24 / 72
第一章
day.24
しおりを挟む
冬悟に止められ、驚いたが、その静かな声色から、コイツが落ち着いているのが伝わってくる。
「でも…。それじゃ、冬悟が」
振り向いて、すぐに口を閉じた。
今の冬悟のその瞳には、先程はなかった、強い意志を感じる。
「…お前のおかげで、もう大丈夫だ。」
数秒間、じっと見つめ合う。
ほんの僅かな時間だったけど、今なら大丈夫だって思えた。
その言葉を信じて、ゆっくりと座る。
冬悟は顔を上げ、今まで伏せていた視線を上げ、真っ直ぐ美代子さんの目を見た。
「…お祖母様、私の話を最後まで聞いていただけませんか。」
冬悟の意志の強い眼差しを向けられた美代子さんは、ピクッと眉を顰めた。
「な、何よ?言ってごらんなさい。」
「…ありがとうございます。」
スッとお辞儀をした冬悟は、ふぅっと息を吐き、ゆっくりと話し始めた。
「…私がまだ物心がつく前に母が亡くなったため、幼少期よりずっと貴女に育ててきてもらいました。貴女の期待に応えたい一心で、ずっとその厳しい教えに従ってきたつもりです。立派な当主となる為に、遊ぶことなく勉学に励み、貴女の言う通り、友達すらも選別にかけた。許嫁は既に決められ、恋愛感情にも蓋をした。」
きっと俺の想像を絶する程、厳しく育てられたのだろう。
それでも、幼い冬悟は、美代子さんに認めてもらいたくて、ずっと必死だったのだろうことは、容易に想像できた。
「…ですが、貴女は一度たりとも私を認めてくれたことはなかった。どれだけ努力を重ねても、返ってくるのはダメ出しばかり。何が正解で、何が間違いなのかわからなくなってきた私の心は、段々と壊れていきました。」
「冬悟…。」
痛いくらいに胸が締め付けられて、机の下にある冬悟の手を、咄嗟にぎゅっと握った。
すると、一瞬ピクッと動いたが、振り払われることはなく、まるで大丈夫だとでもいうように、優しく握り返された。
その手は、とても温かかった。
「小百合さんとの結婚が差し迫っていた時、私は純也と出会いました。最初はよくわからない奴でしたが、愚かな程素直で、真っ直ぐで、そして私を、諏訪家の人間としてでもなく、社長としてでもない、ただの諏訪 冬悟として接してくれるこの人に、俺の心は動かされました。」
一体どこまでが本当で、どこまでが嘘なんだろう。
冬悟が俺のことをどう思っているのかは、全く見当がつかない。
全部が本当で、全部が嘘かもしれない。
ただ、本当であって欲しいと、願う自分がいる。
「諏訪家の次期当主になるのは、私しかいないのは、承知の上です。家のルールも当然。ですが、それらをかなぐり捨ててでも、この人と一緒になりたいのです。もし、それが叶わぬのなら、私は諏訪家を去ります。………もうこれ以上、何も奪われたくはありませんので。」
「冬悟さん…。」
「次の株主総会で、社長を交代する準備は既に整えております。今ここで勘当していただけるのなら、当主の座からも社長の座からも、私は身を引く次第です。だからどうか、今、ここで、ご決断をお願いいたします。」
机に頭がつきそうな程、深く頭を下げた冬悟を、美代子さんはとても寂しそうに見つめていた。
きっと、自分がこれほどまでに追い詰めてしまっていたことに、漸く気付いたのかもしれない。
だけど、それは少しばかり遅かった。
ふぅと小さく息を吐いて、意を決したように、美代子さんはスッと背筋を伸ばした。
「…冬悟さんのお話は、よくわかりました。純也さんとのことも、貴方が本気であることは、よくよく理解いたしました。ですが、諏訪家の当主たるもの、ルールを破ることは許されません。よって、冬悟さん、貴方を諏訪家から追放いたします。貴方がこの家の敷居をまたぐことは、2度と許しません。……話は以上よ。さっさと出ていってちょうだい。」
冬悟は俺の手をグッと引っ張り、一緒に立ち上がった。
引き戸を開けて俺を先に出した後、振り返った冬悟は、ありがとうございます、今までお世話になりましたと深く、そして長く頭を下げた。
美代子さんの表情は俺からは見えなかったが、その背中は小さく見えた。
これでよかったのかなんて、俺にはわからない。
だけど、冬悟は自らの手で、心の自由を勝ち取ったのだろう―。
2人で屋敷から出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
繋いでいた手はすぐに離れ、互いに歩き出す。
「冬悟、本当によかったのか?」
閑静な住宅街のため、街灯が少なく、見上げた冬悟の表情は暗くてよくわからない。
「…あぁ。この方が、俺達にとっては互いのためだ。それに、このために、俺はお前と結婚したんだからな。」
「そっか……。じゃあ、アンタの目的は、達成されたんだな。」
「…あぁ。」
お互いに少し黙った後、その沈黙を破るように、冬悟が口を開いた。
「少し歩くか。」
「でも…。それじゃ、冬悟が」
振り向いて、すぐに口を閉じた。
今の冬悟のその瞳には、先程はなかった、強い意志を感じる。
「…お前のおかげで、もう大丈夫だ。」
数秒間、じっと見つめ合う。
ほんの僅かな時間だったけど、今なら大丈夫だって思えた。
その言葉を信じて、ゆっくりと座る。
冬悟は顔を上げ、今まで伏せていた視線を上げ、真っ直ぐ美代子さんの目を見た。
「…お祖母様、私の話を最後まで聞いていただけませんか。」
冬悟の意志の強い眼差しを向けられた美代子さんは、ピクッと眉を顰めた。
「な、何よ?言ってごらんなさい。」
「…ありがとうございます。」
スッとお辞儀をした冬悟は、ふぅっと息を吐き、ゆっくりと話し始めた。
「…私がまだ物心がつく前に母が亡くなったため、幼少期よりずっと貴女に育ててきてもらいました。貴女の期待に応えたい一心で、ずっとその厳しい教えに従ってきたつもりです。立派な当主となる為に、遊ぶことなく勉学に励み、貴女の言う通り、友達すらも選別にかけた。許嫁は既に決められ、恋愛感情にも蓋をした。」
きっと俺の想像を絶する程、厳しく育てられたのだろう。
それでも、幼い冬悟は、美代子さんに認めてもらいたくて、ずっと必死だったのだろうことは、容易に想像できた。
「…ですが、貴女は一度たりとも私を認めてくれたことはなかった。どれだけ努力を重ねても、返ってくるのはダメ出しばかり。何が正解で、何が間違いなのかわからなくなってきた私の心は、段々と壊れていきました。」
「冬悟…。」
痛いくらいに胸が締め付けられて、机の下にある冬悟の手を、咄嗟にぎゅっと握った。
すると、一瞬ピクッと動いたが、振り払われることはなく、まるで大丈夫だとでもいうように、優しく握り返された。
その手は、とても温かかった。
「小百合さんとの結婚が差し迫っていた時、私は純也と出会いました。最初はよくわからない奴でしたが、愚かな程素直で、真っ直ぐで、そして私を、諏訪家の人間としてでもなく、社長としてでもない、ただの諏訪 冬悟として接してくれるこの人に、俺の心は動かされました。」
一体どこまでが本当で、どこまでが嘘なんだろう。
冬悟が俺のことをどう思っているのかは、全く見当がつかない。
全部が本当で、全部が嘘かもしれない。
ただ、本当であって欲しいと、願う自分がいる。
「諏訪家の次期当主になるのは、私しかいないのは、承知の上です。家のルールも当然。ですが、それらをかなぐり捨ててでも、この人と一緒になりたいのです。もし、それが叶わぬのなら、私は諏訪家を去ります。………もうこれ以上、何も奪われたくはありませんので。」
「冬悟さん…。」
「次の株主総会で、社長を交代する準備は既に整えております。今ここで勘当していただけるのなら、当主の座からも社長の座からも、私は身を引く次第です。だからどうか、今、ここで、ご決断をお願いいたします。」
机に頭がつきそうな程、深く頭を下げた冬悟を、美代子さんはとても寂しそうに見つめていた。
きっと、自分がこれほどまでに追い詰めてしまっていたことに、漸く気付いたのかもしれない。
だけど、それは少しばかり遅かった。
ふぅと小さく息を吐いて、意を決したように、美代子さんはスッと背筋を伸ばした。
「…冬悟さんのお話は、よくわかりました。純也さんとのことも、貴方が本気であることは、よくよく理解いたしました。ですが、諏訪家の当主たるもの、ルールを破ることは許されません。よって、冬悟さん、貴方を諏訪家から追放いたします。貴方がこの家の敷居をまたぐことは、2度と許しません。……話は以上よ。さっさと出ていってちょうだい。」
冬悟は俺の手をグッと引っ張り、一緒に立ち上がった。
引き戸を開けて俺を先に出した後、振り返った冬悟は、ありがとうございます、今までお世話になりましたと深く、そして長く頭を下げた。
美代子さんの表情は俺からは見えなかったが、その背中は小さく見えた。
これでよかったのかなんて、俺にはわからない。
だけど、冬悟は自らの手で、心の自由を勝ち取ったのだろう―。
2人で屋敷から出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
繋いでいた手はすぐに離れ、互いに歩き出す。
「冬悟、本当によかったのか?」
閑静な住宅街のため、街灯が少なく、見上げた冬悟の表情は暗くてよくわからない。
「…あぁ。この方が、俺達にとっては互いのためだ。それに、このために、俺はお前と結婚したんだからな。」
「そっか……。じゃあ、アンタの目的は、達成されたんだな。」
「…あぁ。」
お互いに少し黙った後、その沈黙を破るように、冬悟が口を開いた。
「少し歩くか。」
8
あなたにおすすめの小説
有能副会長はポンコツを隠したい。
さんから
BL
2.6タイトル変更しました。
この高校の生徒会副会長を務める僕・東山 優真は、普段の仕事ぶりから次期生徒会長の最有力候補と言われている。……んだけど、実際は詰めの甘さやうっかりミスを根性論でカバーしてきたポンコツだ。
こんなに頑張れているのは、密かに思いを寄せている安西生徒会長のため。
ある日、なんの奇跡か会長に告白され晴れて恋人同士となった僕は、大好きな人に幻滅されないためにポンコツを隠し通すと決めたけど……!?(内容は他サイト版と同じですが、こちらの方がちょっと読みやすいはずです)
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
【16+4話完結】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
【完結】俺とあの人の青い春
月城雪華
BL
高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。
けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。
ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。
けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。
それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。
「大丈夫か?」
涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。
溺愛極道と逃げたがりのウサギ
イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。
想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。
悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。
※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。
二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。
これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。
無自覚両片想いの勇者×親友。
読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる