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第2話 「葵のお願い。」
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あの日から約一ヶ月。私は、店からの言いつけで接客を控えていた。
「体調の方はどう?」
同じ店で働く葵(あおい)が心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「大丈夫。検査薬にも反応でなかったし。」
お腹をさすりながらそう言うと、葵はホッと息を吐いた。
「それにしても、酷いお客さんだよね。本番NGなのに生挿入からの中出しなんて。」
「いやいや。完全に事故なんだから仕方ないって。悪意でそうしたなら、とっくに襲われてるはずだし。」
不機嫌そうにお茶を飲んでいる葵をなだめる。実際、あれから一ヶ月の間私へ支払われない給料の倍ほどのお金を渡してくれた。まぁ、受け取ってはないんだけど…。それに、お金を持ってくる度に何度も何度も土下座されると、こっちがなんだか悪いことをしているような気分にもなってくる。
「でも、あなたもお人好しよね。私だったら遠慮なく貰っちゃうけどな。」
「この間のは私の不注意もあったし、こういうハプニングも想定した上でこの仕事してるんだから受け取れないよ。」
「ふぅーん。」
お茶の入ったカップを左右に振りながら、葵は私の体をジロジロと見てくる。
「な、なに?」
「ううん。裕香ってさ、貧相な体だし、結構無愛想なのになんでそんなに指名つくのかなって。私なんて今月全然指名来ないのに。」
「それは…。演技かな?」
「演技?」
葵が首を傾げる。
「私ってさ、お客さんとヤッてても全然感じないんだよね。雰囲気とかで濡れたりっていうのは問題ないんだけど、どこ触られてもイクくらい気持ちよくならないというか…。」
「何それ!?じゃああなた、お客さんの前で一回もイッたことないの?」
「う、うん。」
私の返事に、葵は大きくため息をついた。
「いや…、だったらなおさら人気の意味が分からないわ。無愛想でマグロな女なんて、余程コアな性癖を持った人じゃないと退屈以外の何物でもないじゃない。」
呆れたように、しかしそんな相手に負けている自分に腹を立てているように葵は言った。
「だからかも。」
「何が?」
「あまり感じずに余裕があるから、そのお客さんに合った演技が出来るの。この間だって、急に付き合ってる設定にされたけど対応出来てたと思うし。」
「演技…ね。確かに、お客さんを気持ちよくしてはい終了。じゃちょっと味気ないのかも。私もどうせだったら演じれるように練習してみようかな。」
急にパッと明るい表情になった葵は、私の腕をグイッと引っ張った。
「えぇ!?」
「何してんの。そうと決まれば特訓特訓!お願いしますよ!師匠!」
「師匠って…!」
そうして私は、葵に連れられるまま近くにある少し安めのラブホテルへと向かった。
「こんなところに来て、一体何するの?」
「決まってるじゃない。ラブホよ?だったらやることは一つだけじゃん。」
部屋の扉を閉めると、葵は私を壁際まで追い詰め、ギュッと抱きついてきた。
「前から考えてたの。男の人への奉仕の仕方は男の人を相手にしていたら少しづつでも学べる。でも、私達女側の勉強はどうしたらいいんだろうって。それがさっきようやく分かった。」
葵の両手が私の腰から背中にかけてをそっと撫で上げ、首を経て顔を撫でる。
「女側の勉強は女の子を相手にすればいいんじゃん。」
そう言って葵は、至近距離でニコっと笑った。
「ちょ、ちょっとまってよ…。女同士ってそんな…。」
「裕香はイヤ?」
吐息がかかる程の距離で囁かれながら太ももや腰を撫でられる。本当なら昂ってもおかしくは無いのだろうけど…。
「興味はないわ…。」
私の心は冷めたままだった。店のお客さん相手であれば、営業モードに切り替えて演技出来たりもするが、流石に同性同士というのは初めてのこと過ぎて、気持ちも追いついていない。
