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第一章
day.25
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冬悟と並んで、静かな川沿いをゆっくりと歩いていく。
暗くなったその道には、殆ど人はいておらず、耳を澄ませば、サラサラと流れる川の音と虫の声だけが聞こえてくる。
「…お前と出会ったあの日、男と結婚すれば、あの人に縁を切ってもらえるんじゃないかと思いついた。」
冬悟は前を向いたまま、ポツリポツリと話し始めた。
「小百合さんの耳に入るよう根回しすると、案の定、向こうから出向いてくれた。その後は、小百合さんが連絡を入れてくれたようで、あの人がお前の周辺を嗅ぎ回り始めた。正直、ここまで上手くいくなんて、思ってもみなかったがな。」
えっ!?
全部、コイツの計算だったのか!?
その告げられた事実に驚き、完全に振り回された怒りも湧いてきたが、それ以上に、ここまでやる執念に、感服してしまった。
辺りが暗いせいで、冬悟の表情がよく見えない。
冬悟は、淡々と話しを続ける。
「後はあの人と話をつけるだけとなった。だが、お前まで連れて来られていたのは、正直計算外だった。お前の挙動不審のおかげで、あの人に買収されたとわかった時は、どうしようかと思ったが……お前が味方してくれて助かった。」
心底ほっとしているような声に、コイツは本当に目的を達したんだなと思った。
「だが、おかげで、お前に情けない姿を見せる羽目にはなったがな。」
「それはお互いさまだろ。」
俺だって、この間、冬悟に情けない姿を晒している。
だから、そんなの、全然気にならない。
そんなことより、俺が気になっているのは―。
冬悟が目的を達した今、俺達の関係はどうなるんだ?
だけど、それを聞くのが、今は怖い。
前の俺なら、10億円だけもらって、喜んでさよならしたのに。
だから、その話にならないよう、必死で別の会話を考える。
「そうだ!なぁ、さっき、ばあさんに話したことは、冬悟の本当の気持ち?」
「………お前のこと以外はな。」
その言葉に、何故だか、ズキッと心が痛んだ。
いやいや、そんなこと、わかりきってたことだろ。
……だけど、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、期待しちゃったんだ。
どこまでも馬鹿な自分に、思わず笑ってしまう。
「ハハッ。だよな。」
ニカッと無理に笑顔を作ってみせると、いつの間にか俺の方を向いていた冬悟は、少しだけ顔を顰めた。
「…それより、お前の方こそ、本当によかったのか?あの時破り捨てた小切手に、一体幾らの金額が記されていたのかは知らんが、それなりのものだったんじゃないのか?」
確かに、あれは惜しかった。
破る時に躊躇ったことは、言うまでもない。
だけど、今はお金よりも、大事なものを知ってしまったから。
「いいんだよ、別に。大した金額じゃなかったし。それに、俺が冬悟の味方でいたかっただけだから。」
ニッと笑うと、冬悟の目がそっと細められていった。
そして、ゆっくりと俺から離れていく。
「…そうか。お前のおかげで、俺の目的は達することができた。後は、お前への報酬を、支払わなくてはな。」
その報酬が支払われれば、俺達の契約は終了し、きっと、それぞれの生活に戻っていくのだろう。
だけど、俺は。
「その報酬のことだけどさ、俺はまだアンタと」
そっと冬悟の手が俺の口を塞いだ。
そして、軽く首を横に振る。
「それ以上言うな。」
こんなに切なそうに揺れる、冬悟の瞳を初めて見た。
どうして、そんな目をするんだ?
何で、そんな目で俺を見るんだろう?
どうして、俺の言葉を、聞いてくれないんだ?
