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15. 別れのとき
ワルツの旋律が静かに消え、会場に余韻が漂う中、ケインは繋いでいた手を離さなかった。
それどころか、彼は愛おしそうに私の瞳を見つめ、ゆっくりとその場に跪こうとした。
「カーミラ。君と友人として過ごしたこの5年間、俺は君の傍にいられるだけで幸せだと思っていた。……でも、もう嘘はつけない」
会場の視線が、一斉に私たちに集まる。
ケインの瞳には、今まで隠し続けてきた深く、静かな熱が宿っていた。
彼が一番伝えたかった言葉を口にしようと、唇を開く。この言葉を最後まで言わせるわけにはいかない。
(ごめんなさい、ケイン……。その言葉、今は聞けないわ)
その瞬間、私は奥歯に仕込んでいた小さなカプセルを噛み砕いた。
ジルに内密に用意させた、身体に極限の負荷をかける毒薬。死ぬか生きるか五分五分の賭けだけれど、今の私にはこれしか道がなかった。
「……っ、あ」
急激に内臓を焼かれるような衝撃が走り、視界がぐにゃりと歪む。
ケインの驚愕に目を見開く顔がスローモーションのように見えた。
「……カ、カーミラ!?」
彼が叫び、倒れ込む私を間一髪で抱きとめる。
私の口端から、真っ赤な鮮血がどろりと溢れ、彼の白手袋と正装を汚した。
「血……!? 医者だ! 誰か医者を呼べ!!」
静寂は一瞬で悲鳴と怒号に変わった。
ケインは顔を真っ青にし、私の名前を何度も呼びながら、震える手で血を拭おうとする。その必死な姿に心が引き裂かれそうになるけれど、私は薄れゆく意識の中で、必死に「死にゆく者」を演じた。
「お嬢様!!」
計画通り、ジルが人混みを割って飛び込んできた。彼は驚愕する周囲を制するように、鋭い声で指示を出す。
「ケイン様、ここは王宮です! 騒ぎを大きくすればカーミラ様の尊厳に関わります。私の用意した馬車が裏門にあります、すぐにかかりつけの医者の元へ運びます!」
「俺も行く! 離せ、ジル!」
取り乱して私を抱き上げようとするケインの肩を、ジルが強く掴んで止めた。
「いけません! ケイン様は次期公爵として、この場の混乱を収める義務があります。婚約を公表しようとした矢先にあなたが姿を消せば、アボット家の名誉はどうなるのですか! ここは私に任せてください!」
「……っ、だが!!」
「信じてください、ケイン様! きっと大丈夫です!」
ジルの気迫に、ケインの手がわずかに緩んだ。
身分の壁、そして「アボット家の名誉」という言葉が、責任感の強いケインをその場に縛り付けた。
「……頼む。ジル、彼女を……カーミラを頼む!!」
ケインの絞り出すような叫びを背に、私はジルに抱きかかえられ、夜の闇が待つ裏口へと運ばれた。
冷たい夜風に当たった瞬間、用意されていた馬車へと押し込まれる。
「……カーミラ様、しっかり。あとは計画通りに」
ジルの低い声が聞こえ、馬車の扉が重々しく閉まった。
御者が鞭を振るい、馬車が猛スピードで走り出す。
遠ざかる会場の明かり。
そこには、私が愛した唯一の人が、血に汚れた手で立ち尽くしているはずだ。
(さようなら、ケイン)
馬車は暗い夜道を進み、偽装工作の舞台となる崖へと、その速度を上げていった。
それどころか、彼は愛おしそうに私の瞳を見つめ、ゆっくりとその場に跪こうとした。
「カーミラ。君と友人として過ごしたこの5年間、俺は君の傍にいられるだけで幸せだと思っていた。……でも、もう嘘はつけない」
会場の視線が、一斉に私たちに集まる。
ケインの瞳には、今まで隠し続けてきた深く、静かな熱が宿っていた。
彼が一番伝えたかった言葉を口にしようと、唇を開く。この言葉を最後まで言わせるわけにはいかない。
(ごめんなさい、ケイン……。その言葉、今は聞けないわ)
その瞬間、私は奥歯に仕込んでいた小さなカプセルを噛み砕いた。
ジルに内密に用意させた、身体に極限の負荷をかける毒薬。死ぬか生きるか五分五分の賭けだけれど、今の私にはこれしか道がなかった。
「……っ、あ」
急激に内臓を焼かれるような衝撃が走り、視界がぐにゃりと歪む。
ケインの驚愕に目を見開く顔がスローモーションのように見えた。
「……カ、カーミラ!?」
彼が叫び、倒れ込む私を間一髪で抱きとめる。
私の口端から、真っ赤な鮮血がどろりと溢れ、彼の白手袋と正装を汚した。
「血……!? 医者だ! 誰か医者を呼べ!!」
静寂は一瞬で悲鳴と怒号に変わった。
ケインは顔を真っ青にし、私の名前を何度も呼びながら、震える手で血を拭おうとする。その必死な姿に心が引き裂かれそうになるけれど、私は薄れゆく意識の中で、必死に「死にゆく者」を演じた。
「お嬢様!!」
計画通り、ジルが人混みを割って飛び込んできた。彼は驚愕する周囲を制するように、鋭い声で指示を出す。
「ケイン様、ここは王宮です! 騒ぎを大きくすればカーミラ様の尊厳に関わります。私の用意した馬車が裏門にあります、すぐにかかりつけの医者の元へ運びます!」
「俺も行く! 離せ、ジル!」
取り乱して私を抱き上げようとするケインの肩を、ジルが強く掴んで止めた。
「いけません! ケイン様は次期公爵として、この場の混乱を収める義務があります。婚約を公表しようとした矢先にあなたが姿を消せば、アボット家の名誉はどうなるのですか! ここは私に任せてください!」
「……っ、だが!!」
「信じてください、ケイン様! きっと大丈夫です!」
ジルの気迫に、ケインの手がわずかに緩んだ。
身分の壁、そして「アボット家の名誉」という言葉が、責任感の強いケインをその場に縛り付けた。
「……頼む。ジル、彼女を……カーミラを頼む!!」
ケインの絞り出すような叫びを背に、私はジルに抱きかかえられ、夜の闇が待つ裏口へと運ばれた。
冷たい夜風に当たった瞬間、用意されていた馬車へと押し込まれる。
「……カーミラ様、しっかり。あとは計画通りに」
ジルの低い声が聞こえ、馬車の扉が重々しく閉まった。
御者が鞭を振るい、馬車が猛スピードで走り出す。
遠ざかる会場の明かり。
そこには、私が愛した唯一の人が、血に汚れた手で立ち尽くしているはずだ。
(さようなら、ケイン)
馬車は暗い夜道を進み、偽装工作の舞台となる崖へと、その速度を上げていった。
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