラン家の敵対派閥が動かない理由もここにある。
だからこそ、分家に本家を潰させるのだ。
俺は、壁にかけている外套を身に纏った。
「出かけるの? なら、僕は自室に戻るよ。分家の動きは、密偵が探ってるからね。ちなみに今の所は動きなしだ。リシャールは、心配性だね」
アルウィンは、軽く声を立てて笑う。
俺は、その無邪気な笑顔を見ながら、やはり御曹司だなと思った。その密偵が、分家に買収されていることには気付いていないらしい。
ならば、俺はルグラン家の守り神としてやるべきことをやろう。
外套のフードを深くかぶり、静けさでおおわれた本邸を出た。今夜は、少しだけ冷える。
青白い月だけが、俺の歩みを見つめていた……
第3話【分家の立場】完。
実際に何年経っても、いまだその一歩も踏み出してはいない。
俺は、ターブルロンド帝国のルグラン伯爵家の従者として幼年武術学校で、一人の修学に耐えた。その間も嫌がらせはあったものの、サーカス団での扱いに比べれば大したことではない。
この数年間で、行動範囲も広がり色々なことを学ぶことができた。
ルグラン伯爵家は、異世界から異生物を召喚する役目を担っている。異世界から異生物を召喚するには、大召喚石が必要だ。
大召喚石は、この世界リテリュスの教主国リュンヌ教国から功績のあった国へ授与されている。
そして、リュンヌ教国によって選ばれた貴族だけが、この大召喚を行うことができるのだ。何故、帝国の一伯爵家にすぎないルグラン家に許可を出したのかは不明だ。
ルグラン家は、召喚した異生物をイストワール王国との戦争に派遣している。
両国の戦いは、古来から続いている。しかし、ここ最近の戦いは、これまでの歴史ではないほどの激戦となっている。
リュンヌ教国は、今のところどちらの国を支持するつもりはないらしく、両国への大召喚石の供与もこれまでどおりに行っていた。
だからこそ、ルグラン伯爵家を失脚させて、大召喚石の供与権を狙おうとする貴族たちが多いのだ。彼は、異生物に興味はない。ただ、戦力を有したいだけだ。
戦力は発言力に通じる。
ルグラン伯爵家の分家もその一勢力であり、後釜に最も近い立場にある。分家の動きは、戦争の激化を隠れ蓑に大胆になっていった。
✢
ルグラン本家のアルウィンは、優秀な成績で幼年武術学校を卒業。アルウィンは、努力もせずに天賦の才だけで首席となっていた。
明日には、さっそく配属が決まるという。
現在、イストワール王国に押され気味であり、ターブルロンド帝国の旗色はかなり悪い。慢性的な人手不足に陥っている。
多くの騎士や兵士が、次々と各地の最前線に送られているからだ。
もっとも戦死者が出ている激戦地は、フジミ草原。ここは、長く国境を接している地域だ。平時より常に小競り合いが行われていた。
もう一方が、アニュレ峠。この峠の近くには、両国ともに重要拠点を構えている。
卒業式の夜、俺はアルウィンとともにルグラン本邸に戻っていた。他の卒業生たちは、大宴会にでも参加しているのであろう。
あの連中の痴態ぶりは、今が戦時なのも忘れているようだった。
「おそらくは、アニュレ方面の配属になるだろうね。リシャールは、僕の従者としてついてきてほしい」
アルウィンは、卒業証書をベッドの上に放り投げ、自身も勢いよく体を横たえた。花の香りが部屋中に四散する。
「アルウィン、配属前に、分家の方をどうにかしたほうがいいぞ。最近、分家の屋敷に数名の貴族どもが出入りしてるらしい」
俺は、扉の横の壁に寄りかかる。アルウィンは、俺をちらりと見て微笑む。
分家の屋敷に出入りする人間の中には、旅人に偽装したならず者たちもいる。さらには、傭兵を雇い警備をさせたりもしていた。
「……リシャールは、どのタイミングで攻め込んでくると思う?」
アルウィンは、ベッドから起き上がった。その大人しそうな童顔に似合わず瞳は、月光を反射して鋭く光った。
「今夜……だろうな」
ルグランの分家が、本家の代わりになるには現当主を亡き者にすればいいという話ではない。
跡継ぎのアルウィンがいるからだ。俺たちは、おそらく明日には前線へ送られる。
最前線ならば暗殺する機会もありそうだ。しかし、そのための資金や人手を分家の財力では用意できないはずだ。
今の段階では、分家がルグラン家に敵対する貴族と完全に連携することはできないだろう。
何故なら、分家が本家になるだけで大召喚石を使用する権利に何ら変更がないからだ。他の貴族の狙いは、あくまでも大召喚石の使用権利である。
それ故に分家をそそのかして、ルグラン家ごと没落を狙うはずだ。
「他の貴族も、分家とともに動くかな?」
俺は、アルウィンの顔を見て首を横に振る。
ルグラン家が滅んだ後。大召喚石の使用者を決めるのは、リュンヌ教国なのだ。
まずは、分家に本家を潰させる。分家の乱心を貴族院に言上して、分家を没落に追い込むはずだ。
その後は、大召喚権利獲得のために慎重な根回しをするのではないだろうか。
しかし……
「今のターブルロンド帝国の貴族の力では、リュンヌ教国の重臣を動かすことはできない。まずは、イストワール王国との戦争を優位にすることを考えるだろうな」
結局は、戦争に勝たなければ意味はない。今だにルグラン家の敵対派閥が動かない理由もここにある。
だからこそ、分家に本家を潰させるのだ。
俺は、壁にかけている外套を身に纏った。
「出かけるの? なら、僕は自室に戻るよ。分家の動きは、密偵が探ってるからね。ちなみに今の所は動きなしだ。リシャールは、心配性だね」
アルウィンは、軽く声を立てて笑う。
俺は、その無邪気な笑顔を見ながら、やはり御曹司だなと思った。その密偵が、分家に買収されていることには気付いていないらしい。
ならば、俺はルグラン家の守り神としてやるべきことをやろう。
外套のフードを深くかぶり、静けさでおおわれた本邸を出た。今夜は、少しだけ冷える。
青白い月だけが、俺の歩みを見つめていた……
第3話【分家の立場】完。
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