宮廷画家は悪役令嬢

鉛野謐木

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悪役令嬢学園編

悪役令嬢はクロッキーがしたかった

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先輩方があまりに悲しそうな顔をするので私は少し申し訳なくなり、ジュースだけありがたくいただくことにした。
ジュースは柑橘系の香りがするオレンジ色の液体でコップの底からしゅわしゅわと小さな泡が出てきていた。


「炭酸……?」


「タンサン?  それは古代魔術研究部と調理部が共同開発したジュースでこれから商品化を目指すらしいよ」

誰も炭酸の話をしていなかったために存在を忘れていたのだが、この世界に生まれ落ちてから炭酸の飲み物を飲むことはなかった。
ヨーロッパもどきの世界ならば炭酸水は日常的に飲むものだと思うのだが、この世界では水の魔石がついた蛇口をひねると真水が出てくる。

この世界で炭酸が炭酸ではないのであればなんと呼ぶのだろうか。


「なかなか美味しいですね!  これは何でできているんですか?」


「先々月、古代魔術部が見つけた泡が出る水が湧き出る泉の水でオレンジの果汁を割ったものだよ。泉の水はまだ名前がついてないから古代魔術部で今月末に名前を募集するらしいから応募してみてもいいかもね」


古代魔術部すごいな。世紀の大発見じゃないか。
サイダーを再び飲むことができる日もそう遠くはないだろう。


「うーん……やっぱり古代魔術研究部もいいですね」


「剣術部は?!」


先輩方から悲しげな悲鳴があがった。
もともと乙女ゲームのヴォルグ様が入部していたから一緒に部活までついて行ったらスチルか何かの恩恵を受けられるかもしれないという気持ちで体験入部に来たため、申し訳ないが今のところは剣術部に入部するつもりはない。


「そういえばヴォルグは体験入部しなくてもいいんですか?」


先程から先輩方は皆私のいる方に集まり、体験入部用に用意されていたのであろう人形と木剣はほったらかされていた。


「……エルが古代魔術研究部に行きたいならそっちに行く」


ヴォルグ様が少し悩んでから応えたのを見るに、ヴォルグ様は体験入部したいが私に合わせて諦めようとしているのだろう。


「あ、私見てるので体験入部してきてください。古代魔術研究部はその後で」


私はスケッチブックの代わりに学園から配布された魔術手帳を取り出すとなけなしの空白のページを開いた。
本来ならばメモ書きに使うのだろうが私は今、ヴォルグ様のクロッキーをやりたい。
そういえば八年前にもヴォルグ様のクロッキーをしたことがあった。
あの時のヴォルグ様はたしかシャドートレーニングをしていたと思う。
今回は人形という明確な的があり、その的をクロッキーに入れるか入れないかで画面が大きく変わる。
人形を入れると人形を描いているうちにヴォルグ様が次の動きに入ってしまうが人形を入れると画面に見応えが生まれる。
人形は頑丈そうな作りで、おそらく木剣を打ち付けたくらいでは微動だにしない。
もしそうならば、先に動くことのない人形を描いてしまってからヴォルグ様のクロッキーを始めるということができる。
よし、先に人形だけを描こう。
私は人形を描こうと鉛筆を魔術手帳に近づけた。


「二番の人形、稼働させます!」


先輩がなにやら魔法陣の描かれたテレビゲームに使うコントローラのようなもののスイッチを押すと体験入部用に用意されていた人形が動き出した。

嘘だろそれ動くのかよ。
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