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しおりを挟む『助けて! エリシア!』
わたしがカルバナンド皇太子の婚約者に選ばれ、ひと月が過ぎたころ。
ディアナがひどく取り乱した様子でわたしの部屋に飛び込んできました。
「耳が聞こえなくなった?」
なんでもディアナは呪術に手を出したものの失敗し、代償として聴覚を失ったというのです。
わたしは筆談で訊ねました。
『呪術なんて、どうしてそんなおそろしい真似を?』
『呪術の本を手に入れて、これならわたしでもできそうだと思ったのよ!』
呪術とは、東の大陸から伝わったもの。
その目的は『人を呪う』ことに限られ、また必ず代償を伴うことから、この大陸では使用が禁じられています。
『いったい誰を呪うつもりだったの?』
するとディアナはじっと数秒わたしを見つめてから、そっと目を逸らしました。
『それは、あなたにだって言えないわ』
ディアナは『そんなことより』と首を横に振りました。
『耳が聞こえなくなったなんてひとに知られたら、わたしはもう終わりよ!』
『大丈夫よ、きっとお父さまたちが守ってくださるわ。それに、たとえ耳が聞こえなくてもディアナの魅力はなくならないもの』
『無責任なことを言わないで! わたしは出来損ないのあなたとは違うのよ!』
ディアナはそう書き殴ってから、はっとしたように紙を握り潰しました。
『……ごめんなさい』
『いいのよ』
わたしは首を横にふりました。
ディアナは気が動転しているのです。きっと本心ではないはず。
『なにか、ディアナを治す方法があればよいのだけれど……』
その時、ディアナの瞳がかすかに光を帯びました。
『実は、呪術師を見つけて治す方法を聞き出したの。でも、それには身代わりが必要なんですって』
『身代わり?』
『そう、わたしと近しい者ほど成功率が高いらしいわ。双子なら確実ね』
『つまり、わたしが身代わりになれば、ディアナの聴覚は戻るということ?』
『お願いよ、エリシア! 両耳でなくていいの! せめて片方だけでも聞こえたら、会話も出来るし、ダンスだって踊れるもの!』
泣き崩れるディアナを前に、わたしは息を呑みました。
たとえ片耳といえど、聞こえなくなるのは怖いし……不安です。
カルバナンド皇太子との婚約の話だって、どうなることか。
――皇太子殿下とは、まだほんの少しお話ししただけだけど……。
わたしより二つ年上だという彼は、とても優しい方でした。
緊張のあまり、本で読んだ知識を一方的に語るばかりのわたしの話を、殿下は最後まで笑顔で聞いてくださった。
舞踏会で踊ったときも、よろけそうになるわたしをさりげなくリードしてくださった。
そのときの笑顔に、わたしは心惹かれていたのです。
――だけど。
ディアナはローゼリンテ王国が誇る第一王女として、誰からも愛されてきました。
その立場を失うのは耐え難いことでしょう。
――片方だけなら……。
全く聞こえなくなるわけではないのです。
わたしとって、ディアナはたったひとりの双子の片割れ……。
今日まで、ずっと誇りに思い、憧れてきた存在でもあります。
――それに、わたしが皇太子の婚約者に選ばれたとき、誰より先に祝福してくれたのもディアナだった。
ディアナが誰を呪おうとしたのかはわかりませんし、呪術に手をだしたことは許されることではありません。
それでも……もし、これで婚約破棄されるとしても、わたしはディアナを救いたいと思ったのです。
『分かったわ、わたしの片方の耳をあなたにあげる』
『ああっ! ありがとう、エリシア! 私、この恩は一生忘れないわ』
わたしたちはその足で、ディアナが連れてきた呪術師のもとへ向かいました。
そこで行われたのは、ディアナの聴覚を戻す呪術――。
代償として奪われたのは、わたしの両耳の聴覚だったのです。
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