10 / 20
10. 二人の休日①
しおりを挟む
ユーミリアの八つ当たりに付き合ってくれるとルディウスが約束した、週末の日。
空は雲ひとつない快晴で、絶好の休日日和だった。
共に朝食を済ませ、一息ついてから、二人はレオンハルト公爵邸の離れへと向かった。
本邸の厨房を使うと忙しく働いている使用人たちの邪魔になってしまうためだ。作業がしやすいよう、今日はお互いに軽装である。
「さあ、ディー。心の準備はいい?」
離れに設けられた厨房の前までつくと、ユーミリアはくるりとルディウスを振り返った。
「休日にクッキーを作る公爵なんて、グレストリアでも俺くらいだろうな……」
「探せば見つかるんじゃないかしら? お菓子作りが趣味の当主様だって、中にはいると思うわ」
「どうだか。聞いたことがない」
「私もないけれど。探せば見つかるわよ、きっと」
答えながら、ユーミリアはルディウスを伴って厨房に足を踏み入れた。
がらんとした厨房の中央。大きな作業台には、すでに必要な調理器具と材料が用意されていた。
ボウル、はかり、木べら、めん棒、薄力粉、砂糖、卵、などなど。
それらをざっと見渡して、ルディウスが深く深く、ため息を吐いた。
「……ユミィ」
「なに?」
銀灰色の双眸がじっとりと細まる。
「何を企んでいるんだ?」
「ふふっ、なんのことかしら?」
必要なものは、公爵家の使用人が用意してくれている。ただし、一つだけ足りないものがある。
クッキーの作り方が記された、レシピだ。
どこを見渡しても、それらしき本や紙は見当たらない。これだけ完璧に器具と材料が揃えられているのに用意されていないということは、つまり、何かしらの思惑があってのことである。
即座に察したルディウスが、ぼそりと呟く。
「……数日前の、迂闊な自分を殴ってやりたい」
「あら? ディーの綺麗な顔にあざができるだなんて、婚約者として許さないわ」
ニコニコと笑うユーミリアをひと睨みしてから、ルディウスは作業台に手を伸ばした。この場で明らかに浮いていた、ある物へと。
彼が手に取ったのは、一枚のメッセージカード。手のひらサイズの、なんら珍しくもない長方形のカードだ。
「薄紫の『アネモラ』の近くに『手順』ありけり。思い当たらなければ、北の庭園のベンチに第一の糸口が眠る。三つ揃えて解を得よ」
カードに記された文字を読み上げたルディウスが、はあ、と嘆息する。
「つまり君は、俺に頭を使わせたいと」
「ディーなら、謎解きくらい朝飯前でしょう?」
因みに、とユーミリアは薄く笑んだ。
「レシピ本は全部隠してしまったから、ヒントに従ってレシピを探す方がまだ見つかる見込みがあるわ」
ユーミリアは昨日、こっそりと屋敷中のお菓子作りのレシピ本を隠しておいたのだ。
言ってから、ハッと気づく。失念していたことが一点あった。恐る恐る尋ねる。
「いくらディーでも、クッキーの作り方は知らない……わよね?」
ルディウスは非常に博識である。
常人なら持ち得ないような知識を有していたりするので、実は知っています、なんてこともあり得ることに、今思い至った。
「知ってるよって答えたら、困る?」
ルディウスが意味ありげに微笑むので、ユーミリアは慌てた。
「え? 嘘、本当に? それは……ちょっと、というか、だいぶ困るわ……っ」
「まぁ、流石に知らないけど」
ルディウスはしれっと肩を竦めた。おろおろと慌てふためくユーミリアの姿を楽しみたかっただけらしい。
「もう! 焦らせないでっ」
「知らないけど、使用人にレシピを聞くって手はあるよね」
「その抜け道は狡すぎるので、ご遠慮ください」
駄目です、と手でバッテンを作ってから。
「気乗りしないなら、目分量でテキトーに材料を混ぜて作ってもいいわよ? この前あなたも言っていたけど、どんな劇物ができあがるとも知れなくて面白そうだもの」
純粋に、二人で一緒に手探りなまま作るのも楽しそうだった。
それはそれで、素敵な休日だ。ユーミリアの本来の目的からは外れるが。
「んー」
手にしたメッセージカードに視線を注いで、ルディウスはふっ、と笑んだ。
「わざわざレシピを探すなんて工程を増やすユミィの目的は気になるな。それに、けっこうな手間を掛けて準備してくれたんだろ? 付き合うよ」
なんだかんだ言いつつ、彼なら付き合ってくれるだろうなとは思っていた。
「ディーのそういうところ、嫌いじゃないわ」
「俺は今、君の厄介さを心底痛感しているところだけど?」
ユーミリアはふふっと笑む。
「それじゃあ、そんな私からの挑戦状に、存分に頭を悩ませてちょうだいな?」
空は雲ひとつない快晴で、絶好の休日日和だった。
共に朝食を済ませ、一息ついてから、二人はレオンハルト公爵邸の離れへと向かった。
本邸の厨房を使うと忙しく働いている使用人たちの邪魔になってしまうためだ。作業がしやすいよう、今日はお互いに軽装である。
「さあ、ディー。心の準備はいい?」
離れに設けられた厨房の前までつくと、ユーミリアはくるりとルディウスを振り返った。
「休日にクッキーを作る公爵なんて、グレストリアでも俺くらいだろうな……」
