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10. 二人の休日①
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ユーミリアの八つ当たりに付き合ってくれるとルディウスが約束した、週末の日。
空は雲ひとつない快晴で、絶好の休日日和だった。
共に朝食を済ませ、一息ついてから、二人はレオンハルト公爵邸の離れへと向かった。
本邸の厨房を使うと忙しく働いている使用人たちの邪魔になってしまうためだ。作業がしやすいよう、今日はお互いに軽装である。
「さあ、ディー。心の準備はいい?」
離れに設けられた厨房の前までつくと、ユーミリアはくるりとルディウスを振り返った。
「休日にクッキーを作る公爵なんて、グレストリアでも俺くらいだろうな……」
「探せば見つかるんじゃないかしら? お菓子作りが趣味の当主様だって、中にはいると思うわ」
「どうだか。聞いたことがない」
「私もないけれど。探せば見つかるわよ、きっと」
答えながら、ユーミリアはルディウスを伴って厨房に足を踏み入れた。
がらんとした厨房の中央。大きな作業台には、すでに必要な調理器具と材料が用意されていた。
ボウル、はかり、木べら、めん棒、薄力粉、砂糖、卵、などなど。
それらをざっと見渡して、ルディウスが深く深く、ため息を吐いた。
「……ユミィ」
「なに?」
銀灰色の双眸がじっとりと細まる。
「何を企んでいるんだ?」
「ふふっ、なんのことかしら?」
必要なものは、公爵家の使用人が用意してくれている。ただし、一つだけ足りないものがある。
クッキーの作り方が記された、レシピだ。
どこを見渡しても、それらしき本や紙は見当たらない。これだけ完璧に器具と材料が揃えられているのに用意されていないということは、つまり、何かしらの思惑があってのことである。
即座に察したルディウスが、ぼそりと呟く。
「……数日前の、迂闊な自分を殴ってやりたい」
「あら? ディーの綺麗な顔にあざができるだなんて、婚約者として許さないわ」
ニコニコと笑うユーミリアをひと睨みしてから、ルディウスは作業台に手を伸ばした。この場で明らかに浮いていた、ある物へと。
彼が手に取ったのは、一枚のメッセージカード。手のひらサイズの、なんら珍しくもない長方形のカードだ。
「薄紫の『アネモラ』の近くに『手順』ありけり。思い当たらなければ、北の庭園のベンチに第一の糸口が眠る。三つ揃えて解を得よ」
カードに記された文字を読み上げたルディウスが、はあ、と嘆息する。
「つまり君は、俺に頭を使わせたいと」
「ディーなら、謎解きくらい朝飯前でしょう?」
因みに、とユーミリアは薄く笑んだ。
「レシピ本は全部隠してしまったから、ヒントに従ってレシピを探す方がまだ見つかる見込みがあるわ」
ユーミリアは昨日、こっそりと屋敷中のお菓子作りのレシピ本を隠しておいたのだ。
言ってから、ハッと気づく。失念していたことが一点あった。恐る恐る尋ねる。
「いくらディーでも、クッキーの作り方は知らない……わよね?」
ルディウスは非常に博識である。
常人なら持ち得ないような知識を有していたりするので、実は知っています、なんてこともあり得ることに、今思い至った。
「知ってるよって答えたら、困る?」
ルディウスが意味ありげに微笑むので、ユーミリアは慌てた。
「え? 嘘、本当に? それは……ちょっと、というか、だいぶ困るわ……っ」
「まぁ、流石に知らないけど」
ルディウスはしれっと肩を竦めた。おろおろと慌てふためくユーミリアの姿を楽しみたかっただけらしい。
「もう! 焦らせないでっ」
「知らないけど、使用人にレシピを聞くって手はあるよね」
「その抜け道は狡すぎるので、ご遠慮ください」
駄目です、と手でバッテンを作ってから。
「気乗りしないなら、目分量でテキトーに材料を混ぜて作ってもいいわよ? この前あなたも言っていたけど、どんな劇物ができあがるとも知れなくて面白そうだもの」
純粋に、二人で一緒に手探りなまま作るのも楽しそうだった。
それはそれで、素敵な休日だ。ユーミリアの本来の目的からは外れるが。
「んー」
手にしたメッセージカードに視線を注いで、ルディウスはふっ、と笑んだ。
「わざわざレシピを探すなんて工程を増やすユミィの目的は気になるな。それに、けっこうな手間を掛けて準備してくれたんだろ? 付き合うよ」
なんだかんだ言いつつ、彼なら付き合ってくれるだろうなとは思っていた。
「ディーのそういうところ、嫌いじゃないわ」
「俺は今、君の厄介さを心底痛感しているところだけど?」
ユーミリアはふふっと笑む。
「それじゃあ、そんな私からの挑戦状に、存分に頭を悩ませてちょうだいな?」
空は雲ひとつない快晴で、絶好の休日日和だった。
共に朝食を済ませ、一息ついてから、二人はレオンハルト公爵邸の離れへと向かった。
本邸の厨房を使うと忙しく働いている使用人たちの邪魔になってしまうためだ。作業がしやすいよう、今日はお互いに軽装である。
「さあ、ディー。心の準備はいい?」
離れに設けられた厨房の前までつくと、ユーミリアはくるりとルディウスを振り返った。
「休日にクッキーを作る公爵なんて、グレストリアでも俺くらいだろうな……」
「探せば見つかるんじゃないかしら? お菓子作りが趣味の当主様だって、中にはいると思うわ」
「どうだか。聞いたことがない」
「私もないけれど。探せば見つかるわよ、きっと」
答えながら、ユーミリアはルディウスを伴って厨房に足を踏み入れた。
がらんとした厨房の中央。大きな作業台には、すでに必要な調理器具と材料が用意されていた。
ボウル、はかり、木べら、めん棒、薄力粉、砂糖、卵、などなど。
それらをざっと見渡して、ルディウスが深く深く、ため息を吐いた。
「……ユミィ」
「なに?」
銀灰色の双眸がじっとりと細まる。
「何を企んでいるんだ?」
「ふふっ、なんのことかしら?」
必要なものは、公爵家の使用人が用意してくれている。ただし、一つだけ足りないものがある。
クッキーの作り方が記された、レシピだ。
どこを見渡しても、それらしき本や紙は見当たらない。これだけ完璧に器具と材料が揃えられているのに用意されていないということは、つまり、何かしらの思惑があってのことである。
即座に察したルディウスが、ぼそりと呟く。
「……数日前の、迂闊な自分を殴ってやりたい」
「あら? ディーの綺麗な顔にあざができるだなんて、婚約者として許さないわ」
ニコニコと笑うユーミリアをひと睨みしてから、ルディウスは作業台に手を伸ばした。この場で明らかに浮いていた、ある物へと。
彼が手に取ったのは、一枚のメッセージカード。手のひらサイズの、なんら珍しくもない長方形のカードだ。
「薄紫の『アネモラ』の近くに『手順』ありけり。思い当たらなければ、北の庭園のベンチに第一の糸口が眠る。三つ揃えて解を得よ」
カードに記された文字を読み上げたルディウスが、はあ、と嘆息する。
「つまり君は、俺に頭を使わせたいと」
「ディーなら、謎解きくらい朝飯前でしょう?」
因みに、とユーミリアは薄く笑んだ。
「レシピ本は全部隠してしまったから、ヒントに従ってレシピを探す方がまだ見つかる見込みがあるわ」
ユーミリアは昨日、こっそりと屋敷中のお菓子作りのレシピ本を隠しておいたのだ。
言ってから、ハッと気づく。失念していたことが一点あった。恐る恐る尋ねる。
「いくらディーでも、クッキーの作り方は知らない……わよね?」
ルディウスは非常に博識である。
常人なら持ち得ないような知識を有していたりするので、実は知っています、なんてこともあり得ることに、今思い至った。
「知ってるよって答えたら、困る?」
ルディウスが意味ありげに微笑むので、ユーミリアは慌てた。
「え? 嘘、本当に? それは……ちょっと、というか、だいぶ困るわ……っ」
「まぁ、流石に知らないけど」
ルディウスはしれっと肩を竦めた。おろおろと慌てふためくユーミリアの姿を楽しみたかっただけらしい。
「もう! 焦らせないでっ」
「知らないけど、使用人にレシピを聞くって手はあるよね」
「その抜け道は狡すぎるので、ご遠慮ください」
駄目です、と手でバッテンを作ってから。
「気乗りしないなら、目分量でテキトーに材料を混ぜて作ってもいいわよ? この前あなたも言っていたけど、どんな劇物ができあがるとも知れなくて面白そうだもの」
純粋に、二人で一緒に手探りなまま作るのも楽しそうだった。
それはそれで、素敵な休日だ。ユーミリアの本来の目的からは外れるが。
「んー」
手にしたメッセージカードに視線を注いで、ルディウスはふっ、と笑んだ。
「わざわざレシピを探すなんて工程を増やすユミィの目的は気になるな。それに、けっこうな手間を掛けて準備してくれたんだろ? 付き合うよ」
なんだかんだ言いつつ、彼なら付き合ってくれるだろうなとは思っていた。
「ディーのそういうところ、嫌いじゃないわ」
「俺は今、君の厄介さを心底痛感しているところだけど?」
ユーミリアはふふっと笑む。
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