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28. 喧嘩と酔っ払い
ソロデビュー、ユニット活動、そして楽曲制作。三つのわらじを履いた奏多の生活は、想像を絶する過密スケジュールに飲み込まれていった。
「奏多さん、また顔色が悪いですよ。今日はもう休んでください」
ある夜、リビングで楽譜を広げたまま意識を飛ばしかけていた奏多に、リオが険しい顔で告げた。
しかし、奏多はぼんやりとした視線を楽譜に向けたまま、力なく首を振る。
「大丈夫……これ、明日までに仕上げなきゃいけないから……」
「大丈夫じゃない! 先週も熱を出したばかりじゃないですか。そんなんじゃ、いい音楽なんて作れません!」
リオの言葉は正論だった。けれど、責任感の強い奏多にとって、それは「甘え」にしか聞こえなかった。
「……リオくんに、僕の仕事の何がわかるの」
その一言が、決定打だった。
静まり返る室内。リオは唇を噛み締め、震える声で「……勝手にしてください」と吐き捨てると、寝室に引きこもってしまった。
翌朝、奏多は謝るタイミングを逃したまま仕事へ向かった。
そこから数日間、仕事先が別々だったこともあり、二人は一度も顔を合わせず、メッセージのやり取りも途絶えた。リオが今回ばかりは本気で怒っていることを、奏多は肌で感じていた。
(謝らなきゃ……でも、なんて言えばいいかわからない……)
もどかしさと自己嫌悪に押しつぶされそうになっていた。
奏多は一人、夜の街を彷徨っていた。
リオに放った冷たい言葉が胸に刺さって抜けない。仕事に向かっても、音符がリオの悲しそうな顔に見えてしまい、集中などできなかった。
(……お酒でも飲めば、少しは素直になれるかな……)
そんな安易な考えで入った居酒屋で、慣れない度数の強い酒を煽ったのが間違いだった。
体調が万全でない体にお酒はすぐに回り、店を出る頃には視界がぐにゃぐにゃに歪んでいた。
途中、公園のベンチで力尽き、夜風に吹かれていたが、朦朧とする意識の中で「リオくんに会わなきゃ」という本能だけが彼を突き動かした。
※※※※※※※
一方、自宅。
颯真は仕事でホテルに泊まっているためリオしかおらず、リビングは静かだった。
リオは怒りで頭を冷やそうとしていたが、深夜になっても帰ってこない奏多に、次第に恐怖が勝り始めていた。
「……もういい。探しに行こう」
そう決めて玄関のドアを開けた瞬間、足元に「塊」が転がってきた。
「……奏多さん!?」
玄関の前でうずくまっていた奏多は、リオの姿を見ると、ビクッと肩を跳ねさせた。
「ちょっと、どこに行ってたんですか! 連絡もなしに、こんな時間まで……」
「……っ、ごめ、なさ……」
言い訳を聞こうと詰め寄ったリオは、言葉を失った。
奏多が、見たこともないほどボロボロと大きな涙を流してい。奏多はリオから逃げるように顔を背け、ふらつく足取りで立ち上がろうとしたが、そのまま壁に激突しそうになる。
「危ない! ……って、奏多さん、お酒……飲んだんですか!?」
ツンと鼻を突くアルコールの匂い。
いつも凛としていて、隙のない完璧なところを見せてきた奏多が、今は自分の足で立つことすらままならないほど泥酔している。
「……り、リオくん……怒ってる……こわい、……」
「怒ってないです! 怒ってますけど、今は心配の方が……っ」
リオは半ば強引に奏多の細い腰を支え、家の中へと招き入れた。
奏多はふらふらと危なっかしい足取りで歩こうとするが、一歩ごとに膝が折れそうになる。
リオが戸惑いながらも彼をリビングへ誘導し、自分も息をつくためにソファに座ると、奏多がトボトボとついてきた。
隣に座るのかと思いきや、奏多はリオの正面に回ると、すとんとリオの膝の上に、向かい合わせで跨るようにして座り込んだ。
「えっ、か、奏多さん……!?」
リオの心臓が爆発しそうになる。
至近距離で、奏多の潤んだ瞳が自分を見つめている。奏多はリオの大きな手をぎゅっと両手で握りしめ、ふにゃりと嬉しそうに笑ったかと思えば、またすぐにボロボロと涙を溢れさせた。
「……ごめんね、リオくん……。僕、……寂しかった……っ。仕事、ばっかりで……リオくんが、いなくなっちゃうかと、思って……う、ううっ……」
子供のように声を上げて泣き出し、リオの胸に顔を埋めて謝り続ける奏多。
いつも自分を導いてくれる憧れの人、背中を守ってくれる恋人。そんな彼が、今、自分の腕の中で「寂しかった」と漏らしながら、甘えるように縋り付いている。
(……なにこれ……可愛すぎて死ぬ……っ!!)
リオは悶絶した。
あまりの破壊力に、数日間の怒りなど宇宙の彼方へ吹き飛んでしまった。
「……もう、反則ですよ、奏多さん……」
リオは、真っ赤になった顔を隠すように奏多の背中に腕を回し、その震える体をこれ以上ないほど優しく、強く抱きしめた。
リオの胸の中で泣き疲れた奏多は、次第に「うー……」と小さな声を漏らしながら、トロンとした目でリオを見つめた。
「奏多さん、もう寝ましょう。ベッドまで運びますから」
リオが優しく体を持ち上げようとすると、奏多は驚くほど強い力でリオのシャツをギュッと掴み、首筋に顔を埋めた。
「……やだ。はなさないで。……リオくん、どっか行っちゃうもん……」
「行きませんよ。ずっとここにいますから」
「うそ……さっき、怒ってた……。いかないで。いっしょに、いて……」
蕩けたような甘い声で縋り付かれ、リオは理性を総動員。
結局、ベッドへ運ぶことすら諦めたリオは、奏多を膝の上に乗せたまま、大きなブランケットを二人で被り、ソファで抱き合うようにして眠りについた。
翌朝。
朝一番、帰宅した颯真がリビングに現れた。
「ぁあ疲れた……。ただいまー。奏多、もう起きてる……っ!?」
颯真の気だるさは一瞬で吹き飛んだ。
目の前には、ソファの上で絡まり合うようにして眠る二人。しかも奏多はリオの腕の中に完全に収まり、幸せそうに頬を寄せて寝息を立てている。
「な、な!! リオくん! 何をしてるの君は!!」
颯真の絶叫に近い声で、二人は跳ね起きた。
「……あ、おはようございます、颯真さん……」
寝ぼけ眼で頭をかくリオに対し、奏多は二日酔いで猛烈な頭痛に眉を寄せながら「……いたた……。颯真、声が大きいよ……」と頭を抱えた。
「声が大きくさせてるのは君たちだ! リオくん、まさか、奏多が弱っているのをいいことに、不適切な行為に及んでないよね!?」
「人聞き悪いこと言わないでください! 介抱してたら奏多さんが離してくれなかったんですよ!」
「(ピクッ)……奏多が? 嘘をつけ! あの潔癖で慎重な奏多が、そんな大胆なことをするはずが……奏多、本当!?」
颯真が詰め寄ると、奏多は真っ青な顔で二人を交互に見た。
記憶の断片を探るが、居酒屋で一人、三杯目のグラスを空けたあたりから、記憶が完全にホワイトアウトしている。
「……えっと、僕、……何してた?」
「え、覚えてないんですか? 僕の膝の上に乗って、『寂しかった』って泣きながらキスを……」
「ちょ、リオくん! 余計なことを言うんじゃない!」
「き、き、きす……っ!? 僕が!?」
奏多の顔が、今度は一気に真っ赤に茹であがった。
あの冷静でぼんやりとした自分が、年下の後輩に跨って泣きつき、あろうことかキスを強請った(かもしれない)という事実に、奏多はそのままソファに顔を埋めて絶叫した。
「……死にたい……消えてしまいたい……」
「奏多さん! 可愛かったからいいじゃないですか!」
「良くない! リオくん、君は今日から一週間、奏多との接触禁止だ!」
朝からカオスと化したリビング。
記憶を失くして悶絶する奏多と、ここぞとばかりにニヤニヤするリオ、そして「娘」の不祥事?に憤慨する颯真だった。
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