9 / 23
大学生の特権
しおりを挟む
「うわ、ひっろーい!」
天斗が扉を開くと同時に笹葉の声が一限の教室である大広間に響いた。先客がいなかったため天斗からのお咎めはない。
その教室は、長机が段差上にいくつも並んだ、大学定番の造りになっている。天斗は迷う事なく最前列中央に座った。この教室で講義を受ける際の天斗の定位置だ。チラリと壁の時計を確認すると、授業開始にはまだ十分ほどの時間があった。
「くれぐれも授業中に駄々をこねるなよ」
「分かりました。シー、ですね」
笹葉は人差し指を唇の前に持っていき、「静かに」のポーズをとる。
「そうだ、シー、だ。他の人の迷惑になるからな」
九時手前、一限目の物理講師がやってきた。白衣を着た老齢の男性講師で、少々知識に偏りがあるものの、分かりやすい講義で学生から一定の人気がある。天斗はいつも通り授業を聞き、黙々とノートを取った。笹葉は天斗の筆箱の中身をいじっている。
結局、授業時間である九十分の間、笹葉は一度も天斗に迷惑をかけることはなかった。大学ノートに謎の似顔絵らしきものを描いて一人で静かにはしゃいでいた。唯一話しかけてきたのは、かなり後ろのほうに座っていた不真面目集団が喋っていたことに対して「何であの人たちは喋ってるんですか?」ということだけだった。
二人は教室を後にして、一階ロビーのソファに座った。
「二限目はどこの教室なんですか?」
「次の授業は三限目だな。二限目は休み時間」
「さぼるんですか!?」
「違う違う。大学生は好きなように自分で時間割が作れるんだ」
天斗はスマホに保存してある時間割表を笹葉に見せた。それを開く際、沙織からの怒涛のメールがチラリと見えたが、面倒くさそうなので見なかったことにしておこう。
「そーいや、笹葉はアレルギーとか持ってるのか?」
「あれるぎーは無いと思います」
「そうか」
その時、天斗は肩を掴まれて、朝聞いた声が背後から聞こえてきた。
「見つけたわ!」
「おー、神楽か」
声の主である沙織はハアハアと息を整える。動きやすそうなスニーカーに抹茶色の膝丈フレアスカート、無地の黒Tシャツ姿で、隣には大きなカバンが置かれていた。
「『おー、神楽か』じゃないわよ! どれだけ私がメールを送ったか分かってるの!?」
「五六回だな」
「分かってるなら返信しなさいよ!」
沙織は天斗の両肩を掴んで大きく前後に揺らした。天斗は抵抗することすら面倒くさそうにされるがままだ。
「とりあえず、なんか用があるなら場所を変えようぜ。人の目が痛い」
「んっ……そうね」
沙織は周囲の奇異の視線を感じ、一旦怒りを鎮めた。外が暑かったのか、天斗への怒りのせいなのか、汗が伝う沙織の顔は朱に染まっていた。
「着いてきなさい。異論は認めないわ」
重たそうなカバンを持ってスタスタと出口に歩く沙織。天斗は全くもってついていく気が起きなかったが、無視する方が後々めんどくさくなりそうだったので、渋々沙織の後ろをついて行った。
天斗が扉を開くと同時に笹葉の声が一限の教室である大広間に響いた。先客がいなかったため天斗からのお咎めはない。
その教室は、長机が段差上にいくつも並んだ、大学定番の造りになっている。天斗は迷う事なく最前列中央に座った。この教室で講義を受ける際の天斗の定位置だ。チラリと壁の時計を確認すると、授業開始にはまだ十分ほどの時間があった。
「くれぐれも授業中に駄々をこねるなよ」
「分かりました。シー、ですね」
笹葉は人差し指を唇の前に持っていき、「静かに」のポーズをとる。
「そうだ、シー、だ。他の人の迷惑になるからな」
九時手前、一限目の物理講師がやってきた。白衣を着た老齢の男性講師で、少々知識に偏りがあるものの、分かりやすい講義で学生から一定の人気がある。天斗はいつも通り授業を聞き、黙々とノートを取った。笹葉は天斗の筆箱の中身をいじっている。
結局、授業時間である九十分の間、笹葉は一度も天斗に迷惑をかけることはなかった。大学ノートに謎の似顔絵らしきものを描いて一人で静かにはしゃいでいた。唯一話しかけてきたのは、かなり後ろのほうに座っていた不真面目集団が喋っていたことに対して「何であの人たちは喋ってるんですか?」ということだけだった。
二人は教室を後にして、一階ロビーのソファに座った。
「二限目はどこの教室なんですか?」
「次の授業は三限目だな。二限目は休み時間」
「さぼるんですか!?」
「違う違う。大学生は好きなように自分で時間割が作れるんだ」
天斗はスマホに保存してある時間割表を笹葉に見せた。それを開く際、沙織からの怒涛のメールがチラリと見えたが、面倒くさそうなので見なかったことにしておこう。
「そーいや、笹葉はアレルギーとか持ってるのか?」
「あれるぎーは無いと思います」
「そうか」
その時、天斗は肩を掴まれて、朝聞いた声が背後から聞こえてきた。
「見つけたわ!」
「おー、神楽か」
声の主である沙織はハアハアと息を整える。動きやすそうなスニーカーに抹茶色の膝丈フレアスカート、無地の黒Tシャツ姿で、隣には大きなカバンが置かれていた。
「『おー、神楽か』じゃないわよ! どれだけ私がメールを送ったか分かってるの!?」
「五六回だな」
「分かってるなら返信しなさいよ!」
沙織は天斗の両肩を掴んで大きく前後に揺らした。天斗は抵抗することすら面倒くさそうにされるがままだ。
「とりあえず、なんか用があるなら場所を変えようぜ。人の目が痛い」
「んっ……そうね」
沙織は周囲の奇異の視線を感じ、一旦怒りを鎮めた。外が暑かったのか、天斗への怒りのせいなのか、汗が伝う沙織の顔は朱に染まっていた。
「着いてきなさい。異論は認めないわ」
重たそうなカバンを持ってスタスタと出口に歩く沙織。天斗は全くもってついていく気が起きなかったが、無視する方が後々めんどくさくなりそうだったので、渋々沙織の後ろをついて行った。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
幼馴染の許嫁
山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ガチャから始まる錬金ライフ
あに
ファンタジー
河地夜人は日雇い労働者だったが、スキルボールを手に入れた翌日にクビになってしまう。
手に入れたスキルボールは『ガチャ』そこから『鑑定』『錬金術』と手に入れて、今までダンジョンの宝箱しか出なかったポーションなどを冒険者御用達の『プライド』に売り、億万長者になっていく。
他にもS級冒険者と出会い、自らもS級に上り詰める。
どんどん仲間も増え、自らはダンジョンには行かず錬金術で飯を食う。
自身の本当のジョブが召喚士だったので、召喚した相棒のテンとまったり、時には冒険し成長していく。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
溺愛のフリから2年後は。
橘しづき
恋愛
岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。
そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。
でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる