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第14話「別れ…。」
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目を開けると、最初に真っ白なシーツが目に入った。
「あ、いつの間にか寝ちゃってた……。」
ゆっくりと体を起こし、隣で眠っているであろう結衣の方を見る。
「結衣ー。そろそろ起きてお家に………、え……?」
私の視線の先には、真っ赤に染まったシーツと、その真ん中に蹲るように倒れている結衣の姿だった。
ー5時間後ー
私は屋敷から車で4時間もかかる国立病院の待合室に居た。
「うっ……、また……。」
立ち上がり、トイレに向かって走り出す。
あれから何度嘔吐したか分からない。結衣を見た時のショックがあまりにも大きすぎて、私はあれから何度も嘔吐を繰り返していた。
「結衣……。お願い…、神様………。私からもう何も奪わないで……。結衣を連れていかないで……。」
口をゆすぎ、顔を洗って再び待合室に戻る。
「汐里さんですか?少しお話が……。」
看護師さんが部屋から出てきて、私を案内する。
言われるまま連れてこられた部屋では、外科医と思われる男性が二人で話し合っていた。
「汐里さんですか。すみません。急にお呼びしてしまって。体調の方はどうですか?」
「はい。点滴が効いてきたのか、結構楽にはなりました。」
「そうですか。本来であれば今の汐里さんの様に、精神状態が不安定な方にこのようなお話をするのは避けた方がいいのですが、このままでは結衣さんの命に関わります。すみませんが、ご協力ください。」
医師はそう言って申し訳なさそうに頭を下げ、私に一枚の紙を差し出してきた。
「結衣さんの手術の同意書になります。」
「まだ手術してなかったんですか!?」
私はてっきり搬送されたと同時に手術しているものとばかり思っていて、思わず声を荒らげてしまった。
「確かに搬送後すぐに手術を開始しました。でも、それは損傷した内蔵等の治療をする為のもので、こちらの同意書というのは、また別の手術のものです。」
「べ、別?」
医師の言葉だけでは理解出来なかったので、私は同意書に視線を落とした。
そこに書かれていたのは、結衣の体に関してのことだった。
「陰茎……切除術……。」
「はい。彼女は生まれた時から二つの生殖器を有しており、今回はその影響でホルモンバランス等が乱れ、内蔵の損傷に至ったと思われます。」
「そんな……。」
「何か最近彼女に変わったところはありませんでしたか?例えば、お尋ねししにくいのですが、性行為を頻繁に行うなどは…。」
医師の言葉に私は息を飲んだ。頻繁な性行為なんか、心当たりしかないからだ。
「性行為って、そんなに関係あるんですか?」
「大いに関係あります。最近ようやくわかった事なのですが、性行為……、特に男性器の方を使用した性行為でオーガズムに達するというのは、彼女の体に多大な負荷をかけることになります。加えて、彼女の体は成長期をほぼ過ぎました。活発な細胞分裂をしなくなった体に、異性別の興奮作用は毒と言っても過言ではありません。」
「でも、性転換手術を受けている人も世の中には…。」
「彼女の場合はそれらとは全く別物です。現に、性転換手術などで形成される生殖器に本来の性交能力はありません。つまり、射精も妊娠もしないということです。」
「じ、じゃあ、二つとも可能な結衣の体は……。」
「えぇ、表面上では分かりにくかったかもしれませんが、摂取エネルギーと消費エネルギーも噛み合わず、ストレスなども相当だったでしょう。」
医師と話を進めていく毎に、私の心の中は結衣に対する罪悪感でいっぱいになっていた。
「行政の手続き上、親族かそれに近しいどなたかの署名が必要になります。あなたは結衣さんの保護者代理という形になっていますので、こちらに名前を書いていただきたくて…。」
動揺で震える手を必死に抑え、私は同意書に名前を書いた。
「お願いです…。結衣を助けてください。」
「大丈夫です。必ず成功させてみせます。安心してください。」
そう言って、同意書を看護師に渡した医師は早速部屋から出ていった。
私はただ、自分を責めた。自分が普通に使用人として真っ当に働いていれば……。 自分が彼女の前に現れなければ……。そんな気持ちが、心の中を何度も何度も巡る。
「もう…。ここには居れないね……。」
5時間に渡る長い手術の末、扉が開きストレッチャーに乗せられた結衣が運ばれてくる。
「あの…、結衣は………。」
「安心してください。手術は成功です。彼女はもう普通の女の子として生きていけますよ。ですが、相当な負荷がかかっていたのでしょう。彼女の体は命を落としていてもおかしくない状態でした。なので、命に別状はないというだけで、いつ目を覚ますかまではハッキリとお伝えすることは出来ません。」
医師の達成感のある表情を見て、私はホッと胸を撫で下ろした。 時間がかかってもいい。結衣の命が助かったのなら。もう、結衣に危険が及ばないなら。私はそれだけで十分だった。
病室には、彼女の心拍数を伝える電子音が鳴り響く。
意識のない結衣。いつもであれば、キスをして襲いかかっているかもしれない…。でも、私の心にはある不安がどんどん大きくなっていく。
もしかすると、愛があったのは結衣だけなのかもしれない……と。
手術後の結衣にすら欲情し、体を求めようとする。私は実は、結衣の体にしか興味が無かったのかもしれないと…。
「私たち…、好きで付き合ってたはずなのにね…。」
涙が一筋流れ、結衣の手の甲に落ちる。
