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第一章
第27話 非情な貴公子
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アルフレッドがスコットの暮らす集合住宅を訪ねて来たのは、病院で待ち伏せを受けたあの日から二ヶ月半が過ぎた、早朝のことだった。
毎朝十時に病院を訪れ、ミーシャのリハビリに付き添うのが最近のスコットの日課だ。そのことを事前に調べ、この時間帯であれば在宅していると踏んでのことだろう。
「ロバート・ガスリーに関する記事は、読みましたか?」
スコットが部屋に招き入れるべきか迷っていると、アルフレッドが口を開いた。どうやらこのまま玄関先で話すつもりらしい。
ロバートに関する新聞記事なら、二日前に読んだ。
国家反逆を企てたオズボーン侯爵家は取り潰しが決まり、家財全てを取り上げられた。そんな侯爵家の令嬢に入れあげていたロバートもまた、犯罪組織への関与を疑われ、現在王宮で厳しい追及を受けているそうだ。もはや男爵家に社交界での居場所はなく、腫物扱い。ロバートが侯爵令嬢へと貢いだ金をどう解釈するかで、彼を罪人と見做すかどうかが変わるらしい。組織に金が流れていれば、無自覚であれ資金の援助をしていたことになるからだ。
国王がどのような判断を下すのかなんてスコットには想像も付かないが、ロバートが大手を振ってこの国を闊歩する日は二度と訪れない。それだけは確かだった。
アルフレッドは要望通りにロバートを社会的に殺してくれたというわけだ。しかし、スコットの胸の内にはわだかまりが残っていた。
「……俺が見た記事は、それだけじゃない。あんたの妹が、あいつと婚約したって」
ゴシップ紙でロバートと侯爵家の婚約を知った時、スコットはアルフレッドの正気を疑い、自分は騙されたのだと思った。その時点でミーシャの治療費が支払われていなければ、アッシュフォード侯爵邸に乗り込んでいたかもしれない。
「すでに解消していますが、そうですね。それが一番手っ取り早かったので」
「あいつがどんな野郎か、調べもしなかったのか!?」
スコットがなぜロバートに憎悪を燃やしているのか。知っていたら婚約なんてさせるはずがない。
――だが。
アルフレッドは薄く笑み、
「もちろん、徹底的に調べましたよ。おそらく彼の汚点についてはスコットさん以上に把握しているかと。あなたがどうしてあんな条件を出したのかも、調べはついています。妹のミーシャさんが――」
「言うな! 聞きたくもないッ!」
悲鳴にも等しいスコットの叫びに、アルフレッドは言葉を呑み込んだ。
妹の身に起きた忌まわしい出来事を、他人の口から語られたくなどなかった。
男爵家の屋敷で働いていたミーシャは、ほどなくしてロバートと恋仲になった。世間知らずだった妹はあの男の甘い顔と口説き文句に簡単に騙されてしまった。愛している、身分差なんて関係ない、 なんて甘言をすっかり信じ込み、奴を慕っていた。だが、ミーシャの妊娠を知った途端、ロバートはあっさり彼女を捨てた。ミーシャを騙して堕胎薬を飲ませた上で、屋敷から追い出したのだ。ご丁寧に真実が広まらないよう、ミーシャがクビになったのは手癖が悪いからだなんて吹聴して。
友人宅で寝込むミーシャへの仕打ちを知った時、スコットはロバートを殺してやりたいと本気で思った。あの時の憎しみを思えば、アルフレッドが平然としていることが信じられなかった。
「知っていて、あいつと自分の妹を婚約させたのか!? 正気じゃない!」
「……義妹の婚約をスコットさんがどう解釈しようと、要望に応えたのは事実です。墓所の鍵を返してください」
差し出された手のひらに、スコットは舌打ちした。
アルフレッドが条件を満たした以上、拒めばあの伯爵と同じく不誠実な人間になってしまう。あいつらと同類になるのはごめんだった。そんなスコットの想いを見抜いているかのように、真っ直ぐに見据えてくる紫苑の瞳には自信だけが灯っている。
詰られたことへの動揺も、鍵を渡さないのではないかという不安もなく。たぶん、初対面から今に至るまで、アルフレッドはスコットの心の機微を読み切っているのだ。
ドアを閉めて部屋へと戻ったスコットは、窓辺に飾られた鉢植えの下に隠していた黒い鍵を手に、再び玄関へと向かった。ドアを開け、外で待っていたアルフレッドに向けて鍵を投げる。
「……そんな面して、随分とひとでなしだな」
吐き捨てると、鍵を受け取ったアルフレッドがわずかに眉をひそめた。
「…………」
「あんたが具体的に何をしたのかは知らないが、王家への忠義のために自分の妹を利用したってことくらいはわかる。情のないことだ」
こんな鍵一つのためにあんなクソ野郎に妹を差し出すなんて、血も涙もない冷血漢だ。
軽蔑をめいっぱい込めてやったが、アルフレッドの顔色に変化は生じなかった。彼は鉄製の鍵を手の中で弄びながら、囁くように言う。
「情に囚われていては、僕の仕事は務まりませんから。手段を選んでいられない場合も時にはあります」
悪びれた様子も見せずに涼しい顔で受け流す目の前の青年は、評判とかけ離れていた。
「……その綺麗な面に騙されている奴らが、不憫でならないな」
穏和で公正な貴公子だなんてとんでもない。社交界では柔和な微笑みは天使のようだ、なんて評判らしいが。スコットには悪魔としか映らなかった。
アルフレッドは、何も言わなかった。代わりに朝陽も霞む美貌に相応しい優雅な一礼をして、朝靄の立ち込める街へと姿を消して行った。
毎朝十時に病院を訪れ、ミーシャのリハビリに付き添うのが最近のスコットの日課だ。そのことを事前に調べ、この時間帯であれば在宅していると踏んでのことだろう。
「ロバート・ガスリーに関する記事は、読みましたか?」
スコットが部屋に招き入れるべきか迷っていると、アルフレッドが口を開いた。どうやらこのまま玄関先で話すつもりらしい。
ロバートに関する新聞記事なら、二日前に読んだ。
国家反逆を企てたオズボーン侯爵家は取り潰しが決まり、家財全てを取り上げられた。そんな侯爵家の令嬢に入れあげていたロバートもまた、犯罪組織への関与を疑われ、現在王宮で厳しい追及を受けているそうだ。もはや男爵家に社交界での居場所はなく、腫物扱い。ロバートが侯爵令嬢へと貢いだ金をどう解釈するかで、彼を罪人と見做すかどうかが変わるらしい。組織に金が流れていれば、無自覚であれ資金の援助をしていたことになるからだ。
国王がどのような判断を下すのかなんてスコットには想像も付かないが、ロバートが大手を振ってこの国を闊歩する日は二度と訪れない。それだけは確かだった。
アルフレッドは要望通りにロバートを社会的に殺してくれたというわけだ。しかし、スコットの胸の内にはわだかまりが残っていた。
「……俺が見た記事は、それだけじゃない。あんたの妹が、あいつと婚約したって」
ゴシップ紙でロバートと侯爵家の婚約を知った時、スコットはアルフレッドの正気を疑い、自分は騙されたのだと思った。その時点でミーシャの治療費が支払われていなければ、アッシュフォード侯爵邸に乗り込んでいたかもしれない。
「すでに解消していますが、そうですね。それが一番手っ取り早かったので」
「あいつがどんな野郎か、調べもしなかったのか!?」
スコットがなぜロバートに憎悪を燃やしているのか。知っていたら婚約なんてさせるはずがない。
――だが。
アルフレッドは薄く笑み、
「もちろん、徹底的に調べましたよ。おそらく彼の汚点についてはスコットさん以上に把握しているかと。あなたがどうしてあんな条件を出したのかも、調べはついています。妹のミーシャさんが――」
「言うな! 聞きたくもないッ!」
悲鳴にも等しいスコットの叫びに、アルフレッドは言葉を呑み込んだ。
妹の身に起きた忌まわしい出来事を、他人の口から語られたくなどなかった。
男爵家の屋敷で働いていたミーシャは、ほどなくしてロバートと恋仲になった。世間知らずだった妹はあの男の甘い顔と口説き文句に簡単に騙されてしまった。愛している、身分差なんて関係ない、 なんて甘言をすっかり信じ込み、奴を慕っていた。だが、ミーシャの妊娠を知った途端、ロバートはあっさり彼女を捨てた。ミーシャを騙して堕胎薬を飲ませた上で、屋敷から追い出したのだ。ご丁寧に真実が広まらないよう、ミーシャがクビになったのは手癖が悪いからだなんて吹聴して。
友人宅で寝込むミーシャへの仕打ちを知った時、スコットはロバートを殺してやりたいと本気で思った。あの時の憎しみを思えば、アルフレッドが平然としていることが信じられなかった。
「知っていて、あいつと自分の妹を婚約させたのか!? 正気じゃない!」
「……義妹の婚約をスコットさんがどう解釈しようと、要望に応えたのは事実です。墓所の鍵を返してください」
差し出された手のひらに、スコットは舌打ちした。
アルフレッドが条件を満たした以上、拒めばあの伯爵と同じく不誠実な人間になってしまう。あいつらと同類になるのはごめんだった。そんなスコットの想いを見抜いているかのように、真っ直ぐに見据えてくる紫苑の瞳には自信だけが灯っている。
詰られたことへの動揺も、鍵を渡さないのではないかという不安もなく。たぶん、初対面から今に至るまで、アルフレッドはスコットの心の機微を読み切っているのだ。
ドアを閉めて部屋へと戻ったスコットは、窓辺に飾られた鉢植えの下に隠していた黒い鍵を手に、再び玄関へと向かった。ドアを開け、外で待っていたアルフレッドに向けて鍵を投げる。
「……そんな面して、随分とひとでなしだな」
吐き捨てると、鍵を受け取ったアルフレッドがわずかに眉をひそめた。
「…………」
「あんたが具体的に何をしたのかは知らないが、王家への忠義のために自分の妹を利用したってことくらいはわかる。情のないことだ」
こんな鍵一つのためにあんなクソ野郎に妹を差し出すなんて、血も涙もない冷血漢だ。
軽蔑をめいっぱい込めてやったが、アルフレッドの顔色に変化は生じなかった。彼は鉄製の鍵を手の中で弄びながら、囁くように言う。
「情に囚われていては、僕の仕事は務まりませんから。手段を選んでいられない場合も時にはあります」
悪びれた様子も見せずに涼しい顔で受け流す目の前の青年は、評判とかけ離れていた。
「……その綺麗な面に騙されている奴らが、不憫でならないな」
穏和で公正な貴公子だなんてとんでもない。社交界では柔和な微笑みは天使のようだ、なんて評判らしいが。スコットには悪魔としか映らなかった。
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