カンナ

Gardenia

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第二章

2-21

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琢磨に電話をかけると、数回で琢磨は電話をとった。
「カンナです」そう言うと、一瞬の間があって、
「何故電話してこなかった?」そう琢磨が聞いた。
「機嫌悪そうね」
琢磨はそれに答えない。

「怒ってるの?」
「あぁ」
ようやく琢磨の声がした。
「来る前に電話してこいって言っただろうが」
カンナはため息がでそうになるのを飲み込んで、
「いろいろと取り込んでいたのよ」と言った。

気を取り直して、「今、秋吉設計さんに居るの。これから食事をして、午後の打ち合わせになるんだけど、その打ち合わせに同席してもらえませんか?」と一気に言う。
「プランが決まったのか?」
「ええ、第一候補が決まりました。もう少し詰めておきたいと思って」
「わかった」
「食事が終わる頃、秋吉設計さんから連絡してもらいましょうか」
「うん、そうしてくれ」

「まだ怒ってます?」
「ん?少し収まってきたが・・・」
「はやく機嫌直してくださいね」
そうカンナが言うと琢磨は再び怒りがこみ上げてきたようだ。
そんな琢磨をカンナは笑いながら電話を切った。

琢磨のほうはもう繋がっていない電話を呆れたように見ながら、
「アイツ、電話切りやがった」と呟やいていた。




打ち合わせの部屋に戻ると満はすでに出掛ける用意ができていた。
「秋吉君は午後の打ち合わせに合流できるということでした。
こちらの昼食が終わる頃連絡が欲しいそうです」と満に伝える。
「わかりました」と満は言って、カンナと同席していた満のスタッフを促して部屋を出た。

「歩いていきましょう。すぐ近くに美味しい蕎麦屋があるんですよ」
設計事務所の扉を開けながら、満はそう言ってカンナの同意を待った。
「お蕎麦、好きですわ」簡単にそう答えながら、満が押さえている扉を先に出て二人を待つ。
三人で民芸風の蕎麦屋まで歩いて行った。





昼食後、琢磨も合流して満の事務所で打ち合わせを再開した。
まず、決めたデザインを琢磨に見せることから始まる。
事務所にやってきた琢磨はカンナを見てもことさら表情を変えなかった。
電話でのことは何も言わずに形だけの挨拶をして着席した。

満はそんな弟を見ても何も言わなかった。
カンナが選んだデザインを琢磨に見せると、琢磨は熱心にプランを見ている。
ざっと一通り目を通してから、「ボツになったのも見せてもらるか?」と満に言って、それも見始めた。

カンナは琢磨が見終わったデザイン画を手にして、予定の土地を思い出して建物が出来た時の完成図を頭のなかで想像していた。
やがて琢磨が見ていたプラン集をミーティングテーブルに置いたので、それをスタッフが片付けて採用案のものだけをテーブルに広げた。

「何故これが採用になったんだ?」琢磨は口を開いた。
「小野寺がこれでOKしたのか?」とカンナに聞く。
「ええ、これが一番よく出来てるし、私も頭のなかでイメージが広がって興味がでたから」

「これが気に入らないのか?」と満が琢磨に聞くと、
「いや、良い建築だとは思うが、小野寺の住む家なんだろう?」と戸惑っている。
「いったい私の似合う家って・・・どんなイメージがあると言うのよ」とカンナが言うと、
今度は満が琢磨に「これを読んでみろ」とカンナが作った設計希望リストを差し出した。

琢磨が最初のページから丁寧に読み始めると、満はスタッフに「そのボツになったほうを俺のデスクに置いてくれ。それから呼ぶまでは来ないように」と言って、スタッフを追い出すと琢磨のほうを注意深く見つめた。
カンナも琢磨の表情を見ている。
琢磨の目の動きや眉間に寄る皺の具合をじっと見ていた。

やがて何枚かのリストから目を離し、ふ~っとため息をついた琢磨は顔を上げた。
満が「そうなんだ。小野寺さんはそれがご希望だ」と琢磨に言った。
「こんなのって、まるで要塞みたいじゃないか」と琢磨が答える。
「俺は城だと思っていたが、確かに要塞のほうがぴったりくる」と言って満は笑った。

「残念ながら、秘密基地とはいえないわ。秘密じゃないんだもの」
カンナがそう言うと、満と琢磨の兄弟は呆れたように顔を見合わせた。
さらに「私に必要なものなら住んでるうちに相応しく見えてくるでしょう」と言うと、
琢磨は「確かに、そうに違いない」と言ってそれ以上は反対しなかった。

琢磨が静かになったので、満はようやくプラン全体のコンセプトを琢磨に説明し始めた。
たくさんの質問が飛び交い、設計図や施工のスケジュールがだいたい見えてきた。
契約書を作るには完全なスケジュールが必要なので、満と琢磨が連絡をとりあいながらスケジュールを作ることになった。
一段落したところで、3人が揃うのも滅多にない機会なので、一緒に現場を見に行こうということになった。




満はデザイン画と設計図を持ち、スタッフを従えて事務所の車に乗り込む。
カンナと琢磨もそれぞれの車を発進させた。
市街地を抜けてしまえば車は簡単に現場に到着する。
設計事務所を出てから30分ほどで3台の車が幹線道路から6m幅の私道に入り、一軒の古い農家の前で止まった。

3方を田んぼに囲まれて、一方だけが盛り上がった雑木地に面しており、そんな中でざっと1500坪ほどの宅地は取り立てて広いようには見えない。
家が小さいからかもしれない。
それに庭の一部は柑橘類の木が植えられて畑になっていた。

満のスタッフはさっそくカメラを取り出している。
そのカメラをじっとカンナが見ているのに気がついた満は、
「おい。こういう場合は人物を入れずに撮るんだぞ」とわざわざ言ってカンナを安心させた。
「わかりました」と返事をしたスタッフは、3人から離れて熱心に現場の写真を撮り始めた。

満はボンネットに図案を広げ、何やら書き込んでいる。
琢磨はそれを横目で見ながら、土地を全体に見ていた。
カンナは所在なさげにしていたが、バッグから小さなコンパスを取り出して方向を確認していた。

しばらくして、満がカンナに「ちょっと良いですか?」と言ってプランの変更を説明し始めた。
やはり実際に現場に来るとアイデアが湧くらしい。
カンナにわかり易いように、濃い鉛筆で図面の隅にイメージ図を書いていく。
カンナはわかった合図にひとつひとつ頷いた。

一段落すると先ほどまで家の反対側まで見に行っていた琢磨が戻ってきてカンナに聞いた。
「おい、カンナ。お前が一番気になるのはどんなところだ?」
満の前でカンナと呼ばれたことにちょっと動揺しながらも、「住まうという点で一番気になるのは、動線・・・かなぁ」
カンナは言葉を続けた。満も聴いている。
「そこの幹線道路から車で入ってきて、ここまでのアプローチ。
車を停めてから家に入って、キッチンに行ったり、リビングに移動したり。
動き易い間取りでないと疲れることになるわね」
「なるほど」琢磨は頷いた。

「それから、頑丈さかな。私が飛び跳ねたら崩れちゃうような土台は言語道断!よ」
「あたりまえだろ。基礎は家がやるからな。崩れるわけないよ」
「安心してお任せしますよ、もちろん」

「そして・・・」
「まだあるのか?」
「あたりまえじゃない。デザインとディテールが重要かな。
デザイン性の低い家だと、毎日目を覚ますのが嫌になるかも。
そして天井や窓枠などを見て、こんなところちゃんとやってない!と毎日思うのも嫌だわ」
「おまえな・・・」
「あのね、土木工事の部分は大きさや頑丈さは大丈夫だと思うの。
でも大きさや大丈夫さを主に考えている人に、繊細な部分をどこまでやってもらえるか。
私にはわからないわ。それが秋吉さんとあなたの仕事だと思う、今回は」
カンナは琢磨の言葉を遮って、一気に言った。

「確かにな。俺達は外で土やコンクリートに汚れる仕事をしてるよ。
あまり小さいことは気にしないし、気にならない」
「でしょ?でも今回は外と内を同時にすませちゃうような工事になるはず。
そうでしょ?秋吉さん」
カンナは満に話を振った。

「あぁ、琢磨のところの仕事如何でこの建築は決まる」
カンナの言わんとしていることがわかったのか、満はニヤリとしながら琢磨にそう言った。
「ちぇっ、わかったよ、二人とも。やれるところを見せてやるからな!」
琢磨が観念したように言うと、カンナと満はそれでよろしいという風に頷いてみせた。

「明日から秋吉さんたちにはまず工程表を考えてもらうわけだけど、とりあえず理想のものを作るという日程でお願いします。
これだけあればよいものが作れるという日数を出してもらったら、私のほうはそれで良いですから。
ただし、一度決まれば変更はだめですよ」
「天候に左右されるぞ?」
「それもちゃんと契約書に盛り込んでおきます」
常識の範囲内で、天災などでのダメージや遅れも予め決めておけるはずだ。
「私は必要な予算を用意します。工事日程のほうは自分達で決めるんだからその通りにしてくださいな」
秋吉兄弟は黙って頷いた。

満と琢磨は技術的なことで話すことがあるだろう。
言うことだけ言って、カンナは二人を現場に残して車に乗った。

実家の手前の信号待ちで、カンナの携帯にメッセージが届いた。
そっと携帯を開けてみると琢磨から「今夜、飯食いに行こう」と誘いのメールだった。




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