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24. 意識してしまう
翌日のスタジオ。
「KSR」としての新曲リハーサルは、かつてないほどの緊張感に包まれていた。
「奏多、今のターン、軸がぶれてたよ。……やっぱりどこか具合が悪い?」
颯真が心配そうに奏多の肩に手を置くが、奏多は「あ、ううん、大丈夫……っ」と、その手をすり抜けるようにして離れてしまった。
その視線は、スタジオの隅でペットボトルを飲み干しているリオに、吸い寄せられては弾かれる。
一方のリオは、昨夜の攻勢が嘘のように、プロの顔で涼しい顔をしていた。それが逆に奏多を追い詰める。
「……じゃあ、俺、次の打ち合わせがあるから。一回休憩にして、後は二人で固めておいて」
颯真が不本意そうにスタジオを後にした瞬間、部屋の気圧が変わった。
「……奏多さん」
リオが、ゆっくりと近づいてくる。奏多は鏡越しにその姿を追い、逃げ場を失って背中を壁に預けた。
「昨日、あんなこと言っておいて、今日は一度も目を合わせてくれないんですね」
「……リオくん、ここは仕事場だよ」
「わかってます。だから、仕事の話じゃないことを言いに来ました」
リオが奏多の目の前で立ち止まる。その瞳は、いつもの「可愛い後輩」のものではなく、一人の男としての、逃げ場を許さない情熱が宿っていた。
「奏多さん。僕は、あなたを尊敬しています。でも、それ以上に……一人の男として、愛しています。僕と、付き合ってください」
あまりにも真っ直ぐな、混じりけのない告白。
奏多の胸が、痛いほど激しく脈打つ。リオの熱量に当てられ、頭が真っ白になった。
「っ……、だめだよ、リオくん……っ。僕たちは、ユニットを組んだばかりだし、それに……っ」
「『それに』の後は何ですか? 颯真さんのこと? それとも、自分の過去のこと?」
「、…… わからない……けど、」
奏多は、自分の中で渦巻くリオへの意識と、壊したくない平和な日常との間に彷徨う。
リオの顔を直視できず、彼の手が自分に伸びようとした瞬間、奏多は弾かれたようにスタジオを飛び出した。
「奏多さん!?」
リオの声が背後に聞こえたが、奏多は止まらなかった。
今の自分を、、誰かに、……冷静な誰かに、引き止めてほしかった。
奏多が電話したのは、かつてのリーダー・海里だった。
『もしもし、奏多?どうした』
「海里、……っ」
奏多は崩れ落ちるようにベンチに座り込み、頭を抱えた。
「リオくんに……告白、された。……僕、どうしたらいいか、わからなくて」
海里は呆れたように短いため息をついた。
『……だろうな。アイツの目は、最初からお前を狙ってる肉食獣のそれだった』
「海里は、知ってたの……?」
『気づかないのは、お前くらいだ。……で? お前は、アイツを突き放せなかったから、ここに逃げてきたんだろ』
海里の鋭い指摘に、奏多は返す言葉がなかった。
「嫌だ」と言えたなら、こんなに胸は苦しくない。海里の落ち着いたトーンが、奏多のパニックを少しずつ「現実」へと引き戻していく。
『颯真との家族ごっこに飽きたなら、いい刺激なんじゃないか? 』
「……それ、全然慰めになってないよ……」
奏多は途方に暮れたように呟いた。
海里は、手元のタブレットに視線を戻しながら、淡々とした口調で言葉を継いだ。
『颯真のことは気にするな。あいつがお前を過保護に扱うのは、もう半分以上は趣味みたいなもんだ。……言ってみれば、手塩にかけて育てた娘を嫁に出したくない父親の心境だよ。あいつが本当に恐れているのは、お前がいなくなることじゃない。お前が不幸になること』
「…………」
『あいつは、誰よりもお前が幸せになることを願ってる。たとえその隣にいるのが自分じゃなかったとしてもな。……あいつの覚悟を、お前が低く見積もってどうする』
海里の言葉は、奏多の胸にスッと冷たく、けれど確かな重みを持って落ちた。
颯真が自分に注いでくれる愛情は、自分を縛る鎖ではなく、どこへでも飛んでいけるようにと整えられた翼だったのだと、今更ながらに気づかされる。
「海里さん、僕……」
奏多が言いかけた、その時だった。
バンッ!!
壊れそうな勢いで逃げ込んだ部屋のドアが跳ね上がった。
「――奏多さん!」
肩で荒い息をしながら、リオがそこに立っていた。端正な顔を歪め、必死な形相で室内を見渡す。そしてソファに座る奏多の姿を見つけると、一直線に歩み寄った。
「……っ、いきなり逃げ出すなんて反則です。返事も聞いてないのに、こんなところに隠れて……!」
そう言って電話を掴む。
「リオくん、待って 、海里と電話……」
「関係ありません!」
リオは奏多の手首を掴み、強引に立ち上がらせた。その手の熱さに、奏多の心臓がまた跳ねる。
「海里さん。奏多さん、連れて帰ります。……まだ、話の続きがあるので」
海里は電話の奥で面白そうに笑っていた。
『っはは、頑張れよ~。あ、奏多を泣かせたら許さないからなー』
「言われなくても! ……行きますよ、奏多さん」
「わ、わかったから、引っ張らないで……っ、海里さん、また!」
何とか電話を切る。
廊下を足早に進むリオの背中は、いつもよりずっと大きく見えた。繋がれた手首から伝わる、痛いほどの拍動。
海里の言った「颯真の覚悟」と、目の前のリオが放つ情熱。
連れ戻された練習室。
静まり返った空間で、リオは奏多の手首を離し、その代わりに逃げ場を塞ぐように両手を壁についた。
「……奏多さん。さっきの続き、聞いてください」
リオの瞳は、射抜くように真っ直ぐだった。
奏多は震える唇を噛み締め、リオが話始めるより先に絞り出すように答える。
「……リオくん。……ごめん。僕は、リオくんが向けてくれるほど大きな、同じだけの愛を……返せる自信がない、。僕はまだ、自分のことで精一杯で……」
それは、奏多なりの誠実な拒絶だった。
けれど、リオは動じなかった。それどころか、柔らかく微笑んで、奏多の頬に指先で触れた。
「自信なんて、今すぐ持たなくていいです。僕が勝手に愛してるだけなんですから。……奏多さんが僕を好きになるまで、待ちますよ。でも、その間も僕は全力でアピールしますから。覚悟してくださいね」
「リオ、くん……」
結局、何も返せないまま、二人の関係は「保留」という名の、より濃密なフェーズへと突入した。
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