カンナ

Gardenia

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第一章

1-11

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最後まで油断はできなかった工事も無事終わって、琢磨はほっとしていた。
最後の夜に現場を荒らしに来たチンピラ達と小競り合いになったが、ちょうど巡回中のパトカーが通りがかって事なきを得た。
琢磨は喧嘩慣れしていていてなんともないが、息子はどうなんだろうか。
なんとなく跡を継ぎそうな感じではあるが、琢磨の学生時代と比べると大人しいような気がする。
アイツ、喧嘩したことあるのかなと考えているところに着信があった。

「俺だけど、今いいか?」
兄の満からだ。

「うん。大丈夫だよ。何かあったのか?」
「明日さ、お前の友人の小野寺さんに会うんだけど・・・」
「いつから友人になったんだ?」
「お前が同級生というだけで俺に仕事を回したりしないだろうが」

「それが用事か?」
「いや。あれから小野寺カンナの調査をちょっとしたんだけど、なかなか上手くいかなくて」
「ん?」
「小野寺カンナでは情報が無いんだよ。しかも、困ったことにこの周辺の銀行に口座がない」
「ああ~、なるほど」
「どうしようか」
「小野寺は最近離婚して実家に帰ってきたんだよ」
「ちぇっ、早く言えよ」
「実家に帰ったなら戸籍も戻ってるんじゃないか?」
「そうだな」
「ありそうか?」
「金か?」
「あぁ」
「たぶんな」
「そうか。とりあえず明日は会ってみるかな」
「兄貴がなんでこんなに時間かかってるんだ?」
「忙しかったんだよ、俺も」

琢磨はカンナが言っていた「応援よろしく!」という言葉を思い出していた。
「俺なら受けるな、この仕事」
「そうか」
「上等な匂いがする」
「え?」
「小野寺カンナだよ」
「ほう。良い女なんだな」

琢磨は言葉を選んで言った。
「アイツは正直だ。自分からは言わないが、直接聞いてみればいいじゃないか。嘘は言わんよ」
「わかった。そうするよ。邪魔したな」
「あ、兄貴。小野寺の旧姓がわかったら教えてくれ」
「了解」

琢磨は無性にタバコが吸いたくなった。
事務員に「コーヒー頼むよ」と言って、タバコに火をつけた。




一方、カンナのほうは設計事務所に行く前に、もう一度資料に目を通していた。
第一回目のプレゼンテーションは大事だと思う。
まだ埃っぽいオフィスの入り口を全開にしてPCと格闘し、いくつかの資料を追加してファイルを作る。
次にインターネットで秋吉設計事務所の情報を検索した。
しかし、田舎の会社である。代表的な仕事はいくつか見つかったものの、社長個人の情報はないに等しい状態だった。
名前と住所、出身大学くらいか。

すぐに諦めて、どうするかと考えをめぐらす。
プレゼンテーションには相手の分析が大事だというのは過去の経験からも知っている。
ラップトップをスリープにし、蓋を閉じて鞄に入れる。
ネットに情報がなければ近所の井戸端会議に頼るしかあるまい。

「ちょっとお茶でもしてくるわ」とリビングに居た父親に声をかけた。。
「山野コーヒーか?」
「うん」
「ついでに豆を買ってきてくれ」
「どの味が良いの?」
「正吾君が知ってるよ」
「おっけ~。車借りるね」と言って家を出た。

正直、山野正吾の店にはあまり行きたくないが、たまにはいいかと思うことにした。
取り立てて親しくはなれないけれど、まいいかと思ってしまう雰囲気が正吾には昔からあった。

木の枠がついたガラスのドアを押して店に入ると、まだ午前中のせいか人が居なかった。
正吾が気がついて、「おっ!」と手を上げる。
その仕草も昔のままだ。あまり成長してないらしい。
「あれ?まだ開店前だった?」
「いや、今開けたところ」
「父に頼まれてコーヒー豆を買いに来たの。久しぶりなんで私も飲んで帰るわ」
「じゃ、ちょっと掛けて待ってて」とカウンターを勧められた。

とりあえず作ったばかりのホットコーヒーをカンナに出しておいて、
「小父さんのブレンドはちょっと難しいんだ」と言いながら、焙煎器を調節している。

カンナは暫くその様子を見ていたが、一段落したのを見計らって話しかけた。
「先日はありがとね」
「ん?」
「秋吉君のところ」
「あぁ。行ったのか?」
「うん。それでいくつか紹介してもらったんだ」
「そっか。家建てるのか?」
「ん~~、まだわかんないわ」

カンナはコーヒーを一口飲んだ。
「家なんてそんなに簡単に決められないでしょ」
「そりゃそうだ」

「で、今度秋吉設計にも行くことになったんだけどさ」
「へぇ、兄貴のところか」
「うん。そういえばお兄さんが居たけど、一級建築士になってるんだってね。
同じ学校に居たっけ?お兄さんも」
「あれ?知らなかった?俺らの高校の先輩っしょ」
「ふ~ん。全然知らなかった」
「2年上だよ、確か。秀才でさ、女の子にも人気があったよ」
「思い出せない・・・」
「お前は昔から周りを見てなかったからなぁ」と正吾が笑う。

