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15. いつかの夜会①
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グレストリアにおける宰相は、政治の最高責任者。
その補佐官は、時と場合によっては宰相に次ぐ権限を有している。当然、十七歳の小娘が就ける役職などではない。
ではなぜユーミリアがこの若さで宰相補佐官に任命されているかというと。
時は、一年と少し遡る。
◆◆◆◇◆◇◆◆◆
冬が終わりを迎え、気候が暖かくなり始めた時節。
十六歳のユーミリアは社交の一環で、とある伯爵邸の夜会に招待されていた。
断られるだろうなと思いつつ、一応はルディウスに手紙でエスコートを頼んでみたものの。ここ半年ほど顔を合わせていない婚約者から返ってきたのは『すまない、仕事がある』という、いつも通りの断り文句。
婚約者がいる身で他の男性を伴う気などなく。
一人で参加したユーミリアはといえば――。
鏡の如く磨き抜かれた床に、眩い輝きを放つシャンデリア。煌びやかな装飾に劣らず華やかに着飾った人々の談笑でざわめく、大広間の片隅で。
「ん~。至福~~」
たっぷりの生クリームと果実が使用されたケーキに、舌鼓を打っていた。
「流石は美食家で知られるヘンリー伯爵お抱えの料理人ですね。素晴らしいお味です」
隣でそう語るのは、ユーミリアの友人レイチェル・ミコット。
彼女は同い年の子爵家の令嬢で、ユーミリアが先日卒業した貴族学校の同級生。
立食式のパーティで居合わせた際、共に料理を嗜むのはお約束である。
「こちらのティラミスはこれまで口にした中で、三本の指に入ります」
「私は生クリームだけなら一番好みだわ」
などと談義をしているところに、
「あらあら、まあまあ」
小鳥のような令嬢の声が掛かった。
話しかけてきた令嬢は、華やかな金髪を揺らして、金緑の瞳を意地悪く細めた。
「花盛りの令嬢が婚約者と愛を深めるでもなく、会場の端でスイーツ談義だなんて。色気のないこと」
「クラリッサだって一人じゃない」
ユーミリアの指摘に、オールヴィン伯爵家の次女クラリッサは、猫目をたちまち潤ませて。
「同志方~~。わたくしも交ぜてくださいませ……っ」
そう泣きついてきた。
レイチェルと同じく、彼女もユーミリアの同級生で友人である。
「クラリッサの婚約者も、またですか?」
「大して重要度の高くない社交に付き合うくらいなら剣を振っていた方が有意義だと。なぜあの方はわたくしをぞんざいに扱うのかっ」
クラリッサが優雅な手つきでフォークを操りながら、切り分けたチョコレートケーキを口に運ぶ。幸福な甘味にたちまち瞳が輝くのを、ユーミリアは微笑ましく眺めた。
三人には、婚約者がエスコートをサボりがちという共通点があった。知り合ったのも貴族学校ではなく社交場で、付き合いこそ長くはないものの、ユーミリアにとって気兼ねなくお話しできる良き友人だ。
必要最低限の社交をこなしたら、後はこうして三人で集まって談笑するのが恒例行事。
「殿方の断り文句というのは、芸がありませんね」
「レイチェルの婚約者殿も?」
「社交より商談の方が遥かに有意義だそうです」
「まあ。その商談を円滑に進めるために大切なのが社交でしょうに。とんだ勘違い野郎様ですこと」
普段は淑女として胸の内に留めているであろう婚約者への恨みつらみが、ぽんぽんと飛び出てくる。
どこも大変ねえ、と。ユーミリアはケーキをもくもく頬張りながら二人の苦労話に耳を傾けた。
「ユミィは?」
「ん?」
クラリッサに話を振られて、首を傾げる。
「あなたも、不満をぶち撒けてスッキリしてはどう?」
「別に、不満なんてないわ」
「そんなはずないでしょう。婚約者の義務という意味では、ユミィのお相手が誰より軽んじておいでではありませんか」
ルディウスが婚約者となってから二年余り。
その間、ユーミリアが社交場に婚約者を同伴したことは一度としてなく、常におひとり様である。そんなだから、側から見ていて幸せな婚約には映らないのだろう。
「今日だって、レオンハルト公をお誘いしたのでしょう?」
「まぁ、一応は」
頷くと、クラリッサが嘆かわしいと言わんばかりにため息を吐いた。
ユーミリアは一人で参加しているのだから、エスコートを断られたことは明白だ。
「遠慮は無用です。友人として愚痴くらい聞きますよ?」
レイチェルも気遣わしげに促してくる。
「……と、言われましても」
何か不満があるかしらと考えてみる。
強いて挙げるなら、時折こちらが赤面する口説き文句でからかってくるところ、だろうか。
(でも……不満かというと、違うわよね。反応に困るというだけで。それに、言われなくなったらそれはそれで寂しい気もするし……)
結果、特に思い浮かばず、ユーミリアは黙り込むことになる。
そんな彼女を見て、クラリッサがため息をついた。
「二年前、社交界に彗星の如く現れたルディウス・レオンハルト。夢のような美貌の貴公子だけれど、興味の対象は己の職務のみという仕事命の方。その決断は冷徹極まりなく、使えないと判断した者は容赦なく切り捨てる」
時の人でもあるルディウスの評判は、学生の間でも知れ渡っている。
「宰相に就任してから一年半。その間に解任した補佐官の数は片手の指では足りないとか。情の薄さは折り紙つきというもの」
宰相閣下は完璧主義が行き過ぎて、能力不足を理由に補佐役を取っ替え引っ替えしているのだとか。
「そんな方ですから、婚約者への関心も薄いのでしょうが。エスコートは最低限の義務。その義務を放棄し常に仕事優先となれば、腹を立てても罰は当たりませんことよ?」
ユーミリアはふるふると首を横に振る。
「甲斐性はあるから、義務の一つや二つ疎かにされたところで気にならないわ」
「レオンハルト公は婚約者甲斐のなさに目を瞑れば、何もかもお持ちの方ですものね」
家柄、権力、名声、容姿、財力、頭脳。
ルディウスに勝る貴公子など、国中を探したって見つかりっこなかった。
クラリッサが、へにゃりと眉尻を下げた。
「その、婚約者甲斐が、重要なのですよ~~」
「はいはい。クラリッサは素敵な淑女になるための努力を日々怠っていないもの。そんなあなたをおざなりに扱う婚約者は罰当たりだわ」
よしよし、とクラリッサの背を撫でながら、ユーミリアはちょっぴり苦笑する。
(いつものことながら。ディーの話題は知らない人の話を聞いている気分になるわね)
人伝に聞かされるルディウスの話は、いつだって知らない人のようだった。
ユーミリアの知るルディウスはけっこう子供っぽくて、悪戯好きで、案外と甘えたな、ごくごく普通の青年だ。
一方、世間が認知する当代のレオンハルト公爵は冷徹な合理主義者。
人物像がここまで乖離しているのは、ルディウス曰く『ただでさえ年齢で侮られる上に根っこから舐めた職務態度の官吏が多いから、怖い人って思われていた方が都合がいいんだよね』とのことらしい。
(言われてみれば、素のディーに人を従わせる威厳はない気もするわね……)
なんて、大変失礼なことを考えていると。
「……ユミィ、あれ」
レイチェルが驚嘆に満ちた声を上げた。
「あれ?」
彼女の視線を追って、会場の入り口を振り返る。視界に飛び込んできた光景に、ユーミリアは目を瞠った。
(あらあら)
この場に、人目を惹く華やかな貴族など幾人でもいる。それらを霞ませるほどの異彩を放つ、美貌の青年の姿があった。
ルディウス・レオンハルト。
招待客の多くが、会場に入ってきたばかりらしきユーミリアの婚約者に意識を向けている。
燦然と輝くシャンデリアの下、他者を拒絶するような冷然とした雰囲気を纏った貴公子は、妙齢の貴婦人を連れ立っていた。
久しく顔を合わせていなかった婚約者殿が、別の女性を伴って会場に現れたのだった。
その補佐官は、時と場合によっては宰相に次ぐ権限を有している。当然、十七歳の小娘が就ける役職などではない。
ではなぜユーミリアがこの若さで宰相補佐官に任命されているかというと。
時は、一年と少し遡る。
◆◆◆◇◆◇◆◆◆
冬が終わりを迎え、気候が暖かくなり始めた時節。
十六歳のユーミリアは社交の一環で、とある伯爵邸の夜会に招待されていた。
断られるだろうなと思いつつ、一応はルディウスに手紙でエスコートを頼んでみたものの。ここ半年ほど顔を合わせていない婚約者から返ってきたのは『すまない、仕事がある』という、いつも通りの断り文句。
婚約者がいる身で他の男性を伴う気などなく。
一人で参加したユーミリアはといえば――。
鏡の如く磨き抜かれた床に、眩い輝きを放つシャンデリア。煌びやかな装飾に劣らず華やかに着飾った人々の談笑でざわめく、大広間の片隅で。
「ん~。至福~~」
たっぷりの生クリームと果実が使用されたケーキに、舌鼓を打っていた。
「流石は美食家で知られるヘンリー伯爵お抱えの料理人ですね。素晴らしいお味です」
隣でそう語るのは、ユーミリアの友人レイチェル・ミコット。
彼女は同い年の子爵家の令嬢で、ユーミリアが先日卒業した貴族学校の同級生。
立食式のパーティで居合わせた際、共に料理を嗜むのはお約束である。
「こちらのティラミスはこれまで口にした中で、三本の指に入ります」
「私は生クリームだけなら一番好みだわ」
などと談義をしているところに、
「あらあら、まあまあ」
小鳥のような令嬢の声が掛かった。
話しかけてきた令嬢は、華やかな金髪を揺らして、金緑の瞳を意地悪く細めた。
「花盛りの令嬢が婚約者と愛を深めるでもなく、会場の端でスイーツ談義だなんて。色気のないこと」
「クラリッサだって一人じゃない」
ユーミリアの指摘に、オールヴィン伯爵家の次女クラリッサは、猫目をたちまち潤ませて。
「同志方~~。わたくしも交ぜてくださいませ……っ」
そう泣きついてきた。
レイチェルと同じく、彼女もユーミリアの同級生で友人である。
「クラリッサの婚約者も、またですか?」
「大して重要度の高くない社交に付き合うくらいなら剣を振っていた方が有意義だと。なぜあの方はわたくしをぞんざいに扱うのかっ」
クラリッサが優雅な手つきでフォークを操りながら、切り分けたチョコレートケーキを口に運ぶ。幸福な甘味にたちまち瞳が輝くのを、ユーミリアは微笑ましく眺めた。
三人には、婚約者がエスコートをサボりがちという共通点があった。知り合ったのも貴族学校ではなく社交場で、付き合いこそ長くはないものの、ユーミリアにとって気兼ねなくお話しできる良き友人だ。
必要最低限の社交をこなしたら、後はこうして三人で集まって談笑するのが恒例行事。
「殿方の断り文句というのは、芸がありませんね」
「レイチェルの婚約者殿も?」
「社交より商談の方が遥かに有意義だそうです」
「まあ。その商談を円滑に進めるために大切なのが社交でしょうに。とんだ勘違い野郎様ですこと」
普段は淑女として胸の内に留めているであろう婚約者への恨みつらみが、ぽんぽんと飛び出てくる。
どこも大変ねえ、と。ユーミリアはケーキをもくもく頬張りながら二人の苦労話に耳を傾けた。
「ユミィは?」
「ん?」
クラリッサに話を振られて、首を傾げる。
「あなたも、不満をぶち撒けてスッキリしてはどう?」
「別に、不満なんてないわ」
「そんなはずないでしょう。婚約者の義務という意味では、ユミィのお相手が誰より軽んじておいでではありませんか」
ルディウスが婚約者となってから二年余り。
その間、ユーミリアが社交場に婚約者を同伴したことは一度としてなく、常におひとり様である。そんなだから、側から見ていて幸せな婚約には映らないのだろう。
