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第一章
day.23
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目の前の大金に目を奪われていると、スタスタと誰かの足音が聞こえてきた。
「これでお願いね。」
その小切手を、ばあさんに無理やり手に握らされる。
その瞬間、スッと引き戸が開かれた。
「お祖母様、話とは一体……純也?」
よく知った声に振り向くと、会社から直接来たのか、スーツを着たままの冬悟が、そこに立っていた。
珍しく、困惑したような表情を、浮かべている。
だけど、手の内にある物のせいで、サッと冬悟から視線を逸らしてしまった。
「いつからここに?」
「少し前からよ。話をするなら一緒がいいと思って、わざわざ来ていただいたの。」
俺に尋ねた筈なのに、何故か美代子さんが答える。
俺の方を見たまま、眉間を押さえた冬悟は、はあっと深く溜息を吐いた。
「…一緒に話をするつもりなら、何故私にそう連絡してくださらなかったんですか。」
「あたくしがお迎えに上がった方が、早いと思ったからよ。冬悟さんが結婚された方ですもの、あたくしも個人的にお話ししたいじゃない。」
冬悟はその後は何も言わず、スッと俺の隣に座った。
ぱっと目が合ったその時、お前の好きにしろと、言われた気がした。
そうだよな。
……コイツにとっては、俺なんて、必要ないもんな。
冬悟を取るか、20億を取るか。
気持ちが、ぐらぐらと揺らいでいく。
「さて、お2人ともお揃いになったことだし、早速本題に入らせてもらいます。冬悟さん、あたくしに黙って、勝手に小百合さんとの許嫁を解消して、純也さんとご結婚されたのはどういうことでして?」
「…貴女に事前に報告すると、絶対に反対されると思ったので。暫く経ってから、報告しようと思っていました。」
美代子さんと対峙した瞬間、冬悟は心を殺したように、その声からも表情からも、感情というものが一切消えてしまった。
冬悟……?
少し俯いて、何かに耐えるように、どこか一点だけを見つめている。
そんな冬悟は初めてで、隣にいる俺まで、不安になってきてしまう。
だけど、そんな冬悟の変化に、美代子さんは気付いていないようだった。
「そりゃ反対しますよ。冬悟さん、貴方、諏訪家の跡継ぎだという自覚が、きちっとありまして?失礼ですけど、どこの馬の骨とも知れない、ましてや大学生で、男と結婚するなんて、到底許されることではありません!おわかりですよね?」
「…ですが実際、純也と結婚しています。別れるつもりもありません。」
淡々と受け答えする冬悟に、美代子さんはやれやれと頭を抱えた。
「冬悟さん、お気持ちはわかりますが、諏訪家の次期当主たるもの、子どもの産めない男との結婚は認められません。次の跡継ぎは、どうするつもりです?冬悟さん、貴方が立派な当主になるように、心を鬼にして、貴方のために、言っているのですよ!」
あぁ、今はっきりと、どうして冬悟が俺と結婚したのか、わかってしまった。
「今からでも、遅くはないわ。今時バツイチぐらい、大したことではなくってよ。さぁ、さっさと離婚届を出して、この馬鹿馬鹿しい茶番を、終わらせてちょうだい。」
「…貴女にとっては茶番かもしれませんが、私は本気です。どうしても認められないなら、諏訪家から私を勘当してもらって構いません。」
「何ですって!!??」
……やっぱりな。
その発言に、美代子さんは動揺したようだったが、やがて怒りでフルフルと肩を震わせると、ダンッと机を強く叩いた。
「何を馬鹿なことを言っているの!軽々しくそんな発言をするもんじゃありません!貴方を立派な当主にできなかったら、貴方のお母様に、あたくし、顔向けできやしません!」
これを皮切りに、美代子さんのお説教が止まらなくなった。
キーキーと甲高い声が、客間に響き渡る。
「いつまでも我儘言ってないで!我が諏訪家の当主たるもの、常に正しい行いをしなさいと、あれほど口酸っぱくお伝えいたしましたでしょう!?この離婚は冬悟さんの為なの!わかってちょうだい!!」
誰も口を挟み込む余地さえ与えないくらい、弾丸お説教がまだまだ続いている。
さすがに俺も、これはキツイ。
でも、きっと、これがコイツの日常だったんだろうな。
ちらっと隣に座る冬悟を横目で見ると、さっきと全く変わらない姿勢で、眉一つ動かさないでいる。
ただ、1つだけ違ったのは、何かに耐えるように、僅かに震える拳を握りしめていた。
…………。
ふぅ~~~っと長い息を吐いた後、美代子さんの声を遮るぐらいの大きな音を、わざと出すようにバンッ!と机を叩いて、俺は立ち上がった。
「だーーーっ!もう、うるせぇーーーー!!!」
大声で叫んだ俺に、驚いた2人の視線が集まる。
狙い通りになった俺はニヤッと笑い、手の中にずっと持っていた小切手を、その場でビリビリと破り捨ててやった。
はらはらと舞った紙屑が、紙吹雪のように落ちていく。
さようなら、俺の20億円。
「なっ!?」
「ばあさん、ごめん。だけど、俺は冬悟の味方だから。」
その紙屑を拾い上げた冬悟は、驚いたように目を見開き、こちらを見上げてきた。
「お前……何して」
「いいから、アンタは黙ってろって。」
何か言いかけた冬悟に、大丈夫だと笑ってみせる。
「ば、ばあさん!?まぁ~!はしたない!それに、偽装妻の貴方が、しゃしゃり出てくることじゃないわ!!」
鬼の形相でギッと俺を睨みつけてくる美代子さんを、哀れむように静かに見た。
「んなことねぇよ。偽装だろうが何だろうが、今は俺が冬悟の妻だ!それに、アンタが冬悟の話を、全然聞いてやらねぇからだろ。いつも、こんなに抑圧的だったのかよ?」
「抑圧的ですって!?貴方、ご自分が何を仰っているのかおわかりになっていらして!?失礼にも程がありましてよ!!」
相も変わらずキーキーと甲高い声で吠えてくる美代子さんを、キッと睨みつける。
「コイツ見てりゃわかんだろ!アンタが窒息トークかましてくるもんだから、言いたいことも、言えやしねぇじゃねぇか!それに、口を開けば、立派な当主になるためだとか、これは冬悟のためだとか言うけど、全部アンタの思い通りにしたいだけだろ!?どれもこれも、本当に冬悟を思ってのことじゃねぇじゃん!!」
「黙りなさい!!!」
顔を怒りで真っ赤にした美代子さんは、全身をワナワナと震わせている。
「貴方に一体何がわかるっていうの?家を継ぐっていうのはね、とっても大変なことなの。貴方みたいな大した家柄でもない人には、この苦労はわかりゃしないでしょうね!貴方は結婚しなかろうが、男と結婚しようが、関係ないのかもしれませんけれど、古より代々続く、ましてや本家であるあたくし達には、それを後世に繋いでいくっていう責任があるのよ!」
美代子さんは何よりも家を大事にし、ずっと守ってきたのだろう。
だけど、その思いが強過ぎるあまりに、誰かを苦しめてしまっていることには、全く気付いていないようだった。
「…ばあさんが、家を大事にしてるっていうのは、よくわかったよ。でも、だからって、それが冬悟の気持ちを、存在を、無視していい理由にはならないと思う。」
「あたくしが、冬悟さんのお気持ちを、存在を、無視しているですって?ハッ、そんなことないわ。いい加減なこと言わないでちょうだい!」
どうやったら、コイツが苦しんでいるって、この人にわかってもらえるんだろう。
絶対に自分は間違っていないという、確固たる信念を持つ相手に。
