3 / 20
3. ユーミリアの職務
しおりを挟む
昨今、モリンズ伯領は多雨による不作が続き、領主の事業失敗も重なって財政難だった。
そんな折に大雨で川が氾濫し、農村が大々的な土砂崩れに巻き込まれてしまった。幸いなことに死者は出ていないが、家屋の一部が流され、周辺一帯はひどいありさまだという。
伯爵は国に復興資金の援助を求め、国王は伯爵領の財政状況を鑑み、承諾の意を示した。とはいえ、国庫を国王の一存で使用することはできない。財務省の判断に加えて最終的に議会の承認が要る。
ここで異を唱えたのが、伯爵と折り合いの悪いオールディン公爵である。
資金援助には賛同しつつ、その金額に難癖をつけてきたのだ。
財務省が妥当と定めた復興支援金を大幅に減額するなら可決に票を投じる。それが公爵の主張。公爵なりの正義があってのことではない。ただの嫌がらせだ。
問題なのは、水面下で公爵が議席を有する貴族の何人かと取引を交わしたようで、同調する議員が過半数を超える見込みが高いということ。
減額した金額なら可決される。元のままの額の場合はほぼ否決。
貴族の小競り合いによって苦しむのは領民である。
まともな支援を受けられないとなると、被災によって損壊した家屋の復興目処が立たない。
次に議会が召集されるのは来週末。それまでに公爵を説得してくれ。それが、ルディウスが国王から命じられた内容だった。
書簡に記載された概要を頭に入れたユーミリアは、深々と嘆息した。
「……困った公爵様だこと」
「混じり気のない、悪意たっぷりな、ただの嫌がらせでしかないからね。救いようがない」
山と積まれた書簡に埋もれながら決裁を進めるルディウスが、呆れ声で同調する。
「この時期、というかディーは年中多忙ですけど。春先は群を抜いて多忙期なのに、承知の上でディーに丸投げしてくる陛下も陛下だわ。何が公爵を説得してくれ、よ」
ユーミリアでは肩代わりできない決裁書類が各部署から山のように送られてくるこの時期。ルディウスは比喩でもなんでもなく、本気で猫の手も借りたいくらいに忙しいのだ。
公爵の嫌がらせに付き合っている暇などない。ちょっと近場までお遣いに行ってきてね、くらいの軽さで案件を増やされては迷惑だった。
臣下の手綱を握るのも、王族に求められる器量だろうに。
「貴族の当主に必要な能力の初歩中の初歩。領地経営すら満足にこなせない伯爵の尻拭いまでさせられるのだから、俺の職務は宰相というより便利屋だ」
手厳しい意見に、ユーミリアは苦笑いした。
「悪いのは、個人的な感情で横槍を入れてきたオールディン公爵でしょう? モリンズ伯爵は当主の才能に恵まれなかっただけであって、責めるのはちょっと可哀想よ」
「どっちもどっちだよ。俺からすれば。仕事を増やさないでほしい」
ルディウスが疲れたように吐息をこぼす。
何か問題が生じた際、ルディウスを頼れば彼がなんとかしてくれる。
国王を筆頭とした王室、更には国中の貴族がそう思っているのだから、ルディウスが背負う重責は計り知れない。
ユーミリアの仕事は、過労で早死にしかねないこの宰相閣下の負担をできる限り減らすことである。
なので、この困った公爵様の嫌がらせをどのように捌くべきか。彼の代わりにユーミリアが頭を悩ませ、知恵を絞らなくてはならない。
ユーミリアの手に余ることをルディウスは任せたりしない。ユーミリアなら解決できると見込んで託してくれたのだから、彼の期待を裏切るわけにはいかなかった。
「公爵を説得するのか、はたまた他の派閥から票を回収して可決に持ち込むのか。う~ん……」
どちらも骨が折れそうだ。
公爵が意見を翻せば、同調している議員たちは彼に倣う。元の支援金の額でも可決は可能になるはず。
説得対象が公爵一人で済むのは助かるとはいえ、だ。
嫌がらせで難癖をつけているに過ぎない公爵の気が変わるだけの説得材料など、見つかるだろうか。何かしらの弱みを抱えてくれていれば、説得は見込めるかもしれないけれど。
「……調査だけで何日掛かるのか、わかったものじゃないわね」
何も出て来ず、調査が無駄に終わる可能性すらある。猶予はあまりないし、諜報部に調査を依頼するのは微妙だ。
「復興支援金、復興支援金かぁ……」
ん~、と唸りながら、ユーミリアはしばらくのあいだ思案に暮れ。徐に立ち上がる。
執務室を出て行こうとすると、声が掛かった。
「……どこへ?」
書類に視線を落としたまま、ルディウスが尋ねてくる。
「財務省に。伯爵の財政状況は徹底的に調べ上げたはずでしょう? 何か使えそうな材料がないか、確認してみるわ」
◆◆◆◇◆◇◆◆◆
ユーミリアは財務省から手が空いている文官を一人借り、伯爵領の財政状況に関する資料をすべて宰相の執務室まで運んでもらった。
結果、執務室の床には書類がみっちりと詰まった大きな箱が三箱届いた。
よしっと気合いを入れ直して、ユーミリアは書簡を一枚一枚じっくりと確認していく。伯爵が所有する資産のリストや帳簿を。
目を皿のようにして細かい文字を追っていたユーミリアは、とある資産に目を留めた。
どうやらモリンズ伯爵は、未稼働の鉱山を所有しているらしい。
紅石《べにいし》と呼ばれる、薄桃色の鉱石が採れる鉱山。稀に顔料に使用されたりもするが、用途がないに等しく、価値は著しく低い。利益が見込めないがために、採掘は手付かずなのだろう。
(紅石……。最近、何かで耳にしたわね。何だったかしら……?)
ユーミリアは記憶の糸を必死に辿る。確か、情報収集を目的として参加した女性だけの社交場《サロン》で――。
「……あ」
ガタン、と椅子を揺らして、再び立ち上がる。ルディウスが顔を上げた。
「どうにかなりそう?」
「たぶん、なんとかできると思うわ」
足早に執務室を後にして、磨き上げられた王宮の廊下を歩きながら、ユーミリアはこれから為すべきことを頭の中で整頓していく。
まずは、と必要な資料を請求すべく、再び財務省に足を向けた。
そんな折に大雨で川が氾濫し、農村が大々的な土砂崩れに巻き込まれてしまった。幸いなことに死者は出ていないが、家屋の一部が流され、周辺一帯はひどいありさまだという。
伯爵は国に復興資金の援助を求め、国王は伯爵領の財政状況を鑑み、承諾の意を示した。とはいえ、国庫を国王の一存で使用することはできない。財務省の判断に加えて最終的に議会の承認が要る。
ここで異を唱えたのが、伯爵と折り合いの悪いオールディン公爵である。
資金援助には賛同しつつ、その金額に難癖をつけてきたのだ。
財務省が妥当と定めた復興支援金を大幅に減額するなら可決に票を投じる。それが公爵の主張。公爵なりの正義があってのことではない。ただの嫌がらせだ。
問題なのは、水面下で公爵が議席を有する貴族の何人かと取引を交わしたようで、同調する議員が過半数を超える見込みが高いということ。
減額した金額なら可決される。元のままの額の場合はほぼ否決。
貴族の小競り合いによって苦しむのは領民である。
まともな支援を受けられないとなると、被災によって損壊した家屋の復興目処が立たない。
次に議会が召集されるのは来週末。それまでに公爵を説得してくれ。それが、ルディウスが国王から命じられた内容だった。
書簡に記載された概要を頭に入れたユーミリアは、深々と嘆息した。
「……困った公爵様だこと」
「混じり気のない、悪意たっぷりな、ただの嫌がらせでしかないからね。救いようがない」
山と積まれた書簡に埋もれながら決裁を進めるルディウスが、呆れ声で同調する。
「この時期、というかディーは年中多忙ですけど。春先は群を抜いて多忙期なのに、承知の上でディーに丸投げしてくる陛下も陛下だわ。何が公爵を説得してくれ、よ」
ユーミリアでは肩代わりできない決裁書類が各部署から山のように送られてくるこの時期。ルディウスは比喩でもなんでもなく、本気で猫の手も借りたいくらいに忙しいのだ。
公爵の嫌がらせに付き合っている暇などない。ちょっと近場までお遣いに行ってきてね、くらいの軽さで案件を増やされては迷惑だった。
臣下の手綱を握るのも、王族に求められる器量だろうに。
「貴族の当主に必要な能力の初歩中の初歩。領地経営すら満足にこなせない伯爵の尻拭いまでさせられるのだから、俺の職務は宰相というより便利屋だ」
手厳しい意見に、ユーミリアは苦笑いした。
「悪いのは、個人的な感情で横槍を入れてきたオールディン公爵でしょう? モリンズ伯爵は当主の才能に恵まれなかっただけであって、責めるのはちょっと可哀想よ」
「どっちもどっちだよ。俺からすれば。仕事を増やさないでほしい」
ルディウスが疲れたように吐息をこぼす。
何か問題が生じた際、ルディウスを頼れば彼がなんとかしてくれる。
国王を筆頭とした王室、更には国中の貴族がそう思っているのだから、ルディウスが背負う重責は計り知れない。
ユーミリアの仕事は、過労で早死にしかねないこの宰相閣下の負担をできる限り減らすことである。
なので、この困った公爵様の嫌がらせをどのように捌くべきか。彼の代わりにユーミリアが頭を悩ませ、知恵を絞らなくてはならない。
ユーミリアの手に余ることをルディウスは任せたりしない。ユーミリアなら解決できると見込んで託してくれたのだから、彼の期待を裏切るわけにはいかなかった。
「公爵を説得するのか、はたまた他の派閥から票を回収して可決に持ち込むのか。う~ん……」
どちらも骨が折れそうだ。
公爵が意見を翻せば、同調している議員たちは彼に倣う。元の支援金の額でも可決は可能になるはず。
説得対象が公爵一人で済むのは助かるとはいえ、だ。
嫌がらせで難癖をつけているに過ぎない公爵の気が変わるだけの説得材料など、見つかるだろうか。何かしらの弱みを抱えてくれていれば、説得は見込めるかもしれないけれど。
「……調査だけで何日掛かるのか、わかったものじゃないわね」
何も出て来ず、調査が無駄に終わる可能性すらある。猶予はあまりないし、諜報部に調査を依頼するのは微妙だ。
「復興支援金、復興支援金かぁ……」
ん~、と唸りながら、ユーミリアはしばらくのあいだ思案に暮れ。徐に立ち上がる。
執務室を出て行こうとすると、声が掛かった。
「……どこへ?」
書類に視線を落としたまま、ルディウスが尋ねてくる。
「財務省に。伯爵の財政状況は徹底的に調べ上げたはずでしょう? 何か使えそうな材料がないか、確認してみるわ」
◆◆◆◇◆◇◆◆◆
ユーミリアは財務省から手が空いている文官を一人借り、伯爵領の財政状況に関する資料をすべて宰相の執務室まで運んでもらった。
結果、執務室の床には書類がみっちりと詰まった大きな箱が三箱届いた。
よしっと気合いを入れ直して、ユーミリアは書簡を一枚一枚じっくりと確認していく。伯爵が所有する資産のリストや帳簿を。
目を皿のようにして細かい文字を追っていたユーミリアは、とある資産に目を留めた。
どうやらモリンズ伯爵は、未稼働の鉱山を所有しているらしい。
紅石《べにいし》と呼ばれる、薄桃色の鉱石が採れる鉱山。稀に顔料に使用されたりもするが、用途がないに等しく、価値は著しく低い。利益が見込めないがために、採掘は手付かずなのだろう。
(紅石……。最近、何かで耳にしたわね。何だったかしら……?)
ユーミリアは記憶の糸を必死に辿る。確か、情報収集を目的として参加した女性だけの社交場《サロン》で――。
「……あ」
ガタン、と椅子を揺らして、再び立ち上がる。ルディウスが顔を上げた。
「どうにかなりそう?」
「たぶん、なんとかできると思うわ」
足早に執務室を後にして、磨き上げられた王宮の廊下を歩きながら、ユーミリアはこれから為すべきことを頭の中で整頓していく。
まずは、と必要な資料を請求すべく、再び財務省に足を向けた。
21
あなたにおすすめの小説
花言葉は「私のものになって」
岬 空弥
恋愛
(婚約者様との会話など必要ありません。)
そうして今日もまた、見目麗しい婚約者様を前に、まるで人形のように微笑み、私は自分の世界に入ってゆくのでした。
その理由は、彼が私を利用して、私の姉を狙っているからなのです。
美しい姉を持つ思い込みの激しいユニーナと、少し考えの足りない美男子アレイドの拗れた恋愛。
青春ならではのちょっぴり恥ずかしい二人の言動を「気持ち悪い!」と吐き捨てる姉の婚約者にもご注目ください。
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
無関心夫の手を離した公爵夫人は、異国の地で運命の香りと出会う
佐原香奈
恋愛
建国祭の夜、冷徹な公爵セドリック・グランチェスターは、妻セレスティーヌを舞踏会に残し、早々に会場を後にした。
それが、必死に縋り付いていた妻が、手を離す決意をさせたとも知らず、夜中まで仕事のことしか考えていなかった。
セドリックが帰宅すると、屋敷に残されていたのは、一通の離縁届と脱ぎ捨てられた絹の靴。そして、彼女が置いていった嗅いだことのない白檀の香りだけだった。
すべてを捨てて貿易都市カリアへ渡った彼女は、名もなき調香師「セレス」として覚醒する。
一方、消えた妻を追うセドリックの手元に届いたのは、かつての冷たい香りとは似て非なる、温かな光を宿した白檀の香水。
「これは、彼女の復讐か、それとも再生か——」
執念に駆られ、見知らぬ地へ降り立った公爵が目にしたのは、異国の貿易王の隣で、誰よりも自由に、見たこともない笑顔で微笑む「他人」となった妻の姿だった。
誤字、修正漏れ教えてくださってありがとうございます!
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
【完結】大好きなあなたのために…?
月樹《つき》
恋愛
私には子供の頃から仲の良い大好きな幼馴染がいた。
2人でよく読んだ冒険のお話の中では、最後に魔物を倒し立派な騎士となった男の子と、それを支えてきた聖女の女の子が結ばれる。
『俺もこの物語の主人公みたいに立派な騎士になるから』と言って、真っ赤な顔で花畑で摘んだ花束をくれた彼。あの時から彼を信じて支えてきたのに…
いつの間にか彼の隣には、お姫様のように可憐な女の子がいた…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる