カンナ

Gardenia

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第二章

2-22

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実家のガレージに車を停めると、カンナは携帯電話を手に取った。
疲れてはいるけれど、今夜の誘いは断れないだろう。
『何を食べさせてくれるの?』
それだけのメッセージを琢磨に返信した。

家に入ると、母が「ようやく帰ってきたわね」とカンナに声をかけた。
「ただいま」カンナがそう言うと、リビングに居た父が「遅かったな」と不機嫌そうに言った。

「ママ、今日はお夕食いらないから」とカンナが言うと、父の頬がピクリと動いた。
「パパ、車、長時間かりててごめんね」と言うと、「それはいい」と一言だけ言う。

「ちょっと疲れたわ」
「で、どうするんだ?」
「家、建てることになった」
そうカンナが言うと、父の顔がさらに険しくなった。

「ここに居ればいいのに・・・」と母が口を挟む。
「うん。でも、難しいのよ。私の周り、いろいろあるから」
そう言うと両親は黙ってしまった。

「でもね、まだ契約もこれからだし、2年くらいかかるのよ。
それまではここと東京を行ったり来たりだと思う」
「達哉さん、またテレビに出てたよ」
「そうでしょ?きっと私も呼び出されるわ」
「とっくに縁が切れてるのに・・・」
母はなかなか納得しない。
父は何も言わないけれど、おそらく母と同じだろう。

「スキャンダルって結構しつこいのよ。
ねぇ、知ってる?私がここに帰るたびに、その直前にうちのスタッフが盗聴器などのチェックをしてるのを」
思い切ってカンナが言うと、父も母もはっと顔を上げてカンナを見た。

「そんなものがここに仕掛けられているのか?」と父が聞いた。
「ううん、ここには何もなかったけれど、東京では取り除いてもすぐにまた仕掛けられてるの。
だから念のために何もなくても簡単にチェックしてるだけ」
カンナは嘘をついた。
二度ほど小さくて高性能な盗聴器が見つかっていたことを言わずにおいた。

「誰がそんなことを・・・」
「週刊誌とか新聞関係だと思う」
「どんな場所にとりけるんだ?」
「取り付けたりはしないの。リビングに近い庭の塀の内側に小さなマイクを投げ入れるとか、携帯電話の盗聴をするとか。
木の枝にひっかけるようにしてカメラを隠すとか。
しかも近くに居なくても遠くで集めたものを編集できるようになってるから」
両親にわかり易いように言葉を選んだ。

「だからね、そいうことができない家を建てようと考えてるのよ」
両親は同時にため息をついた。

そこにちょうどカンナの携帯にメッセージが届いた。
「じゃ、私ちょっとシャワーを浴びるわ」
そう言って立ち上がりながら携帯を開く。
『6時半に迎えに行く』という琢磨からのメッセージだった。

「車使うのか?」父がカンナに聞いた。
「ううん。秋吉君が迎えにくるから、大丈夫」
「秋吉?」
「うん、同級生の秋吉君。ほら、陽菜ちゃんのパパよ」
「あぁ、あの・・・」
「一応、建築プランが決まりそうなので気を使ってるんじゃない?」
「秋吉組でやるのか?」
「お兄さんのほうが設計図描いて、弟のほうが作るってことになったの」

言うだけ言って、カンナは素早く二階に上がった。
そのままベッドに横になりたいくらいだったが、あまり時間もない。
『はい。よろしく』とだけのメッセージを送り、着替えを手にしてまた一階に下りた。
シャワーを浴び、髪を乾かすとようやくほっと一息ついた。
手早く化粧を済ませておいて、PCを立ち上げる。
メールチェックをして必要なものに返信を出し終えたところで、そろそろ琢磨が迎えにくる時間になった。

鏡を見て化粧直しをしているところに琢磨からの着信だ。
電話をとると、「あと5分で着くぞ」といきなり琢磨の声がした。
「どこへ行くの?」
「内緒」
「服装はどうするのよ?」
「普通でよい」
「まったく・・・。じゃ、外に出てますわ」
そう言ってバッグを掴み、部屋を出た。

リビングに居る両親に「行って来ます」と声をかけてから玄関を出ると、ちょうど琢磨の車が到着した。
ドアを開けて出ようとする琢磨を手で制しておいて、カンナは自分で助手席側にまわった。
勝手にドアを開けて座る。
「よお!ご機嫌よくなさそうだな」と琢磨が言うので、カンナは「早く車出してね」とだけ言った。
「はい、はい」と言って車をスタートさせた琢磨は機嫌がよさそうだ。

「で、一体どこに連れていかれるの?」
「ん~、実はまだ決めてない」
「何、それ!」
「まだ明るいから少しドライブしようと思って」
「確かにこのねずみ車だと走りたくはなるわね」
「だろう?この車も久しぶりだしな。適当に走ってから考えるわ」
「うん、いいよ」
そうカンナが返事すると、「ようやく機嫌がよくなってきたか」と琢磨が呟いた。

しばらくして、「そうだ!もう一度あの土地に行ってみない?」とカンナが言った。
「家を建てるところか?」と琢磨が答える。

「ええ。夕方のあの場所をあまり知らないから、見ておきたい」
「わかった」
そう頷いて、琢磨はハンドルを切った。




家の私道に入る時、カンナは今通ってきた幹線道路を振り返って、
「あの道、あなたのところが工事したんでしょ?」と琢磨に聞いた。
「あぁ、そうだ」
「比較的簡単なんでしょ?」
「あぁ。障害物が少ないから」

琢磨は古家の前で車を停めると助手席に回り、カンナの手を引っ張って引き上げた。
カンナは車から少し離れたところまで歩いていき、腕を組んで周りを見渡した。
琢磨はそんなカンナを少し離れたところから見ていた。

「私が思い描くのは完成図だわ。同じ場所に立ち同じものを見てもあたなが思うのとは違うんでしょうね」
しばらくしてカンナが振り返らずに口を開いた。
「そうだな。たぶん違うと思う。掘り返した土をどこに置こうかとか、持ち込む機械の大きさをどれにしようかとは考えているよ」
そう琢磨が答えた。

あたりはまだ充分な明るさがあったが、直接陽が当たってるわけではない。
斜め後ろからカンナを見ているので、カンナの耳や顎のラインの陰影がくっきりと見て取れた。
よく手入れされた肌だと琢磨は思った。

「昼間来た時、裏手も見てたけど、何か気になることはあった?」とカンナは琢磨に聞いて来た。
「いいや。ちょっと見てただけだ。どうせうちが壊す家だからな」琢磨はそう答えてから、「煙草吸ってもいいか?」とカンナに聞くと、「どうぞ」とカンナは答えた。

「ここは前からお前が持ってたのか?」今度は琢磨がカンナに聞く。
「いいえ。元は親戚の家だったの。
老夫婦が息子のところに行きたいってことで買ってほしいって言ってきたのよ」
「何も売らなくても・・・」
「ひとつには息子さんの事業が上手くいってなくて、助けたいというのもあったんじゃないかな」
「ふ~ん」
「もうひとつは、畑がこのまま朽ちて行くのが耐えられなかったんじゃない?」
「そんなものか」
「その幹線道路に面したこの家を囲む田んぼもそうなのよ」
「それはたいへんだな」
「近所の農家の人が田んぼを借りたいっていうから貸したわ」
「おまえが大家なら何かあっても大丈夫だな」と琢磨は笑った。

「工事には多少のアクシデントは仕方が無いと思うけど、
作物をダメにしたらあんたが賠償するのよ」
カンナは琢磨を見つめてそう言った。
「ちぇっ!わかってるよ」
「保険には入るんでしょうね」
「当たり前じゃないか」
「まぁ、私がなるべく出て行かなくても良いようにしてよね」

「こっちにはあまり居ないのか?」
「ん~~、東京と行ったり来たりかな。とりあえず忙しくなるし」
「旦那のことか?」
「元旦那よ。間違えないで」
琢磨は「怖えぇぇ」と言いながらも目は笑っていた。

「まったく、いい加減なことやってくれるから私も早々に東京に戻って対応しなきゃ」
「いつ行くの?」
「明後日かなぁ。あるいは明日の夜か。まだ決めてないわ」
「そうか。決まったら連絡くれるか?」
「あら、送ってくれるの?」
「時間があればな」
「まぁ、電話だけはしてみるわ」
「あぁ、そうしてくれ」

あたりが薄暗くなってきたので二人は古い家を離れた。
「腹減ってないか?」と琢磨が聞くと、
「空いてるわよ」とカンナが不機嫌そうに言った。
そんなカンナを見て琢磨は笑いながら、「そうか」と言って車を走らせた。





琢磨が車を停めたのは、一軒の民家だった。
洋風のデザインは女性が好みそうな柔らかな外観で、アプローチには花の鉢が玄関まで並んでいる。
その鉢の隙間にフットライトが等間隔で並んでいた。

扉の前までくると自動ですっとドアが開いた。
「いらっしゃいませ」という声がすかさず聞こえる。

「驚くなよ」と琢磨がニヤリとしてカンナに言った。
店の奥から同年代の女性が出てきた。
琢磨は常連さんなのだろう。
「いらっしゃいませ」と嬉しそうに琢磨に微笑んだ女性に「奥、空いてるか?」とすかさず聞いた。
「繁盛店にいきなりきて、個室が空いてるわけないでしょうが」とバンっと琢磨の肩を叩きながら言ったので、カンナはびっくりしてしまった。

「おまえ、なんだよ。いきなり」琢磨はわざと痛そうに肩に手をやっている。
顔は笑っているのでたいしたことはないのだろうが、いきなりタメ口の歓迎に驚くばかりだ。
「いつまでの玄関先では何だから、こちらにどうぞ!」そう言って、二人についてくるように促して、廊下を先に歩いて案内する。

美味しそうなデミグラスソースの匂いが漂っていて、カンナには進むにつれその匂いが強くなった気がした。
小さな部屋に通される。
一応4人用の椅子はあったが、4人入ると手狭になるなと思う広さだ。
「ここがキッチンに一番近くて特等席なんだ」と琢磨がカンナに説明した。




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