【完結】まずは結婚からで。〜出会って0日、夫夫はじめました〜

小門内田

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第一章

day.22

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結局、あの後、冬悟とは会えないまま、朝を迎えてしまった。
翌朝も、俺が起きた時には既に、冬悟の姿はなかった。

この心のざわざわを、浩二に聞いてもらおうかと思ったが、今日は講義が1つも被っていないため、大学で会う予定がない。

「はぁ~っ。ツイてねぇの。」

しょんぼりしながら1日を過ごし、帰ろうと思って校門に向かうと、何やらザワザワと人集りができている。

何だ?

ひょいと覗くと、そこにはピカピカに磨き上げられた、真っ黒なベンツが停まっていた。

この大学、こんな車で来れるようなヤツ、いたっけ?
まぁいいや、俺関係ねぇし。

人集りを掻き分け、車の横を通り過ぎようとした途端、スーッと静かに車の後座席の窓が下がった。

「貴方が、瀧本 純也さんかしら?」

知らない女性の声で突然名前を呼ばれ、ビクッと驚いて、周りをキョロキョロと見回す。

「オホホ、車よ車。こっちに来てちょうだいな。」

まさかと思いながらも、恐る恐る車に近づくと、運転手が車のドアをゆっくりと開き、1人の女性が降りてきた。
その女性は、綺麗な着物を着て、グレーヘアなのに髪をしっかり結っており、しゃんと背筋が伸びた、凛とした佇まいの老婦人だった。

「初めまして。あたくし、諏訪 美代子と申します。冬悟さんの祖母でございます。貴方が、冬悟さんの現在の妻でよろしくって?」

“現在の”という言葉に引っかかりを覚えたが、何も言い返せない。
このおばあさん、物腰は柔らかいのに、冬悟の比じゃないくらい、威圧感がもの凄い。
ニッコリと微笑むその笑顔は、完璧過ぎて、逆に氷の仮面を被っているように感じ、怯んでしまう。

「そ、そうです。」

喉がカラカラになって、やっとの思いで言葉を発した。

「突然ごめんなさいね。一度きちんとお話ししないとと思って、機会を伺っておりましたの。どうぞ、お乗りになって。」

え?
俺も行くのか??

美代子さんが先に車に乗り込むと、ドアマンをしていた運転手に、あとに続くよう促される。
空けられている車の座席を見て、ゴクッと息を呑んだ。

これに乗り込めば、何故だか、全てが終わってしまう予感がして、足が竦む。

その場で立ち尽くしていると、後ろからトンッ運転手に背中を押され、そのまま倒れ込むように座席に座ってしまった。
バタンとドアが閉められる。

「出してちょうだい。」

エンジンが静かにかかり、車はゆっくりと動き出した。

ま、待ってくれ!
俺は行きたくない!!

だが、無情にも、車は走り出す。
車内では、隣にいる美代子さんがずっと世間話をしているのを、大人しく黙って聞くしかなかった。

暫くすると、昔からありそうな、大きくて風格のある屋敷が、目の前に現れてきた。

「着きましてよ。」

その前で車は停まり、運転手が開けたドアから美代子さんが降りる。
俺は反対側のドアから、自分で降りた。

「でっけぇ…。」

その屋敷は、母屋と離れがあり、広大な土地に建っていた。
余りの大きさにぽかんと見上げていると、玄関の中から、こちらにお越しになって、と呼ばれる。
だが、玄関ですら威厳があって、敷居をまたぐのも躊躇われた。

そもそも、何で俺1人で、こんなとこに連れてこられてんだよ~!

泣きそうになりながら、ええいままよと敷地の中に足を踏み入れる。

「お邪魔しま~す…。」

靴を脱ぎ、入ろうとした時にハッとした。
普段脱ぎ散らかしている俺は、いつものように、脱ぎっぱなしでお邪魔しようとしていたが、どこもかしこも整い過ぎているこの家では、乱れた靴が異物のように浮いている。
それに気付いた俺は、慌てて、靴をきちんと並べた。

改めて家の中を見ると、ずっと昔からあったのだろうと思わせるような木造建築で、目で見える柱1本1本に静かに積もる歳月の気配が満ちている。
だけど、きちんと手入れが行き届いており、塵1つ落ちていない。
そして、玄関ですら、だだっ広い。

「こちらにいらしてちょうだい。」

案内されるままについていくと、縁側から見える日本庭園がとても美しく、庭なんてよくわからないが、見事だと思った。

畳の敷かれた和室の客間に通され、重厚な机の前に座らされると、目の前にお茶がコトッと出された。

「粗茶でごめんなさいね。いつもはお手伝いの方がやってくださるのですけど、今日はもう帰っていただいたの。」

美代子さんは、当然のように、向かい合うようにして座った。

こ、怖ぇよ~!

萎縮して、縮こまっている俺を気にすることなく、美代子さんはお茶を一口啜った。

「さて、あまり時間がありませんから、単刀直入に言いますわね。貴方、冬悟さんと離婚してちょうだいな。」

「えっ?」

サラッとスゲェこと言いやがった、この人。
驚く俺を無視して、淡々と話を続ける。

「この間、小百合さんから、許嫁を解消して欲しいって連絡があったの。理由を聞いたら、小百合さんに、別の好きな人ができたからって言われたんですけれど、あたくし、何故か腑に落ちなくて。あたくしの方で探りを入れたら、なんと、冬悟さんが既に貴方と結婚をしていたのよ!あの時は驚いて、腰を抜かしてしまったわ!」

オホホと笑っているが、目が笑っていない。
だけど、簡単に、はいそうですかと、引き下がってたまるか。
ギュッと拳を握りしめ、意を決して、口を開いた。

「挨拶に伺わなかったのは、失礼だったと思っています。ごめんなさい。だけど、俺は離婚なんてしません!」

握った拳が、カタカタと震えている。
だけど、目の前の恐ろしい人の目を、必死に真っ直ぐ見つめ続けた。

「あら、どうして?貴方は冬悟さんにお金で買われただけの、偽装妻でしょう?あたくしの目は、誤魔化せませんことよ。」

そうだけど。
その通りだけども!!

でも、ここで引けるかと、喰らいつく。

「違います!偽装妻なんかじゃ」

「勘違いしないでちょうだい。貴方を責めているわけじゃないのよ?貴方はまだまだお若い。ちょっとお金に目が眩んでしまったのよね?あたくしだって、鬼じゃないわ。一度の過ちを、責めるつもりなんてなくってよ。」

ん?

「いや、だから」

「まったく、冬悟さんにも困ったものだわ。この歳になって、まだお痛なことをするなんて。」

あれ?

「ちょっ、俺の話を」

「貴方は冬悟さんに離婚したいって言うだけでいいの。簡単なことでしょう?」

……このばあさん、人の話全っ然聞かね~!!

違うつってんのに、自分が正しいと思ってやがるのか、勝手にどんどん話を進めていきやがる。
……ホントは違わねぇけどさ。

「だから、俺は離婚しないってば!!」

大声で叫ぶと、漸くこの場がしんと静まりかえる。
ハァハァと肩で息をする俺を、驚いたように見た後、ばあさんはスッと立ち上がり、どこかへ行ったかと思ったら、すぐに戻ってきた。

「…そうよね。お金で買われたんですものね。違約金を払わないと、いけないわよね。うっかりしていたわ。」

すると、手に持っていた紙に、ペンを走らせる。

「いくらで買われたの?1億かしら、それとも5億?だったら」

何か書かれたその紙を、そっと目の前に置かれた。
よく見るとそれは小切手で、あり得ない金額が記載されている。

「20億でどうかしら?」

倍の金額が今、目の前にぶら下げられた。
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