「なぁんだ…。じゃあ仕方ないか…。こんな事頼めるの裕香くらいだから、一緒に入ってきてくれた時は少し期待してたのになぁ。」
残念そうに私から離れる葵。乱れた服を直してベッドに座ると、私の真横に葵が座った。
「ねぇ?裕香から攻めてもらうのもダメかな?」
「だから私は…。」
「分かってる。興味がないことも、そういう気分じゃないことも。私のことをそういう対象に見れないことも…。でも、私はどうにかして何でもいいからヒントを得たいの。だからお願い。お店は通せないけどお金は払うし、一回イッたらそれで終わりでいいから。」
真剣な葵の目。私は一度大きくため息をついて、自分の服の裾に手をかけた。
「一回だけだからね?」
「ほんと!?ありがとう!」
笑顔でそう言った葵は、またたく間に服を脱ぎ下着姿になった。
「あれ?裕香も脱ぐの?」
「私だけ服着てて雰囲気出るの?だったら脱がないけど。」
「ううん。脱いで。そっちの方が嬉しい。」
心底嬉しそうに笑ってベッドに横になる葵。そこね、同じく下着姿になった私も横になる。
「あー、なんかメチャクチャドキドキする。」
横になって目を合わせると、葵は顔を赤らめてスッと視線を逸した。
「目、逸らさないで。」
葵の顔に手を伸ばし、自分の方へ向けてキスをする。無理やり営業モードへ切り替えたが、うまくいくのだろうか…。
「ねぇ?今回の設定、決めていい?」
「設定?」
「うん。」
私の目を真っ直ぐに見て、葵は言った。
「今回、素の裕香が見たい。」
「素の私?」
葵の言っていることが一瞬理解出来なかった。
「多分、私に見せてるあなたも本当のあなたじゃない気がするの。だから、せっかくこういう関係になるんだから、その時くらいは素の裕香が…ううん。詩乃が見たい。…だめ?」
少々上目遣いでお願いしてくる葵。これが日頃の葵の武器なのだろうか。
「分かった。でも、楽しくないかもよ?」
「大丈夫。詩乃の素を知って勉強するための行為だから。」
葵から顔を逸し、しばらく目を閉じる。大きく息を吸い、そして吐く。そうして目を開けた私は再び葵の顔を見て、いつもの裕香ではなく、綾瀬詩乃として話しかけた。
「……じゃあ、始めるよ?」
「体調の方はどう?」
同じ店で働く葵(あおい)が心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「大丈夫。検査薬にも反応でなかったし。」
お腹をさすりながらそう言うと、葵はホッと息を吐いた。
「それにしても、酷いお客さんだよね。本番NGなのに生挿入からの中出しなんて。」
「いやいや。完全に事故なんだから仕方ないって。悪意でそうしたなら、とっくに襲われてるはずだし。」
不機嫌そうにお茶を飲んでいる葵をなだめる。実際、あれから一ヶ月の間私へ支払われない給料の倍ほどのお金を渡してくれた。まぁ、受け取ってはないんだけど…。それに、お金を持ってくる度に何度も何度も土下座されると、こっちがなんだか悪いことをしているような気分にもなってくる。
「でも、あなたもお人好しよね。私だったら遠慮なく貰っちゃうけどな。」
「この間のは私の不注意もあったし、こういうハプニングも想定した上でこの仕事してるんだから受け取れないよ。」
「ふぅーん。」
お茶の入ったカップを左右に振りながら、葵は私の体をジロジロと見てくる。
「な、なに?」
「ううん。裕香ってさ、貧相な体だし、結構無愛想なのになんでそんなに指名つくのかなって。私なんて今月全然指名来ないのに。」
「それは…。演技かな?」
「演技?」
葵が首を傾げる。
「私ってさ、お客さんとヤッてても全然感じないんだよね。雰囲気とかで濡れたりっていうのは問題ないんだけど、どこ触られてもイクくらい気持ちよくならないというか…。」
「何それ!?じゃああなた、お客さんの前で一回もイッたことないの?」
「う、うん。」
私の返事に、葵は大きくため息をついた。
「いや…、だったらなおさら人気の意味が分からないわ。無愛想でマグロな女なんて、余程コアな性癖を持った人じゃないと退屈以外の何物でもないじゃない。」
呆れたように、しかしそんな相手に負けている自分に腹を立てているように葵は言った。
「だからかも。」
「何が?」
「あまり感じずに余裕があるから、そのお客さんに合った演技が出来るの。この間だって、急に付き合ってる設定にされたけど対応出来てたと思うし。」
「演技…ね。確かに、お客さんを気持ちよくしてはい終了。じゃちょっと味気ないのかも。私もどうせだったら演じれるように練習してみようかな。」
急にパッと明るい表情になった葵は、私の腕をグイッと引っ張った。
「えぇ!?」
「何してんの。そうと決まれば特訓特訓!お願いしますよ!師匠!」
「師匠って…!」
そうして私は、葵に連れられるまま近くにある少し安めのラブホテルへと向かった。
「こんなところに来て、一体何するの?」
「決まってるじゃない。ラブホよ?だったらやることは一つだけじゃん。」
部屋の扉を閉めると、葵は私を壁際まで追い詰め、ギュッと抱きついてきた。
「前から考えてたの。男の人への奉仕の仕方は男の人を相手にしていたら少しづつでも学べる。でも、私達女側の勉強はどうしたらいいんだろうって。それがさっきようやく分かった。」
葵の両手が私の腰から背中にかけてをそっと撫で上げ、首を経て顔を撫でる。
「女側の勉強は女の子を相手にすればいいんじゃん。」
そう言って葵は、至近距離でニコっと笑った。
「ちょ、ちょっとまってよ…。女同士ってそんな…。」
「裕香はイヤ?」
吐息がかかる程の距離で囁かれながら太ももや腰を撫でられる。本当なら昂ってもおかしくは無いのだろうけど…。
「興味はないわ…。」
私の心は冷めたままだった。店のお客さん相手であれば、営業モードに切り替えて演技出来たりもするが、流石に同性同士というのは初めてのこと過ぎて、気持ちも追いついていない。
「なぁんだ…。じゃあ仕方ないか…。こんな事頼めるの裕香くらいだから、一緒に入ってきてくれた時は少し期待してたのになぁ。」
残念そうに私から離れる葵。乱れた服を直してベッドに座ると、私の真横に葵が座った。
「ねぇ?裕香から攻めてもらうのもダメかな?」
「だから私は…。」
「分かってる。興味がないことも、そういう気分じゃないことも。私のことをそういう対象に見れないことも…。でも、私はどうにかして何でもいいからヒントを得たいの。だからお願い。お店は通せないけどお金は払うし、一回イッたらそれで終わりでいいから。」
真剣な葵の目。私は一度大きくため息をついて、自分の服の裾に手をかけた。
「一回だけだからね?」
「ほんと!?ありがとう!」
笑顔でそう言った葵は、またたく間に服を脱ぎ下着姿になった。
「あれ?裕香も脱ぐの?」
「私だけ服着てて雰囲気出るの?だったら脱がないけど。」
「ううん。脱いで。そっちの方が嬉しい。」
心底嬉しそうに笑ってベッドに横になる葵。そこね、同じく下着姿になった私も横になる。
「あー、なんかメチャクチャドキドキする。」
横になって目を合わせると、葵は顔を赤らめてスッと視線を逸した。
「目、逸らさないで。」
葵の顔に手を伸ばし、自分の方へ向けてキスをする。無理やり営業モードへ切り替えたが、うまくいくのだろうか…。
「ねぇ?今回の設定、決めていい?」
「設定?」
「うん。」
私の目を真っ直ぐに見て、葵は言った。
「今回、素の裕香が見たい。」
「素の私?」
葵の言っていることが一瞬理解出来なかった。
「多分、私に見せてるあなたも本当のあなたじゃない気がするの。だから、せっかくこういう関係になるんだから、その時くらいは素の裕香が…ううん。詩乃が見たい。…だめ?」
少々上目遣いでお願いしてくる葵。これが日頃の葵の武器なのだろうか。
「分かった。でも、楽しくないかもよ?」
「大丈夫。詩乃の素を知って勉強するための行為だから。」
葵から顔を逸し、しばらく目を閉じる。大きく息を吸い、そして吐く。そうして目を開けた私は再び葵の顔を見て、いつもの裕香ではなく、綾瀬詩乃として話しかけた。
「……じゃあ、始めるよ?」
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