カンナ

Gardenia

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第一章

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結局、小野寺カンナから琢磨の事務所に直接電話が入ったのは3日後だった。

ちょうど銀行から帰ってきて、お茶を飲んでいる時だった。

「社長、小野寺さんという方からお電話です」と事務員が取次いで、
「はい、お電話変わりました」と言うと、
「秋吉様でいらっしゃいますか?
わたくし、小野寺カンナと申しまして、中学の同級生だった者です。
数日前に山野正吾さんに連絡をとりまして、この電話番号を教えていただきました。
覚えていただいていると有難いのですが・・・」とゆっくりと聞き取り安いスピードで低めの声が流れてきた。

綺麗な標準語だ。
琢磨は気後れしながらも、「おおっ!小野寺か。3日前に正吾が言いに来たよ」とわざとくだけた言い方で返した。
カンナは「思い出していただけました?」と丁寧に聞いて来た。
「気取って電話してくるから、百科事典のセールスレディかと思ったよ」と言って笑うと、電話の向こうでもフフンと笑ったようだった。





確かに正吾が来た時は、最初は顔を思い出すのに時間がかかったが、一度思い出してみるとはっきりと鮮明な記憶が甦っていた。
カンナとは学校で、クラスに居る時だけはよく話していた。
出席番号も近かったので、席も近くになることが多い。
しかし、教室の外に出ると一度も口をきいたことはなかった。
放課後や休日に街で見かけることがあっても、琢磨は絶対に声をかけなかったし、カンナは気づきもしなかった。

彼女には特別に親しい友人が2~3人居るようだったが、それ以外の人とは、秀才と呼ばれている奴や反対に不良と呼ばれている奴でも適度な距離を保って気さくに話せる不思議な女の子だった。
しかし、大人しめの普通のクラスメイトとはあまり話してなかったように思う。
その他大勢のようなグループは彼女の目には映っていない、そんな感じだったと覚えている。
美人ではなかったが愛嬌があり、笑う時は天真爛漫に笑い、ちょっと天然で、男子の間では結構人気があった。
でも、確か誰とも付き合ってなかった。
人気があったのに誘い難かったのは、ひとえにカンナが突出して成績がよかったからだろう。学年でいつも3番以内に入っていた。
もちろんクラスでは1番トップの成績だ。
琢磨は落ちこぼれで、しかも暴走族紛いの不良仲間に入っていたので、声をかけられないクラスメイトの気持ちがよくわかる。
誰が好き好んで自分より頭の良い女に誘いをかけられるというのか。





「で?」と琢磨が聞くと、
「実は、家を建てようと思っていて、業者のこととか相談に乗ってもらえればなと思うの」とカンナは話を切り出した。

「おたくの会社は長年信用と実績があるし、基礎のほうは是非お願いしたいと思ってますが、
設計と建物の施工に関しては、長くこの土地を離れていて知り合いが少ないので、
良いところの情報か、紹介して頂けたらと思っているんです。
一度お時間を作っていただけないでしょうか?」
「なるほど」
「お話だけになるかもしれませんけど、電話よりもお目にかかって説明できないかなと思っています」

少し時間をかけて、琢磨は仕事用の会話に切り替えた。
「わかりました。とりあえずお話を伺いましょう」
「よかった。私としては今日から3日間の間でお時間いただけると助かります」
「急ぐ話なんですか?」
「取り立てて急いではいないのですが、私の中ではかなり時間をかけて考えてることなので、
これから実行に移していきたいと思っているんです。
それに来週はちょっと街を離れるかもしれないので・・・」

琢磨はカンナの考えを早く聞いてみたい気になってきた。
「そうですね、ちょうど今日の午後は時間がとれます。
次は、明々後日の午後ですね」と言うと、
「午前中にはお時間ないですか?」と聞かれた。
「今週は、午前中は現場に行くことが多いので・・・」と琢磨が言うと、
「では、差し支えなかったら本日午後に伺います。急で申し訳ないですね」とカンナが詫びた。

「以前、お父様の会社があったところでよろしいのかしら?」とカンナが聞いたので、
「ああ。でも、今はその向いに四角い2階建ての建物になってるから。
看板があるからわかるとおもう。事務所は2階になってるからそこに来てくれ」と琢磨は答えた。
「それから、丁寧な言葉はやめてくれ」と言うと、カンナは笑いながら「わかりました」と答えた。
午後2時の約束にして電話を切ると、ちょうど正午になった。





その日、約束の午後2時。その数分前に窓の外で車の停まる音が聞こえた。
窓から覗いてみると、白い国産車のワゴンがとまったところだった。
小柄な女性が後部座席から紙袋を2つ取り出し、建物の入り口を探している。
小さく頷くとその女性はゆっくりと入り口に向かって歩き出した。
顔ははっきり見えなかったが髪は短いほうだった。毛先が跳ねるように揃っていない。
琢磨は大人しく社長の椅子に座って待つことにした。






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