ギリッと唇を噛み締め、必死に言葉を考えていると、それを遮るように、そっと腕に大きな手が触れてきた。
「純也、もういい。」
「これでお願いね。」
その小切手を、ばあさんに無理やり手に握らされる。
その瞬間、スッと引き戸が開かれた。
「お祖母様、話とは一体……純也?」
よく知った声に振り向くと、会社から直接来たのか、スーツを着たままの冬悟が、そこに立っていた。
珍しく、困惑したような表情を、浮かべている。
だけど、手の内にある物のせいで、サッと冬悟から視線を逸らしてしまった。
「いつからここに?」
「少し前からよ。話をするなら一緒がいいと思って、わざわざ来ていただいたの。」
俺に尋ねた筈なのに、何故か美代子さんが答える。
俺の方を見たまま、眉間を押さえた冬悟は、はあっと深く溜息を吐いた。
「…一緒に話をするつもりなら、何故私にそう連絡してくださらなかったんですか。」
「あたくしがお迎えに上がった方が、早いと思ったからよ。冬悟さんが結婚された方ですもの、あたくしも個人的にお話ししたいじゃない。」
冬悟はその後は何も言わず、スッと俺の隣に座った。
ぱっと目が合ったその時、お前の好きにしろと、言われた気がした。
そうだよな。
……コイツにとっては、俺なんて、必要ないもんな。
冬悟を取るか、20億を取るか。
気持ちが、ぐらぐらと揺らいでいく。
「さて、お2人ともお揃いになったことだし、早速本題に入らせてもらいます。冬悟さん、あたくしに黙って、勝手に小百合さんとの許嫁を解消して、純也さんとご結婚されたのはどういうことでして?」
「…貴女に事前に報告すると、絶対に反対されると思ったので。暫く経ってから、報告しようと思っていました。」
美代子さんと対峙した瞬間、冬悟は心を殺したように、その声からも表情からも、感情というものが一切消えてしまった。
冬悟……?
少し俯いて、何かに耐えるように、どこか一点だけを見つめている。
そんな冬悟は初めてで、隣にいる俺まで、不安になってきてしまう。
だけど、そんな冬悟の変化に、美代子さんは気付いていないようだった。
「そりゃ反対しますよ。冬悟さん、貴方、諏訪家の跡継ぎだという自覚が、きちっとありまして?失礼ですけど、どこの馬の骨とも知れない、ましてや大学生で、男と結婚するなんて、到底許されることではありません!おわかりですよね?」
「…ですが実際、純也と結婚しています。別れるつもりもありません。」
淡々と受け答えする冬悟に、美代子さんはやれやれと頭を抱えた。
「冬悟さん、お気持ちはわかりますが、諏訪家の次期当主たるもの、子どもの産めない男との結婚は認められません。次の跡継ぎは、どうするつもりです?冬悟さん、貴方が立派な当主になるように、心を鬼にして、貴方のために、言っているのですよ!」
あぁ、今はっきりと、どうして冬悟が俺と結婚したのか、わかってしまった。
「今からでも、遅くはないわ。今時バツイチぐらい、大したことではなくってよ。さぁ、さっさと離婚届を出して、この馬鹿馬鹿しい茶番を、終わらせてちょうだい。」
「…貴女にとっては茶番かもしれませんが、私は本気です。どうしても認められないなら、諏訪家から私を勘当してもらって構いません。」
「何ですって!!??」
……やっぱりな。
その発言に、美代子さんは動揺したようだったが、やがて怒りでフルフルと肩を震わせると、ダンッと机を強く叩いた。
「何を馬鹿なことを言っているの!軽々しくそんな発言をするもんじゃありません!貴方を立派な当主にできなかったら、貴方のお母様に、あたくし、顔向けできやしません!」
これを皮切りに、美代子さんのお説教が止まらなくなった。
キーキーと甲高い声が、客間に響き渡る。
「いつまでも我儘言ってないで!我が諏訪家の当主たるもの、常に正しい行いをしなさいと、あれほど口酸っぱくお伝えいたしましたでしょう!?この離婚は冬悟さんの為なの!わかってちょうだい!!」
誰も口を挟み込む余地さえ与えないくらい、弾丸お説教がまだまだ続いている。
さすがに俺も、これはキツイ。
でも、きっと、これがコイツの日常だったんだろうな。
ちらっと隣に座る冬悟を横目で見ると、さっきと全く変わらない姿勢で、眉一つ動かさないでいる。
ただ、1つだけ違ったのは、何かに耐えるように、僅かに震える拳を握りしめていた。
…………。
ふぅ~~~っと長い息を吐いた後、美代子さんの声を遮るぐらいの大きな音を、わざと出すようにバンッ!と机を叩いて、俺は立ち上がった。
「だーーーっ!もう、うるせぇーーーー!!!」
大声で叫んだ俺に、驚いた2人の視線が集まる。
狙い通りになった俺はニヤッと笑い、手の中にずっと持っていた小切手を、その場でビリビリと破り捨ててやった。
はらはらと舞った紙屑が、紙吹雪のように落ちていく。
さようなら、俺の20億円。
「なっ!?」
「ばあさん、ごめん。だけど、俺は冬悟の味方だから。」
その紙屑を拾い上げた冬悟は、驚いたように目を見開き、こちらを見上げてきた。
「お前……何して」
「いいから、アンタは黙ってろって。」
何か言いかけた冬悟に、大丈夫だと笑ってみせる。
「ば、ばあさん!?まぁ~!はしたない!それに、偽装妻の貴方が、しゃしゃり出てくることじゃないわ!!」
鬼の形相でギッと俺を睨みつけてくる美代子さんを、哀れむように静かに見た。
「んなことねぇよ。偽装だろうが何だろうが、今は俺が冬悟の妻だ!それに、アンタが冬悟の話を、全然聞いてやらねぇからだろ。いつも、こんなに抑圧的だったのかよ?」
「抑圧的ですって!?貴方、ご自分が何を仰っているのかおわかりになっていらして!?失礼にも程がありましてよ!!」
相も変わらずキーキーと甲高い声で吠えてくる美代子さんを、キッと睨みつける。
「コイツ見てりゃわかんだろ!アンタが窒息トークかましてくるもんだから、言いたいことも、言えやしねぇじゃねぇか!それに、口を開けば、立派な当主になるためだとか、これは冬悟のためだとか言うけど、全部アンタの思い通りにしたいだけだろ!?どれもこれも、本当に冬悟を思ってのことじゃねぇじゃん!!」
「黙りなさい!!!」
顔を怒りで真っ赤にした美代子さんは、全身をワナワナと震わせている。
「貴方に一体何がわかるっていうの?家を継ぐっていうのはね、とっても大変なことなの。貴方みたいな大した家柄でもない人には、この苦労はわかりゃしないでしょうね!貴方は結婚しなかろうが、男と結婚しようが、関係ないのかもしれませんけれど、古より代々続く、ましてや本家であるあたくし達には、それを後世に繋いでいくっていう責任があるのよ!」
美代子さんは何よりも家を大事にし、ずっと守ってきたのだろう。
だけど、その思いが強過ぎるあまりに、誰かを苦しめてしまっていることには、全く気付いていないようだった。
「…ばあさんが、家を大事にしてるっていうのは、よくわかったよ。でも、だからって、それが冬悟の気持ちを、存在を、無視していい理由にはならないと思う。」
「あたくしが、冬悟さんのお気持ちを、存在を、無視しているですって?ハッ、そんなことないわ。いい加減なこと言わないでちょうだい!」
どうやったら、コイツが苦しんでいるって、この人にわかってもらえるんだろう。
絶対に自分は間違っていないという、確固たる信念を持つ相手に。
ギリッと唇を噛み締め、必死に言葉を考えていると、それを遮るように、そっと腕に大きな手が触れてきた。
「純也、もういい。」
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