それからどれくらい結衣の顔を見つめていたかは分からない。しかし、同日の夜には私は最低限の荷物を手に、結衣の屋敷を後にしていた…。
「あ、いつの間にか寝ちゃってた……。」
ゆっくりと体を起こし、隣で眠っているであろう結衣の方を見る。
「結衣ー。そろそろ起きてお家に………、え……?」
私の視線の先には、真っ赤に染まったシーツと、その真ん中に蹲るように倒れている結衣の姿だった。
ー5時間後ー
私は屋敷から車で4時間もかかる国立病院の待合室に居た。
「うっ……、また……。」
立ち上がり、トイレに向かって走り出す。
あれから何度嘔吐したか分からない。結衣を見た時のショックがあまりにも大きすぎて、私はあれから何度も嘔吐を繰り返していた。
「結衣……。お願い…、神様………。私からもう何も奪わないで……。結衣を連れていかないで……。」
口をゆすぎ、顔を洗って再び待合室に戻る。
「汐里さんですか?少しお話が……。」
看護師さんが部屋から出てきて、私を案内する。
言われるまま連れてこられた部屋では、外科医と思われる男性が二人で話し合っていた。
「汐里さんですか。すみません。急にお呼びしてしまって。体調の方はどうですか?」
「はい。点滴が効いてきたのか、結構楽にはなりました。」
「そうですか。本来であれば今の汐里さんの様に、精神状態が不安定な方にこのようなお話をするのは避けた方がいいのですが、このままでは結衣さんの命に関わります。すみませんが、ご協力ください。」
医師はそう言って申し訳なさそうに頭を下げ、私に一枚の紙を差し出してきた。
「結衣さんの手術の同意書になります。」
「まだ手術してなかったんですか!?」
私はてっきり搬送されたと同時に手術しているものとばかり思っていて、思わず声を荒らげてしまった。
「確かに搬送後すぐに手術を開始しました。でも、それは損傷した内蔵等の治療をする為のもので、こちらの同意書というのは、また別の手術のものです。」
「べ、別?」
医師の言葉だけでは理解出来なかったので、私は同意書に視線を落とした。
そこに書かれていたのは、結衣の体に関してのことだった。
「陰茎……切除術……。」
「はい。彼女は生まれた時から二つの生殖器を有しており、今回はその影響でホルモンバランス等が乱れ、内蔵の損傷に至ったと思われます。」
「そんな……。」
「何か最近彼女に変わったところはありませんでしたか?例えば、お尋ねししにくいのですが、性行為を頻繁に行うなどは…。」
医師の言葉に私は息を飲んだ。頻繁な性行為なんか、心当たりしかないからだ。
「性行為って、そんなに関係あるんですか?」
「大いに関係あります。最近ようやくわかった事なのですが、性行為……、特に男性器の方を使用した性行為でオーガズムに達するというのは、彼女の体に多大な負荷をかけることになります。加えて、彼女の体は成長期をほぼ過ぎました。活発な細胞分裂をしなくなった体に、異性別の興奮作用は毒と言っても過言ではありません。」
「でも、性転換手術を受けている人も世の中には…。」
「彼女の場合はそれらとは全く別物です。現に、性転換手術などで形成される生殖器に本来の性交能力はありません。つまり、射精も妊娠もしないということです。」
「じ、じゃあ、二つとも可能な結衣の体は……。」
「えぇ、表面上では分かりにくかったかもしれませんが、摂取エネルギーと消費エネルギーも噛み合わず、ストレスなども相当だったでしょう。」
医師と話を進めていく毎に、私の心の中は結衣に対する罪悪感でいっぱいになっていた。
「行政の手続き上、親族かそれに近しいどなたかの署名が必要になります。あなたは結衣さんの保護者代理という形になっていますので、こちらに名前を書いていただきたくて…。」
動揺で震える手を必死に抑え、私は同意書に名前を書いた。
「お願いです…。結衣を助けてください。」
「大丈夫です。必ず成功させてみせます。安心してください。」
そう言って、同意書を看護師に渡した医師は早速部屋から出ていった。
私はただ、自分を責めた。自分が普通に使用人として真っ当に働いていれば……。 自分が彼女の前に現れなければ……。そんな気持ちが、心の中を何度も何度も巡る。
「もう…。ここには居れないね……。」
5時間に渡る長い手術の末、扉が開きストレッチャーに乗せられた結衣が運ばれてくる。
「あの…、結衣は………。」
「安心してください。手術は成功です。彼女はもう普通の女の子として生きていけますよ。ですが、相当な負荷がかかっていたのでしょう。彼女の体は命を落としていてもおかしくない状態でした。なので、命に別状はないというだけで、いつ目を覚ますかまではハッキリとお伝えすることは出来ません。」
医師の達成感のある表情を見て、私はホッと胸を撫で下ろした。 時間がかかってもいい。結衣の命が助かったのなら。もう、結衣に危険が及ばないなら。私はそれだけで十分だった。
病室には、彼女の心拍数を伝える電子音が鳴り響く。
意識のない結衣。いつもであれば、キスをして襲いかかっているかもしれない…。でも、私の心にはある不安がどんどん大きくなっていく。
もしかすると、愛があったのは結衣だけなのかもしれない……と。
手術後の結衣にすら欲情し、体を求めようとする。私は実は、結衣の体にしか興味が無かったのかもしれないと…。
「私たち…、好きで付き合ってたはずなのにね…。」
涙が一筋流れ、結衣の手の甲に落ちる。
それからどれくらい結衣の顔を見つめていたかは分からない。しかし、同日の夜には私は最低限の荷物を手に、結衣の屋敷を後にしていた…。
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