元アイドルは現役アイドルに愛される

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7.颯真と再び

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数日後、奏多は再び颯真が代表を務める事務所にいた。
前回のように逃げ出すわけにはいかない。奏多は度を強めたメガネを深くかけ直し、マスクの端を指で押さえて、自身の正体を鉄壁の守りで隠していた。
今日は、レコーディングだ。これからCDとして発売される音源を適切なアドバイスを伝えながら進めていく。

「……以上です。ありがとうございました」

僕がそう締めくくるとレコーディング室に安堵の空気が流れる。
奏多は誰とも目を合わせないよう、急いで荷物を鞄に詰め込んだ。この後にはリオとの「週2回のご飯」の約束が控えている。一刻も早く、この場所を去りたかった。

「お疲れ様でした」

短く告げて部屋を出ようとしたその時、背後から鋭い声が飛んだ。

「――Kさん、待ってください」

肩がびくりと跳ねる。振り返ると、颯真が真剣な眼差しでこちらを見つめていた。今日は来ていないのかと思っていたが、レコーディングの途中にどうやらきていたらしい。周囲のスタッフが去り、廊下には二人きりの沈黙が流れる。

「……前回の打ち合わせの時、どうしてあんなに急いで逃げたんですか?」
「、それは……急にお腹が痛くなってしまって……」
「ごめん、回りくどい聞き方した。奏多、、だよね」
颯真が一歩、歩み寄る。奏多は言葉に詰まり、後退りした。心臓の鼓動が耳元まで響き、冷や汗がマスクの中を伝い落ちる。大好きだった兄さんの追求から逃れる術を、今の奏多は持っていなかった。名前を呼ばれた瞬間、奏多の思考は真っ白になった。
しかし、その窮地を救ったのは、聞き慣れた明るい声だった。

「奏多さーん! 遅いですよ、お腹ぺこぺこです!」

現れたのは、満面の笑みを浮かべたリオだった。彼は颯真の存在など目に入っていないかのように、一直線に奏多の元へ駆け寄り、その細い腕をしっかりと掴んだ。

「えっ、あ、リオくん……」
「さあ、行きましょう! 予約の時間、過ぎちゃいますから」

呆気に取られる颯真を余所に、リオは奏多を連れ出そうとする。颯真は困惑した表情で、見知らぬ金髪の美青年——リオを凝視していた。リオは別の事務所の所属であり、颯真とは面識がない。ただならぬ空気を感じ取ったのか、颯真は慌てて懐から一枚の紙を取り出し、奏多の手に押し付けた。

「これ、俺の直通の番号だから。……連絡まってる」

逃げるようにエレベーターに乗り込んだ奏多は、手の中にある連絡先の書かれた紙を、震える指で見つめていた。

「……あはは、危なかったですね!」

地下駐車場に着くと、リオはいつもの屈託のない笑顔を見せた。奏多は力なく壁に背を預け、深く息を吐き出す。

「……ごめん、リオくん。助かった」
「お礼なんていいですよ。それより奏多さん、今は難しいことは全部忘れて、美味しいもの食べに行きましょう! 今日は栄養満点の和食のお店、予約してあるんですから」

リオの迷いのない言葉に、奏多は小さく頷いた。
颯真から渡された紙をそっとポケットにしまい、車へと向かった。

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