夫のために戦場で死んだ私の願い事

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17. お葬式 ジルSide

カーミラ様がいなくなってから一週間。

アボット家では、遺体のない葬儀が執り行われていた。

会場には彼女が愛した花々が飾られていたが、主のいない棺はあまりにも軽く、参列者のすすり泣く声だけが虚しく響いている。

​その中で、ケイン様はまるで石像のように動かなかった。

頬はこけ、生気のない瞳でただ一点を見つめている。かつての輝かしい若き次期公爵の面影は曇りを見せていた。

​葬儀の終盤、ケイン様がふらりと僕の隣に歩み寄ってきた。


​「……ジル。一つ、聞かせて」


​その声は、枯れ葉が擦れ合うような、今にも消えてしまいそうな掠れ声だった。


​「あの夜会の前、君たちは二人きりで話していた。……あの日だけじゃない。君は何度も、俺の知らないところで彼女と会っていた」


​ケイン様の視線が、ゆっくりと僕を射抜く。それは疑いというよりも、縋るべき藁を探している者の切実な眼差しだった。


​「彼女は……何を言っていたんだ。俺に隠して、君にだけ伝えたことは、何だったんだ」


​僕は内ポケットに忍ばせた手紙の感触を確かめた。
指先が震える。真実を話してしまいたい。彼女は生きていると、アレクシスの元で療養しているのだと叫んでしまいたい。
けれど、彼女が命を賭してまで守ろうとしたこの「嘘」を、僕が壊すわけにはいかない。


​「……カーミラ様は、病を患っておられました」


​僕は、用意していた「嘘」を口にした。

​「……病?」
​「はい。誰にも知られたくないと仰っていました。特に、自分を大切に思ってくれているご両親や、ケイン様にだけは、心配をかけたくない、負担になりたくない……そう言って、口止めされていたのです」

​ケイン様が息を呑むのが分かった。

​「いつ何があってもいいようにと、私にこれを託されました。……もしもの時は、あなたに渡してほしいと」

​僕は、涙の跡がついたあの手紙を差し出した。
ケイン様は震える手でそれを受け取った。封を切る動作すら危うく、彼は何度も深呼吸を繰り返しながら、中にある便箋を広げた。
​そこに並ぶのは、確かにカーミラ様の筆致だった。



​『ケイン。
あなたと一緒に過ごしたこの5年間は、私の人生で一番幸せな時間でした。
本当は、あなたとずっと……』



​手紙を読み進めるにつれ、ケイン様の目から、大粒の涙が便箋にこぼれ落ちた。

彼は声を上げることもなく、ただ静かに、絶え間なく涙を流し続けた。

​「……どうして」

​ケイン様が、絞り出すように呟いた。

​「どうして……教えてくれなかった。負担だなんて、そんなこと。俺なら、世界中の名医を集めてでも、君の側に……」
​「……彼女は、あなたの『親友』でありたかったのです」

​僕は心を鬼にして続けた。

​「死の影に怯える婚約者としてではなく、あなたと笑い合える一人の友達として、最期の時まで輝いていたかったのかもしれない」
​「……俺は、何も分かっていなかった」

​ケイン様は手紙を胸に抱きしめ、その場に崩れ落ちた。
自分の無力さを、そして彼女が隠し持っていた孤独な愛の重さを、彼は今、手遅れになってから知ったのだ。

​「カーミラ……すまない、カーミラ……っ」

​冷たい雨が、再び葬儀会場を濡らし始める。
泣き崩れる親友の姿を見下ろしながら、僕は心の中で彼女に詫びた。

​(カーミラ様。あなたの望み通り、彼はあなたの愛を信じて悲しんでいます。……これが本当に、あなたの望んだ結末だったのですか)

​僕は空を仰いだ。

嘘で塗り固められた平和な未来が、ひどく寒々しく感じられた。
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