「今日だって、レオンハルト公をお誘いしたのでしょう?」
「まぁ、一応は」
頷くと、クラリッサが嘆かわしいと言わんばかりにため息を吐いた。
ユーミリアは一人で参加しているのだから、エスコートを断られたことは明白だ。
「遠慮は無用です。友人として愚痴くらい聞きますよ?」
レイチェルも気遣わしげに促してくる。
「……と、言われましても」
何か不満があるかしらと考えてみる。
強いて挙げるなら、時折こちらが赤面する口説き文句でからかってくるところ、だろうか。
(でも……不満かというと、違うわよね。反応に困るというだけで。それに、言われなくなったらそれはそれで寂しい気もするし……)
結果、特に思い浮かばず、ユーミリアは黙り込むことになる。
そんな彼女を見て、クラリッサがため息をついた。
「二年前、社交界に彗星の如く現れたルディウス・レオンハルト。夢のような美貌の貴公子だけれど、興味の対象は己の職務のみという仕事命の方。その決断は冷徹極まりなく、使えないと判断した者は容赦なく切り捨てる」
時の人でもあるルディウスの評判は、学生の間でも知れ渡っている。
「宰相に就任してから一年半。その間に解任した補佐官の数は片手の指では足りないとか。情の薄さは折り紙つきというもの」
宰相閣下は完璧主義が行き過ぎて、能力不足を理由に補佐役を取っ替え引っ替えしているのだとか。
「そんな方ですから、婚約者への関心も薄いのでしょうが。エスコートは最低限の義務。その義務を放棄し常に仕事優先となれば、腹を立てても罰は当たりませんことよ?」
ユーミリアはふるふると首を横に振る。
「甲斐性はあるから、義務の一つや二つ疎かにされたところで気にならないわ」
「レオンハルト公は婚約者甲斐のなさに目を瞑れば、何もかもお持ちの方ですものね」
家柄、権力、名声、容姿、財力、頭脳。
ルディウスに勝る貴公子など、国中を探したって見つかりっこなかった。
クラリッサが、へにゃりと眉尻を下げた。
「その、婚約者甲斐が、重要なのですよ~~」
「はいはい。クラリッサは素敵な淑女になるための努力を日々怠っていないもの。そんなあなたをおざなりに扱う婚約者は罰当たりだわ」
よしよし、とクラリッサの背を撫でながら、ユーミリアはちょっぴり苦笑する。
(いつものことながら。ディーの話題は知らない人の話を聞いている気分になるわね)
人伝に聞かされるルディウスの話は、いつだって知らない人のようだった。
ユーミリアの知るルディウスはけっこう子供っぽくて、悪戯好きで、案外と甘えたな、ごくごく普通の青年だ。
一方、世間が認知する当代のレオンハルト公爵は冷徹な合理主義者。
人物像がここまで乖離しているのは、ルディウス曰く『ただでさえ年齢で侮られる上に根っこから舐めた職務態度の官吏が多いから、怖い人って思われていた方が都合がいいんだよね』とのことらしい。
(言われてみれば、素のディーに人を従わせる威厳はない気もするわね……)
なんて、大変失礼なことを考えていると。
「……ユミィ、あれ」
レイチェルが驚嘆に満ちた声を上げた。
「あれ?」
彼女の視線を追って、会場の入り口を振り返る。視界に飛び込んできた光景に、ユーミリアは目を瞠った。
(あらあら)
この場に、人目を惹く華やかな貴族など幾人でもいる。それらを霞ませるほどの異彩を放つ、美貌の青年の姿があった。
ルディウス・レオンハルト。
招待客の多くが、会場に入ってきたばかりらしきユーミリアの婚約者に意識を向けている。
燦然と輝くシャンデリアの下、他者を拒絶するような冷然とした雰囲気を纏った貴公子は、妙齢の貴婦人を連れ立っていた。
久しく顔を合わせていなかった婚約者殿が、別の女性を伴って会場に現れたのだった。
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