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36. 遊園地
しおりを挟む颯真の判断は早かった。
「奏多の代わりはどこにもいないんだから。今はゆっくり休もう」
そう言って、颯真はKSRとしてのグループ活動を一時休止させる決断を下した。
幸い、奏多には作曲家としての依頼が山積みであり、リオも「ルミナス」としての個人仕事がある。
激しいダンスを伴うユニット活動を止めたことで、二人のスケジュールには、これまでにない穏やかな空白が生まれた。
「奏多さん、今日は一日お出かけしましょう」
そう言ってリオが連れ出したのは、平日で賑わいも落ち着いた遊園地だった。
顔を隠すための帽子とマスクは相変わらずだが、ゆったりとした服装に身を包んだ二人は、どこか年相応の青年らしい空気を纏っている。
「……遊園地なんて、いつ以来だろう」
奏多は、車椅子を借りるほどではないが、リオの「エスコート」という名目での支えを借りながら、ゆっくりと園内を歩いた。リオは奏多の歩幅に合わせ、まるで宝物を運ぶような足取りで隣を歩く。
「今日は僕、奏多さんの執事ですから。何でも言ってくださいね」
「ふふ、頼もしいね。じゃあ……あのアトラクションに乗ってみたいかな」
奏多が指差したのは、園内でも人気の絶叫系ジェットコースターだった。
「えっ、足、大丈夫ですか……?」
「座ってるだけだし、大丈夫。それに、今の僕には少し刺激が必要な気がして」
奏多の悪戯っぽい微笑みに、リオは断る術を持たなかった。
ガタガタと音を立てて、コースターが頂上へと昇っていく。
地上から離れるにつれ、視界が開けていく。隣に座るリオは、いつになく緊張した面持ちでバーを握りしめていた。
「リオくん、怖い……?」
「まさか! 奏多さんの前でそんな……。ただ、奏多さんが気分を悪くしないか心配で」
意地を張るリオだったが、頂上直前、いよいよ落下が始まるというその瞬間。
隣から、そっと柔らかな感触がリオの右手に重なった。
奏多が、自分から控えめに、けれど離さないようにリオの手をギュッと握ったのだ。
「……ちょっとだけ、怖いかも。……握ってていい?」
マスク越しでもわかる、奏多の少し潤んだ瞳と、微かに赤くなった耳。
その瞬間、リオの中で「落下への恐怖」は完全に消失した。代わりに、心臓が爆発的な回転数でビートを刻み始める。
「(……っっっっっっ!!!)」
ドォォォォォン!!という衝撃と共にコースターは急降下。
周囲の悲鳴が風に溶ける中、リオの意識は完全に「繋がれた手」へと集中していた。奏多の細い指先が、怖がるように自分の節くれだった手を強く握り返してくる。
(かわいい……! なにこれ、無理……! 奏多さんが、僕を頼ってる……!)
コースターがループを回り、激しく左右に揺られる中、リオは絶叫の代わりに「尊い……死ぬ……」といううわ言を飲み込んでいた。
あまりの幸福感と脳内麻薬の分泌に、視界がチカチカと明滅し始める。
※※※※※※※※※※
アトラクションが終了し、プラットホームに戻ってきた頃。
奏多は「楽しかったね、リオくん!」と、少し乱れた髪を直しながら清々しい顔で立ち上がった。
一方のリオは、安全バーが上がってもピクリとも動かない。
目は泳ぎ、口元を抑え、全身が小刻みに震えている。
「……リオくん? 大丈夫?」
奏多が心配そうに顔を覗き込むと、リオはゆっくりと顔を上げ、焦点の合わない瞳で奏多を見つめた。
「……奏多さん。……もう一回、さっきの『怖いかも』ってやつ、地上でやってくれませんか。今、気絶しかけて記憶が飛びそうなんです」
「ええっ、そんなに怖かったの!? ごめんね、無理させて……」
「違います! 怖いんじゃなくて、奏多さんが可愛すぎて心臓が停止しかけたんです」
リオの必死な訴えに、奏多は一瞬きょとんとした後、自分のしたことの「破壊力」をようやく自覚して、「……もう、言わないよ」と顔を真っ赤にして歩き出した。
その後も、メリーゴーランドでぼんやりと景色を眺める奏多をリオが百枚近く撮影したり、お揃いのカチューシャを買いそうになるリオを奏多が全力で止めたりと、時間はゆったりと過ぎていった。
※※※※※※※
帰り道。車の中。
助手席で眠ってしまった奏多の寝顔を見ながら、リオはハンドルを握る手に力を込めた。
怪我はまだ治っていないし、前途多難かもしれない。
けれど、今日繋いだ手のぬくもりと、奏多が見せた心からの笑顔があれば、どんな試練も越えていける。
「……おやすみなさい、僕の奏多さん」
リオは赤信号で止まるたび、隣で眠る奏多の、穏やかで無防備な横顔を愛おしそうに見つめ続けるのだった。
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