4 / 7
4
しおりを挟む
王宮の一角には、王族の罪人を幽閉するための区画があります。
高い石壁に囲まれたその内側には小塔がひとつと、わずかな庭があるのみ。
塔の窓から外を望むことはできず、見えるのは庭と空だけ。
風さえも壁に遮られて届かない、閉ざされた場所……。
わたしがここに幽閉されたのは、もう三年前のこと。
あの時――ディアナの身代わりとなったわたしは、両耳の聴覚を失いました。
『片方だけでよい』というのは、すべてディアナの嘘だったのです。
『わたしが誰を呪ったかと聞いたわね! あなたよ、エリシア! わたしを差し置いて、カルバナンド皇太子の婚約者に選ばれたりするからこうなるのよ! 男に媚を売るしか能のないくせに! 出来損ないの分際で、わたしの前に立つなんて絶対に許さないわ!』
聴覚を失ったわたしに、ディアナは顔を歪めて叫びました。
唇の動きから言葉の断片を読み取ったわたしは、そこではじめて姉の悪意に気付いたのです。
さらにディアナは、『エリシアが自分を呪うために呪術に手を出し、その代償として聴覚を失った』と父に説明しました。
激高した父は、わたしを罪人としてここへ閉じこめたのです。
以来、侍女もつけられず、一日に一度の粗末な食事と、わずかな炭だけが与えられる生活。
暖炉も満足に使えず、冬の夜も凍えながら眠るしかありませんでした。
けれど、そうした生活の過酷さより辛かったのは、静けさと……それが運んでくる孤独でした。
ただでさえ話す相手もいないのに、わたしには音が聞こえない。
小鳥が遊びにきても、囀りはなく。
雨が降っても、雨音はなく。
寒い夜に、隙間風の音すら響かない。
その圧倒的な孤独は、とても耐え難いものでした。
そして、それがすべて姉の悪意によってもたらされたのだという事実が、わたしを打ちのめしました。
――ひどいわ、ディアナ……!
この三年間、外から届いた報せは二つだけ。
ひとつは『わたしと皇太子の婚約が破棄』されたこと。
そしてもうひとつは、『ディアナが新たな婚約者に選ばれた』というものでした。
その日。
庭で花を眺めていたわたしは、ふと、いつもと違う風を感じて顔を上げました。
――扉が?
普段は固く閉ざされている、幽閉区画の鉄扉が開いています。
さらにその向こうには、黒い髪に琥珀色の瞳を持つ、端正な顔立をした男性の姿。
『……あの、どなたでしょうか?』
わたしは手話で訊ねました。
幽閉される前によく方々を慰問をしていたので、手話は心得ているのです。
『君の婚約者……のつもりなんだが』
彼もまた、同じように手話で返してくださいました。
『婚約者?』
『わたしの名前はセリオン……カルバナンドの皇太子だ』
『カルバナンドの!?』
わたしは大きく目を見開きました。
――そうだわ、わたし、この方と会ったことがある……!
かつてカルバナンドへ赴いた際、わたしは婚約者候補としてこの方と話をし、舞踏会で一度だけ踊ったのです。
あれからあまりに色々なことがありましたし、殿下もまた精悍さを増しておられたので、すぐにお顔がわかりませんでしたが……。
――でも、どうして皇太子殿下がこのような場所に!?
彼はわたしを見つめると、痛ましげに切れ長の双眸を細めました。
『遅くなってすまない、君を迎えにきたんだ』
高い石壁に囲まれたその内側には小塔がひとつと、わずかな庭があるのみ。
塔の窓から外を望むことはできず、見えるのは庭と空だけ。
風さえも壁に遮られて届かない、閉ざされた場所……。
わたしがここに幽閉されたのは、もう三年前のこと。
あの時――ディアナの身代わりとなったわたしは、両耳の聴覚を失いました。
『片方だけでよい』というのは、すべてディアナの嘘だったのです。
『わたしが誰を呪ったかと聞いたわね! あなたよ、エリシア! わたしを差し置いて、カルバナンド皇太子の婚約者に選ばれたりするからこうなるのよ! 男に媚を売るしか能のないくせに! 出来損ないの分際で、わたしの前に立つなんて絶対に許さないわ!』
聴覚を失ったわたしに、ディアナは顔を歪めて叫びました。
唇の動きから言葉の断片を読み取ったわたしは、そこではじめて姉の悪意に気付いたのです。
さらにディアナは、『エリシアが自分を呪うために呪術に手を出し、その代償として聴覚を失った』と父に説明しました。
激高した父は、わたしを罪人としてここへ閉じこめたのです。
以来、侍女もつけられず、一日に一度の粗末な食事と、わずかな炭だけが与えられる生活。
暖炉も満足に使えず、冬の夜も凍えながら眠るしかありませんでした。
けれど、そうした生活の過酷さより辛かったのは、静けさと……それが運んでくる孤独でした。
ただでさえ話す相手もいないのに、わたしには音が聞こえない。
小鳥が遊びにきても、囀りはなく。
雨が降っても、雨音はなく。
寒い夜に、隙間風の音すら響かない。
その圧倒的な孤独は、とても耐え難いものでした。
そして、それがすべて姉の悪意によってもたらされたのだという事実が、わたしを打ちのめしました。
――ひどいわ、ディアナ……!
この三年間、外から届いた報せは二つだけ。
ひとつは『わたしと皇太子の婚約が破棄』されたこと。
そしてもうひとつは、『ディアナが新たな婚約者に選ばれた』というものでした。
その日。
庭で花を眺めていたわたしは、ふと、いつもと違う風を感じて顔を上げました。
――扉が?
普段は固く閉ざされている、幽閉区画の鉄扉が開いています。
さらにその向こうには、黒い髪に琥珀色の瞳を持つ、端正な顔立をした男性の姿。
『……あの、どなたでしょうか?』
わたしは手話で訊ねました。
幽閉される前によく方々を慰問をしていたので、手話は心得ているのです。
『君の婚約者……のつもりなんだが』
彼もまた、同じように手話で返してくださいました。
『婚約者?』
『わたしの名前はセリオン……カルバナンドの皇太子だ』
『カルバナンドの!?』
わたしは大きく目を見開きました。
――そうだわ、わたし、この方と会ったことがある……!
かつてカルバナンドへ赴いた際、わたしは婚約者候補としてこの方と話をし、舞踏会で一度だけ踊ったのです。
あれからあまりに色々なことがありましたし、殿下もまた精悍さを増しておられたので、すぐにお顔がわかりませんでしたが……。
――でも、どうして皇太子殿下がこのような場所に!?
彼はわたしを見つめると、痛ましげに切れ長の双眸を細めました。
『遅くなってすまない、君を迎えにきたんだ』
132
あなたにおすすめの小説
異母姉の身代わりにされて大国の公妾へと堕とされた姫は王太子を愛してしまったので逃げます。えっ?番?番ってなんですか?執着番は逃さない
降魔 鬼灯
恋愛
やかな異母姉ジュリアンナが大国エスメラルダ留学から帰って来た。どうも留学中にやらかしたらしく、罪人として修道女になるか、隠居したエスメラルダの先代王の公妾として生きるかを迫られていた。
しかし、ジュリアンナに弱い父王と側妃は、亡くなった正妃の娘アリアを替え玉として差し出すことにした。
粗末な馬車に乗って罪人としてエスメラルダに向かうアリアは道中ジュリアンナに恨みを持つものに襲われそうになる。
危機一髪、助けに来た王太子に番として攫われ溺愛されるのだか、番の単語の意味をわからないアリアは公妾として抱かれていると誤解していて……。
すれ違う2人の想いは?
どうせ愛されない子なので、呪われた婚約者のために命を使ってみようと思います
下菊みこと
恋愛
愛されずに育った少女が、唯一優しくしてくれた婚約者のために自分の命をかけて呪いを解こうとするお話。
ご都合主義のハッピーエンドのSS。
小説家になろう様でも投稿しています。
特殊能力を持つ妹に婚約者を取られた姉、義兄になるはずだった第一王子と新たに婚約する
下菊みこと
恋愛
妹のために尽くしてきた姉、妹の裏切りで幸せになる。
ナタリアはルリアに婚約者を取られる。しかしそのおかげで力を遺憾なく発揮できるようになる。周りはルリアから手のひらを返してナタリアを歓迎するようになる。
小説家になろう様でも投稿しています。
メリザンドの幸福
下菊みこと
恋愛
ドアマット系ヒロインが避難先で甘やかされるだけ。
メリザンドはとある公爵家に嫁入りする。そのメリザンドのあまりの様子に、悪女だとの噂を聞いて警戒していた使用人たちは大慌てでパン粥を作って食べさせる。なんか聞いてたのと違うと思っていたら、当主でありメリザンドの旦那である公爵から事の次第を聞いてちゃんと保護しないとと庇護欲剥き出しになる使用人たち。
メリザンドは公爵家で幸せになれるのか?
小説家になろう様でも投稿しています。
蛇足かもしれませんが追加シナリオ投稿しました。よろしければお付き合いください。
それでも好きだった。
下菊みこと
恋愛
諦めたはずなのに、少し情が残ってたお話。
主人公は婚約者と上手くいっていない。いつも彼の幼馴染が邪魔をしてくる。主人公は、婚約解消を決意する。しかしその後元婚約者となった彼から手紙が来て、さらにメイドから彼のその後を聞いてしまった。その時に感じた思いとは。
小説家になろう様でも投稿しています。
元夫をはじめ私から色々なものを奪う妹が牢獄に行ってから一年が経ちましたので、私が今幸せになっている手紙でも送ろうかしら
つちのこうや
恋愛
牢獄の妹に向けた手紙を書いてみる話です。
すきま時間でお読みいただける長さです!
「最初から期待してないからいいんです」家族から見放された少女、後に家族から助けを求められるも戦勝国の王弟殿下へ嫁入りしているので拒否る。
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に仕立て上げられた少女が幸せなるお話。
主人公は聖女に嵌められた。結果、家族からも見捨てられた。独りぼっちになった彼女は、敵国の王弟に拾われて妻となった。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる