夫のために戦場で死んだ私の願い事

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16. 訃報

ジルはカーミラを乗せた馬車を見送ると、すぐさま乱れた息を整えて会場へと引き返した。

​広間では、血に汚れた床を隠すように人々が遠巻きにし、異様な静寂と囁き声が渦巻いている。その中心で、ケインは幽鬼のような形相で立ち尽くしていた。


​「ケイン様!」
「ジル……! カーミラは、彼女はどうなった!?」


​ジルの姿を認めるなり、ケインがその肩を掴んで激しく揺さぶる。騎士団で鍛えた彼の指が、ジルの肩に食い込み、悲鳴のような問いをぶつける。

​「……無事に馬車で出発しました。一刻も早く、信頼できる医師に診せるよう手配済みです。ケイン様、今は……今はどうか、落ち着いてください。貴方がここで取り乱せば、彼女の不名誉となり、事態はさらに悪化します」

​ジルは平静を装い、自分自身の震えを押し殺して告げた。
ケインは、自分の白手袋に付着した血を見つめた。

​「……あんなに苦しそうに……。俺は、何も知らなかった。彼女が病を隠していたのか、それとも毒を……? ジル、俺は、彼女に友達だなんて言わせて、あんな小さな肩に何を背負わせていたんだ……」

​ケインの瞳から生気が失われていく。それでも、彼は次期公爵としての責務を、呪いのように身体に刻み込んでいた。彼は震える拳を握りしめ、自分を凝視する招待客たちの方を向いた。

​「……騒がせてしまい、申し訳ない。アボット令嬢は持病の癪で一時的に倒れられた。すでに介抱に向かわせたので、諸君は宴を続けてほしい」

​氷のように冷たく、けれど凛とした声。
それは、社交界の王としての完璧な仮面だった。しかし、ジルの目には、その仮面の裏でケインの心が今にも粉々に砕け散りそうなのが分かった。

​それからの数時間は、ケインにとって地獄のような永い時間だった。

挨拶に来る貴族たちの顔は歪んで見え、祝杯の音は皮肉な葬送曲のように聞こえた。

「病気なら、すぐに良くなるだろう」「若いのだから」という慰めの言葉が、彼の胸をナイフのように切り刻む。

​(早く、早く彼女の元へ。生きていてくれ。プロポーズなんてしなくていい、友達のままでもいい。ただ、生きてさえいてくれたら……)


※※※※※※※※※※※※※

​ようやく社交界の幕が閉じ、最後の馬車が王宮を後にした瞬間。
ケインは正装のまま、待たせていた愛馬に飛び乗ろうとした。

​「ケイン様!」

​夜の闇を裂いて、一人の従者が血相を変えて駆け込んできた。アボット家の紋章をつけた、ずぶ濡れの男だ。

​「……何事だ。カーミラは! 医者の診断は!?」

​ケインが叫ぶ。だが、従者はその場に膝をつき、顔を上げることもできずに震えていた。

​「……申し上げます……っ。アボットお嬢様を乗せた馬車が、雨で緩んだ峠の道で……崖から転落いたしました」

​ケインの思考が、一瞬停止した。


「……何を、言っている」

​「……馬車は……馬車は川の激流に飲み込まれ……。御者も、付き添いの侍女も、そしてカーミラお嬢様も……全員、濁流に流されました……ッ! 懸命に捜索しておりますが……未だ、お姿は……」

​ケインの手にあった馬の手綱が、音もなく地面に落ちた。

​「……嘘だ」

​絞り出すような声。

「嘘だ!! ジル、お前が……お前が付き添ったはずだろう!?」

​背後にいたジルは、ただ深く首を垂れ、声もなく肩を震わせていた。それは後悔の姿か、それとも――。

​「あぁあああああああッ!!!」

​王宮の門前に、ケインの絶叫が響き渡った。

​激しい雨が降り始める。

あの日、18歳の冬に彼を絶望に突き落とした、あの冷たい雨と同じ雨が。
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