カンナ

Gardenia

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第一章

1-10

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翌朝もちょうど9時にチャイムが鳴り、琢磨が陽菜を連れてやってきた。
「じゃ、よろしく頼むよ」と言って、カンナに「とりあえずこれで・・・」とお金の入った封筒を預けて琢磨は現場に出かけていった。

家の中に入って昨日と同じようにお茶の準備をする。
4客あるお椀の一つを指して、「これ、父のとろにお願いできるかな」とカンナが陽菜に頼んだ。
後ろを振り向くと、リビングでカンナの父が新聞を読んでいた。
居る気配が全然なかったなぁと陽菜はびっくりしたものの、平常を装ってお茶を持っていった。

「あの、おはようございます。お茶をお持ちしました」
家のお手伝いさんの口調を真似て言ってみた。
「あぁ、おはよう」とカンナの父親がにっこり笑ってくれたので、間違ってなかったと陽菜はほっとした。

奥からカンナの母がやってきて「おはよう、陽菜ちゃん」と挨拶をしてくれる。
家だと何も言わないことが多い陽菜だが、「おはようございます」と挨拶を返した。
「こっちでお茶をいただきましょう」とカンナの母に促されてダイニングテーブルにつく。

「早速だけど、学校からのリスト持ってきた?」と聞かれたので、手に持っていた封筒をテーブルの上に置いた。
「どれどれ・・・」と言ってカンナの母が封筒を開けて読み始めた。

今朝、東京に居る母に電話をすると、母は手紙の置き場所を覚えておらず、確かお手伝いさんに預けた中にあるかもしれないというので探してもらったのだ。
封筒の中には制服の引換券も入っていた。
そういえば制服は買ったもののまだ家で見たことはなかった。
それと言うと、「たぶん、取りに行くんだよ」とカンナの母が言い出して、カンナが引換券に印刷されている電話番号に電話をかけて取りに行くことになった。
「指定の通学鞄はあるかい?」と聞かれたので、それはもう家にあると答えた。

結局、通学鞄だけは買ってあることがわかったので、それ以外のものを揃えるのだが、カンナ親子の連携は素晴らしかった。
カンナの母が何度もリストをチェックしてブツブツ言っている隙に、カンナは陽菜に日焼け止めクリームを塗り、睫をビューラーでクルリと上げ、仕上げに昨日と同じ透明っぽいピンクのリップグロスを塗った。

それが終わると、カンナの母が陽菜の髪を梳き、リボンを結んだ。
「ママ、今日の陽菜ちゃんにはそのリボンは似合わないよ。服装と合わないわ」とカンナがきっぱり言うと、残念そうにリボンを解いている。
その代わりにと、小さな苺がついたヘアークリップでサイドの髪を留めていた。

陽菜は家でこんな風にあれこれと構われたことがない。
ママはおしゃべりなのでいろいろ話しかけてはくるけど、陽菜の姉のことが中心で陽菜をあまり熱心に気にかけることはなかった。
姉は成績がよかったので、勉強ができない陽菜のことを馬鹿にすることはあっても、洋服を選んだりリップクリームを塗ってくれたこともなかった。
今朝、車の中でパパが「お前は小野寺家のオモチャらしいから、たくさん可愛がってもらえ」と笑いながら言っていたが、オモチャってなかなか良いものだと思う陽菜だった。

渡された手鏡で綺麗になった自分を見ているうちに、カンナの「ママ、陽菜ちゃんのポシェットない?」という一言で、カンナの母がダダ~という勢いで二階に行ったかと思うと、また同じ勢いで下りてきた。

「陽菜ちゃん、お小遣い持ってる?」とカンナが聞くので、ポケットに入れていたお金を掴んでテーブルに出した。
「あらあらあら・・・」とカンナもカンナの母も驚いたようだ。
「お財布は?」と聞かれたので、金額じゃなくてお金をそのままポケットに入れていたのが問題らしいと陽菜は気がついた。

「カンナのを取っておいて良かったよ」と言いながら、カンナの母はまた二階に上がって行った。
しばらくして戻ってくると、苺のプリントの小さなポーチとハンカチ、ポケットティッシュをテーブルに並べた。
カンナはきれいな紙に、電話番号をふたつ書いた。
「あとでショッピングセンターに行くからね。迷子になることはないと思うけど、見失ったら公衆電話からここに電話してね」と言って、テーブルの上に他のものと同じように置いた。

「さて、何を入れたか忘れるといけいないので、自分でバッグに入れてご覧?」とカンナの母が言うので、お金を小さなポーチに入れ、ハンカチ、ティッシュ、そして電話番号の紙を順番にポシェットに仕舞った。





カンナは「喉が渇いたね。何か飲もうか。それから昨日のケーキがまだあるから食べない?」と陽菜に優しく訊ねた。
「買い物はエネルギーが必要だから、甘いものを食べておくほうがいいのよ」と言って、陽菜に牛乳のカップを渡し、自分は紅茶を淹れていた。
ケーキを選んで食べていると、何かブツブツと呟いていたカンナの母が電話を掛け始めた。
大きな声なので聞こうとせずとも耳に入る。
どうやらR女子高に去年入学した子供が居る知り合いに電話したらしい。

電話を終わると、上履きはこの店とか体操服はこことか小さな字でメモしたものをカンナに見せていた。

ようやくカンナ母娘の話が終わって、買い物にでかけることになった。
それまで黙っていたカンナの父が立ち上がり、外で待ってるからと言って出て行った。
車で送ってくれるらしい。
カンナの母に見送られて出発すると、カンナはさっそく陽菜の髪を留めていたクリップをはずして、
「ごめんね。もう高校生だというのに子ども扱いしてしまって・・・」と済まなそうに謝った。
「いえ、私とっても嬉しいんですけど・・・」と陽菜は正直な気持ちを言った。
「そう?それならいんだけど」とカンナは言って黙ってしまった。

狭い街なのですぐに制服屋に到着し、制服を引き取ったあとはショッピングセンターで車を降りて買い物をした。
カンナとの買い物は、陽菜には夢のようなひと時だった。
陽菜の母のようにいつまでも悩むことは無く、どんどん買っていく。
学校のものを買った後で、化粧品店に行き透明感のある薄いピンクのリップクリームと、ビューラーを買い、若い女の子向けのショップでネイルケアー一式を陽菜のために購入した。
遅くなったランチの後、最後に本屋に行って指定の教材を購入すると、とびっきりの笑顔で若い店員に微笑んで荷物をタクシー乗り場まで運んでもらって、二人は無事に帰ってきた。
妖精スマイルって凄い威力だわと陽菜は疲れた頭で思っていた。





夕方、琢磨は昨日より早めに陽菜を迎えに来た。
仕事のほうはもう終わったらしい。
三人で玄関と車を何度か往復して買ったものを琢磨の車に積み込むと、
陽菜を助手席に座らせて琢磨はドアを閉めた。

「これ」と言ってカンナが封筒を琢磨に渡した。
「一応買うだけかったから。領収書が入ってるから交換や返品のとき使って」
「何から何まですまんな」
「陽菜ちゃんと過ごすの楽しかったわよ」
「そうなのか」
「ええ。可愛いし賢いし。あなた方は幸せね。こんなお嬢さんが居るんだから」
「賢いというのは初めて聞いたな」と琢磨は苦笑している。
「勉強だけじゃないわよ、賢さって。大人の話をよく聞き、決して余計なことは言わない。
こんな賢い高校生なかなか居ないわよ」とカンナは陽菜のことを褒めた。

「ほら、陽菜ちゃんも疲れているから行ってちょうだい」
「あぁ、ほんとうに世話かけたな」
「明後日はお兄様のところに行くことになってるから、応援よろしくね」
「気が向いたらな!」
「酷いなぁ」
軽口を言いながら、陽菜に手を振ると、陽菜は恥ずかしそうに手を振り返した。





さすがにカンナも少し疲れを感じて、自分の部屋で横になった。
少しのつもりがかなり深く眠ってしまったらしい。
気がつけば外は真っ暗になっていた。
一階に下りると、両親がカンナが起きるのを待っていた。
その夜は三人で一緒にお鮨を食べに出かけた。

食事が終わって家に帰ってすぐに、「私、当分バタバタするかもしれない」とカンナは両親に話した。
「東京かい?」と母が聞く。
父が心配気にカンナの顔をみてから、母に「お茶淹れてくれ」と言った。
鮨屋で少しお酒を飲んでいる。きっと話をちゃんと聞くつもりだ。

母はお茶の準備をしながら、「もうすっぱり綺麗に別れて来たんだろう?いまさら・・」と言い始めた。
「別れるのに綺麗も何も無いだろう」と父が珍しく言い返している。

「で、ややこしいのか?」と父が聞いた。
「弁護士の先生もついてるから大丈夫なんだけどね。
本人から直接私に文句を言い出したから、ウザいなぁと思って」

今度は「あちらが他所に子供を作ってこうなったんじゃないか」と母が言うので、
「それが微妙なところなのよ」とカンナが言うと、ふたりとも「「えっ?」」と驚いてカンナを見た。
「それに事業もあまり上手くいってないようで、そのうち週刊誌に載るかもしれないわ」

両親はしばらく顔を見合わせていたが、「まぁ、いいわよ。いざとなったらお父さんと二人、温泉にでも行ってるから。ね、お父さん?」と母が父を促している。
「そうだな。婆さんの容態が落ち着いていたらだけどな」と父も頷いている。

「カンナ」と母が真面目な顔をして口を開いた。
「世間では離婚が簡単になった風潮だけど、経験者を見ていると落ち着くまでやはり時間がかかるよ。
カンナは特にかけがえの無い嫁だったからね。あちらさんだって手放してから未練もでてくる。1~2年は辛抱しなさい。いいわね」
「はい」
「騒がしくなるのが事前にわかったら言ってくれ。それから母さん、取材がきても滅多なこと言うんじゃないぞ」
「わかってるわよ。私はおしゃべりだけど、娘の立場を悪くするようなことはしない」
「ごめんね、いつまでたっても落ち着かなくて」
「まぁ、そのうち、時間が立てば誰も何にも言わなくなるさ」

お茶はとっくに冷めてしまっていたが、3人共何も言わずに飲んだ夜だった。





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