「イケメンかぁ・・・。怖いなぁ」
「いや、普通、女には優しいだろう。男の俺なんかには怖い感じだったけどな」
正吾は思い出すように目を細めていた。

「うん。切れるって感じだな。鋭いっての?そういう目をしてた」
「でも、もう50歳くらいになったんじゃ人間丸くなってるかもね」
「そりゃそうだろ。子供は確か2人かな。奥さん、結構綺麗な人だよ」
「そうなんだ」
「学生のとき知り合ったとか言って、確か神戸のいいとこのお嬢さん」
「秋吉組も雰囲気変わったね」
「あははは、時代が違うからなぁ。親父さんのころとは」
「で、お父さんのほうは引退したんだって?」
「あぁ、数年前に琢磨に会社譲って、財産も適当に子供たちに分けて、楽隠居してるよ」
「へぇ。出来た人だね」
「今は20歳以上も離れた女と一緒に暮らしてるんじゃね?」
「え?秋吉のお母さんは?」
「居るよ~。居るけどさ、親父さんも落ち着かないんだよね。
しばらく居たと思ったら、若い女を作ってしばらく帰ってこないとか。
まだそんなことやってるよ」
「仕方ないなぁ。昔の人は」
二人で笑ったが、肝心なことはこれからだった。

「秋吉組ってさ、やっぱりアレなの?」
「ん?」
「私たちは同級生としてしか知らないけど、土木なんて言ったら
怖い人たちもつながりがあるのかなって・・・」
「どうだろうか。確かに親父さんの時代は限りなくそれに近かったけどな。
琢磨は全然違うとおもう・・・」
「そっか」
「琢磨のお母さんってのがさ、まるっきり姐さんって感じなのよ」
「え~?そうなんだ」
「うん。昔から若い衆みたいなのが付いてて、まぁ親父さんもそうだけど」
「そっか。心してかかるわ」
「あぁ、頑張れよ」
「全然心強い励ましにはなってないんだけど?」
「俺が頼りになるわけないだろう」と正吾が笑うので、カンナも思わずつられて笑ってしまった、

運よく店に誰も居なくてよかった。
コーヒーを飲み終える頃には常連さんがやってきて、正吾も俄に忙しくなる。
カンナは慌てて席を立ち、お金を払って外に出るとほっとした。
正吾の店は分煙になっていなかった。
来る人のほとんどは喫煙者だ。
都会では考えれないなぁと思いながら髪についた煙草の匂いに顔をしかめた。





家に帰り、正吾のところでは開くことのなかったPCを立ち上げ、メールをチェックする。
全部ダウンロードしたところに、階下から母の「ご飯ですよ~」という声が聞こえた。
処理をするのは午後になる。
ゆっくりすればいいやとカンナは思った。

昼食中は入院している祖母の話題が出た。
今週末には退院するので、母は週末か来週早々にまた祖母の家に行くらしい。
祖母の痴呆がもっと進んだら、自宅で介護するのは難しくなると言っていた。
今の様子では義理の姉たちが可哀想だとカンナの母が言っている。
週明けには一度兄妹会議をするらしい。
「お祖母さんにも希望を聞いてみてね。仲間はずれにすると怒るわよ、お祖母さん」とカンナが言うと、母は「違いないっ」と言った。

「あ、私、週末は東京に行くかも」とカンナは両親に言った。
父が「そうか」と言っただけだった。
母に、「東京の帰りにお祖母さんのところにお見舞い行こうかな?」と言うと、
「それは喜ぶよ」と母は短く答えて、後片付けのために席を立った。

カンナは父親に食後のお茶を淹れながら、「パパ、そろそろ私も車買おうかな」と話しかける。
「買うのか?」
「うん。田舎だから小回りが利くのがいいなと思って・・・」
「車庫証明は取れるぞ」
「ガレージにおいていいなら、考えてみるね」
「あまり派手なのは目立つ」と父が何気なくアドバイスしてきた。
「東京においてあるのは、ここでは立派に派手だからなぁ」と言うと、
「国産車にしときなさい」と言って、話はそれで終わった。




ミネラルウォーターのボトルを手に、カンナは二階の自分の城に戻った。
オフィスの仕切りをはずしてしまったので、息苦しい感じは少なくなった。
もう一度メーラを開くと、昼食中に更に受信数が増えていたので、片っ端からメールを開けて読んでいった。

明後日、金曜日に2~3のミーティングを東京で設定してそれぞれの関係者にメールを送った。
秘書にCCで送るのも忘れない。
午前中はスタッフとの打ち合わせ、午後は取引先、翌土曜日も絡めて時間の隙間に弁護士と会計士だ。
金曜日の朝一に出るか、それとも木曜日の夜だなと考える。
木曜の夜に着けば金曜日は朝から仕事ができる。

時間を確認して携帯電話に手を伸ばした。
最初は弁護士で次は取引銀行の頭取だ。
銀行のほうは正確には頭取ではなくて秘書なのだが、お願いしておくことがあった。

どちらも卒なく終わらせて、ほっとする。
時間があるので明日の夜に出発できるように簡単に荷造りすることにした。




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