塞がれていた口が解放されても、冬悟はこれ以上、聞いてくれそうもなかった。
その雰囲気に、俺も押し黙るしかできないでいた。
静寂の中、川のせせらぎだけが、やけにうるさく聞こえていた。
次の日の朝、目覚めると、いつも通り冬悟はもういなかった。
大学に行き、漸く会えた浩二に、昨日までのことを話す。
「なんか、いろいろ大変なことになってたんだなぁ。まぁ、でも、純也が無事でよかったよ。」
浩二は俺を慰めるように、ぽんぽんと軽く肩を叩いた。
「だけど、アイツは俺との契約を、終わらせるつもりなんだ。」
俯いてしょげる俺を見て、浩二は不思議そうに首を傾げた。
「10億円が、確実に手に入るってわかったのに、何でそんなにしょぼくれてんだ?前までの純也だったら、10億はもらえるわ、離婚もしてもらえて、晴れて自由の身にはなるわで、万々歳で喜びまくってたと思うけど?」
「それはそうかもだけど…。」
それでも浮かない顔をしたままの俺に、浩二は机に頬杖をついて、ふぅと息を吐いた。
「純也はさ、諏訪さんとどうなりたいんだ?」
きっと浩二に嘘は通用しない。
それに、俺のこの気持ちに、もう既に気付いているに違いない。
「俺、これからも、冬悟と一緒にいたい……。ちゃんと恋人らしいこともしてみたい。だから、離婚したくない!」
フッと優しく笑った浩二は、今度はバシッと気合いを入れるように、俺の背中を強く叩いた。
「じゃ、それをちゃんと、諏訪さんに伝えねぇとな!お前もう授業終わったんだし、こんなとこで油売ってねぇで、さっさと帰って伝えてこいよ。後悔してからじゃ、遅いんだからな!」
「いや、今帰っても、仕事で家にいねぇから。でも、サンキューな、浩二。」
浩二のおかげで、この気持ちを伝える決心がついた。
俺は冬悟に、受け入れてもらえないとしても、この気持ちをちゃんと伝えたい。
そう意気込んで帰宅すると、朝にはなかった物が、机の上に置かれていた。
え……?
急いで確認すると、それは10億円の小切手と、このマンションの権利書だった。
小切手の字は、間違いなく冬悟の字だ。
机の上を眺めていると、もう1枚紙が置いてあることに、気が付いた。
その紙には、“報酬は渡した。だから、お前と離婚する。契約内容は、覚えているな?”とだけ書かれていた。
「何だよ…これ…?」
それを見た途端、頭が真っ白になる。
愕然としていると、突然、スマホの電話が鳴った。
すぐに出ると、今会いたい人からではなく、母からだった。
「純也!?あなた大丈夫!?どこにいるの!?純也から突然、見たこともない金額が振り込まれてきて、お母さんもうびっくりしちゃって!何か事件にでも巻き込まれたんじゃないかって、心配で心配で!それに、純也の奨学金が、全額返済されたって連絡があって」
何で。
「…大丈夫、ちゃんと無事だから。うん、また今度説明するから。」
そう言って、電話を切った。
誰がやったのかは、すぐに見当がついた。
スマホを持つ手が、ふるふると震える。
「……あんのクソヤロ~~~!」
絶対見つけて、絶対シバく。
10億円の小切手を握りしめて、バンッと勢いよく、外へと飛び出していった。
暗くなったその道には、殆ど人はいておらず、耳を澄ませば、サラサラと流れる川の音と虫の声だけが聞こえてくる。
「…お前と出会ったあの日、男と結婚すれば、あの人に縁を切ってもらえるんじゃないかと思いついた。」
冬悟は前を向いたまま、ポツリポツリと話し始めた。
「小百合さんの耳に入るよう根回しすると、案の定、向こうから出向いてくれた。その後は、小百合さんが連絡を入れてくれたようで、あの人がお前の周辺を嗅ぎ回り始めた。正直、ここまで上手くいくなんて、思ってもみなかったがな。」
えっ!?
全部、コイツの計算だったのか!?
その告げられた事実に驚き、完全に振り回された怒りも湧いてきたが、それ以上に、ここまでやる執念に、感服してしまった。
辺りが暗いせいで、冬悟の表情がよく見えない。
冬悟は、淡々と話しを続ける。
「後はあの人と話をつけるだけとなった。だが、お前まで連れて来られていたのは、正直計算外だった。お前の挙動不審のおかげで、あの人に買収されたとわかった時は、どうしようかと思ったが……お前が味方してくれて助かった。」
心底ほっとしているような声に、コイツは本当に目的を達したんだなと思った。
「だが、おかげで、お前に情けない姿を見せる羽目にはなったがな。」
「それはお互いさまだろ。」
俺だって、この間、冬悟に情けない姿を晒している。
だから、そんなの、全然気にならない。
そんなことより、俺が気になっているのは―。
冬悟が目的を達した今、俺達の関係はどうなるんだ?
だけど、それを聞くのが、今は怖い。
前の俺なら、10億円だけもらって、喜んでさよならしたのに。
だから、その話にならないよう、必死で別の会話を考える。
「そうだ!なぁ、さっき、ばあさんに話したことは、冬悟の本当の気持ち?」
「………お前のこと以外はな。」
その言葉に、何故だか、ズキッと心が痛んだ。
いやいや、そんなこと、わかりきってたことだろ。
……だけど、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、期待しちゃったんだ。
どこまでも馬鹿な自分に、思わず笑ってしまう。
「ハハッ。だよな。」
ニカッと無理に笑顔を作ってみせると、いつの間にか俺の方を向いていた冬悟は、少しだけ顔を顰めた。
「…それより、お前の方こそ、本当によかったのか?あの時破り捨てた小切手に、一体幾らの金額が記されていたのかは知らんが、それなりのものだったんじゃないのか?」
確かに、あれは惜しかった。
破る時に躊躇ったことは、言うまでもない。
だけど、今はお金よりも、大事なものを知ってしまったから。
「いいんだよ、別に。大した金額じゃなかったし。それに、俺が冬悟の味方でいたかっただけだから。」
ニッと笑うと、冬悟の目がそっと細められていった。
そして、ゆっくりと俺から離れていく。
「…そうか。お前のおかげで、俺の目的は達することができた。後は、お前への報酬を、支払わなくてはな。」
その報酬が支払われれば、俺達の契約は終了し、きっと、それぞれの生活に戻っていくのだろう。
だけど、俺は。
「その報酬のことだけどさ、俺はまだアンタと」
そっと冬悟の手が俺の口を塞いだ。
そして、軽く首を横に振る。
「それ以上言うな。」
こんなに切なそうに揺れる、冬悟の瞳を初めて見た。
どうして、そんな目をするんだ?
何で、そんな目で俺を見るんだろう?
どうして、俺の言葉を、聞いてくれないんだ?
塞がれていた口が解放されても、冬悟はこれ以上、聞いてくれそうもなかった。
その雰囲気に、俺も押し黙るしかできないでいた。
静寂の中、川のせせらぎだけが、やけにうるさく聞こえていた。
次の日の朝、目覚めると、いつも通り冬悟はもういなかった。
大学に行き、漸く会えた浩二に、昨日までのことを話す。
「なんか、いろいろ大変なことになってたんだなぁ。まぁ、でも、純也が無事でよかったよ。」
浩二は俺を慰めるように、ぽんぽんと軽く肩を叩いた。
「だけど、アイツは俺との契約を、終わらせるつもりなんだ。」
俯いてしょげる俺を見て、浩二は不思議そうに首を傾げた。
「10億円が、確実に手に入るってわかったのに、何でそんなにしょぼくれてんだ?前までの純也だったら、10億はもらえるわ、離婚もしてもらえて、晴れて自由の身にはなるわで、万々歳で喜びまくってたと思うけど?」
「それはそうかもだけど…。」
それでも浮かない顔をしたままの俺に、浩二は机に頬杖をついて、ふぅと息を吐いた。
「純也はさ、諏訪さんとどうなりたいんだ?」
きっと浩二に嘘は通用しない。
それに、俺のこの気持ちに、もう既に気付いているに違いない。
「俺、これからも、冬悟と一緒にいたい……。ちゃんと恋人らしいこともしてみたい。だから、離婚したくない!」
フッと優しく笑った浩二は、今度はバシッと気合いを入れるように、俺の背中を強く叩いた。
「じゃ、それをちゃんと、諏訪さんに伝えねぇとな!お前もう授業終わったんだし、こんなとこで油売ってねぇで、さっさと帰って伝えてこいよ。後悔してからじゃ、遅いんだからな!」
「いや、今帰っても、仕事で家にいねぇから。でも、サンキューな、浩二。」
浩二のおかげで、この気持ちを伝える決心がついた。
俺は冬悟に、受け入れてもらえないとしても、この気持ちをちゃんと伝えたい。
そう意気込んで帰宅すると、朝にはなかった物が、机の上に置かれていた。
え……?
急いで確認すると、それは10億円の小切手と、このマンションの権利書だった。
小切手の字は、間違いなく冬悟の字だ。
机の上を眺めていると、もう1枚紙が置いてあることに、気が付いた。
その紙には、“報酬は渡した。だから、お前と離婚する。契約内容は、覚えているな?”とだけ書かれていた。
「何だよ…これ…?」
それを見た途端、頭が真っ白になる。
愕然としていると、突然、スマホの電話が鳴った。
すぐに出ると、今会いたい人からではなく、母からだった。
「純也!?あなた大丈夫!?どこにいるの!?純也から突然、見たこともない金額が振り込まれてきて、お母さんもうびっくりしちゃって!何か事件にでも巻き込まれたんじゃないかって、心配で心配で!それに、純也の奨学金が、全額返済されたって連絡があって」
何で。
「…大丈夫、ちゃんと無事だから。うん、また今度説明するから。」
そう言って、電話を切った。
誰がやったのかは、すぐに見当がついた。
スマホを持つ手が、ふるふると震える。
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