「探せば見つかるんじゃないかしら? お菓子作りが趣味の当主様だって、中にはいると思うわ」
「どうだか。聞いたことがない」
「私もないけれど。探せば見つかるわよ、きっと」
答えながら、ユーミリアはルディウスを伴って厨房に足を踏み入れた。
がらんとした厨房の中央。大きな作業台には、すでに必要な調理器具と材料が用意されていた。
ボウル、はかり、木べら、めん棒、薄力粉、砂糖、卵、などなど。
それらをざっと見渡して、ルディウスが深く深く、ため息を吐いた。
「……ユミィ」
「なに?」
銀灰色の双眸がじっとりと細まる。
「何を企んでいるんだ?」
「ふふっ、なんのことかしら?」
必要なものは、公爵家の使用人が用意してくれている。ただし、一つだけ足りないものがある。
クッキーの作り方が記された、レシピだ。
どこを見渡しても、それらしき本や紙は見当たらない。これだけ完璧に器具と材料が揃えられているのに用意されていないということは、つまり、何かしらの思惑があってのことである。
即座に察したルディウスが、ぼそりと呟く。
「……数日前の、迂闊な自分を殴ってやりたい」
「あら? ディーの綺麗な顔にあざができるだなんて、婚約者として許さないわ」
ニコニコと笑うユーミリアをひと睨みしてから、ルディウスは作業台に手を伸ばした。この場で明らかに浮いていた、ある物へと。
彼が手に取ったのは、一枚のメッセージカード。手のひらサイズの、なんら珍しくもない長方形のカードだ。
「薄紫の『アネモラ』の近くに『手順』ありけり。思い当たらなければ、北の庭園のベンチに第一の糸口が眠る。三つ揃えて解を得よ」
カードに記された文字を読み上げたルディウスが、はあ、と嘆息する。
「つまり君は、俺に頭を使わせたいと」
「ディーなら、謎解きくらい朝飯前でしょう?」
因みに、とユーミリアは薄く笑んだ。
「レシピ本は全部隠してしまったから、ヒントに従ってレシピを探す方がまだ見つかる見込みがあるわ」
ユーミリアは昨日、こっそりと屋敷中のお菓子作りのレシピ本を隠しておいたのだ。
言ってから、ハッと気づく。失念していたことが一点あった。恐る恐る尋ねる。
「いくらディーでも、クッキーの作り方は知らない……わよね?」
ルディウスは非常に博識である。
常人なら持ち得ないような知識を有していたりするので、実は知っています、なんてこともあり得ることに、今思い至った。
「知ってるよって答えたら、困る?」
ルディウスが意味ありげに微笑むので、ユーミリアは慌てた。
「え? 嘘、本当に? それは……ちょっと、というか、だいぶ困るわ……っ」
「まぁ、流石に知らないけど」
ルディウスはしれっと肩を竦めた。おろおろと慌てふためくユーミリアの姿を楽しみたかっただけらしい。
「もう! 焦らせないでっ」
「知らないけど、使用人にレシピを聞くって手はあるよね」
「その抜け道は狡すぎるので、ご遠慮ください」
駄目です、と手でバッテンを作ってから。
「気乗りしないなら、目分量でテキトーに材料を混ぜて作ってもいいわよ? この前あなたも言っていたけど、どんな劇物ができあがるとも知れなくて面白そうだもの」
純粋に、二人で一緒に手探りなまま作るのも楽しそうだった。
それはそれで、素敵な休日だ。ユーミリアの本来の目的からは外れるが。
「んー」
手にしたメッセージカードに視線を注いで、ルディウスはふっ、と笑んだ。
「わざわざレシピを探すなんて工程を増やすユミィの目的は気になるな。それに、けっこうな手間を掛けて準備してくれたんだろ? 付き合うよ」
なんだかんだ言いつつ、彼なら付き合ってくれるだろうなとは思っていた。
「ディーのそういうところ、嫌いじゃないわ」
「俺は今、君の厄介さを心底痛感しているところだけど?」
ユーミリアはふふっと笑む。
「それじゃあ、そんな私からの挑戦状に、存分に頭を悩ませてちょうだいな?」
21
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
伯爵令嬢の婚約解消理由
七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。
婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。
そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。
しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。
一体何があったのかというと、それは……
これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。
*本編は8話+番外編を載せる予定です。
*小説家になろうに同時掲載しております。
*なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。
【完結】大好きなあなたのために…?
月樹《つき》
恋愛
私には子供の頃から仲の良い大好きな幼馴染がいた。
2人でよく読んだ冒険のお話の中では、最後に魔物を倒し立派な騎士となった男の子と、それを支えてきた聖女の女の子が結ばれる。
『俺もこの物語の主人公みたいに立派な騎士になるから』と言って、真っ赤な顔で花畑で摘んだ花束をくれた彼。あの時から彼を信じて支えてきたのに…
いつの間にか彼の隣には、お姫様のように可憐な女の子がいた…。
裏の顔ありな推しとの婚約って!?
花車莉咲
恋愛
鉱業が盛んなペレス王国、ここはその国で貴族令嬢令息が通う学園であるジュエルート学園。
その学園に通うシエンナ・カーネリアラ伯爵令嬢は前世の記憶を持っている。
この世界は乙女ゲーム【恋の宝石箱~キラキラブラブ学園生活~】の世界であり自分はその世界のモブになっていると気付くが特に何もする気はなかった。
自分はゲームで名前も出てこないモブだし推しはいるが積極的に関わりたいとは思わない。
私の前世の推し、ルイス・パライバトラ侯爵令息は王国騎士団団長を父に持つ騎士候補生かつ第二王子の側近である。
彼は、脳筋だった。
頭で考える前に体が動くタイプで正義感が強くどんな物事にも真っ直ぐな性格。
というのは表向きの話。
実は彼は‥‥。
「グレース・エメラディア!!貴女との婚約を今ここで破棄させてもらう!」
この国の第二王子、ローガン・ペレス・ダイヤモルト様がそう叫んだ。
乙女ゲームの最終局面、断罪の時間。
しかし‥‥。
「これ以上は見過ごせません、ローガン殿下」
何故かゲームと違う展開に。
そして。
「シエンナ嬢、俺と婚約しませんか?」
乙女ゲームのストーリーに何も関与してないはずなのにどんどんストーリーから離れていく現実、特に何も目立った事はしてないはずなのに推しに婚約を申し込まれる。
(そこは断罪されなかった悪役令嬢とくっつく所では?何故、私?)
※前作【悪役令息(冤罪)が婿に来た】にて名前が出てきたペレス王国で何が起きていたのかを書いたスピンオフ作品です。
※不定期更新です。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【書籍化】番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました
降魔 鬼灯
恋愛
コミカライズ化決定しました。
ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。
幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。
月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。
お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。
しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。
よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう!
誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は?
全十話。一日2回更新 完結済
コミカライズ化に伴いタイトルを『憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜』から『番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました』に変更しています。
恋人でいる意味が分からないので幼馴染に戻ろうとしたら‥‥
矢野りと
恋愛
婚約者も恋人もいない私を憐れんで、なぜか幼馴染の騎士が恋人のふりをしてくれることになった。
でも恋人のふりをして貰ってから、私を取り巻く状況は悪くなった気がする…。
周りからは『釣り合っていない』と言われるし、彼は私を庇うこともしてくれない。
――あれっ?
私って恋人でいる意味あるかしら…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる